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45.それは冒険だ

 レイチェル姉上の反応は、それはそれは激しいものだった。


「そんな話、聞いてない!」


 もちろんそうだ、言ってないからな。

 だが、姉上にはお見合いをしてもらわなければならない。それが帝都での我々の活動を円滑にするからだ。


「まずは落ち着いてください姉上。テーブルを叩かないで。壊れてしまいます」


 抗議の意思を示すためにテーブルをガンガンと叩く姉上。私がそれを制止しようとすると、オランドが落ち着き払って言う。


「坊ちゃま、この屋敷の調度品は頑丈ですので、あれくらいでは壊れません」

「今大事なのはそこじゃない、オランド」

「さすがお嬢様、テーブルは叩いてもクッキーはこぼれないし、皿も落ちませんね」

「絶妙な力加減っすね」

「お前たちは姉上の行動に慣れすぎだ」


 何も動揺していないマルスとリッツに呆れつつ、怒り心頭の姉上をどうにかなだめ、ソファに座らせて説得にかかる。


「まず、このような大事な事を黙っていたことを謝ります。申し訳ありませんでした」

「そうよ! エヴァンが悪いんだからお見合いは……」


 私が謝罪したことで、自分が優位に立ったと思ったレイチェル姉上が即座にお見合いを拒否しようとする。


「しかし! 神託の探求団に必要な事なので、姉上にはお見合いをしていただきます」


 姉上に二の句を告げさせず、私は高らかに宣言する。


「だから! どうして……」

「なぜならば、貴族にとっては、特に我が子爵家のような大派閥に属しない弱小貴族にとっては、婚姻は家の未来を決定づける一大事。現在、当家唯一の適齢の女性である姉上が良い縁に巡り合う事は、当人のみならず我がマルシェル家にとっても非常に重要な事なのです。ここまではよろしいですね、姉上?」

「ぐ……、でもそれと神託とは……!」

「もちろん! 神託とは直接関係ありません、が! ここで重要なのは、子爵家の命運をかけたお見合いのために、姉上と、そして表向きは未だ領主代行である私がそろって帝都に来たという事実です。正体不明の監視者の目を欺くため、このお見合いを最大限利用します」

「でも、でも私は結婚なんか……」

「結婚する気など無いことは百も承知しております。なので! 今回のお見合いの目的はあくまでも帝都来訪の目的が魔石探索であることを隠すための茶番です。最終的に断って頂いて結構です」

「だったらお見合いする前に……」

「とはいえ! 実際にお見合いを行わない事には、監視に対する目くらましにもなりません! ですので、あくまでも姉上には正式に、かつ派手に、美麗に、社交界でも話題になるようなお見合いをしていただく必要があります。もちろん、予算の範囲内でですが」

「どうしても……?」

「どうしても、です。しかし、これは言うまでもなく神託の探求団の作戦の一環。言い換えれば一つの冒険です。そして成し遂げなければならない理由も、引くわけにもいかない状況もあります。確認ですが姉上、いままでお見合いしたことは?」

「……無い」

「であれば! これは未知への挑戦、未踏の道、倒すべき強敵です。まさに冒険。姉上は英傑となるべき黄金の逸材なのです。この程度の事で怖気づいて何としますか!」

「そ、それもそうね。私は冒険者だもんね」

「そうです。しかも普通の冒険者ではなく、伝説、となるべき冒険者なのです。さあ姉上、忙しくなりますよ。共に難敵を打ち倒すために頑張りましょう!」

「わかったわ、なんだか頑張れる気がしてきた! お見合いなんて、さくっと倒してやるわ!」


 よし、これでレイチェル姉上の言質はとったぞ。お見合いを倒すというのがよく分からないが、思ったより素直に聞いてくれて助かった。

 やはり伝説の冒険者という言葉は効いたな。あと二回くらいは使えそうな殺し文句だ。


「完全にペテン師の手管っすね……」


 リッツが若干血の気がひいた顔をしながら小声でつぶやいているが、姉上の説得は見た目ほど楽じゃないぞ。なんせ勘は人一倍いいからな。子供の頃はよく言いくるめるのに失敗して鉄拳制裁を受けていた。だがここ一年間の勝率は体感で六割を超えている。これは快挙だ。


