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34.セルファスは語る

 そもそもセルファスは神託に沿った行動をしているのか?

 私が引っ掛かっていたところはそれだ。

 夢に出てきた黒髪の天使、リアを知っていることから神託を受けたこと自体は本当なのだろうが、セルファスと私では持っている情報の量があまりにも違う。神殿を建てる張本人は私なのだから、直接私に教えてくれれば良いようなものだが、情報はほとんどセルファスから与えられたものだ。

 もし、セルファスが情報を捻じ曲げたら? もしセルファスが情報の理解を間違えたら? そして、もしセルファスが命を落とすようなことがあれば?

 どれも私の神託成就にとって致命傷だ。無用な危険を冒しているようにしか見えない。


「ええ、もちろん、私の行動は神の意思に従っていますよぉ」


 そしてセルファスから返ってきた答えは予想通りのものだった。

 やはり、そう答えるよな。無駄だったか、とそう思った時、


「ねえ、エヴァン」

「エヴァン様」


 レイチェル姉上とマルスから声をかけられた。まさか、ここに嘘があるのか?


「うーん、何となくだけどね」


 レイチェル姉上が考えながら話す。姉上が話そうとするので、マルスは控えたようだ。


「嘘とかじゃなくて、何か隠したような感じかな」

「私もそう思いました。わずかに言い淀んだ、と言ったところでしょうか」


 二人の意見が一致した。当のセルファスはまさに驚愕に目を見開いていた。


「いやぁ、これは驚きました。お二人とも本当にすごいですねぇ」

「ということは、さっきの答えについて何か隠し事があると認めるのか?」


 悪意があるかどうかは別にしても、情報が正確でないならそれは私だけでなく私を信じてくれた人達全ての安全に関わる。

 これは何としてもセルファスを吐かせなければならない。


「聞かせてもらおうか。正直に喋った方がいいぞ、と忠告しておく」


 結界を維持したまま、再び魔力を練り始める。今度は相手に気付かれないように一瞬ではなく、見せつけるようにわざとゆっくりと。

 同時に、マルスの手にはいつの間にか投げナイフが握りこまれていた。片手に三本ずつ計六本。マルスが本気で攻撃するときの数だ。威嚇ではない。


「そうですねぇ、どこまで話していいものか悩みますが、私の事も少し知っておいていただいた方がいいですかねぇ。ずいぶんと疑われてしまっているようですし」


 セルファスが独り言のようにつぶやくと、私の方を見て言った。


「ちょっと真面目な話をしていいですか?」




 お茶でも出しますよ、と言うセルファスに続いて我々は小屋の中に入る。

 ここまで来て下手な罠を仕掛けてくるとは思えないが、マルスは私とレイチェル姉上が小屋に入る前に入念に点検していた。もちろん私は結界を張ったままだ。

 反面、姉上は特に警戒した風でもなく普段通り振舞っている。

 セルファスは用意するので少し待ってくださいねと言い、奥の部屋に入っていった。


「椅子とテーブルがあるな。前は恐ろしいほど何もなかったのに」


 そう、小屋の中には簡素な木製の物だが四脚の椅子と円形のテーブルが置かれていた。以前ここを訪れた時は椅子すらなく、床に座って茶を飲んだのだが。


「姉上、もうちょっと警戒してください。相手は正体不明なのですから」


 隣室への扉が閉まったのを確認して、私は姉上に注意を促した。


「でも悪い人って感じはしないんだけどなー」

「恐れ入りますがレイチェル様、悪人でなくとも他人を害する者はいます。特に自分の正義を疑わない者には御注意を」


 マルスが珍しく口をはさむ。たまには年長者らしいことを言うんだな。確か姉上よりマルスが一歳だけ年上だったか。


「でもねマルス、私は自分で自分の事を正しいって言えない人はあんまり好きじゃないなー」

「姉上の見解は尊重しますが、今はとにかく注意深くお願いします」


 私から再度お願いすると、レイチェル姉上は「わかったわよ」と言って椅子に座り、そのまま足をブラブラとさせていた。あれは今一つ納得してない時の仕草だな。長年レイチェル姉上の弟をやっていればそれくらいは分かる。

