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39.帝都への道


 帝都への出発にあたり、父アラニア・マルシェルより訓示をいただく。


「じゃあ、みんな気を付けてね」

「それだけですか父上」


 あまりにもあっさりとした当主の言葉だが、当家の者はもちろん、同行の隊商たちに至るまで誰も驚かないし、気にしない。

 非常に練度の高い我が領民たちである。


「エヴァン、例の話の方もよろしくね」

「例の話、ですか。あまり期待しないでくださいよ、父上」

「うまくいったら儲けもの、くらいでいいよ」


 子爵家の名代として帝都まで行くとなると、色々と用事を頼まれるものだ。


「お父様、例の話ってなに?」


 レイチェル姉上が我々の話を聞いていたらしく、父上に尋ねている。


「ああ、ちょっとした儲け話だよ」

「そうなの? お仕事の話ね」


 まあ確かに金策であれば大事な仕事だな。

 私としても今回、帝都の流通やら裏オークションの調査を考えているくらいなので、ある程度の資金を準備する必要があった。

 アンナが旅の路銀とは別に、金貨十数枚ほどの予算を捻出してくれたが、これは相当無理をした結果だとはっきりとわかる。

 だが、父上が言った儲け話というのは商売の話ではない。まあ、それは帝都についてからの話だ。



 とにもかくにも、我々マルシェル子爵家一行は帝都への道程を歩み始めた。

 マルシェル家の屋敷前の広場から大通りにかけて、大勢の領民たちが見送ってくれる。

 なかでもやはり、馬車に乗る私やレイチェル姉上への反応が大きい。他に馬車に乗っているのはマルスのみ。リッツは今回の旅でも御者台が定位置になりそうだ。

 本人曰く、馬車の中は息が詰まりそうになる、とのことだ。確かに冒険者に窮屈な馬車は似合わないな。

 リッツも冒険者ギルドの副長だけあってかなりの有名人だ。若い女性からの声援も多く飛んでいる。リッツは余裕の表情で片手を振ってみせているが、あの口元の緩みっぷりは、内心で相当喜んでいるんだろう。

 我々の乗る馬車の横にはリセリエが結わえた金髪を揺らしながら騎乗しており、その後方には同じく騎乗したフィロメナが続く。

 ヴァルドも騎乗して隊列の先頭を歩いている。持ち場を交代しながら進んでいくらしい。

 そして、フィロメナの後ろには隊商の馬車が長々と連なっていた。

 大きめの馬車にはマルシェル家領兵団から選抜された正規兵が乗り込んでいる。ヴァルド達三人以外にも五人の領兵が帝都まで同行することになる。

 そのほかに、商業ギルドが雇った護衛の冒険者が四人ほどいるらしい。私は顔合わせをしていないが、どうやら帝都出身の者らしく、帰郷するついでに護衛を引き受けたそうだ。まあ護衛任務では良く聞く話だな。


「私は馬車の中より、外の方がいいんだけど」


 レイチェル姉上が出発してすぐにそんな文句を言い出した。まだマリクリアの街から出てもいないんだが。


「せめて街を出るまでは我慢してください。いま姉上が外に出たら沿道の野次馬たちが必要以上に盛り上がってしまいますから」

「いつも普通に歩いてるわよ」

「今日は特別なんですよ」


 とは言ったものの、姉上も私も普段から素顔を晒して普通に歩いているんだが、街の皆は何をそんなに熱心に見送ってくれるんだろうな。

 やはり、隊列を組んで進むとパレードのように見えるんだろうか?


「エヴァン様とお嬢様が一緒にいるのも要因の一つでしょう。お二人とも領民の人気が高いのですよ」

「そうか? 人気ならティオが一番だろう?」


 ティオは今年で十歳になるマルシェル家の次男だ。我が家はレイチェル姉上、私、そしてティオの三人姉弟だ。

 実は父アラニアの弟、私の叔父の子なのだが、二歳の時に両親を不幸な事故で亡くし、父上が独り遺されたティオを養子として迎えた。

 身内のひいき目を差し引いても、とても可愛らしく整った容姿をしており、マリクリアの街の御婦人方から絶大な人気を集めている。

 ちなみに本名はテオドールなのだが、ティオという愛称が浸透しきっており、滅多に本名を呼ばれないのがささやかな悩みらしい。


「ティオ様は少し人気の種類が違いますので」

「それは確かにな。あいつも最近は可愛いと言われることに抵抗があるらしいが」

「えー、どうして? ティオは可愛いじゃない?」

「あいつも男だという事でしょうね」


 『可愛さ』を克服すべく、最近は勉強だけでなく剣術の鍛錬も頑張っているらしい。もっとも、その鍛錬している姿さえ、婦人方にかかれば「健気で可愛い」という事になるのだがな。


