33.真実に至るために
セルファスは相変わらず眠そうな目をして、油断と隙だらけの佇まいで小屋の出入り口に立っている。
「近い内にまたいらっしゃるとは思いましたが早かったですねぇ。エヴァン様、マルス殿、それにこちらの美しい方は初めまして、ですねぇ」
セルファスはレイチェル姉上に近づくと、数歩離れた距離で一礼をする。
「どうも、神官のセルファスと申します。失礼ですが、レイチェル・マルシェル様では?」
「そうよ。私はレイチェル。三等級冒険者よ」
「姉上、お願いですからそこはマルシェル子爵家の息女と名乗ってください」
ゴルド山地の冒険を経て、レイチェル姉上自身の認識が冒険者に偏ってしまっている気がする。宮廷舞踊の練習でもさせたら貴族の立場を思い出してくれるだろうか?
「あなたがよく分からない神官の人? なんだか普通の人間に見えるわね」
「あはは、エヴァン様、私の事をなんと説明したんですかぁ?」
「眠そうな顔をした神官もどき、といったところだな」
「私、そんなに眠そうな顔してます?」
そこは神官もどきと呼ばれたことを怒らなければならないところだが、セルファスは気にしないようだ。意図的に中傷しても予想した反応が返って来ない。図抜けて沈着な性格なのか、それとも中傷されていることに慣れているのか……。
「エヴァンと同じようにあなたにも神託があったのよね? どうしたら神託って受けられるの?」
「おや、レイチェル様は神の言葉に興味がおありですかぁ?」
「だって格好いいじゃない!」
「姉上、やめてください」
たまりかねてレイチェル姉上を止める。
「まあまあエヴァン様、レイチェル様の神のお役に立ちたいという素晴らしい信仰心に私は胸打たれましたよぉ」
セルファスの歯の浮きそうな言葉を聞いたその刹那、私は背筋を這うようなとてつもなく嫌な予感を感じた。
そして、
「やめろ! 姉上を巻き込むな!」
気が付けばそんなことを口走っていたのだった。
「エヴァン?」
レイチェル姉上の怪訝そうな声。
そして、セルファスもまた疑問符が浮かびそうな表情で応える。
「巻き込むも何も、神託は私の意思ではありませんよぉ。それを言ったら私も巻き込まれた側ですし」
やはり、いつもの通りののんびりとした口調で応える。
巻き込まれた側。確かにセルファスの今までの説明ではそうだ。
神官という神に近しい立場だとはいえ、神託を受けて行動している点では私と同じ。
しかし、私の直感が警鐘を鳴らすのだ。
『こいつは敵ではないが決して味方でもない』、と。
「悪いが私はお前を信用していない。情報を意図的に隠しているようにも見えるし、本当のことを言っているかどうかも分からないからな」
「うーん、これはずいぶんと嫌われてしまいましたねぇ。困りました」
腕を組んで唸っているが、全然困っているようには見えない素振りのセルファス。
こいつはやはり何か切り札を持っている。
「それでは、エヴァン様は神殿の建立をやめてしまわれるのですかぁ?」
これはつまり、世界がどうなってもいいのか?という脅し。答えはもちろん否だ。
「それを中止する気は無い。神殿建立はお前じゃなく、天使から直接受けた神託だからな。だが、一等級魔石を三個集めろというのはお前が言ったことだ。検証する必要がある」
「私は嘘は言ってませんよぉ。信用してください」
「それは詐欺師の常套句だ。お前分かってて言ってるだろ?」
この期に及んで余裕の態度を崩さないセルファス。おどけた態度も計算してやっていることなのだろうか?