「姉上、長旅を終えたばかりなのですから、今日のところはゆっくり休みましょう。オランド、湯の用意はあるか?」

「はい、急いで用意させております。そろそろ良い頃合いかと」


 さすがは前執事長、姉上の急所は心得ているな。非常に助かる。


「え、お風呂入れるの?」

「もちろんです、お嬢様。領地のお屋敷ほど広くはありませんが、手入れは欠かしておりません」

「やった! エヴァン、私はお風呂入るから、あとはよろしくね」

「お任せください。ゆっくりと疲れを癒してください、姉上」


 いつも元気な姉上に、どれほどの疲れがあるかは疑わしいが、風呂と聞いて上機嫌で応接間から出ていくレイチェル姉上。

 鼻歌など口ずさんでご機嫌だな。お見合いの事はとりあえず忘れたらしい。


「あとはよろしくって言ってたっすけど、レイチェル様が作戦を仕切るところなんて見たことないっす」

「心配するな、リッツ。私も見たことがない」


 昔からレイチェル姉上は、最終目標を立てるのは得意だがそこまでの手順を考えない。だからこそ、冒険者になりたいと思ったら本当に冒険者登録してしまうんだ。


「エヴァン様、お見合いの件についてはアラニア様の意向もございますが?」


 マルスが確認を取るように私に尋ねる。

 もちろん貴族のお見合いに当主の意向が無いわけがない。そもそも、マリクリアを出発するときに父上が言っていた『例の件よろしく』というのがこのお見合いの事だからな。


「分かっている。断っても、先方に断られても問題のない見合いだが、父上からの指示は『上手くまとまりそうなら、その場でまとめてしまえ』だ。次に姉上が見合いをするなどいつになるか分かったものじゃないからな。マルス、オランド、よろしく頼む」

「かしこまりました」

「はっ、爺めにお任せください」


 専属執事と前執事長が頼もしい返事を返してくる。


「それでは、今後の情報収集について打合せを始めようか」


 そして我々はようやく、帝都に来た本来の目的について具体的な話を始めるのだった。




「エヴァン様、ただいま到着しました」


 隊商の入城手続きに付き添っていた二人の騎士が屋敷に到着した。

 ちょうどオランドとの打合せが終わった頃だった。


「ああ、ヴァルド、フィロメナ、ご苦労だったな。みんな無事に入城できたか?」

「はい、それは滞りなく。貴族家の随伴ですからね」

「マルシェル家の威光ですわねぇ」

「辺境の子爵家にそんなものがあるとは思えんがな」


 歴史だけは長い家なので、番兵でも名前くらいは聞いたことがあるとは思うが。まあ、それでも名前が領民の役に立つなら大いに使えばいい。


「エヴァン君、馬達を厩舎に入れてきたよ。馬車も綺麗にしたし。あ、フィロメナ達が来てる! おつかれー」


 ちょうどリセリエも馬たちの手入れを終えて戻ってきた。三人揃ったレイチェル姉上の特別遊撃隊は、今後は帝都屋敷で私や姉上の護衛任務に就くことになる。もっとも、その護衛対象である姉上が特別遊撃隊の隊長なのだからややこしい話だ。


「エヴァン君、オランドさんとの話は終わったの?」

「ああ、滞在中に頼みたい事とかもあったからな。さっきその話が終わったところだ」


 実際には帝都の裏オークションを中心に、あまり人に聞かせたくない界隈の情報収集を依頼していたわけだが。

 忠義に篤い騎士とはいえ、当主の嫡男が裏社会の事情に首を突っ込もうとしていると知れば、当然止めようとするだろうしな。真面目な性格のヴァルドなどは特に、だ。

 彼らを信用しないわけではないが、魔石探しに巻き込むわけにはいかない。不測の危険が発生することも十分ありうるからだ。器用で経験も積んでいるフィロメナはともかく、リセリエやヴァルドが土地勘もない帝都での不正規戦に対応できるかどうかは分からないからな。

