38.隊商と護衛
ヴェスパ湖から帰ってきてから五日後、準備が整った我々は帝都へ旅立つ日を迎えた。
朝食を取ったしばらく後、マルシェル家の屋敷前広場には同行する者たちが待機していた。それと、家紋入りだが特に豪華ともいえない古い馬車。
この数日の間に様々なところに伝通鳥を飛ばし、先触れを走らせ、資金の工面なども行ってきた。
とはいっても、マルスや執事長のロベルトがよく動いてくれたし、資金に関わることはアンナにほとんど任せきりだったので、私がやったことはあまり無かったりする。
これはいよいよ用無しと言われても仕方がないのではないか?
いや、それでも指示は私が出したわけだしな。先頭に立って指示を出す人間はやはり必要だろうと思うんだ。
と、いうような内容の愚痴を裏路地の酒場でこぼしていたら、店主のイーサンに「こんなところで飲んだくれてないでさっさと帰れ」と何故か追い出された。ひどい話じゃないか。
「坊っちゃん、今度は帝都っすね。道中よろしくっす」
昨夜の事を思い出して悲嘆にくれていると、今回も同行することになったリッツが声をかけてきた。
ゴルド山に出かけた時と違い、冒険者というよりも貴族の護衛官という装いだな。といっても、いつものプレートメイルの上にサーコートを着ているだけなのだが。
「リッツか。グラントの親父さんが来るかもしれないと思っていたが、よく説得したな」
そもそも冒険者ギルドの幹部が貴族のお供をすること自体が珍しいのだが、マリクリア冒険者ギルド長のグラントがその役目をリッツに譲ったのは意外だった。口実さえあれば外出したがるグラントをどうやって納得させたのやら。
「説得なんかしてないっすよ。ギルド長が長期間不在になることが、いかにギルドの運営を不安定にするか説明しただけっす。それに、この数日で自分の仕事は大体片付けたっす」
ああ、正論をぶつけて黙らせたんだな。親父さんも可哀そうに。
以前にも「こんなに不自由だと分かっていれば、ギルド長なんかにならなかった」とか言ってたしな。
しかし、裏を返せばそれだけギルド長が頼りにされているとも言えるわけで、実際マリクリアの冒険者ギルドはうまく回っているのだから、リッツの正論に隙は無いわけだ。
私などは不在にしても特に問題なく領地が経営されているというのに……。
「帝都は遠いからな、行って帰るだけでもゆうにひと月はかかる」
「そうっすね、まして探し物がアレっすからね」
もちろん行って帰るだけで済むはずがなく、情報収集の体制を整えるまでは帝都に滞在することになる。マリクリアに帰ってくるのはいつになることやら。
「探し物の事もあるが、あちらの方も大事だな」
私はリッツの背後を指差した。
そこには広場に集結した大小合わせて十数台の荷馬車があった。運び屋組合の顔役、タバルの姿も見える。
リッツは馬車の集団を眺めて小さくため息を吐く。
「恒例とは言っても、今回はずいぶんと多いっすね」
「帝都まで行くとなるとどうしてもな。しかも今回は姉上も一緒だし」
この荷馬車たちは、今回の我々の帝都行きに便乗する者たちだ。
辺境の、特に小領地ではよくある事だが、領地外に貴族が赴くときに隊商や旅人が同行することがある。
つまり、貴族の馬車に付いていって護衛費用を浮かせようというわけだ。実に合理的。
むしろマルシェル子爵領では昔からこの便乗を推奨しており、可能な限り旅行の日程を公表して同行者を募ってきた。
今回は、対外的には未だ領主代行である私と、レイチェル姉上まで一緒に帝都に向かうとあって、多くの同行希望者が集まったらしい。
「それにしても準備期間がせいぜい三日か四日で、よくこんなに集まったっすね」
確かに、通常なら十日前には同行者募集のお触れが出されるのだが、今回は急に帝都行きが決まったこともあって、ろくに準備する時間は無かっただろう。
