40.崖の上の
「盗賊? こんなところで? ルイエズ領までほんの少しだぞ」
驚きとともにマルスに聞き返すが、返ってきたのは落ち着き払ったマルスの声だった。
「道が細くなったところに待ち伏せていたようですね。前方を塞ぐのは見える限りでは十人。しかし、側面の崖の上にも相当数をひそませています」
「この距離までお前が気付かなかったとはな」
「潜伏に長けた盗賊なんでしょうかね?」
「何を暢気な……」
この距離、とは言え峠道の真ん中で仁王立ちしている男たちまでは、まだ百歩ほどの距離がある。
それなのに何故盗賊だと分かるかというと、
「あちゃー、すでに抜剣してるっすね。もう逃げられないってことっすか」
騎乗して馬車のすぐ横にいたリッツが、顔をしかめている。
「どちらにせよ、こちらは大所帯。引き返しても背中から襲われるだけだ。オースト、馬車の速度を落とせ。逃げる気が無いことを相手に伝える。マルス、馬車に旗は揚がっているな?」
御者のオーストに速度を落とすように命じつつ、マルスに確認する。
「マルシェル家紋章旗、間違いなく掲げております」
明確な敵意、進路の妨害、貴族家への不敬、全部揃ったな。
「姉上、先制します。右の側面をお願いできますか?」
「もちろん! エヴァンが合図出すのね?」
「はい、それでいきます。あ、できれば殺さないようにしていただきたいのですが……」
素早く魔剣を取り出したレイチェル姉上に、一応お願いしてみる。
姉上は動きを止め、目をぱちぱちと瞬いて魔剣と私を交互に見た。そして一瞬の逡巡の後、足元に収納していた革鞄からいつものレザーガントレットと脛の部分に鋼板が仕込まれたグリーブを取り出して、慣れた様子で装着した。その所作は、マナーの授業でいつも叱られているとは思えないほど洗練された無駄のない動きだった。今はどうでもいいことだが。
その時、外で笛の音が鋭く響いた。
短く四回。あらかじめ決めてあった合図だ。内容は『敵襲。馬車へ退避』だ。
笛の音を聞いた隊商の者達が慌てて馬車に乗りこんでいく。馬車の幌は丈夫な材質なので、矢を射かけられてもそう簡単には貫通しない。ほんの少しだが立てこもっていられるだろう。
「マルス、お前は左だ。飛び道具から片付けろ」
「心得ております」
馬車の中からマルスに指示を出すと、腰の短剣を外した。
「エヴァン様、停めますか?」
御者のオーストが落ち着いた声で尋ねてくる。
正面の道を塞いだ盗賊の男たちまでの距離は残り二十数歩というところか。ちょうどいいな。
「よし、停めろ。出るぞ。あくまで臨戦待機だ、走れるようにしておけよ、オースト」
「はっ、了解です。お気をつけて」
馬車の扉を開け、外に出た。武装していないことを示すため、マントは着用しない。
私に続いて、レイチェル姉上も馬車から降りた。そのまま何も言わずに姉上は右手の崖の近くに立った。反対側の崖の下には、すでにマルスが立っている。二人とも緊張も気負いも感じられない。自然体だ。
「リッツ、フィロメナ、私の後ろに少し離れて待機してくれ」
すぐそばにいた二人に声をかける。
「エヴァン様、私達も」
「そうそう危ないよ! エヴァン君!」
ヴァルドとリセリエが声を上げるが、私はそれを制した。
「お前たちは隊商の護衛だ。攻撃は考えなくていい。守りに徹しろ」
有無を言わせない厳しい口調で指示を出すと、ヴァルドたちはそれ以上何も言わずに後退していった。リセリエが心配そうにこっちを見ている。領民の前で騎士がそんな顔をするんじゃないぞ。
ともあれ、これで準備はできたかな。
私は大きく息を吸うと、
「そこの者達、私は帝国子爵、マルシェル家の嫡男エヴァン・マルシェルである。無礼狼藉を働くならば厳罰に処するぞ!」
盗賊達に歩み寄りながら、大声をあげた。
威勢の良いことを言っているが、私は丸腰だ。マントすら着用していない。リッツとフィロメナは控えているが、少し距離を置いた後方だ。
これはつまり、盗賊に対し降伏の意を表している。
さっきの台詞はただの貴族の常套句に過ぎない。
「威勢がいいな、貴族のボンボンが! だが丸腰で現れたのは良い判断だ! 降伏は早い方がいい!」
大剣を持った、ひと際大柄な男が私に言う。どうやらこちらの意図は正しく相手に伝わったらしい。
私はゆっくりと盗賊たちに近づき足を止める。頭目と思われる大男まで、残り五歩といったところか。
「とりあえず武器と金目の物は置いていきな。あと若い女が何人かいるな。ちょっと付き合ってもらおうか。なに、大人しくしてりゃ殺しやしねえよ」
大男がそう言うと、取り巻き共が下卑た笑いを上げる。
