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41.物盗りの仕業

 フィロメナの殴打で悶絶していた頭目を筆頭に、総勢二十九人の盗賊を捕縛した。

 思ったより大人数だったな。これだけいれば立派に大盗賊団だ。


「エヴァン! みんな気絶しちゃったんだけど! 降ろすの手伝って!」


 右の崖の上からレイチェル姉上が叫んだ。

 確かにあの打撃を受ければ普通の人間は気絶くらいはするだろうな。おかげで逃亡される恐れはないが、街道に降ろすのも一苦労だ。

 結局、ヴァルド達と隊商の護衛、それに力に自信がある商人や使用人たちが協力し、大きく回り道をして気絶した盗賊を担いで崖から降ろしていく。戦闘そのものよりもよっぽど手間がかかる。


「皆さんは自分の足で降りて下さい。ろくに怪我もしてないですからね」

「はい、さっさと歩いて! 急いで!」


 一方、マルスの方はというと、こちらの盗賊は自分の足で崖を回り込んで街道に降りてきていた。リセリエが最後尾から盗賊達をつついているのが見える。

 ほぼ全員がマルスが隠し持っていた細い糸で行動不能にされていただけで、実際ほとんど傷を負ったものがいない。膝から下に絡みついた糸だけが解かれて、小さな歩幅で雛鳥のようにちょこちょこと歩く姿は可愛げすらある。まあ、実際は厳つい顔をしたひげ面の男どもなのだが。


「エヴァン様、こちらは片付きました」


 自身は軽やかに崖を飛び降りて、マルスが私に報告に来た。


「ご苦労だったな。なにか細い糸を使っていたようだが?」

「こういう時のために用意していたクリスタルスピナーの糸です」


 クリスタルスピナーとは、ある地方に生息する蜘蛛のモンスターで、透明で美しく、そして強靭な糸を吐き出す事で知られている。同時に高価なことでも有名だ。とある貴族はこの糸でドレスを作ろうとして領地の財政が傾いたらしい。

 マルスはクリスタルスピナーの糸を数本束ねた物で盗賊を絡め取っていたようだが、少量とはいえ安くはなかったはずだ。


「こんな盗賊相手に使う必要があったのか?」


 姉上の様に殴ってしまえば良かったような気がするがな。


「解けばまた使えますし、確実に無傷で捕らえることを優先しました」


 なんでもないようなことの様に言っているが、この量の糸となると、マルスのひと月分の給料くらいの値段になるのではないだろうか? まさに大盤振る舞い。

 気前のいい事だと思っていると、マルスは崖から降りてきた盗賊達をロープで縛り直して、クリスタルスピナーの糸をせっせと回収し始めた。

 盗賊がもがくほど糸はもつれてしまうので、「おとなしくしなさい!」とか言って押さえつけていた。

 普段あまり大声を出さないマルスだけに、必死さがよく伝わってくる。


「リッツ、頭目らしき男は?」


 忙しそうなマルスを尻目に、私はリッツに声をかける。

 確かフィロメナに殴られてたよな。


「真っ先に縛り上げたっす。でも近づかないでくださいよ、何してくるかわかんないっすから。全員拘束するまで待ってて欲しいっす」


 頭目の足を拘束していた土魔法はすでに解除していたが、後ろ手にロープで縛られ、周りは手練れの護衛達が固めている。リッツは心配しているが、この状況で逃げようとも思わんだろう。


「あら、エヴァン様。ちょうどお頭様が目を覚ました所ですよ」

「お頭様……。そうか、じゃあ話し合いといこうか。フィロメナはリッツの作業を手伝ってやってくれ」

「エヴァン様が自ら尋問を?」

「まあ世間話程度だな。私の話好きは知ってるだろう?」


 フィロメナが少し怪訝な表情をしたが、何も言わずにリッツの方に歩いて行った。

 とりあえずこれで頭目を一対一で話せる。

 盗賊の頭目らしき男は地面に座り込んで、じっとこちらを睨みつけてきていた。

 なんで襲われた方が睨まれなきゃならないのか全く理解に苦しむな。


「さて、見事に返り討ちに遭ったわけだが、自分の立場は分かっているな?」

「ふん、役人に突き出すんだろ? 殺す気なら最初からそうできたよな」


 ひげ面の頭目は吐き捨てるようにそう言った。

 まあ確かにやろうと思えばできたな。こいつらが最初からこちらを皆殺しにするつもりで襲ってきていたら、手加減する余裕もなく全力で反撃するしかなかったかもしれない。もしそうなっていたら、私もなりふり構わず魔法を使う事になっていただろう。マルス以外の前で本気で魔法を使うわけにはいかないので、この盗賊たちが分別のある物盗りで良かったと言うべきか。


「もちろん、この峠を下りればすぐにルイエズ伯爵領だ。関所に着けばすぐに警備隊に引き渡す。だが、いくつか聞いておきたいことがある」

「……盗賊から何を聞こうってんだかねぇ」


 ふんっと鼻で笑うような頭目の態度だが、どことなく余裕があるようにも見える。そういうところに違和感を感じる。普通はもっと悪びれて、命乞いの一つもするものではないのか?