「これだけ集まったのはひとえにタバルの尽力だろうな」
そう、マリクリア運び屋組合のタバル。通称、飲んだくれのタバルだ。私が勝手につけた通り名だが。
我々の帝都行きを知ったタバルは、さっそく動ける荷馬車をまとめ上げ、商業ギルドに話を持ち掛けたらしい。そして商業ギルドは、町中の商店の余剰在庫をさらって帝都に運び込む計画を立てた。
その結果がこの荷馬車の集団というわけだ。
荷馬車に積まれた工芸品や魔道具などは帝都や道中の都市で、日用品や薬などは小さな町や村落で販売するらしい。そして軽くなった荷馬車に帝都で買い付けた品物を積んでマリクリアに帰ってくるわけだ。
「本当は昨日出発するつもりだったんすよね?」
「そうなんだが、タバルに泣きつかれたからな。いや、タバルだけならまだしも、タバルの奥さんにまで頼まれたら断れん」
実は荷馬車の準備がどうしても間に合わないと、タバルが日程の延期を平身低頭して頼み込んできたのだ。どうしようかと考えているところに、タバルの奥さんが現れて頼み込まれてしまったので私も折れるしかなかった。
タバルは「なんで、うちのかかあが言ったら良しになるんで?」とか言っていたが、日ごろの行いとしか言えんな。小金貨四枚と銀貨三枚の件を許しはしたが忘れたわけじゃないぞ。
「エヴァンー! こっちは準備できたわよ!」
今日も元気なレイチェル姉上が大きく手を振りながら走ってやって来た。
姉上もいつもの冒険者風の装備ではなく、薄い青色のワンピースという服装だ。綺麗な色だが、実は魔力を帯びた植物から作った丈夫な素材でできている。なかなかの値打ち物だ。もちろん我が子爵家にしては、という『ただし』が付くが。
そして当然のように腰には例の魔剣が提げられている。どうやら鞘を新調したらしい。白地に赤い文様があしらわれた美しい鞘だ。
「ありがとうございます、姉上。それではあとは父上だけですね」
姉上はマルシェル家の令嬢であるが、道中は護衛隊の隊長という立場になるので、隊商たちの準備の確認をお願いしていたのだ。隊商たちの馬車とは別に二十人程の旅人もいるし、そんなに数はいないが隊商が独自に雇った護衛も何人かいる。
最低限として人数の把握と配置の打合せはやっておかなければならない。
ただ、そんな細かいことをレイチェル姉上ができるはずもない。
「レイチェル様ー、待ってくださーい」
「今は隊長と呼ばないとダメだろ」
「レイチェルが隊長……。似合わないわぁ」
そこに、金属鎧に身を包んだ三人の騎士が姉上を追ってやってきた。
短い金髪に少し幼い顔立ちの背の低い女性。反対に長身で切れ長な顔立ちの男性。そして、長い黒髪でなぜか胸元が開いた鎧を着た女性。
小さい金髪がリセリエ。長身の騎士がヴァルド。黒髪の女性がフィロメナという。三人ともマルシェル家領兵団の団員で、子爵家から叙勲を受けた騎士だ。
皇帝から叙勲を受けたわけではないので、騎士爵を持った貴族というわけではない。実質、役職名のようなものだな。ちなみに皇帝から叙勲を受けた騎士は、正騎士や帝国騎士と言い、リセリエ達のような貴族から叙勲を受けた騎士は、地方騎士、ひどい場合は田舎騎士とか呼ばれたりする。
「ヴァルドたちが姉上の下に付くのか。帝都までよろしくな」
「はい、エヴァン様。レイチェル様の補佐はお任せください」
恭しく礼をするヴァルド。
そこにリセリエが横から肩をぶつけるように割り込んで来る。
「ヴァルドは固すぎるよー。エヴァン君は友達なんだから、もっと仲良くしたらいいのに」
「リセリエの分別が無さすぎるだけだろ! あと、エヴァン『様』だ」
実はリセリエとヴァルドは、学生時代の私の学友だ。