 そして私も姉上の隣に座り、しばらく無言で待った。

 例によってマルスは私の斜め後ろに立ったままだ。


「お待たせしました」


 セルファスが盆にティーセットを乗せて隣室から現れた。ティーセットと言ってもポットとカップだけだが。

 ソーサーもない四つのカップにポットから茶を注ぐセルファス。


「あ、マルス殿は猫舌でしたね。よく冷まして飲んでください」

「いえ、私は遠慮させていただきます。主と並んで茶を頂くわけにはまいりません」


 以前は猫舌だからと言って断っていたが、今回は警戒しているな。しかし、そのことを茶化す気にもならない。まだセルファスへの尋問は続いているからだ。


「いただきまーす。あ、これ甘い! 美味しい!」

「何の疑問も持たずに飲まないでください姉上。注意してくださいって言いましたよね」


 レイチェル姉上が早速茶を飲んで喜んでいる。

 まさかここまで無警戒だとは。


「まあまあ、エヴァン様も召し上がってください。怪しいものは何も入れてないので」

「その気になれば入れられる、という風にしか聞こえないぞ」

「また言葉を間違えちゃいましたねぇ」


 セルファスがクスクスと笑う。本当にいい度胸をしている。マルスはとうとう殺気を隠すのもやめたぞ。


「さて、お話の続きをしましょう。私の神託の事についてです」


 自身も一口茶を啜り、セルファスが話し始める。


「エヴァン様と私で持っている情報に差があるのも当然でして、実は私に神託があったのはもう何年も前の話なのですよ」


 そしてセルファスは自身にあった神託の話を始めた。


「初めて神託の夢を見たのは十歳の頃ですねぇ。まだ私が神官見習いになったばかりの頃でした。その時、夢に現れた天使は黒髪の少女ではなく老婆の姿をしていました。何度も同じ夢を見ましてね、その度に私に『世界に身を捧ぐ覚悟はあるか?』と問うのですよ。

 最初は何だか恐ろしくてただ黙って悪夢が終わるのを待っていたんですが、私がいた教会の神官に相談したところ、『それは神のお告げではないか?』と言われたんです。

 そして次に老婆の夢を見た時に、『世界に為ならば、この身は惜しくない』と言い放ったんですよぉ。いやぁ、若かったですねぇ、私も」


 カップの中の茶を見つめて自嘲するセルファス。

 相変わらずおどけた口調だが、我々に口を挟ませない迫力があった。


「そうしたら、その老婆は『世界は滅亡に向かっている』と言い出しまして。あとはエヴァン様に説明した内容を聞かされたわけです。『このままでは世界に新しい命が生まれなくなる時が来る』って。

 それは大変だって思うじゃないですかぁ。それで私にできることはないかって聞いたら、世界を救う手段を学べって言われたんです。それからは毎晩毎晩、夢の中で勉強会でしたよぉ。

 なぜ世界が滅ぶのか、どうすれば滅びの運命を変えられるのか、祈りの力とは何か、身につけなければならない技能は何か、理解しなければならない魔術や理術は何か。それはもうとんでもない量の知識を詰め込まれましてねぇ。

 で、夢の中でそんなことそんなことをやってるもんですから、神官見習いとしてのお務めなんてまともにできるはずもなくて。あっという間に教会から追い出されてしまったんですよぉ。ひどい話でしょう?」


 やたらと明るく語るので、私は少し揺さぶってみることにした。


「つまり、お前は本当に偽神官だったわけか」


 あえて露悪的な言い方をしてみるが、やはりセルファスには言葉が刺さらなかった。


「あはは、そうですねぇ、無許可で神官みたいなことしてるんですから、まさしく偽神官ですねぇ。申し訳ありません、それについては嘘をついていたことになります」


 ぺこりと頭を下げるセルファス。レイチェル姉上が小さく「あ、違うんだ」とつぶやいていたが、生憎と私は最初からまともな神官だとは思っていなかったので特に驚きもない。


「別にお前が教会から認可を受けていようがいまいが関心は無いな。それで、教会から追放されてからはどうなったんだ?」

「教会から出てしまえば私はただの文無しの子供でした。

 しかし、夢の中で知識を詰め込まれる日々は続きました。夢から覚めたら路地裏や商店のゴミを漁って食べ物を探したり、物乞いをしたり。

 でもある時、自分に魔法の力があることに気付きました。それは私に元々備わっていた力なのか、それとも神託の夢を経て身についたものなのか、今となっては分かりません。でも野良犬のような生活をしていた私にとっては、まさに神の奇跡そのものでしたねぇ。

 以前、エヴァン様の短剣に祝福を与えたでしょう? お気付きになっているかとは思いますが、あれは付与魔法の一種です。効果は分かりましたか?」


 セルファスが私の腰にある短剣を指して尋ねてくる。しかし、残念ながら私の付与魔法の知識ではこの短剣に与えられた効果は分からなかった。詳しく調べる時間が無かったこともあるが、付与された魔力が微量だったため大した効果は無いとたかを括っていたのだ。