 その点、マルスやリッツは不穏な気配やら違和感に敏感だからな。レイチェル姉上は推して知るべし。


「ああ、そうだ。三人にも話しておかないとな。今回、我々が帝都に来た目的だ」

「そういえばそれは聞いてなかったですわね」

「私も知らなーい。帝都に来れるだけでも嬉しかったし」

「その目的は我々に話しても良いのですか?」


 やはり三人とも知らなかったようだな。もしかすると父上あたりから聞いているかもしれないと思ったが、姉上に漏れるのを警戒したか。


「ああ、ついさっき話しても良い状況になった。今回の帝都来訪の目的は、姉上のお見合いだ」

「え、レイチェル様がお見合い?!」

「そうだったんですか」

「あらぁ、面白そうですわね」


 反応は三者三様だな。フィロメナ、面白そうっていうのは正直すぎないか?


「実は、当の姉上にもついさっき伝えたばかりだ。最初は嫌がっていたが、今はなんとか前向きに取り組んで下さることになったから、みんなも姉上の機嫌を損ねないように注意してくれ」

「ふふ、適当におだてておけばよろしいのですね?」

「身もふたもない言い方だが、その通りだフィロメナ」


 レイチェル姉上と付き合いの長いフィロメナが的確な対応方法を示してくれた。

 さすが年長者、肝心なところを掴むのが早いな。


「適当に、と言われましても難しそうですが……」

「レイチェル様は結婚したくないんじゃないのかなぁ。可哀想じゃない?」


 さすが若輩者。重要ではない所で引っ掛かっているな。


「うまく行かなくて元々の話だ。そんなに気負って考えなくてもいい。お見合いをしたという実績が欲しいだけだ。あとリセリエ、可哀想なのは二十三歳にもなって全く嫁ぐ気のない娘を持った父上だ」

「そ、それは確かにそうだね。いつまでも独り身というわけにはいかないよね」


 貴族家に生まれたものの宿命として、いずれはどこかに嫁ぐことになる、……はずなのだが本人の意思と父上の放任主義によって今まで問題が棚上げにされていたからな。今回のお見合いはあくまでも謎の監視者の目をごまかすための隠れ蓑だが、レイチェル姉上にお見合いというものに慣れてもらう貴重な機会でもある。

 神託の探求団のために必要だと言えば、あと何回か同じ手が使えるのではないかと思うが、さすがに虫が良すぎるかな。


「分かってくれればいい。そういうわけで、三人には姉上の護衛任務と共に、見合いの準備で色々と手伝ってもらう事になると思う。騎士の仕事ではないかもしれんが、帝都屋敷の人手も限られているので協力してくれ」

「あら、エヴァン様の護衛は必要ないのですか?」


 う、さすがフィロメナ、そこに気付いたか。私は単独で動こうかと思っていたのだが……。

 何と答えようかと一瞬迷う。だが私よりも早くマルスがフィロメナに言った。


「大丈夫です。エヴァン様には私が付きますので。帝都には土地勘もありますしね。フィロメナさんも私が護衛なら安心できるでしょう?」


 マルスの問いに、フィロメナは唇に指を当てて小首をかしげる。


「護衛だけなら文句ないですわね。でも、エヴァン様が悪戯しようとしたときにマルスは止められるかしら?」

「おい、フィロメナ。悪戯って……」

「止められはしないでしょうが、あとでまとめてロベルト執事長に報告することはできます」

「うーん、それは確かに効きそうね。了解ですわ。エヴァン様の監視はマルスに任せるわね」

「お前たちは私を一体何だと思っているんだ」


 私が抗議すると、フィロメナとマルスは真っ直ぐにこちらを見た。


「可愛い悪戯坊主のエヴァン様、ですわね」

「屋敷脱走と領内の無許可徘徊、あと夜遊びの常習犯ですね」


 幼い頃の悪事と、現在進行形の悪事を指摘され、ぐうの音も出なくなってしまった。

 いつもなら『領主代行として努力している』と反論するところだが、今はその肩書すらない。

 神託なんてものを受けたおかげで、私の立つ瀬がどんどん無くなっていっている気がする。

 神の試練とはなんと厳しいものなのか。


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