31.帝都からの知らせ
31.帝都からの知らせ
「ノックぐらいしたらどうだ、ロベルト」
突然現れた執事長ロベルトに驚き、しかもアンナの手を握ろうかなんて考えていた事もあって、やや強い口調になってしまった。
しかし、ロベルトは少し首をかしげるような仕草をしただけで動じはしない。
「これは失礼を。扉が開いていたもので」
「え、開いていた?」
「仲が良いのは結構ですが、扉は閉めておいた方がよろしいでしょうな」
「仲が良い……」
アンナが顔を赤らめて俯いた。しまった、恥ずかしい思いをさせてしまったか。
「いや、私とアンナは……」
「仲が良いように見えました!? 見えましたよね!? さっきエヴァン様はじっと私の目を見つめて下さいました! 憎からず思って下さっていると感じました! 私、もっと頑張れそうです、全力で!」
「アンナ、落ち着け」
「アンナ、落ち着きなさい」
私とロベルトが同時にアンナを制する。アンナはたまにこうなるからな。突然興奮して謎のやる気を出す。
「それで、報告とはなんだ?」
舞い上がっているアンナは置いといて、ロベルトに尋ねる。アンナ、はしゃぐのはいいが執務室でくるくるとダンスするのはやめてほしい。
「中央から火急の知らせが届きました。」
「中央? 帝都屋敷からではなく?」
『中央』とは、つまりアルバーナ神帝国中央政府を指す。もしくは皇帝や帝室周辺だな。
帝都にあるマルシェル家の屋敷からは定期的に帝都の様子の報告があるが、今回は中央政府から伝令役が来たということか。
「嫌な予感しかしないが、伝令の内容は?」
中央から知らせが来る事自体、すでにいい知らせである可能性が低い事を窺わせる。
伝令が十回あれば、だいたい七か八はよくない知らせだ。上納金の話か、はたまたどこかの貴族が政争に破れて粛清されたか。
私はアンナが入れてくれた柑橘の香りのするお茶に口を付ける。
「帝城アル=ゼル=ザウトの宝物庫から、国宝の一等級魔石『陽光の霊石』が盗まれたそうです」
「ッ! ッゴフッ! ゴホッ!」
お茶が気管に入って激しくむせる。
「エヴァン様!」
慌てて背中をさすりに来てくれるアンナ。優しい。
その様子を見ながらも、ロベルトはあくまで動じない。
「大丈夫ですか、エヴァン様? 大丈夫そうですね。続けます。現状で犯人は不明。帝国の全貴族に魔石と盗賊の捜索について協力するように、という命でございます」
「ゴホゴホッ、……そうか」
ようやく呼吸が落ち付いた。死ぬかと思った。
こぼしてしまった茶を片付けるアンナに礼を言いつつ、私は執務室の棚に置いてある魔法鍵付きの革製ケースを見た。
ロベルトも私の視線を追って革ケースに目をやる。
「エヴァン様? どうかされましたか?」
ロベルトは私が領主代行の任を解かれたことは知っていても、一等級魔石を集めていることは知らないようだ。
父上がロベルトに話す事は考えられたが、この様子だと神託の話も聞いてなさそうだな。
「いや、何でもない。しかし帝城に盗みに入るとは大胆だな。よくぞ宝物庫にまで入り込んだものだ」
平静を装っているが、実のところ私は内心で大きく動揺していた。なにせ今持っている二個の一等級魔石のうち、一つは出所が不明なのだ。ヴェスパ湖にいた神官セルファスは「拾った」とか言っていたが、いかにも怪しい。いや、はっきり言って信用できない。
「ロベルト、その国宝が盗まれたというのはいつ頃の話だ?」
帝都からこのマリクリアまで急げば七日か八日で到着できるが、盗まれたのはもっと以前だろう。帝都で大捜索がされたが手がかりがつかめず、仕方なく貴族家に盗難の事実を知らせたはず。
「盗賊が入った日は分からないみたいですが、今から二十日ほど前に発覚したようです」
