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37.適材適所

 タマを引き連れて帝都の街道を練り歩こうとするレイチェル姉上の暴挙を止めた私に対して、各領の警備兵達は大いに感謝してくれていいと思う。

 まあ冗談はさておき、いつの間にか夜も更けてきたので、マルスが野営の準備にかかっている。


「夜が更けてしまったのは、エヴァン様のお話があまりにも長かったからかと思いますが」


 そういう説もあるらしい。

 マルスが近くの木に天幕を取り付けながら指摘してくるが、私はセルファスに必要な説明をしていただけなんだがな。


「せっかくですから神殿に泊まればいいじゃないですかぁ。広くはないですが、十分寝られますよぉ」

「その小屋で寝るくらいなら外の方が気分がいい」


 セルファス自身が信用できないので、当然だが小屋に泊まることはできない。さすがに寝ているときにまで完全な警戒を続けるのは難しいしな。


「やっぱり信用されませんねぇ」

「当たり前だ。私はまだお前が国宝を盗んだ犯人かもしれないと疑っているからな」


 セルファスには、帝城アル=ゼル=ザウトの宝物庫から国宝である魔石『陽光の霊石』が盗まれたことを話した。

 注意深く表情を観察していたが、セルファスの反応は「そうなんですかぁ」の一言で終わりだった。


「だから、私は盗んでませんってば」

「どうだかな、どこで拾ったか分からないと自分で言ってただろう」

「地下室だったのは間違いないと思いますよぉ。帝城の宝物庫って地下にあるんですかねぇ?」

「そんな事を私が知っているはずないだろう。自慢じゃないが、帝城に行った事など数えるほどしかない」


 辺境の子爵家など、中央から見ればいてもいなくても分からない存在だろう。ましてや、私が帝城に入る機会など、大規模な祝賀会や儀式の際に父上の付き人として行くくらいのものだ。帝城の中の構造やら調度品やらに興味が無くはないが、下手な行動をすればたちまち衛兵の御用になってしまう。


「それに国宝の魔石って、火属性なんじゃないんですかぁ? 私、神官見習いの時に教わったような気がしますが」

「……そうなのか?」


 私はマルスに向き直って尋ねてみた。マルスは天幕の下に毛皮を敷きながら私に答える。


「確かにそのように記憶しております。エヴァン様も学校で教わりませんでしたか?」


 マルシェル領では、十歳から十八歳頃を対象に有償ではあるが学校制度を運用している。

 生徒はマリクリアの割と裕福な住民の子、領内各地から選ばれた奨学生、多領からの留学生で構成されているのだが、私自身も十八歳までは学生だった。もっとも、領主としての仕事を覚えたりだとかで半分くらいしか学校の授業は受けていないのだが。


「……、私はあまり学校の授業は受けられなかったからな」

「よく宿題をアンナに手伝ってもらっていたことは覚えておりますが」


 マルスが折り目正しく毛布を敷きながら余計な事を言う。


「学校のこと以外でも色々忙しかったからな!」


 不真面目だったわけではないが、領地経営にあまり関係ないことは聞き流していたかもしれん。忙しかったのも本当だしな。


「そうか、国宝の魔石は属性付きだったか。それならセルファスの魔石は違うな。あれは完全に無属性だった」

「疑いが晴れたようで何よりですねぇ」

「依然として入手経路が不明瞭であることは変わらんがな」


 嫌味を言っているが正直ほっとした。

 セルファスの魔石が帝城から盗まれた物だったなら、そんなものを神殿の建立には使えないし、返還しようにも入手の経緯を説明できない。最悪、盗難事件の主犯としてマルシェル家は取り潰されてもおかしくはない。結果、魔石は秘密裏に処分するしかなくなっていただろう。


「しかし、国宝の魔石が行方不明という状況は変わりませんねぇ。案外、帝都の裏オークションで出品されたりするんじゃないですか?」

「裏稼業の連中もそこまで恐れ知らずじゃないだろうがな」


 帝都の裏オークション。裏とは言いつつ存在は公然の秘密で、貴族までお忍びで買い付けに来たりすることもあるらしい。逆に資金繰りに困った貴族が秘伝の珍品を売りに出したりすることもあるらしい。

 いずれにせよ裏オークションは調査対象だな。


 我々はセルファスの勧めを無視して湖畔の天幕の下で一夜を明かした。

 翌朝、珍しくレイチェル姉上が早起きしたかと思えば、タマの背中に乗って空を飛ぶと言い出した。言っても無駄なので反対はしない。


「タマ、姉上は落としても大丈夫だが、住民に見つからない高さで飛べよ。念のため内陸は避けて海上を飛べ」

『落としても、大丈夫……?』


 戸惑うドラゴンの表情が分かるようになる日が来るとは思わなかったな。


「行ってきまーす!」


 意気揚々と空へと旅立っていったレイチェル姉上だが、マルスが毛布や天幕を片付ける前に戻ってきて、「空の上って寒すぎるんだけど!」と盛大に文句を言っていた。私に言われても困るんだが。