「しばらくの間、マリクリアの事はティオとアンナに任せることにしよう」

「ティオなら大丈夫よ! あの子賢いから」

「そうですね、姉上。参謀になりたいとよく言っています」


 ティオは、将来私が子爵家を継いだ時に補佐役が務められるようにと日々熱心に勉強している。

 出自の事を気にして、進んで裏方に徹しようとしているのではないかと思うのだが、そんなことは気にせずにのびのびと育って欲しいものだ。




 隊商を引き連れた旅は実に順調に進んだ。

 マリクリアを出発した当日にベリア領との境界にある関所に到着。宿場に泊まり、翌日に関所を越えてベリア領に入った。

 さらにその翌日には、ドラゴン騒ぎでギルセアに向かった際にブラックウルフに襲われた場所を通過してノイルの町に入って宿泊。前回とは違いモンスターに襲われることも、レイチェル姉上が酔っぱらう事もなかった。身分を隠さずに堂々と貴族として旅をしている以上、あまり醜態を晒せないのだ。いや、身分を隠していても醜態を晒してはいけないのだが、人として。ちなみにタバルは前回と変わらず大酒を飲んでいたな。懲りないやつだ。

 ノイルを出発し、我々は西に向かう。

 ゴルド山地に向かった時は、街道を南西に進みミダの村を経由して鉱山都市ギルセアに向かったが、今回はそのゴルド山を大きく迂回して帝都を目指すことになる。

 とりあえず目指すのはベリア伯爵領とルイエズ伯爵領の間にある森林地帯だ。未開拓でまだどこの貴族の領地でもない。街道は通っているが、多くのモンスターの生息地帯であるため、ベリア伯爵もルイエズ伯爵も危険を冒してまで開墾しようとはしていない。どちらの領地も経済的には困窮していないようだしな。

 何年か前に、騎士爵をもつ下級貴族が開拓団を結成し、森の中に集落を作ったらしいと聞いたが、もし今でも無事に開墾を続けているなら森林地帯で安全に一泊できる場所があるかもしれない。

 昔から、旅人が森林地帯を通過するときは休憩時間を惜しんで歩き、暗くなる前に森を抜けなければならない旅の難所だったらしいのだが、今回の我々のような大所帯の隊商はなかなか速度を上げられないため、危険を承知で森で野宿を強いられる。

 森林地帯の手前、ベリア領内の最後の宿場で、宿の主人に開拓団の話を聞いてみた。すると、


「森の開拓団? ああ、ドミトの村のことですね。もちろんありますよ。騎士のハジェム様が頑張って開墾を続けていらっしゃいます。宿泊もできるはずですよ」


 こんな答えが返ってきた。

 実にありがたい話だ。レイチェル姉上は野宿を期待していたらしく、残念そうにしていたが、こんな大所帯でモンスターの出没する森で夜を明かすのは、警備上の理由で非常にまずい。全員を囲めるほどの障壁結界を張れるなら話は別だが。




 ノイルの街を出て三日目。ベリア領から森林地帯に入り、進むこと半日と少しで開拓村ドミトに到着した。

 村長のハジェムは帝国騎士の爵位を持ちながらも、自らの領地を求めて森林開拓しようとする実に精力的な男だった。

 森を通る街道沿いに拠点を置き、柵を立てて村を囲って開墾し、侵入しようとしてくる獣やモンスターを撃退する生活をもう三年以上続けているらしい。

 何故そんな過酷な事業を始めたのか聞いてみたが、帰ってきた答えは、


「領地を持つことが夢でしたのでな! しかし、帝国に余っている土地などありませんし、武功を立てようにも戦など久しくござらん。ならば自分で開墾してしまおうと思い立ったわけです。もともと畑仕事は嫌いではなかったので苦にもしておりません!」


 がははと笑う中年の開墾騎士ハジェム。私は自分の夢に正直に生きる彼が気に入ったが、レイチェル姉上も同じだったようだ。

 夜警の手伝いを申し出て、一晩だけ警備隊の手伝いをしていた。もちろん部下の三騎士が巻き添えにされそうになったのだが、翌日の護衛に差し障ってはいけないので、無駄に元気なリセリエだけを生贄に差し出してヴァルドとフィロメナを休ませた。