二十日前、という事はちょうど私が夢で初めてリアに会った頃か。
まずいぞ。私がヴェスパ湖でセルファスと会ったのはその数日後だ。セルファスの魔石が国宝の魔石だとして、時系列としては辻褄が合ってしまう。
これはどうしても確認しなければならないな。
万が一、セルファスの魔石が『陽光の霊石』であれば事態は非常に悪くなる。
ただでさえ所在の分からない一等級魔石などというものを捜索するのに、中央から厳しい目を向けられてはたまらない。
帝城から魔石が盗まれたのと同時期に国宝級の魔石の情報を集めている貴族がいるとか、怪しいにもほどがあるからな。
もし監視の目をかいくぐって無事に三個の魔石を集めたとしても、今度は神殿を建てなければならないという問題に突き当たる。
一等級魔石を三つ集めるという事の難易度に紛れて軽視してしまっていたが、魔石と神殿の建立の関連がはっきりしていない。もし魔石が参拝者などの目に触れる形で使用されるとすれば、また新たな疑惑を持たれることになりかねない。
そもそも普通の神殿を建てるだけなら別に魔石など必要ない。帝都にあるアルテス神教の本部に教会建設の許可を得れば良いわけだからな。その際には、もちろん多少の寄付が必要だし、神殿の規模に見合った格をもつ神官の派遣を頼まなければならない。言うまでもないが派遣の費用は寄付とは別勘定だ。中央の役人と教会はタダでは動かない。
「ロベルト、急用を思い出した。ちょっと外出してくるぞ」
この情報はすぐに冒険者ギルドのグラントとリッツに伝えなければならない。
マルシェル家が魔石を捜索していることを大っぴらにはできないからな。情報の収集には細心の注意が必要になる。その事について、あの二人ときちんと打ち合わせしておかなければならない。
今から出ると言った私に、執事長ロベルトは怪訝な表情をする。
「今からでございますか? もう暗くなりますが」
「ああ、ちょっと冒険者ギルドでグラント達に会ってくる。心配するな、酒場には行かん」
ロベルトは私が屋敷を脱出して街に繰り出すことを阻止しなければならない立場だからな。マルシェル家がいかに領民と親密だといっても、限度があると考えているようだ。皆が私やレイチェル姉上に親し気に話をしていると苦々しい顔をして見ているからな。ロベルトは帝都出身だから余計にそういう考えになるんだろうか。
「分かりました、今日は酒場に行かないのですね」
「棘があるな。身に覚えしかないが」
「自覚がおありなら結構です」
ロベルトの嫌味を聞き流して、私はアンナが渡してくれた上着を着て執務室を出ようとする。
そのとき、ロベルトから声をかけられる。
「エヴァン様」
「なんだ?」
「何かお困り事でしたらば、是非ご相談ください。微力ながらお力になります」
そう言うと右手を胸に当てて恭しくお辞儀をする。
普段のロベルトは、私に対してこのような大仰ともとれるような態度はとらない。
きっとロベルトの中で、私と姉上はまだまだ子供の範疇なのだろう。そう思われても仕方ないところだし、それはきっと間違ってない推測だったはずだ。
今に限って何故とは思うが、ロベルトなりに私の苦境を察してくれているのだろう。
「ああ、その時は頼りにさせてもらうぞ、執事長」
私はそう言って執務室を出た。
国宝の魔石が盗まれたことをすぐに冒険者ギルドに伝えなければならないのだ。
冒険者ギルドに魔石盗難の一報を伝えた翌朝、私は自室で旅支度を整えていた。
かたわらではマルスが私の準備を手伝ってくれている。
「昨日は暗くなってから冒険者ギルドに行ったかと思えば、今度はヴェスパ湖ですか。しばらくはのんびりと情報を集めると仰っていませんでしたか?」