「検証、とは言いましても私はどうすればいいんですかぁ?」
「質問に答えてもらう。というか、そもそも聞きたいことがあってここに来たわけだしな」
私が勝手に悪い予感を感じてセルファスを詰める形になっているが、私がここに来た目的はセルファスから情報を得るためだ。もしセルファスが嘘をついておらず、敵でもないならば、私の完全な勇み足ということになる。
「姉上、これから私がセルファスにいくつか問いかけます。姉上の目から見て、嘘をついていると思ったら教えてください」
「えぇ、そんなお父様みたいなことできないわよ?」
確かにここに人を見る達人である父上がいてくれたら、セルファスの嘘を見破ってくれたかもしれない。だがレイチェル姉上の感性もなかなかのものなのだ。動物的な勘といっていいと思うが、子供の頃から何故か姉上には隠し事がよくバレたものだ。
「大丈夫です。姉上が感じたままで構いません」
「ふーん、それならいいけど。でもこの人、神官なのよね?」
姉上の目からは神官に見えるのか……。いや、しかし神官が嘘をつかないとは限らないしな。
次に私は、いつの間にかセルファスの死角に移動していたマルスに声をかける。
「マルス、気配を消すのはいいからお前もこっちに来て尋問に参加しろ。どうせこいつに不意打ちなんか効かない」
「それはやってみないと分かりませんが、エヴァン様がそうおっしゃるなら」
「いやいや、不意打ち効きますよぉ。いつの間にそんなところに移動したんです?」
本当に驚いているようにも見えるが、演技かもしれない。だが、もしセルファスが演技や詐術の類いを使うのであれば、きっとマルスが見破ってくれるだろう。
レイチェル姉上の勘とマルスの眼力。私には無いこの二つの力で嘘を見破ってもらう。
そして私にできることといえば……。
「おやぁ? エヴァン様、何か結界のようなものを張りましたか?」
無詠唱でしかも瞬間的な魔力の練り上げで結界を張ったが、さすがにすぐ気付いたな。まあセルファスが高位の魔法使いであることは予測していた。それに結界に気付かれても問題はない。
「魔力を感知する初歩の結界だ。私の質問に答えるときに魔法が使えばすぐに分かる」
「へぇ、そうなんですかぁ。便利ですねぇ」
あくまでとぼけた口調で喋るセルファス。だが何を考えているかはわからない。
とにかくこれで尋問の準備はできた。さっそく最初の質問だ。
「一応言っておくが、嘘はつかない方がいいぞ。お前のためにならない」
「ですからぁ、嘘はついてませんって」
さあ、それはどうだろうな。レイチェル姉上もマルスも甘くはないぞ。もちろん私もだ。
「一つ目の問いだ。世界を救うという神殿には、本当に三つの一等級魔石が必要なのか?」
まずはこの質問をしなければ始まらない。これが神託成就の条件であるばかりに、とんでもない苦労を背負いこむことになったからな。
「はい。本当ですよぉ。正確に言うと一等級魔石に相当する魔石であれば三個必要です」
看過できないことを言ったな。一等級魔石であれば、だと?
「ちょっと待て、ということは二等級や三等級でも数があれば良いのか?」
もしそうだとしたら話が全く変わってくる。数が増える分、手間がかかるのは同じだが、そもそも入手の難易度が全く違う。もちろん二等級でも目が飛び出るくらい高価なのは間違いないのだが。
「あ、そういう事ではないです」
しかし、セルファスはあっさりと希望を砕いてくる。
「もし、一等級魔石を遥かに凌駕するような巨大な魔石があれば、一個でも構わないという意味です。そんなものが存在すれば、ですが」
一等級相当は最低限必要という事らしい。甘くはないな。
だが、それはセルファスが本当の事を言っていれば、の話だ。
少なくとも、今のやりとりでセルファスは魔法を使っていない。万が一、セルファスが精神魔法の使い手だった場合、私たちに嘘を信じ込ませることも可能だろうが、その線は無さそうだ。そもそも精神魔法を使える者自体がとても希少だが。
私はマルスに視線を向けた。セルファスをじっと観察していたマルスは、私の視線に気付くと無言で首を横に振る。マルスから見ても嘘を吐いているようには見えないか……。
「姉上、どうですか?」
レイチェル姉上にも尋ねてみる。
「んー? 別に何もおかしいところは無いわよ、多分」
姉上から見ても問題なし、か。
なら次だな。
「二つ目だ。お前が持っていた一等級魔石。あれは本当に拾ったものか? もしそうであればどこで拾った?」
そもそもが都合よく一等級魔石を持っていたことがおかしい。探せば見つかるという物でもない以上、入手する方法は限られてくる。古竜の長老から盗んでくるとか、帝国の宝物庫に侵入するとか。
「本当ですよぉ。目の前にあったから拾ってきただけです」
「場所はどこだ? どこで拾った?」
「帝都のどこかの地下室です。ゴミだらけの部屋で拾いました。まさに神の御導きですねぇ」
「どこかも分からない所に行って見つけたというのか? 説明に無理があるだろう」
「そう言われましても、神託で『そこに行け』と言われたところに行っただけですからねぇ。もう一度行けと言われても多分無理です。私、方向音痴なんですよぉ」
「嘘です」
「あ、嘘ついた!」
マルスとレイチェル姉上が同時に声を上げた。やはり嘘が混じっているのか!
「どの部分だ?!」
「方向音痴であるというところですね」
「私もそう思ったわ!」
そこか……。残念ながらどうでもいい所だ。
「あ、やっぱりバレました? すいません、ちょっと試してみたくなりましてねぇ」
「お前、自分の立場が分かっているのか?」
「いやぁ、いきなり斬られはしないと思いましてねぇ。すいません、自分が方向音痴だと思ったことはないです。でも、あの地下室にもう一度自力で行くのは多分無理ですねぇ。記憶があいまいなもので」
この状況で大した度胸だ。こいつはもしかしたら政治家とかに向いているんじゃないか?
