42.周到な用意
「えっ、それじゃ盗賊は最初から坊っちゃんを狙ってたってことっすか?」
「あくまで憶測だがな。なにが原因で、誰に目を付けられたかは分からん」
「一等級魔石を探してる事もバレたんすかね?」
「それが目的なら、最初から全員で総攻撃をかけてきそうなものだがな。それも今回の何倍もの人数でな。意外と金品が目当てだったのも本当かもしれん。我々を襲撃する依頼を受けて、報酬として略奪が許可されていた、とかな」
「うわー、ありそうな話っすね」
ルイエズ伯爵領に到着した我々は、早々に盗賊たちを警備兵に引き渡した。
今頃ヴァルドが事情説明やら報奨金の受け取りやらをしている事だろう。
面倒くさい手続きは部下に任せて、我々『神託の探求団』は今、酒場の隅で話し合いをしている。酒は無いが食べ物だけは大量にテーブルに載っている。お腹がすくと話し合いにならなくなる人が若干一名いるからな。もちろん私ではない。
議題はもちろん盗賊の背後関係について。
「マリクリア冒険者ギルドの副長であるリッツや、三等級冒険者でもあるレイチェル姉上が同行していることを知ったうえであれば、あの人数では襲ってこないと思うんだがな」
自分の話をされたレイチェル姉上が、誇らしげな笑顔でこちらを見る。しかし、何も喋らない。なぜなら手掴みで骨付き肉を頬張って口の中がいっぱいだから。貴族令嬢とは……。
「今回、こちらを舐めてかかったとしても、次は準備万端整えてくるってことっすね」
「それは、いや、どうかな。マルスはどう思う?」
隣の椅子に座るマルスに聞いてみた。ちなみに食事もせずにクリスタルスピナーの糸を丁寧に巻く作業をしている。楽しそうだな。
「そもそもですが、曲がりなりにも貴族の率いる隊商を襲うにしてはやり方が杜撰すぎます。あれが何者かが計画した襲撃であれば、まるで全滅することが分かっていたかの様です」
「それは確かに。あの人数があればもっとやりようがあったかもしれないっすね」
総勢二十九人だったか。崖の高低差を利用してはいたが、飛び道具の用意も十分ではなかったようだし、詰めの甘さは隠しきれないな。
「つまり、やつらは捨て石にされた、ということか。なら目的は?」
「考えられるのは戦力の偵察っすかね?」
「レイチェル姉上の力を計りに来たってことか?」
「レイチェル様はマリクリアじゃ有名っすからね。それは一番知りたいところっすね」
若くして三等級冒険者に認定され、普段から街道沿いに出没するモンスターを狩る特別遊撃隊隊長でもある子爵家令嬢。まあ外から見たらなかなか派手な存在だな。
また自分の話になったことが嬉しいのか、レイチェル姉上は自慢げな笑顔でこちらを見てくる。しかし、やはり何も喋らない。なぜなら今は口の中がシチューでいっぱいだからだ。頬を膨らませてもぐもぐと咀嚼している。なんかこういう動物いたな。
「そうするとマルスの戦闘を見せてしまったのはまずかったか?」
「いやいや、それは仕方ないっす。あんな早さで崖を登れるのはレイチェル様とマルスさんだけっすから」
実際、崖の上から弓の攻撃はなかったわけだしな。護衛隊が普通の兵だけで構成されていたらこうはいかなかっただろう。もしかしたらこちらに犠牲が出ていたかもしれない。それを避けられただけでも良しとしなければならないのかもな。
「あと、目標が私たちだとすれば、ある程度はこちらの位置が分かっていたことになりますね。目と鼻の先に関所があるような場所で長時間待ち伏せしていたとは思えませんし」
「または関所の警備隊が盗賊たちとつながっているか、だな」
「それはさすがに考えすぎじゃないっすか?」
「だといいんだがな」
他領の事とは言え、関所を守る者が犯罪に加担するとは、私も思いたくないな。しかし、我々がいつあの峠を通るか分かっていたとなると……。
「内通者がいる……?」
「そういう結論になるっすね」
「怪しい動きをしている者はいたか?」
そういう事に真っ先に気付くとしたらマルスだろうと思い尋ねてみたが、返答は否だった。
「少なくとも私の知る限りでは怪しい者はいませんでしたが、さすがに人数が多いですからね」
「全部把握するのは無理か。まあ明日にでも探りを入れてみるか。私が知らない商人も何人かいるしな」
「あれだけいる商人のうちで知らないのが数人だけって、坊っちゃんの顔の広さはどうなってんすか……」
領民と顔見知りになっておくのは領主として大事な事だと思うが、リッツの考えは違うのだろうか? 子供の頃からロベルトたちの目を盗んで街に繰り出しては交流を深める努力をしてきたというのに。
「エヴァン様の脱走癖の賜物ですね」
「嫌味にしか聞こえんな」
「嫌味を申し上げましたので」
専属執事の忠誠心に疑問を持たざるを得ないな。
「むー、むー!」
レイチェル姉上が、私を指差して何かを訴えている。しかし、今度は大きな根菜のソテーを頬張った直後だったらしく、またしても喋れない。
まあ多分、私が屋敷を脱走することについて何か言ってるんだろう。同じく脱走常習犯の姉上にだけは言われたくないので、喋れないのは好都合だ。
「とりあえず、今日は休もう。明日、出発前に商人達と話す時間を作る」
我が領都マリクリアの中に内通者などいないと思うが、まあ念のために、な。
翌朝。
「なに? 護衛が一人いなくなっただと?」
「いたっすね、内通者」
マルスが報告してきた所によると、商人が雇っていた護衛の一人が行方不明らしい。
よく話を聞いてみると、昨日関所に到着し、宿に入った時から誰も姿を見ていないようだ。
これは先手を取られてしまったな。
「しかし、これで昨日の襲撃の目的が金品ではなかった可能性が高くなった。警備隊の詰所へ行って、頭目たちの尋問をさせてもらうとするか」
「それなんですが、エヴァン様」
「なんだ?」
マルスが珍しく言い淀んだ。嫌な予感がするな。
「盗賊の頭目を含む、約半数の者が昨日のうちに帝都に向けて移送されたそうです」
「は? なんだそれは?」
昨日捕らえた盗賊が、その日に移送されるだと? ろくに取り調べもせずに?