「いや、私には付与の内容は分からなかった。この程度の魔力量では私に害はないと思っていたしな」


 負け惜しみのように聞こえただろうか? まあ実際、悔しくもあるが。


「怒らないで欲しいんですが、その短剣に与えた効果は位置の特定です。このヴェルデンシアのどこにいても、私にはその短剣の位置が分かるんです」


 セルファスが語った内容は、付与魔術の常識から逸脱したものだった。

 わずかな魔力しか感じないこの短剣に、そんな高度な魔術が付与されているだと? しかも効果範囲が尋常ではない。どれほどの指向性と結合性を持たせればそんな付与ができるんだ?

 私の驚愕は恐らく表情に出ていたのだろう。セルファスは間を取るようにまた茶を一口啜る。

 その時、滅多に私の会話に割り込んでくることのないマルスが口を開いた。


「つまりセルファス様は、エヴァン様の行動を監視していた、と?」

「そういう事になりますねぇ。ゴルド山地まで行っていたことは知っていますよ」


 セルファスがそこまで言ったとき、マルスが「エヴァン様」と私にごく小さく声をかけてきた。


「だめだ、控えていろマルス」

「かしこまりました」


 そう言うと、いつの間にか私の横に立っていたマルスはまた一歩下がった。


「もしかして、いま私危ないところでした?」

「お前が監視していたとか言うからだ。しかし、私がゴルド山地で何をしていたかまでは分からないんだろう?」


 こう言ったのは、セルファスが行動を全て読み取れるような魔術を短剣に付与していたとは思えなかったからだ。

 確かに位置を特定するために付与された魔術には驚愕したが、それは僅かな魔力を遠方まで届かせるための術式が常識外れだったからだ。だが、もし短剣の持ち主の行動まで読み取れるようにするとなれば、その術式は位置を特定するものよりもはるかに複雑になる。そういう付与が行われた場合、さすがに私には感知できるはずだ。理屈で説明するのは難しいが、複雑な術式が組み込まれた魔術には『ざらつき』のようなものが感じられるのだ。


「さすがですねぇ。仰る通り、どんなことをしていたかまでは私にはわかりません。エヴァン様の居場所を把握しておく必要があったのは、神託を受けた者を放置するわけにはいかないからです。世界を救う神の使徒が行方不明になったとか、笑えませんからねぇ」


 笑えませんとか言っておきながら、ふふっと笑うセルファス。


「つまり、お前の使命のために私の短剣に付与を与えたという事か」

「そのとおりです。不快でしたら付与を外しますよぉ?」


 ちょっと考えたが、別にこのままで不都合などない。いざとなれば私が付与を消去するなり上書きするなりすればいいだけの事だ。


「特に害がないならこのままで構わん。それより話の続きだ」

「ああ、すいませんねぇ、横道に逸れてしまいました。

 付与魔法の他にも魔法をいくつか使えるようになった私は、その力を生かして簡単な魔道具を作って売ったり、操作系魔法で日雇い作業したりして、ようやく人間らしい生活を取り戻しました。

 その頃からです。毎晩のように見ていた神託の夢を見なくなりました。多分、私の知識や能力が神の求める水準に達したのでしょう。そして長い間神託の夢を見ない日が続いたのですが、二年ほど前にまた神託を受け取ったのです。それが……」


 そこで言葉を切るとセルファスは眠たげな視線を私に向けた。


「私の事だった、というわけか?」

「そのとおりですねぇ。もっとも、最初は『まもなく神の使途が遣わされるだろう』とか『その時に備えよ』とかあいまいな神託だったので、こちらから質問して色々聞き出しちゃいました。その時私に神託を与えに来たのが、エヴァン様も御存じのリアという天使ですねぇ」


 リア、あいつセルファスの所にも行っていたのか。そして掴みどころがないこの男に翻弄されて情報をしゃべらされた、と。

 何というか、リアとセルファスの組み合わせなら納得できなくもないな。ああだこうだと粘っこく話を引き延ばすセルファスと、短気を起こして余計な事をしゃべるリアの姿が目に浮かぶ。


「ざっくりとですが、私の話はこんなところですねぇ。少しはエヴァン様の疑いは晴れましたか?」


 セルファスはそう言って私の目を見てくる。

 私は目を閉じて少し考えた後、返答すべく口を開いた。


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