「では、帝城アル=ゼル=ザウトに行ったことはあるか?」
「一度もありませんねぇ」
マルスとレイチェル姉上にも確認するが、嘘はついていないようだ。もちろん魔法を使っている様子もない。
「……次に行くぞ。世界を救う神殿とはいったいどうやって建てればいい? 普通の神殿と何が違う? なぜ一等級魔石が三個も必要なんだ?」
「たくさん質問が出てきましたねぇ。順番にお答えしましょうか」
セルファスが楽しそうに笑う。まるでその質問を待っていたかのようだ。
「まず、エヴァン様に建立していただきたい神殿そのものですが、別に豪華なものである必要はありません」
セルファスは振り返り、自分の背後に建っているアルテス神教の印が付いているだけの小屋を指した。
「極端に言いますと、この小屋の中に魔石があるだけでも構いませんよぉ。でもそれだとさすがに不用心ですからねぇ。魔石を安全に安置しておける部屋や、警備も含めて何人かが常駐できるくらいの建物が欲しいですねぇ」
思いのほか具体的に答えたな。建物自体は重要ではないという事か。
「次の質問にお答えする前に、魔石がなぜ必要かという点について説明しますねぇ。三つの魔石が無事に集まりましたら、それを術式で一つに組み合わせます。魔道具を作るようなものだと考えてください。そしてそれを神殿に置いておけば、人々の祈りの力が効率よく神に届くようになります」
「魔石を集める難易度はともかくとして、そんなに簡単な物で世界が救われるというのか?」
この世界で将来、子供が生まれなくなるという問題の大きさに対して、解決方法がずいぶんと簡単に聞こえる。いや、もしかしたら私の感覚が麻痺してきているだけかもしれないが。
「要はいかに人々の祈りの力を集めて神に届けるか、という手段の問題ですからねぇ。魔石は祈りの力に正しい流れの方向を指し示す指針、のような役割をします。さしずめ『祈りの灯台』といったところでしょうか。あ、今、良い例えをしたような気がしますよぉ」
自分の発言を自分で褒めるセルファス。緊張感のない、まったくの自然体に見える。そこがまた腹立たしい。
「それで、普通の神殿と何が違うかというと、そういう特別な役割があるという事自体が通常の神殿とは違いますねぇ。ただ、その力が正常に機能するためには、ここに神殿があることを人々が認知する必要がありますが」
またしてもセルファスが見過ごせない発言をする。神の意志で建てた神殿を人々に認知させるだと?
「ちょっと待て。アルテス神教の総本山は帝都のすぐ近くのミリス大神殿だ。ここに神託の神殿があると宣伝することは教団に喧嘩を売る形になるんじゃないか?」
それはミリス大神殿という信仰の象徴が既にあるにもかかわらず、新たな聖地を名乗ろうとするも同然の行為だ。欲得と権力にどっぷりと浸かったアルテス神教団が見逃してくれるとは思えない。
「そこはある程度時間をかけて徐々に浸透させるしかないでしょうねぇ。前にも言いましたが、ヴェスパ湖はもともと聖地ですから。そこに神殿があること自体は何も問題ないはずです。教団もそこは認めざるを得ないはずですよぉ」
このヴェスパ湖のほとり、という立地にも実利的な意図があったのか。まあ、もしここに多くの巡礼者が訪れるようになれば、必然的に我が領内も潤うが……。しかし、アルテス神教団に相当な寄付をしなければならないだろうな。まったく悩ませてくれる。
残念ながら、この質問にも嘘が無かったようで、マルスとレイチェル姉上は無反応だ。
話が難しくなってきたからか、レイチェル姉上は退屈そうに欠伸をしている。姉上、お願いですから真面目にやってください。大事なところなんです。
「嘘はついていないようだな。少なくとも我々には分からない」
「だからぁ、最初から言ってるじゃないですかぁ」
自慢げにするセルファス。これで分かっただろう?と言わんばかりの態度だ。
悔しいが、こいつは本当の事を話しているか、もしくは一切の淀みなしに嘘を吐く規格外の詐話師かのどちらかだ。
だが、最後にもう一つ確かめておかなければならない事がある。
私はセルファスの目を見て問いかける。
「最後の問いだ」
「はい、何でもどうぞぉ」
私は一つ息をつき、尋ねる。
「お前は本当に神託に従って行動しているのか?」
読者の皆さんのおかげで書き続けることができていると実感しますねぇ。
相も変わらず不定期なアップロードですが、よろしくお願いします。