「そうか。それが要求か。食い詰めた民が盗賊になり下がった、というわけでも無さそうだな」
私はふぅと息を吐く。
「それでは、こちらからの要求だ」
そう言うと、盗賊たちは怪訝な表情で騒ぎ出す。
「あぁ? 要求だぁ?」
「何言ってんだ?」
「囲まれてんのが分かってねえのか、こいつ」
「命乞いするにしても早すぎるぜ、情けねぇ貴族だ」
口々に私を小馬鹿にする盗賊たち。
「……要求は一つだけだ。全員、縛に就いてもらう」
「ん?」
「何だって?」
「鈍いな。かかれ!」
号令を出すとともに、魔法を発動させる。
殺すことが目的ではないので派手な魔法は要らない。
突如、目の前の頭目らしき男を含めて十二人の盗賊の足元から土がツタのように生えてきた。一瞬のうちに膝辺りの高さまで伸びたそれは、本物のツタのように盗賊たちの足に絡み付いて一歩も動けなくしてしまう。突然足を拘束され動揺の声をあげる盗賊たち。
「こいつらの動きを封じろ! 足が折れるくらいは構わん!」
「了解っす」
「はぁい、お任せ~」
軽く俊敏な動作で盗賊たちに襲い掛かるリッツとフィロメナ。
私は二人の返事を待たずに馬車の方を振り返り大きく魔力を練った。
そして次の瞬間、隊商も含めて一列に並んだ全ての馬車の上に物理結界を張る。これで左右の崖からの射撃は心配いらないだろう。
念のため、魔法で空中浮揚しておく。操作系魔法の熟練者がよく使う魔法だが、私の場合は風魔法の応用で浮揚する方が簡単だ。
見晴らしが良くなったところに見えたのは、ちょうど崖の上にレイチェル姉上とマルスが登ったところだった。
姉上は自ら操作系魔法で作り出した空中の足場を踏み台に跳躍し、マルスはわずかな窪みや出っ張りを足掛かりに崖を駆け上がっていったようだ。多分あれは靴に何か仕込んでいるな。
この距離で見ても、とても人間の動きには見えない二人だが、崖の上に潜んでいた盗賊の仲間たちにとっては驚愕でしかないだろうな。まさか七、八メトルあろうかという高さの崖を一呼吸もかからずに登ってこられるとは思わないだろう。
「馬鹿野郎! さっさと撃て!」
頭目が崖上に向かって叫んだ。
余計な事を言うな。弓矢対策に巨大な結界を張ったのが皆にばれるだろうが。
「はい、黙っててねー」
「ぐべ!」
足を固められて動けない頭目の腹に、フィロメナが剣の柄を叩き込んだ。悶絶して仰向けに倒れる頭目。膝から下は立ったままだが。
右手の崖に上がったレイチェル姉上は、今まさに盗賊たちを次々に殴り倒していた。
手近にいた盗賊の顔面を右手で殴り飛ばし、その勢いのまま体を回転させると隣にいた盗賊を左の裏拳で殴る。さらに体をもう一度ひねりながら跳躍し、そのまま勢いのついた蹴りを革鎧の盗賊の胴体にお見舞いした。まともに蹴りを受けた盗賊は背後の木まで吹っ飛んで激突し、そのまま気を失う。
「次!」
まるで格闘の訓練をしているかのように次々と盗賊を仕留めていく姉上。
「なんだこの女! おかしいぞ!」
「いいから撃てよ!」
盗賊たちも恐慌状態だな。そりゃあ、ひらひらのワンピースを着た令嬢がとんでもない速さで殴り掛かってくるんだもんな。怖いよな。
弓を持っている盗賊は姉上を撃とうと躍起になっているようだ。だが弓術師でも姉上に矢を当てるのは大変なんだ。狙いもおろそかな状態ではまぐれでも当たるまい。頑張って姉上を狙い続けてくれ。流れ矢でも崖下の馬車に向かわなければありがたい。
「そんな、遅い、矢には、当たらないから!」
レイチェル姉上が言葉を継ぐごとに重そうな拳や蹴りが繰り出され、盗賊が次々に沈んでいく。
「うわああ! こっちに来るんじゃねぇ!」
唯一、槍を持っていた男が、姉上に向かって横薙ぎに振るった。ちょうど頭を狙った高さだ。慌てている割には腰の入った鋭い攻撃。しかし、
「高い! そんなんじゃ!」
前進しながら身を低くして槍の穂先をかわすと、地面に手をついて強烈な足払いで槍使いの男を転倒させた。いや、受け身を取れない転倒はもはや投げ飛ばされるのと変わらない。
そして、姉上は地面に手をついた姿勢のまま白く長い足を高く上げ、倒れた男の胴体にかかとを落とす。革鎧を着ていてもお構いなしだ。
勝ち誇った表情のレイチェル姉上だが、地面が若干ぬかるんでいることに気が付いて声を上げた。
「あっ! あー! 服に泥がついちゃった!」
そりゃあ、ワンピースを着てそれだけ暴れれば裾が汚れもするだろう。破れてないのが不思議なくらいだ。
「あなたたちのせいで汚れちゃったじゃない! 一番のお気に入りなのに!」
「いや、そんな事知らねぶぇば!」
文句すら最後まで言えずに殴り飛ばされる盗賊が実に哀れに感じる。
さて、マルスはどうしたかな?