「お前たち、本当に盗賊か?」

「ああ? 盗賊以外の何に見えるってんだよ」


 質問の意味が分からないと言わんばかりの態度だ。しかし、私の問いには答えていない。


「そうだな、例えば傭兵くずれ、かな」


 そう言うと頭目は私の目を見て息を吐いた。


「大した見立てだな。俺を含めてここにいる半分くらいは確かに元傭兵だ。帝都である貴族の私兵をやってたが、クビになって食っていけなくなった。後の半分は、もともとこの辺りにいた盗賊だ。俺達が力ずくで従わせたがな」

「そうかそうか、私の目も捨てたもんじゃないな」


 マルスにしては敵に気付くのが遅かった事、盗賊にしてはまともな武器や武術を使うものがいたことから考えても、ただの盗賊ではないと思ったが正解だったようだ。


「見抜かれるとは思わなかったぜ。大した貴族様だな、あんた」

「まあ、そう褒めるな」

「いやいや、大したもんだ」


 頭目が分かりやすくおだててくる。


「だが、帝都で元貴族の私兵だと? それなら貴族家の馬車を襲う事がどんな重罪にあたるか知っているな? 目的はなんだ?」


 私は頭目にぐっと顔を近づけて問うた。

 しかし、頭目に動じた様子はない。


「目的と言われてもな、この人数がしばらく食えるだけの金が必要だったってだけだ。それ以外に目的などない」

「……そうか。分かった」


 ヴァルドとリセリエがこちらに近づいてくるのを感じ、私は尋問を切り上げた。まあ聞きたいことは聞けたかな。


「エヴァン様、お待たせしました」

「盗賊はみんな縛り上げたよ。まだ気を失ってるのもいるけど」

「ああ、ご苦労だったな。じゃあ頭目もまとめてルイエズ領の関所まで連行するか」

「え? 尋問されたりはしないのですか?」


 ヴァルドが疑問の声を上げる。


「ん? まあ私が聞きたいことはさっき聞いてしまったからな。関所で引き渡す時の聴取なんかはヴァルドに任せるよ」

「はあ、もちろんそれは構いませんが……」

「それよりエヴァン君、私はちょっと怒ってるからね」


 リセリエが腰に手を当てて、分かりやすい怒りのポーズをとっている。

 しかし、何か怒られるようなことしたかな?


「何をそんなに怒ってるんだ?」

「武器を持った盗賊の集団に一人で話しにいったでしょ」


 ああ、何の事かと思えば最初に私一人で盗賊と対峙した事か。リッツとフィロメナは少し後ろにいたし、危ないと言えば危ない場面だったな。

 ただ、万が一いきなり攻撃されたとしても、魔法でどうとでも回避できたので私にしてみれば別に危険ではなかった。それはリセリエに説明はできないが。


「すまなかった、あの時は盗賊たちを油断させたかったんだ。うまく行っただろ?」

「エヴァン君にそういう無茶させないために私たちのような騎士がいるの! 少しでも危ないことは私たちにやらせなきゃダメ!」


 学生の頃から割と怒りっぽいところがあったリセリエだが、こういう説教をされるのは初めてだ。これが彼女なりの忠義というものなのだろうか。


「言い方に問題はありますが、私もリセリエと同じ意見です。必要とあらば迷わず我々を捨て石にする覚悟はお持ちください」


 ヴァルドにも言われてしまった。

 貴族の振る舞いとしては問題があったか。


「ああ、分かった。考えておくよ」

「考える、じゃなくて!」

「リセリエ、これ以上は無礼にあたるぞ。エヴァン様、それでは盗賊共の連行準備に入ります。気絶している盗賊は、隊商に頼んで荷馬車で運びますので」


 まだまだ言い足りなさそうなリセリエを引き摺るようにして、ヴァルドが隊商の方に戻っていった。


「安全を考えた結果、なのですがね」


 いつの間にか傍に立っていたマルスがぼそりとつぶやく。周囲は盗賊の連行やら隊列の確認やらで忙しくしているので、マルスの声は私にしか聞こえていない。


「リセリエ達は私の本当の魔法の力を知る由もないんだ。彼女たちの言う事は実にもっともだ」

「しかし、それではエヴァン様がいつまでも誤解されたままですね」


 そういうことだな。だが、私の力は危険すぎる。秘密にしておかなければ必ず子爵領や領民にとって災いになるだろう。

 それに、


「多少誤解されるのは構わない。それよりも皆に恐怖されるのが怖い」

「左様でございますか」


 領民の立場になってみれば、自分たちが住む土地の領主がとんでもない魔法の力を持っているなど恐怖の対象でしかないだろう。その気になれば町や村を自分の力だけで壊滅させることもできる。