「そうも言ってられない事態だ。仕方ないだろう」
「私は今日まで休暇の予定だったんですが……」
「そうだったな。喜べ、休日勤務の手当てが出るぞ」
「それでしたら何も異論はございません」
別に付いてきてくれと頼んだわけではないが、専属執事であるマルスは当然のようにヴェスパ湖まで同行するつもりのようだ。
ちなみにマルスの旅支度はすでに終わっているらしい。相変わらず用意がいい。
「レイチェルお嬢様やリッツさんは同行しなくても良いのですか?」
「必要ないな。今回はあの怪しい神官に聞きたいことがあるだけだ。リッツはともかく姉上がいると話がややこしくな……」
その時、例によってドカン!というあり得ない音がして私の部屋の扉が開いた。
「エヴァァン! ヴェスパ湖まで出かけるって本当!?」
そこに現れたのはもちろんレイチェル姉上だ。
「姉上、何度も言っていますが、まずノックをしてください。あと危ないので身体強化しながらドアを開けないでください」
「ふふふ、レイチェルお嬢様、扉のそばに使用人がいれば怪我をしてしまいますよ」
マルスは何故か微笑ましいものを見るような態度だが、実際問題危ないから笑い事ではない。
ちなみにレイチェル姉上がとんでもない勢いで屋敷中の扉を開けるものだから、この屋敷の扉はことごとく頑丈に作られている。職人が何ヵ月もかけて補強したり作り直したりして、さらに姉上がそれを壊すことを繰り返した結果、軽量でありつつも強度の高い扉が完成した。
もちろん費用もそれなりに掛かった。はっきり言ってこの屋敷にあるどの調度品よりも、扉にかけた金額の方が高い。これほどの金と技術の無駄遣いは見たことが無い。
「扉の近くに何の気配も無かったから大丈夫よ! それより私も行くからね!」
色々と言動のおかしい姉上だが、どうやらヴェスパ湖まで付いてくるつもりらしい。
よく見れば、鎧こそ無いがしっかりと旅装束を着用している。
例の魔剣もしっかりと鞘に収まって腰に提げているな。どうやら急ごしらえで鞘を作ったらしく、何の装飾もない地味な拵えだ。
魔剣自体が一見普通の剣なので、まさか魔剣を装備しているようには見えない。敵を欺くには良い組み合わせかもな。姉上がそんなことを考えていないことは明白だが。
「姉上、湖まで行っても別に冒険とかはありませんよ。人に会うだけなので」
「それって例のよく分からない神官の人でしょ? 面白そうじゃない」
セルファスの話をしたのは一度きりなのだが、姉上は珍しく覚えていたようだ。正直なところ、結果が予想できないので会わせたくないのだがな。
「それにヴェスパ湖にはタマがいるんでしょ?」
「ああ、目的はそっちですか。多分もういるでしょうね、迷ってなければ」
ゴルド山地の若き火竜ことタマ。段取り通りであればもうヴェスパ湖畔のどこかに引っ越してきているだろう。
今のところ、ドラゴンを目撃したとかいう話は聞いていないが、様子は見ておいた方が良いかもしれないな。
「分かりました、姉上。一緒に行きましょう。宿泊はグレン村になりますが、構いませんか?」
「もちろんいいわ! 久しぶりにロルフの子供たちとも遊びたいし」
会いたい、ではなく遊びたいというのがなんともレイチェル姉上らしい。
「というわけでマルス、姉上も同行するぞ。何か問題は?」
マルスは執事として我が家の諸々の都合を把握しているので、レイチェル姉上がマリクリアを離れることに不都合が無いか確認する。
「特に問題ございません。レイチェルお嬢様はもちろんですが、エヴァン様も現在、対外的には無役の暇人ですので」
「なんでお前はそう一言多いんだ」
士気が若干削がれたような感覚を味わいつつ、私は旅支度を進めていくのだった。