反対側の崖を見てみると、マルスが盗賊たちを次々に拘束していた。
「なんだこれ! 糸か?!」
「あんまり暴れない方がいいですよ。肉が切れますから」
ここからではよく見えないが、マルスは細い糸を盗賊の体や足に巻き付けているらしい。
盗賊たちは次から次へと金縛りに遭ったかのように、体をまっすぐに伸ばした姿勢で倒れていく。
「くそ! なんてすばしっこいやつだ!」
「おい、どんどんやられてるぞ!」
「え、あれ、どこ行きやがった?!」
マルスに剣で斬りつけようが、矢を放とうが、とにかく当たらない。それどころかまともに姿を確認できてさえいないようだ。
私は離れたところから見ているから、マルスが早い動きだけではなく、フェイントを使ったり木や岩といった遮蔽物を利用して動きを不規則に見せたりして盗賊をかく乱している様子が分かる。接近されてあんな動きをされては、相手をする方はたまったものではないな。
「はい、お次の方どうぞ」
弓を持った盗賊を一言もしゃべらせずに拘束したマルスは、まったく気負わずに日常業務のような物腰で次の獲物に向かう。
ショートソードの攻撃を無表情のまま最小限の動きでかわし、遠目ではほとんど見えない細い糸で盗賊を無力化していく。さながら蜘蛛が巣に掛かった羽虫を絡めとるように。
「あなたで最後ですね。大人しくもらえないですか?」
「ちくしょう! 近寄るな!」
一人残った盗賊は、大振りのナイフを素早く二本取り出すと、マルスに向かって投げつけた。
確実にマルスの体に向かって飛ぶナイフ。しかし、マルスは目で追えないほどの速さで蹴りを繰り出した。
ガキンッという金属同士がぶつかる音がしたかと思うと、二本のナイフが上空に弾かれた。
普通、ナイフを蹴ってあんな音がするはずがない。やっぱり何か仕込んでるな、あの革靴。
「投げナイフとは好みが合いますね。しかし正面から投げるならやはり速さが大切ですよ。理想的なのは、投げる瞬間を見られないこと。大きな物よりは、小ぶりなナイフで確実に急所を狙うのがおすすめです。こんな風に」
マルスはすでに投擲を終えていた。おそらくナイフを蹴り飛ばした時に投げたんだろう。一本の細身のナイフが盗賊の腰ベルトのバックルに刺さっていた。
「まだ勝負します?」
「……、やめとく」
盗賊は両手をあげて地面に膝をついた。
「賢明です。あ、そうそう、このナイフは頂いておきますね」
そう言った直後、マルスの頭上に二本のナイフが降ってくる。そして、それを見もせずに見事に掴み取った。
「うん、やっぱりなかなかの業物ですね」
マルスが敵の武器を奪うとは珍しい。あいつの事だから高値で売る気なんだろう。抜け目のないやつだ。
「これで全員大人しくなったな」
空中浮揚したままだった私は地面に降り、大きく展開していた物理結界を解除した。
矢が飛んでこなくてよかった。さすがに空中で矢が弾かれれば、誰でも結界に気付くからな。
「さてと、それじゃ……」
話し合いの時間だな。
多忙につき執筆速度が落ちております。
お待たせしてホントにごめんなさい。




