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44.帝都屋敷の老執事

「おかえりなさいませ、坊ちゃま、お嬢様。この爺めは首を長くしてお待ちしておりましたぞ」

「久しぶりだな、オランド。坊ちゃまは勘弁してくれないか」

「相変わらずオランドは大げさね」


 帝都屋敷の留守居役、老執事のオランドが馬車で到着した我々を出迎えてくれた。

 マリクリアを出発するときにあらかじめ伝通鳥を飛ばしておいたので、受け入れ準備をして待っていてくれたのはその通りなのだろう。

 帝都の東地区の一角、貴族街と呼ばれる区画の奥まったところにマルシェル家の帝都屋敷はあった。

 歴史だけは長い我が子爵家は、並みいる大貴族達と肩を並べるように帝城近くの敷地を所有している。

 正直なところ子爵家にしては広すぎる敷地なのだが、これも先祖の功績の賜物かと思うと手放すわけにもいかない。

 もっとも屋敷の建物については、帝国建国から四百年ほどの間に何度か減築が行われたためさほど大きくはない。ちなみに減築と言えばまだマシに聞こえるが、要するに老朽化したところを撤去してきた結果だ。「改築する意味も資金も無い」と父上は笑って言っていた。

 今の広さはマリクリアの屋敷に比べれば半分くらいだろうか。大人数で使うわけでもないので、使ってない部屋がたくさんある。掃除するのも一苦労だろうな。

 そして、この帝都屋敷を切り盛りしているのが、この老執事オランドだ。現在のマルシェル家の執事長ロベルトの前任者でもある。

 伸びた背筋に執事服、それに白髪を綺麗に分けて整髪料で撫でつけた髪型は私が子供の頃から変わっていない。

 最後にオランドと会ったのは四年、いや五年前か。その時から比べても何も変化が無いように見える。確か七十歳をとうに越えているはずなのだが、姿勢が良いからかあまり高齢には見えない。マリクリア大学のガドム老師と同じくらいなんだけどな。


「こちらに滞在されるお客様は、そちらの冒険者様だけですかな?」


 オランドがレイチェル姉上の後ろにいたリッツを見つつ私に尋ねた。


「ああ、そうだ。こう見えて冒険者ギルドの役職付きだからな。無礼の無いように頼む」

「マリクリア冒険者ギルドの副ギルド長、リッツと言うっす。大した者ではないんであまり気にしないで欲しいっす」


 リッツはいつも通りの調子で挨拶をした。畏まった挨拶もできる男だが、マルシェル家の内で余計な気遣いは不要だと判断したのだろう。気を許してくれている、という事だろうな。


「ほう、ギルドの副長。という事はゼバルトは引退しましたか?」

「あー、前任のゼバルトさんは去年腰を痛めちゃって冒険者やめたっす。いまはお孫さんの面倒見ながら、たまにギルドで事務の手伝いをしてくれてるっす」

「そうでございますか。生きて辞められて孫までいるなら上々というところですな」


 聞きようによっては冒険者を蔑んでいるようにも聞こえるが、きっとオランドとギルドの前副長は個人的に親交があったのだろうな。

 オランドに家族がいるという話は聞いたことが無いので、寂しさもあるだろうか。


「オランドには孫はいないわよね?」


 聞きにくいことをズバリと尋ねるレイチェル姉上。さすがだ。


「何を仰いますかお嬢様。この爺めにはお嬢様や坊ちゃまがいます。これほどの僥倖はありませんとも」

「また大げさな……」


 オランドは昔からこんな調子だ。理由はよく分からないが私や姉上の世話をすることが楽しいらしい。特に私はこの帝都屋敷に来るたびにとても甘やかされて過ごしていた。姉上は調度品を壊したりして、たまにオランドから優しく説教されていたのを覚えているが、私にはそれさえなかった。