 ちなみにリッツは何か悪い予感を感じたのか、いつの間にか姿を消していた。危険を察知する冒険者の勘はすごいものだな。

 そして翌日の朝、


「見て見てエヴァン! こんなに大きなトカゲを仕留めたわよ!」


 獲物を自慢したい姉上にたたき起こされて見せられたのは、フォッシルリザードと呼ばれる大型のトカゲのモンスターだった。

 仕留めたのは体長が大人の身長の四人分程もあり、強力な顎と尻尾で森の旅人を狙う危険な奴で、開拓村ドミトにとっては悩みの種だったらしい。

 私が見たのは狩られてから少し時間が経った後だったようで、内臓や血はほとんどが魔力とともに霧散していたが、それでも多くの肉と硬い皮は残っていた。

 仕留めたのはレイチェル姉上だが、肉と皮は宿泊費として開拓地に提供した。ハジェムや住民からはずいぶんと感謝されたが、肉をもらっても腐らせてしまうし、あんな巨大な皮を馬車に積むのも考えものだ。虫が寄って来たりするしな。

 同行している商人達が、さっそくハジェムに買取りの交渉をしていた。フォッシルリザードの皮はとても頑丈らしく、防具の良い素材になるそうだ。開拓地の貴重な現金収入になるだろう。恩は売れる時に売っておくものだ。

 将来、この開拓地が正式にハジェムの領地になったら、彼はきっと陞爵して準男爵か、もしかすると男爵あたりになるかもしれない。仲良くしておくに越したことはない。


「リセリエは姉上と一緒に戦わなかったのか?」


 大物を狩って楽しげなレイチェル姉上とは対照的に、リセリエはずいぶんと沈んでいた。彼女も十分に戦える力があるはずだがな。


「あー、えっとね、トカゲとかヘビとかはちょっと苦手でさ……。モンスターの足止めくらいしかできなかったんだよね」

「あの大トカゲの足止めができれば十分だと思うが?」

「でも、目の前でレイチェル様、レイチェル隊長の戦闘を見ちゃうとね、情けなくなると言うか……」


 姉上の戦い方はちょっと参考にはならないと思うがな。およそ人に可能な動きとは思えないくらい速いし。


「考え無しで暴れるのは騎士の戦いではないだろう? 我が子爵領に伝わるのは伝統的に守りの剣だしな」

「それはそうなんだけどね。でもやっぱりもっと強くならなきゃね」

「ああ、それはその通りだ。力が無いと守れないものが多いからな」

「エヴァン君、妙に実感的だよね」


 リセリエが私の顔をじっと見た。身長差があるので自然と見上げられる格好になる。


「まあ領主の真似事なんてやってると色々とな」

「見えない苦労ってやつ? あるよね、そういうの」


 少し元気が戻って来たリセリエは、ふっと思い出したように言葉を継いだ。


「強くなるっていえば、レイチェル隊長の剣って、あれ魔剣だよね? どこで手に入れたんだろう?」


 おっと、あの剣の事はあまり詳しくは教えられない。元の持ち主があいつだからな。


「最近知り合った知人から譲ってもらったものだ。軽くてよく切れると姉上はいたくお気に入りだな」

「へーそうなんだ。あとすごく頑丈だよね、あれ。いいなぁ、私も欲しい」


 欲しいと言って手に入るものでは無いぞ。あ、いや、タマは気前よく譲ってくれたんだがな。


「リセリエ! 準備はできているのか!? エヴァン様、まもなく出立致しますので、馬車にお乗りください」


 出発の用意をしていたヴァルドがやってきた。

 リセリエは「じゃ、またあとで」と軽く手を振ってヴァルドの方に走っていった。考え事はあれど、基本的に元気な奴なのだ。きっと心配はいらないだろう。


「坊っちゃんは何気に女の子と仲良くしてるっすよね」

「リッツさん、アンナには黙っててくださいね。彼女の機嫌を損ねると領地の内政が乱れますので」

「いやぁ、坊っちゃんも隅に置けないっすね。羨ましいっす」


 いつの間にか近くにいたリッツとマルスが好き勝手な事を言っていた。高い隠密能力を生かして何をやってるんだ。全然気付かなかったぞ。


「いくらでも隅に置いておいていいぞ。さあ、出発だ」


 ハジェムに簡単に別れの挨拶をし、また来訪する約束をして出発した。便利な宿場というわけではないが、居心地のいい所だったな。

 いつか彼が領地を持てる日がくればいいと思うし、その日は必ず来るだろうと思える情熱を感じた。

 初代と呼ばれる貴族とは、ああいうものなのかもしれないな。

 そんな取り留めのないことを考えながら馬車に揺られていたら、いつの間にか森を抜けてルイエズ伯爵領まであと少しというところまで来ていた。気のせいか、馬車の音がいつもより大きく聞こえ、逆に鳥の声や風の吹き抜ける音が小さく遠く感じる。

 そして、あと一つ小さな峠を越えれば関所に到着するという時、馬車の横を歩いていたマルスに声をかけられた。


「エヴァン様、前方に……」


 我々は盗賊の襲撃を受けたのだった。

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