 きっと誰もが私に平伏し忠誠を誓うだろうが、そんなものにいかほどの価値もあるはずがない。

 私はちょっと話好きな身近な領主を目指すべきなのだ。

 領民のみんなが本音を話したくなる。

 思っていることを思いのままに伝えられる。

 それが私の理想なんだ。


「マルスには苦労をかけるが、これからも頼むぞ」

「はい、承りました。執事の仕事ではありませんがね」

「確かに執事の仕事ではないな。だが付き合ってもらうぞ」


 私の言葉にマルスは恭しくお辞儀を返した。マルスの所作はいつみても様になっているな。


「それでだな、マルス」

「この盗賊たちの目的、ですか?」


 私が言いかけたところにマルスが言葉を被せてきた。やはりマルスも気になっていたようだな。


「頭目の話によると。半数は帝都で貴族の私兵をやっていた連中らしいな。とはいっても表向きは平和な帝都で私兵なんて言ってもな……」

「はい、貴族が裏で汚れ仕事をさせるために雇う場合が多いですね。しかし、子爵家の馬車だと分かったうえで襲おうとするのは、いくら食い詰めていたとしても危険すぎます。本当に金品が目的だったかどうかは怪しいですね」

「だが頭目のあの様子ではしらをきり続けるだろうな」


 頭目に貴族を襲う事の重大さを問い詰めた時、奴は動じずに『目的は金だ』と言い切った。あれは覚悟を決めた言葉と私には聞こえた。話し方も盗賊と言うよりは兵士っぽくなっていたしな。おそらくそれがあの男の素の顔なのだろう。


「こんな大人数を抱えていては拷問するわけにもいきませんしね」

「当たり前だ。元からそんなつもりもない」


 さらっと怖いこと言うな、こいつは。


「しかし問題は大きいですね。我々は意図的に狙われた、という事になりますか」


 マルスの言う通り、いずこかの筋から目を付けられた可能性が高い。今のところ全く相手の見当がつかないが。


「きっかけがあるとすれば、この前のゴルド山への旅だろうな。マリクリアの領民は私やレイチェル姉上がドラゴン絡みでベリア領に向かったのは知っているし、ギルセアの冒険者ギルドには貴族の身分を隠さずに訪問したしな」


 冒険者ギルドのギルセア支部。支部長はバルコだったな。堅物そうな人物だったし、ギルセアの代官に報告くらいはしているかもしれない。事の次第によっては、ベリア伯爵まで話が伝わるかもな。

 とすると、この盗賊団を差し向けてきたのはベリア伯爵家? いや、さすがにそれは無いな。いくらなんでも反応が過敏すぎる。お忍びで領地に入ったからと言って襲撃をかけなければならない理由はない。


「タマを移住させたことが露見したか?」

「エヴァン様、もしそうなら中央から危険視される前に領内が大騒ぎになります」


 それは確かにその通りだな。しかし、そうなるといよいよ心当たりがないな。


「ともかく、誰に目を付けられたかは知らないが、盗賊もどきを差し向けるようなやり方をしてくる時点で相手も事を大きくしたくないことは明白だ。我々、『神託の探求団』の目的が漏れないように注意しなければな」

「今まで以上に注意いたします」


 この事はレイチェル姉上やリッツにも言っておかなければならないな。周囲に怪しい動きが無いか注意してもらわなけば。


「そういえば、マルス」

「何でしょうか?」

「クリスタルスピナーの糸は回収できたのか?」

「……八割程はなんとか」

「残りは使えんか。大損害だな」


 わずかに眉間に皺を寄せたマルスの肩を私はポンポンと叩いた。


「エヴァン様、特別経費が出たりは……?」

「アンナを説得できるなら構わんぞ。そもそもクリスタルスピナーの糸を買ったのはお前の趣味だと言われなければいいがな」


 私がそう言うと、マルスの眉間にはっきりと皺が増えた。どうやら図星だったようだな。


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