 私の何がそんなに気に入っているんだろうな。


「あとで姉上の部下の騎士二人もここへ来る。疲れているだろうからよく休ませてやってくれ。この屋敷のなかで護衛は不要だろう?」


 私がそう言うと、オランドはにこりと笑った。


「ええ、もちろんでございます。わたくしめが預かるこの屋敷にいる限りは、何の危険もございません。庭にドラゴンでも飛んでこない限りは安全でございます」


 自信満々に言うオランドに対して、私は次の句を失ってしまった。多分、リッツも同じだろう。


「あ、そうそう、最近タマっていう……」

「! 姉上! ペットの話はまた後にしましょう!」


 まさかドラゴンを飼っていると言うわけにはいかない。というかレイチェル姉上の口が軽すぎる。あとで釘を刺しておかないとダメだな。


「オランド、とりあえず大事な話がある。人払いしてくれ」

「はい、もちろん。どんなお話か楽しみにしておりましたよ」


 オランドは相変わらずにこにこしているが、眼光が少し鋭くなったように見えたのは気のせいではないはずだ。




 帝都屋敷でもっとも音が外に漏れない部屋、つまり応接間に私とレイチェル姉上、それにリッツを通したオランドは何気ない動作でドアを閉めようとしたが、そこにマルスが素早く靴のつま先を差し入れた。

 ガツン、という音が応接間に響く。

 革靴が挟まったにしてはずいぶんと硬い音だ。マルスは今日の靴にも何か仕込んでいるな。


「おや、どういうつもりですか。主の内密な話に下僕ごときが首を突っ込もうと?」


 オランドの表情は相変わらずにこやかなままだが、頭一つ高いマルスの顔を見上げて言った台詞には少々どころではない棘があった。ドアが開かないように押さえてもいるな。


「そのつもりですよ。私は下僕ではなく、専属執事、なので。いよいよ頭がボケ始めましたか?」


 対するマルスも笑顔だが、手は力づくでドアを開けようとしている。おいおい、ドアが軋んでいるぞ。


「未熟者の分際でおこがましいという気持ちはないのですか? そこらの野良犬でももう少し遠慮深いというものですよ」

「おかげさまで我を通すべきところはよく心得ておりますので。どこぞの爺の教えが良かったんでしょうね」

「ひさしぶりにお帰りになった坊ちゃまとの水入らずの時間を邪魔しようというのは、執事にあるまじき無作法。控えていなさい、小坊主」

「いよいよ目も見えなくなりましたか、お嬢様だけではなく、リッツさんまでいるでしょうに。どこをどうしたら水入らずなんだか」


 ドアがミシミシと嫌な音を立てている。結構な厚さのドアなんだがな。

 この二人が顔を合わせると毎回この調子だ。


「二人とも、そこまでだ。いつまでたっても話ができん。オランド、今からする私の話にはマルスも関わっている。外させるわけにはいかない」


 私がとりなすと、オランドはドアにかけた手の力を抜いた。


「坊ちゃまがそう仰るなら仕方ありません。深く感謝なさい、糞餓鬼」

「今回は見逃しますが、次は無いと思ってください。その前に寿命が先に来るかもしれませんが」


 マルスがマルシェル家に執事見習いとして雇われたのは、もう七年前になるか。

 当時から何でも器用にこなせる男だったが、さすがに執事としての教育が必要ということで、約二年間この帝都屋敷でオランドの指導を受けさせることになった。

 その二年の間に何があったのか詳しくは知らないが、マルスは執事として必要な技能を身に付けたのと引き換えに、オランドとの関係がとんでもなく悪くなっていた。

 いや悪くなったのか、それともこれがこの二人の正常な関係なのか、判断がつかない。

 まあ正直この二人の執事の師弟関係はどうでもいい。

 リッツはさすがに唖然として見ているが、私とレイチェル姉上はテーブルに盛られたクッキーに手を付けていた。甘くておいしい。


「結論から言うぞ、オランド。帝都屋敷の力を貸してほしい」


 オランドが席に着いた途端に私は真正面から切り出した。オランドの眉毛が片方だけ上がる。


「坊ちゃま、この帝都屋敷はご存じの通り帝都、ひいては帝国中の情報を集めてマリクリアに送ることが任務です。そのうえで力を貸せとは、つまりお父上は無関係という事ですかな?」

