35.証明を必要とする
「結論としては、やはりお前は気に入らん」
「あはは、信じてもらう以前の問題ですねぇ」
セルファスの言う事に嘘があるかどうかと言われれば、分からないとしか答えられない。
厳しい子供時代を送ったらしいが、もしかしたら見破れないだけでそれも丸ごと嘘かもしれない。
しかし、全て作り話でもないのだと感じる。父上や姉上のように嘘を見抜く術など私は持っていないが、それくらいの熱量の違いは分かる。
「お前の生い立ちだの苦労話だの、どれも私を神託の成就に駆り立てるために作った話かもしれない。だが間違いない事実は、今も野良犬のような生活をしている者が帝国中に数えきれないほど大勢いるという事だ。お前は私に自分の過去を話したことによって、結果としてお前を疑う事にすら罪悪感を植え付けようとしている。全く気に入らない」
「いやいや、そんな事は考えていませんよぉ。嘘偽りない私の過去です」
「エヴァン、ちょっとは優しくしてあげたら? 神託を受けたお友達でしょ?」
姉上が叱るように言うが、お友達とかとんでもない。
「レイチェル様はお優しいですねぇ。感激です。それでエヴァン様、どうされますかぁ?」
「信じはしないが、私のやることに変更はない。力づくでも協力してもらう」
そういって私は維持し続けていた結界を解除した。同時にマルスも臨戦態勢からいつもの執事の気配に変わる。
「良かったわね、変な神官さん。エヴァンが力を貸してほしいって」
「何をどうしたらそういう解釈になるんですか、姉上」
「照れなくてもいいですよぉ。私たちはお友達じゃないですかぁ」
「マルス、構わん。このエセ神官を黙らせろ」
「私は執事ですから規定外の仕事はお手当てを頂きますよ」
「ついさっきまでナイフ持って殺気をまき散らしてた奴の言う事か」
「あれは執事の仕事ではありませんので」
あっという間にいつもの間の抜けた空気になってしまった。
結局、セルファスが信用できるかどうかは保留ということになってしまった。
敵ではない、と思う。
もしこれで私が騙されているとするなら、もう自分の人の見る目の無さを呪うべきだろう。
なによりセルファスの能力は本物だ。戦って負ける気はしないが、そもそもセルファス相手に戦いが成立するかどうかも怪しい。そういう底の知れなさを感じる。この勘はきっと間違いない。
さて、尋問が終わったならば次に進まなければ。
セルファスに二つ目の魔石を入手したことを報告せねばならない。
最悪の場合、手に入れた魔石が使えない、なんてことも考え得るからだ。
「え、もう二つ目の魔石を手に入れたんですか? 半月ほどしか経っていませんよ?」
驚くセルファス。この反応が演技でないなら、本当に私達がゴルド山地で何をしていたかは知らなかったのだろう。
私が合図すると、マルスはいつも持ち歩いている手提げ鞄から革袋を取り出す。
革袋の中身はもちろんドラゴンのタマからもらった魔石。
最初にセルファスが持っていた一つ目の魔石と比べても、大きさは遜色が無い。セルファスの魔石が角ばっているのに対し、タマの魔石は球形に近いという形状の違いはあるが。
タマの魔石を渡すと、セルファスは感嘆の声を上げた。
「ほぉぉ、これはすごい。確かに一等級相当、十分な大きさの魔石です」
「ということは、神殿の建立に使えるんだな?」
「はい、問題なく使えますよぉ。私が術式の付与を失敗しなければ」
おい、それはさすがに想定していないぞ。一等級魔石が無駄になるとか悪夢以外の何物でもない。
「さすがに付与に失敗したら怒るぞ」
「すいません、冗談ですよぉ。苦労して身に付けた能力ですからねぇ。そんな失敗はしません」
あははと笑うセルファス。こいつの冗談は分かりにくい。普段から真面目に喋っているように見えないのが原因だと思う。
そして、窓から入ってくるかなり傾いた夕日の光を魔石に当て、まじまじと魔石を観察していたかと思えば、私に話しかけてきた。
