43.帝都アルテオン
「やっと着いたー」
「姉上、まだ入城手続きがありますので気を抜かないでください」
マルシェル子爵領の領都マリクリアを出発して実に二十四日目の昼前、我々はようやくアルバーナ神帝国の帝都アルテオンに到着した。
巨大な城塞都市である帝都へは北、南、西にあるいずれかの大門から入るのが一般的だ。東は川に面しているので入り口は無い。
我々の三百メトル程前方に見えているのは北の大門、正式にはセルヴァンディア門だ。やたら長い名前だが、これは帝室に貢献した偉人の名前らしい。ただ、私はこの正式名称で呼ぶ人を見たことがない。皆、北門とか北口と呼んでいるな。かくいう私もマルスから言われるまで正式名称を忘れていた。南門と西門にも長い名前があったはずだが、もちろん覚えていない。
「これが帝都ですか。初めて来ましたが、門だけでもとんでもない大きさですね」
「私も初めて! なんだか緊張するね」
ヴァルドとリセリエが徐々に迫ってくる北門を眺めながら率直な感想を言う。
確かにマリクリアの門の三倍くらいの高さがある門は、それだけで迫力がある。攻城櫓の出入りとかを想定していたんだろうか。
しかも城門や横に建つ城塔には、隙間が無いほどに幻獣やモンスターを模した彫像や、緻密な模様のレリーフが彫られている。まるで余白がある事が罪であるかのように。
帝国が建国されて約四百年。
帝都アルテオンが現在の大きさになってからでも優に二百年は経っているらしいから、飾りつけに凝る時間は十分にあったのだろう。のこのことやって来た田舎者を圧倒するには十分な威容だな。
「あらぁ? エヴァン様、険しいお顔をされてどうしたんですか? 北門に何かありまして?」
馬車の窓から帝都の北門を眺めていると、傍を歩いていたフィロメナが話しかけてきた。
そんな険しい顔をしていたか。貴族が不機嫌だと周囲を無駄に怖がらせてしまうから気を付けないとな。
「いや、いつも感じるんだが大した威風だと思ってな」
「それはまあ帝都ですものね。可愛くするわけにもいかないのでしょう」
確かにそうだが、門の装飾にいったいどれだけの金をかけたんだろうな。それらは税や各地からの上納金であり、つまりは全て帝国民の富の上前をはねたものだ。その結果、当の帝国民を見下ろす威圧的な城門が完成したわけだ。皇帝の権威を保つために必要なのかどうかは知らないが、他に金の使いどころは色々あるだろうにな。別に現皇帝が作った城門ではないが。
「ああ、やっぱり並んでるっすねぇ」
城門に近づくと、そこには帝都に入ろうとしている人々が検問を受けるための行列を作っていた。徒歩の者もいれば、荷馬車の者もいる。これは相当長い列になっているな。まともに並んでいてはかなり時間がかかってしまうな。
「ヴァルド、すまないがタバルを呼んできてくれ」
行列の最後尾に並んで馬車が停まると、私はヴァルドにそう頼んだ。すぐに隊商の荷馬車の列からマリクリア運び屋組合の顔役、タバルがやって来た。
ちょうど私が馬車から降りて体を伸ばしていた時だった。長く馬車に乗っていると体が固まってしまう。
「坊っちゃん、お呼びで?」
「ああ、タバル。見ての通りの検問行列だ。すまないが先に行ってもいいか」
「もちろんでさぁ。こっちとしても坊っちゃんの邪魔はしたくないんで」
「悪いな。ヴァルドとフィロメナを置いていく。何かあったらマルシェル屋敷に駆け込んでくれ」
貴族の馬車は検問のために行列に並ぶ必要はない。平民とは別に入城の手続きができる特権を持っている。名だたる大貴族だってここを通るのだから、待たせるわけにはいかないというわけだ。怒らせて割を食うのは現場の衛兵達だからな。