「無関係と言うわけではない。最初から説明しようか。まず今の私は領主代行の任から外されている」


 領主代行ではなくなっていたことが余程意外だったのだろう。オランドは目を見開いて驚いていた。

 そして私は、神託のこと、そして一等級魔石を探していることを説明した。ちなみにセルファスの事は伏せておいた。オランドの事だからセルファスの事を子細に調べようとするかもしれないからな。

 正直なところ、セルファスに関わるのは危険が伴うとも思っている。そもそもあいつが味方かどうかも結論が出ていないしな。


「なんと、坊ちゃまに神託が……」

「私自身、未だに理由がわからんが、とにかく世界の未来を背負わされてしまった」


 まったく理不尽極まりない話だ。


「やはりアルテス神は見ておられるのですな。坊ちゃまは必ずや大きな功を上げる方だと信じておりましたぞ」

「喜んでもらえたのは良かったが、まだ何も成就していないぞ。とにかくそういうわけで、今は一等級魔石を探している」


 感涙しながら神に祈りをささげるオランド。天使が口うるさい若い娘だったことは黙っておいて正解だったようだな。


「探し物が国宝級の逸品という点が難儀ですな」

「そこは全く同意する。それで早速調べてほしいのだが、裏オークションって知っているか?」

「もちろんでございます。裏、というほど秘密でもございませんので」

「まあ確かに金持ちの遊び場みたいな所なんだろうな。しかし、高等な魔石の取り扱いがされるとしたら、そこくらいしか思いつかない。オランドは他に心当たりはあるか?」

「正直なところ、ありませんな。もちろん故買屋などにも繋がりはありますが、そういう者達の商売はもっと細かいものですからな」


 それはまあ、一等級魔石なんてものに比べれば大体の取引は細かな商売だろう。

 しかし、オランドにも心当たりがないとなると、魔石探索は難航しそうだな。

 裏オークションは調査するとしても、何が出品されるかも、そもそもいつ開催されるかも分からない。

 開催時期によっては一度マルシェル領に戻ることになるかもしれない。

 そう思うと、ゴルド山でタマから魔石を入手できたのは本当に運が良かったのだろうな。


「とりあえずは、そのオークションの調査を頼む。とにかく開催時期が分かればいいんだがな」

「年に数回はあるはずですが、そう言えばここ一年ほどはオークションの話を聞きませんな」

「冒険者ギルドの方でも何か情報が無いか当たってみるっす。本部の偉い人たちに挨拶した後になるっすけど」

「ああ、そっちの方はリッツに任せる。だが冒険者ギルドはさすがに裏取引とは無縁じゃないのか?」


 冒険者ギルドは公正を謳う組織だからな。裏取引を行う組織とつながりがあってはまずいはずだ。


「確かにギルド自体はそうっすね。でも取引相手には貴族様や商人もいるっすから、そちらから何か分かるかもしれないっす」

「そうか、だが深追いはしなくていいぞ、特に貴族相手にはな」

「了解っす。あと気になるのは監視っすね」

「坊ちゃま、監視、とは?」


 オランドがやや勢い込んで尋ねてくる。諜報を担当する者としては聞き捨てならない所だろうな。


「帝都に来るまでの道中で盗賊に出くわしてな。どうも私たちを狙って待ち伏せされたようでな」

「なんと! 坊ちゃまに弓引く不届き者が待ち伏せていたと?! そこの小坊主は気付かなかったのですかな?」

「オランド、それが相手はただの盗賊ではなくてな……」


 私は改めてルイエズ伯爵領に入る直前に襲われた話をした。待ち伏せに気付くのが遅れたことをマルスが気にしているとは思ったが、盗賊をまとめ上げていた頭目は元傭兵だった。気配を消して潜伏するのも慣れたものだったのであろう。