「なんでも、帝都で盗みか何かの罪を犯して手配されていたようです。捕らえた場合、即移送せよとの命令が出ていたとか」
「……完全に後手に回ってしまったな」
「申し訳ありません、私の落ち度でございます」
マルスが謝罪をするが、とても責める気にはならない。
「いや、これは相手の段取りが良すぎる。マルスの責任ではない」
ここまで周到に準備されてしまってはな……。
「帝都に移送されたんなら、馬を飛ばせば追いつけるかもしれないっす。追うっすか?」
リッツの提案は確かにその通りなのだが、問題がある。
「本当に帝都に移送されたんなら、な」
「え……、それってつまり」
「あの元貴族の私兵という連中が、表に出せない特殊な任務を請け負っていたして、失敗したらどうなるか、という話だな」
おそらく私と同じことを考えているであろうマルスへ視線を向ける。
「十中八九、口封じに始末されるでしょうね」
「追っても無駄、ということだな」
悪党とはいえ、あの頭目の男は雇い主の情報を話さなかった。傭兵の意地みたいなものを感じて少し思うところもあったが、それはこちらに被害が無かったからだ。
「これでいよいよ手掛かりはなくなったってことっすね」
「だが分かったこともある。我々は中央政府、しかも上層部の誰かだな」
帝都出身の盗賊もどき。
多くの人員の使い捨て。
他領広域に及ぶ影響力。
これらの事実が大きな権力者の輪郭を浮き彫りにしている。政府高官か、大貴族か、それとも帝室か。
「これは面倒な事になったか」
恐らく監視が入るだろう。帝都での活動がやりにくくなるな。
「エヴァン様、これはやはり……」
「ああ、偽装の方もちゃんとやらなければならなくなったな」
「え? 何すか、偽装って」
私とマルスの間に不穏な緊張感が漂い始めた事を感じ、リッツが不安げに尋ねてくる。
「それは帝都に到着したときに説明する。とはいってもリッツは特別何もしなくていい」
「そうなんすか? それなら、まあいいんすけどね」
「ああ、あまり気にしなくていい。それより、出発の時間だ。隊商を無事に帝都に送り届けるのも重要な任務だからな」
隊商の荷馬車はすでに出発の準備を整え、あとは私たち、子爵家の準備が整うのを待つばかりであった。
馬車そのものはもういつでも出せるのだが、肝心な中身の準備が遅れている。
理由はレイチェル姉上が寝坊したから。
姉上本人は寝起き姿そのままで馬車に乗ろうとしたが、寝乱れた髪や、ろくに目が開いてない寝ぼけた顔などを周囲の者が放っておくはずもなく、現在大急ぎで身支度中だ。
冒険者としての旅なら、半分寝てても容赦なく出発するのだが、今回の旅はそうはいかない。
今も宿屋の二階から姉上のメイドやリセリエ達の声が聞こえてくる。いやあれはどちらかというと怒号か。女の朝は戦場というが、まさしく、だな。
「こんな私たちを領民は笑って許してくれるのだから、ありがたいことだ」
今の私にとって、一番の重要事項で緊急の任務はもちろん魔石集めなのだが、マルシェル家の嫡男としての責任を忘れたわけではない。
むしろ、その責任を感じるからこそ魔石集めをしていると言ってもいい。
将来の何世代にもわたり、領民たちの幸福な生活を守るためと思うからこそ、危険を冒して神託成就を目指す。
セルファスは胡散臭いが、神託そのものを疑うつもりはない。
疑う材料すら与えられていないのだから当然と言えば当然だが。
ルイエズ伯爵領に入ると、街道は帝都まで割と平坦な道が続く。
ルイエズ領都フィントン、ホグス子爵領ダルゼイ、そしてルード公爵領ランザントを経て、帝都アルテオンを目指す。
途中、遠目にモンスターを見かける事はあったがこちらに襲い掛かってくることもなく、そして盗賊に遭う事もなかった。
大きな街に到着するたびに、リッツは冒険者ギルドに挨拶に行き、商人たちは荷を入れ替えたりして忙しそうにしていたが、私たちはのんびりしたものだ。リセリエやヴァルドなどは『体がなまる』とかいって商人たちの荷運びの手伝いをしていたしな。元気があって良いと思う。
「エヴァン様も少し体を動かしたらいかがですか? ずっと馬車に乗りっぱなしでしょう?」
マルスがこういう余計な事を言ってくることもあったが、私はじっくりと本を読む貴重な時間を楽しんでいた。頭の片隅にずっと神託や世界の将来の事がへばりついたまま。