だが、今回のように貴族についてきた隊商達はそうはいかない。貴族の同伴という事で、多少手続きが簡略化されるらしいが、検問の行列に長時間並ぶことになる。
普段であれば、隊商達と一緒にのんびりと列に並ぶところだが、そもそも今回の帝都来訪は急ぎの調査が目的なので、ここで時間を使いたくはない。
大勢並んでいる行列の横を馬車で追い抜いていくのは、いかにも偉そうで気が引けるところだが、今回は時間を惜しむ。
「後は頼むぞ、ヴァルド、フィロメナ」
「はっ、お任せください」
「こっちはお気になさらず。リセ、大きな建物を見てキョロキョロしてると、お上りさんって言われちゃうわよ」
「そんなことしないよ! 私だってマルシェル家の騎士なんだからね」
フィロメナの軽口に憤るリセリエ。本人は真剣なのだが、背が低く童顔でもあるため、子供が怒っているようにしか見えない。ぷんすか、という擬音が聞こえてくるようだ。
しかし何だろうな、城門をくぐった後のリセリエの顔が容易に想像できてしまうなぁ。
「ほえー」
「口が開いてるぞ、リセリエ」
案の定、リセリエは帝都の中に入った途端、高くそびえる建物を見上げて呆然としていた。
「建物がすっごく高いね、エヴァン君」
「まあ帝都だからな。特にこの辺りは高層の建物が多いな」
北門を抜けると、そこは大きな広場になっている。門をくぐったばかりの旅人や荷馬車がひしめいているが、それでも通行にまったく支障が無いほどの広さだ。
フィロメナが言っていた通りのお上りさんっぷりを見せつけたリセリエだが、幸いなことにマルシェル家の騎士として恥をかくことはなかった。
なにしろ広場のそこかしこに、リセリエと同じような顔で建物を見上げている人々がいるから。皆、一様に『ほえー』といった表情だ。
私は馬車の窓を大きく開いて見上げる。
十階建てくらいあると思われる建物が林立し、空がろくに見えないほどだ。私は何度か帝都に来たことがあるので驚きはしないが、初めて見た者は圧倒されること請け合いだな。
我が領都マリクリアで一番高い建物は、確かマリクリア大学の尖塔だったと思うが、それと同じくらいの高さの建物が並んでいる。
どこかの商会の建物であったり、建物丸ごとが宿屋であったりするのだが、こういった高層の建物は北門に限らず、南門や西門周辺にも多く建っている。
というよりも、各門の周辺にしか建っていないと言った方が正解か。
「中央や東側に行くと逆に建物は低くなるんだがな」
「へえ、そうなんだ。どうして?」
「あ、知ってるっすよ。中央には大教会、東には帝城があるからっすよね?」
「さすが冒険者だな、リッツ。よく知っている」
会話に参加してきたリッツが私の代わりにリセリエの疑問に答える。
リッツの言う通り、中央と東の河岸には帝都で最も高い権威を持つ二つの施設がある。中央にはアルテス神教のアルテオン大教会。そして東には河岸の丘の上に帝城アル=ゼル=ザウトがそびえ立つ。
この二つの建物の周囲では、高層建築が法によって禁止されている。
前者は景観の美しさを守り、神の権威を際立たせるため。後者は主に防衛機能のためだ。見通しが悪いという事はそれだけ敵の接近を許しやすいという事だからな。
「これだけ高いと登りがいがあるわね」
「それはまさか外から登るという意味ですか、姉上」
「え? もちろんそうよ?」
「お願いだから登らないでくださいね。というか登れるのがおかしいんですけど」
操作系魔法の使い手であるレイチェル姉上は、何もないところに足場を作れてしまうからな。途中で意識を失わない限り、落下するという事が無い。
ふと気になって馬車に同乗しているマルスの方を振り返る。
「まさかとは思うが、お前はこの高さを登れないよな?」