「差し支えなければ、どこで手に入れたか教えてもらってもいいですかぁ?」
「自分の持っていた魔石の記憶はあやふやなくせに、私が持ってきた物は出処が気になるのか?」
「気を悪くしないでくださいよぉ。ただの好奇心ですから」
まあ構わないか。経緯を教えたところで同じ方法でまた手に入るという物でもないしな。それに最終的にセルファスに委ねるしかない魔石だ。
「ゴルド山地で手に入れた。ベリア伯爵領に行っていたのはそのためだ」
「山で手に入れたんですかぁ? あの辺は鉱山が有名ですよねぇ。遺跡でも掘り当てましたか?」
こういう貴重な魔石をモンスター以外から手に入れる方法としては、高密度の魔力が充満するダンジョンや、偶然発掘された遺跡から発見できることもある。
強力なモンスター相手にするのとどちらが難易度が高いかは微妙なところだが、実際そういうダンジョンの宝や遺跡を探す専門の冒険者もいる。幅広い知識や経験が必要なので、ベテラン冒険者が多いのも特徴だ。戦闘能力の最盛期を過ぎた者がモンスター狩りから宝探しへ鞍替えするわけだ。とは言っても危険と隣り合わせなのは変わらないのだが。
「いや、これはモンスターから手に入れたものだ。聞いて驚けよ、都合よくギルセアの近くにドラゴンが現れたんだ」
魔石の情報を集め始めた途端に、冒険者ギルドからドラゴン発見の一報が入ったところからセルファスに説明してやる。
出処を知りたがったのはセルファスの方だからな。我々の苦労については知っていてもらわないといけないよな。
私は溜めこんだ鬱憤を吐き出すように、説明を始めた。
そして、経緯を説明し始めて、瞬く間に一時間ほどが経った。
「……というわけで、無事に関所を越えた我々は、ノイルの街を目指して馬車を走らせたわけだ。だが、ノイルは目前というところでマルスたちが獣の気配に感づいた。まさかこんな街に近い街道で?と思ったが、次の瞬間、現れたのは旅人殺しという別名で恐れられるブラックウルフだった。しかも三頭もだ。だが我々は決して慌てることはなく……」
「あー、えーと、そんなに細かく説明してもらわなくても大丈夫ですよぉ? 要点だけ仰ってくだされば……」
「いや、駄目だ、聞け。全部だ」
「エヴァン、私、お腹すいちゃった」
「マルスが外で用意しておりますので、先に召し上がってください、姉上」
「はーい。マルスー、何か手伝う?」
「これはお気遣いありがとうございます、レイチェル様」
「あ、マルス殿、私も手伝いますよぉ」
「お前は駄目だ。私の話を聞け」
「エヴァン様、お話ってあとどれくらいかかるんですかぁ?」
「今出ている月が沈むくらいまではかかりそうだな」
「さすがに勘弁してもらえないですかねぇ……」
こうしてヴェスパ湖の夜が更けていった。
「え? ドラゴンを討伐したんじゃないんですかぁ?」
「違う、魔道具で手懐けたんだ。マリクリア大学には魔道具の専門家が多くいる」
「手懐けた? ドラゴンを、ですかぁ? あ、いや疑うわけではないんですよぉ。現に魔石があるわけですし」
そうは言いつつも、ドラゴンのタマを魔道具で懐柔した件についてはセルファスは疑念のありそうな態度だ。
私の本来の魔力に気付いたとは思えないが、魔道具の効果という事にしておかないとまずい。いくらヴェスパ湖の小屋に引きこもっているセルファスとは言え、私の秘密が漏れてしまうかもしれない。
「納得いってないようだな」
「いえいえ、そんな事は」
なんなら証拠を見せてやるとするか。
「ところで、つかぬ事を聞くが最近このヴェスパ湖周辺で変わったことはなかったか?」
質問してみると、少し考えて答えるセルファス。
「そういえば、最近このあたりで不自然な魔力の流れを感じますねぇ」
「やはり感知していたか。姉上、少し協力していただけますか?」
「え、なぁに?」