 マルスが周到に用意していた熱い湯の入ったカップを姉上に渡していたが、こいつも別に止めなかった。

 たまには痛い目にも遭っていただきたいという弟心と執事心だ。




 ヴェスパ湖のセルファスの小屋を出発し、グレン村に戻ってきたときは昼にはまだ早い時間だった。

 村長のロルフ宅で昼食を摂った後、すぐさまマリクリアに戻るべく出発することになった。

 ロルフの息子たちを含め、村人たちから引き留められそうになったが、次の目的地が決まった以上のんびりはしていられない。

 獲れたてのレッドチェリーでパイを焼くと聞いたときは、割と本気で一泊しようか悩んだが、断腸の思いでマリクリアへ出発した。

 レイチェル姉上は「チェリーパイ……」とつぶやいたきり、しばらく馬上で口を開かなかった。気持ちはよくわかる。今日は朝から散々なレイチェル姉上だ。




 様々な犠牲を払いながら、夕方にはマリクリアに帰りついた。

 想像より早い帰還にアンナは喜んでくれたが、二日にわたって馬に跨っていた私はすっかり疲れてしまった。特に尻のあたりの筋肉が。


「それでは、帝都の屋敷へ伝通鳥を飛ばしておきます。帝都への出発はいつ頃に致しますか?」


 全くいつも通りで疲れを感じさせないマルスの問いに、私はすぐに答えられなかった。

 旅の装備や馬車の準備、マリクリアで片づけておかねばならない事の整理などで何日かかるか分からなかったからだ。今回はゴルド山地に行ったときのように冒険者として行くわけではなく、マルシェル家の人間としての旅だからな。今日思い立って明日に出発というわけにはいかない。


「すまんが出発に数日かかるとだけ書いておいてくれ。私と姉上の礼服の用意もな。あと、歓待の準備なんかは無用だと書き添えてな」

「承りました。それでは失礼します」


 マルスが執事室に戻っていった。伝通鳥を管理しているのは執事長のロベルトだからな。いくら私でも勝手に使うわけにはいかない。


「エヴァン様、働きすぎです。少し休んだほうがいいですよ」


 いつも入れてくれる良い香りのする茶の用意をしながら、アンナが私を気遣ってくれる。

 この屋敷で心から私の健康を心配してくれるのはアンナだけかもしれない。マルス以外の執事たちも、なんだかんだで私が頑丈だと思っている節があるしな。

 とはいえ、休んでいられないのも事実だ。ゴルド山地のドラゴン騒ぎの時も、気持ちを含めて何の準備もできていない時に起こった。次に同じような事が起こった時にうまく対処できるとは限らない。


「ありがとう、アンナ。私の体を気遣ってくれるのはアンナだけかもしれない」

「エヴァン様……」

「領主代行まで押し付けてしまったこともすまないと思っている。慣れない事ばかりで大変だと思うが、力を貸してくれ」


 ここまで言って、ふっとアンナの顔を見るとその目には涙がたまっていた。


「アンナ?」

「エヴァン様、私はエヴァン様のお役に立てるなら、たとえこの身が朽ち果てようとも悔いはありません。僭越ながらエヴァン様がこなしていらっしゃった領主代行のお役目も、私がエヴァン様をお慕いする心の妨げになることはありません。毎日毎日、やたらと細かい決済案件や陳情がやってきますが、そんなものは全く問題ではありません」


 ああ、やっぱり結構な量の書類が毎日ここに上がってくるようだな。あれを処理するだけで一日が終わってしまう事がよくあった。


「相変わらずの書類の山か。アンナ、苦労をかけるな」

「いえ、ですから全く問題ではないのです。そんなことで私はくじけたりしませんし、そもそもあの程度の書類仕事など毎日お昼までには片付きます」

「え、あ、半日で? 片付いちゃうんだ……」

「はい、私の方には何の問題もありません。強いて言えば、庭で育てているお花の手入れと、趣味のお裁縫の時間が少し足りないという程度です。ですから、エヴァン様はもっと私を頼ってください。もし遠慮などされて、エヴァン様のご負担が増えてしまう方がよほど問題ですし、悲しいです。全力で頑張りますので、お願いします。エヴァン様、お願いします!」

「……あ、うん、わかった、これからも、ますます、頼りにしてるよ、アンナ」

「はい! エヴァン様!」


 ぎこちなく返事をしてしまったが、アンナは涙を流しながらも嬉しそうに、そして元気に返事をした。

 なんだろうか、この釈然としない気持ちは。いや、アンナが頑張ってくれているから私は神託の成就に、ひいては世界の未来のために動けているのだ。素直に感謝せねば。

 とは言え、対外的には私は領主代行の地位に就いているままだ。

 アンナがどんなに優秀でも、領主家の者でなければできない仕事があるはず。

 帝都に向かう前に、それらをできるだけ片付けておかねばならない。


「それでアンナ、帝都に向かって旅立つ前に色々と片付けておきたいんだが、私がやらなければならない仕事を教えてくれるか?」

「はい! 特にありません!」


 きっと誰もが魅了されるであろう、とびきりの笑顔でアンナは私に『用無し』の烙印を押した。

 当たり前だが、アンナは何も悪くない。ないんだが、なぁ……。


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