「エヴァン様、私は魔法を使えません。お嬢様と同じように思われては困ります」
「そうか。まあそうだよな」
「私ならば最低でも壁に鋲を打たなければなりませんし、お嬢様よりも遅れてしまうでしょうね」
「あ、登ることはできるのか」
私の周囲には曲芸師のような者が多いようだ。
とは言いつつも、ある程度以上の高位の魔法使いであれば、何かしらの方法で登ることはできるだろう。私も含めて。
もっとも、帝都の中で規模の大きな魔法を使う事は禁じられているのだが。
いや、それ以前に帝都で大魔法を使うような事態に陥りたくないな。魔石探しはあくまで隠密に行わなければならない。今回は特に、帝都の暗部ともいえる裏オークションの調査が主な目的だからな。会場にはどんな大物が来るか分かったものじゃない。目立たず、騒がずが大前提だ。
「リセリエ、もう堪能したか? 早速、マルシェル家の帝都屋敷に向かいたいんだが」
「あっ、うん大丈夫だよ。もう上は見ないようにするから」
「別に見るなと言ってるわけじゃないんだがな……」
両手で自分の頬をパシッと叩いて、リセリエが気合を入れる。建物に圧倒されたのが悔しかったようだが、それは仕方ないと思う。マルシェル子爵領は基本的に田舎だからな。
「オーストも帝都は初めてだろう? マルス、御者台に乗ってオーストに道を教えてやれ」
「かしこまりました」
マルスが素早く馬車の外に出て、御者台に上っていく。一応、執事は御者よりも立場が上なので、オーストが恐縮しているようだが、マルスは全く気にしていない。道を知っている者が案内役をするのは当たり前だ。
「坊っちゃん、マルスさんは帝都に詳しいんすか?」
御者台に座ったマルスを見て、リッツが私に問いかける。
ああ、リッツは知らないかもな。
「マルスはマルシェル家に雇われてすぐに帝都屋敷で執事として修業しているからな。私よりもよほど帝都のことを知っている」
「へぇ、そうだったんすか。どうりで慣れてるわけだ」
さして意外でもなさそうにリッツは言った。神託の探求団として短い期間だが共に行動してきて、マルスの特異性に気付いた後では、『帝都に詳しい』という程度では何も感じなくなっているようだ。さすが、冒険者は順応性が高いな。
「いや、これだけ見てきたら冒険者じゃなくても、『マルスさんなら不思議じゃないな』ってなるっすよ」
「それに関しては、我が家中の者が不調法で申し訳ないと言っておこうか。姉上の分も含めてな」
「え、私がどうかした?」
「姉上はいつもお元気だな、という話です」
「そう? いつもあんまり変わらないけど」
「それで結構かと思いますよ。さあオースト、馬車を出してくれ」
レイチェル姉上にこれ以上絡まれる前にさっさと帝都屋敷に向かおう。
御者のオーストが軽く鞭を入れると、二頭の馬がゆっくりと歩き始めた。
これから、北門と中央部のアルテオン大教会を結ぶ大通りを進み、帝都のやや東寄りにある邸宅が多く建つ地区、通称『貴族街』へ向かう。
マルシェル家の者が帝都に滞在する際に使用する屋敷が目的地だ。
今後の魔石の情報集めの拠点となるわけだが、ルイエズ伯爵領の前で盗賊に襲われたことも忘れてはいけない。
我々は何者かから敵視、または危険視されている。
それがマルシェル家の者としてなのか、神託の探求団としてなのかは分からないが、帝都での活動において、帝都屋敷の者たちの手を借りなくてはならないのは明白だ。
「さて、快く協力してくれるといいんだがな」
大通りは人々が多く行き交い、馬車も大した速度は出せないので、帝都屋敷に到着するまでには少し時間がかかるだろう。
神託や魔石の事を伏せたまま、帝都屋敷の皆の協力を得るための説明を考えておかないとな。