 しかし、オランドは容赦が無かった。


「傭兵上がりの賊とはいえ待ち伏せに気付かんとは、驚きの役立たずと言わざるを得ませんな」

「その場にいなければ何とでも言えますね。その遠くなった耳ではラッパがなっても気付かないでしょうに」


 おお、マルスが怒ってるな。目つきが若干悪くなっている。

 やはり自分でも失態だと思っているんだろうが、別に気付くのが間に合わなかったわけでもないし、気にしなくてもいいんだがな。


「やめろと言ってるだろ。それはもういいんだ。問題は我々が何者かに目を付けられている、という事だ。しかも、おそらく相手は中央の者か、有力な貴族。こういう連中に見張られている可能性を考慮しなければならない」


 また不毛な言い争いを始めそうだったオランドとマルスを制して、直面している問題を提起する。

 帝都での行動が四六時中見張られているかもしれない、となるとやはり目くらましが必要か。


「オランド、お前たちの普段やっている諜報活動は別に中央から監視されているわけではないのだろう?」


 諜報部隊の司令塔としてのオランドに質問してみる。


「そうですな、多かれ少なかれどこの貴族もやっていることですから。ただし、帝国への反乱や破壊活動のような重大な情報を掴んで通報しなかった場合、共犯の疑いをかけられたりする事もあります」

「それは冒険者ギルドも同じっすね。独立した組織といっても、やっぱりそこらへんはお互い様って感じで」

「そうなると、この一等級魔石を秘密裏に探すという行為は……」

「当然、帝室に通報すべき内容という事になります。一等級ともなると魔石がもつ魔力を暴走させるだけで大きな破壊を起こすでしょうから」


 オランドはそこまで言うと、じっと何も言わず私を見た。その雰囲気は何かを待っているようにも、何かを問いかけるようにも見えた。

 やろうとしている事の重大さ、はらんでいる危険、それを正しく認識しているのか? 分かっていて命令を出そうとしているのか?

 私が出そうとしている指示、命令は帝都屋敷の諜報部隊を危険に晒しかねないものだ。

 だが、私はすべて理解したうえでオランドに言った。


「ともすれば帝国にあらぬ嫌疑をかけられるかもしれない。危険な行為である事を分かったうえでだ。頼む、オランド。力を貸してくれ」


 つまりは一蓮托生。

 私の都合で一緒に危ない橋を渡ってくれという頼みだ。

 身勝手この上ない話なのだが……、


「承りました、坊ちゃま! このオランドにどうぞお任せくださいませ! 坊ちゃまから命令が下る日をずっとお待ちしておりました!」


 とてもいい笑顔で返答する老齢の前執事長は、この危険な頼みにも構わず全力で私を甘やかすのだった。


「ありがとう、オランド。私たちもできる限りの事はするつもりだ」

「もったいないお言葉です。つきましては、一つお願いがございます。私どもが情報を集めるにあたりまして、その正体不明の監視の目というのが厄介でございまして」

「ああ、分かっている。マルシェル家の嫡男と令嬢が、揃って帝都入りした理由が要るんだろう?」


 どれほど警戒されているかは分からないが、最低限として『我々が帝都に来た表向きの理由』が必要だ。

 監視者にとってわかりやすい帝都来訪の理由があれば、警戒の網も緩むかもしれない。相手が欲しがるであろう情報をこちらから渡してやるという事だ。


「さすが坊ちゃま。よくわかっていらっしゃる。爺めは嬉しゅうございますぞ。それではあの件は予定通りという事で」

「うん、それで構わない。もともとそのつもりで立てた予定だからな。というわけで姉上」


 突然話しかけられたレイチェル姉上。小さな果実が載ったケーキを頬張ったまま、視線だけこちらに向けた。ずっと自分に関係ない話をしていると思って退屈していたのだろう。

 だが、ここからは姉上が主役の話になる。


「話は聞いておられたと思います。そこで姉上には……」


 レイチェル姉上はケーキを頬張ったまま動かない。が、やっと自分の出番かと思い、集中して私の次の言葉を待っている。

 そして私は宣告する。


「お見合いをしていただきます」


 姉上の目が驚愕に大きく見開かれたのだった。

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