ヴァルドはマルシェル家領兵団の幹部の息子で、親しいというわけではないがそれなりに交流はあった。小さいころから生真面目で、私が話しかけても家臣としての態度を崩さなかった。これでも初等、高等と学校生活を通して多少はましになった方だがな。そんな性格を見込まれて、私の学校生活のお目付け役のような存在になっていた。
対照的にリセリエは、高等学校から編入してきた割と最近の友人と言える。領主の息子である私に物怖じせずにどんどん距離を詰めてくるので、最初はヴァルドとよくケンカをしていたものだ。しかし、身分を気にせず接してくれるのは私にとってはありがたかった。
二人とも私と同い年なので、いまは十九歳だ。今年、騎士叙勲を受けたばかりだったな。
フィロメナの事は歳の差もあってか実のところあまりよく知らない。確か年齢はレイチェル姉上より一歳年上だったから二十四歳のはず。姉上と学生時代から仲が良かったのは覚えているが、彼女が騎士叙勲を受けるまで領兵団に入っていたことも知らなかった。なんというか派手な見た目の割に存在感を消すのが上手いのだ。そんな彼女が存在感しかないようなレイチェル姉上と気が合うのだから分からないものだな。
「三人とも、将来は私の部隊に配属されるらしいわよ」
「え、姉上の? 特別遊撃隊でしたっけ?」
「私は冒険者になるんだから、部下が三人もできても困るわね!」
「マルシェル家令嬢としての将来もすこしは考慮していただけないですか?」
近いうちに姉上の特別遊撃隊に隊員が配属されることなるのか。
街道近くに現れたモンスターを勝手気ままに狩る部隊。つまり、レイチェル姉上の趣味と実益を兼ねた特任部隊だな。
リセリエが無邪気に煽って、フィロメナが放任、そしてヴァルドが後始末の役だな。うん、三人の役割がはっきり見えた気がした。ヴァルドが過労で倒れなければいいが。
「エヴァン様ぁ」
「なんだ、フィロメナ」
フィロメナはやたらと色気があるから、ちょっと苦手意識がある。
「もう悪夢は見ていらっしゃいませんか?」
あー、そういえば最初に神託の夢を見た時に不特定多数に言いふらしたな。確かにその中にフィロメナとリセリエもいた気がする。
「悪夢……。そうだな、夢は見ないが現実が悪夢に思える時はたまにあるかな」
一等級魔石を探し集めなければならない神の試練、とかいう悪夢がな。
「あら、お可哀想。また添い寝して差し上げましょうか?」
「最近添い寝したみたいな言い方はやめてくれ。六歳くらい時の話だろう」
「そうでしたっけ? 年を取ると何でも最近の事のように感じちゃって」
「あー! フィロメナがまたエヴァン君を誘惑してるー」
「だから、そういう事を大声で言うなって! すいません、エヴァン様、我々は何も見ていませんのでどうぞごゆっくり」
「やーね、朝からそんなことしないわよ。アンナに見つかったら面倒だし」
「……お前たちが姉上の部下に選ばれた事に少し納得がいった」
この三人をレイチェル姉上と一緒にしていいのか?
嫌な予感がしたが、意外にも姉上から檄が飛んだ。
「みんな、遊びじゃないんだからね! エヴァン達の護衛をしっかり頑張るのよ!」
おお、姉上が隊長らしく部下をまとめている。
滅多に見ることのない指揮官らしい態度に、弟として感極まって涙が出そうだ。
まあ姉上はやればできる人だからな。
「いい? モンスターを見つけたらー?」
おもむろにレイチェル姉上がリセリエ達にそう問うと、
「ひとぉつ! 会敵抜剣、戦闘態勢!」
「ふ、二つ! 先手必勝、渾身剛撃」
「みっつぅ、一刀両断、戦勝栄光ぉ」
リセリエ、ヴァルド、フィロメナの順に口述していく。
「うん! みんな良く分かってるわね!」
いたく満足げな姉上。
「いや、まず危険を知らせろ! 突撃隊か!」
護衛の役割を全く理解していない護衛隊。ヴァルドまで一緒に何をやってるんだか。
帝都までの旅路に大きな不安の暗雲が立ち込めるのを感じたのだった。