小屋の隅で、毛布を敷いて寝転がっていたレイチェル姉上に声をかけると、返事をしながらのそのそとこちらに向き直った。相変わらず自分が貴族であることを忘れているとしか思えない振る舞いだ。まあ、今はそれはどうでもいい。いや子爵家としては全く良くは無いんだが。
「せっかくヴェスパ湖まで来たのですから、姉上のお気に入りを呼んでやってください」
「あ、そうね! お腹いっぱいになって忘れてたわ!」
自分がここに来た大きな理由を思い出して、レイチェル姉上は飛び起きて外に飛び出していった。
「レイチェル様は一体何をするつもりです?」
怪訝な声のセルファス。そりゃまあ、分からないだろうな。
「ちょっと外に出るぞ。どうせ、もうすぐ姉上が……」
「エヴァアアン! どうやって呼んだらいいの!? あと真っ暗だから何とかして!」
「……と、私に言ってくるからな」
「レイチェル様は考える前に行動されるんですねぇ」
レイチェル姉上が言う通り、小屋の外は月が沈んでほとんど何も見えないほどの暗闇になっていた。
セルファスはランプを用意しようとしていたが、止めた。
「せっかくここに魔法使いが二人もいるんだ。光球でいいだろう」
そう言って呪文の詠唱をしようとしたが、よく考えればセルファスには無詠唱で結界を張るところを目撃されている。光球の魔法程度なら無詠唱でもいいだろう。
私は素早く魔力を集中させると、前に突き出した右手の掌の上に魔法の光を放つ球体を作り出し、夜空に浮かべた。大きさは大人二人が両手を繋いで囲めるくらいだ。通常、使用する光球の五倍くらいの巨大さ、そして目が眩むほど明るい。
一度これの半分くらいの大きさの光球をマリクリアの裏通りで出したら、光の強さに驚いたネズミが逃げ出し、野良犬が吠えまくり、宿なしのごろつき達が悲鳴を上げ、近所の住民から眠れないと苦情が殺到した。裏通りには街灯が少なくて夜に出歩くのが怖いという陳情があったので、良かれと思って光球で照らしたのだが、結果は私が警備隊に怒られただけで終わった。
しかし、セルファスはこの光球を見ても驚かないどころか、「それくらい要りますねぇ」とか言いながら、同じくらいの大きさ、同じくらいの明るさの光球を作り出した。もちろん無詠唱で。
これくらいはできて当然と言わんばかりだな。
「あ、すごく明るくなった! それで、どうすればいいの?」
「湖の対岸に向かって、声に魔力を乗せるつもりで呼んでください。魔法で声を大きくするのではなく、魔力で声を作る感覚です、姉上」
「わかったわ! やってみる!」
私の教え方も大雑把なのだが、それで分かった気になるレイチェル姉上も姉上だ。
「ターーマーー! こっちおいでーー!」
魔力光に照らされた、深夜の聖なる湖にこだまする姉上の大声。
何が恐ろしいって、ちゃんと姉上の声に魔力が乗っているところだ。
普段はもうああいう感じだが、やはり姉上には魔力を操作する天賦の才能がある。賭けてもいいが本人に自覚はないだろう。
「タマ? 猫でもいるんですか?」
「さあどうだろうな」
とぼけて見せるが、当然猫を呼んだわけではない。
少し待っていると、私の魔力感知範囲内に大きな魔力の動きがあった。
ほぼ同時にセルファスも何か感じたようで、「おやぁ?」と首をかしげている。
そいつは光球に向かって真っすぐ向かってきている。
「ターマー! こっちこっち!」
いくら何でもレイチェル姉上に方向は分からないと思うんだが、いやでも正しい方向を見ているな。どうなってるんだ、あれ。
「えええ、これはもしかしてぇ……」
セルファスはようやく姉上が何を呼んでいるか気付いたらしい。話の流れからもっと早くバレるかと思ったが、セルファスからみてもこれは非常識な事態だったようだ。
私の目でも見えてきたということは、セルファスにもそろそろ見えているかもな。本人は口を開いたまま湖を見つめているが。
そして、湖面のすぐ上を風を切って飛んできたのは、凶悪な威容を誇る伝説の幻獣、火竜のタマだった。




