29.ギルセア超特急
「え、宿で休まないの? お風呂は!?」
それ絶対言われると思いましたよ、姉上。
まあレイチェル姉上でなくても、山中での野営を重ねてやっと下山してきたところなのだから、ゆっくり休みたいと思う所だろう。
しかし、私にも思惑があるのだ。
「姉上、申し訳ないのですがギルセアの街に滞在するのは気が進みません。ギルドが調査すれば、我々が六日間に渡って山に入っていたのはすぐに分かるでしょう。それに早ければ今頃はタマの住処までギルドに調査隊が到達しているかもしれません。タマはもういないでしょうが、調べればドラゴンがいた痕跡くらいは見つかるかもしれない」
鱗が落ちているとか、高熱のブレスで焼かれた跡があるとか、人間が食事の用意をした形跡があるとか。そういう痕跡が発見される恐れはある。
「私は何の痕跡も残してはおりませんが」
「例えばの話だ、マルス」
実際、マルスは調理の痕跡を残していなかった。フライパンをちょうどいい温度に加熱する火加減上手なドラゴンがいたおかげだな。
「我々の行動とドラゴンの失踪が関連付けられてはまずいのです。特に冒険者ギルドや領主であるベリア伯爵家の取り調べを受けることは避けなければなりません。最終的に我々が国宝級の魔石を持っている事が露見すれば、中央、つまり帝室が動きます」
「えー、でもそれは私たちががんばって集めたものじゃない。どうしてダメなの?」
道理を言えばレイチェル姉上の言う通りなのだが、そうは理屈通りにいかないのが世の常だ。
そもそも、一等級魔石が国宝級に珍重されるには相応の理由がある。
希少で高価。見た目も美しい。
しかし、帝国がその存在を無視しないのは、それが軍事に利用可能だからだ。
一般に製造され流通している魔道具は、どんなに高価なものでもせいぜい四等級の魔石くらいまでしか使わない。大量の食品を冷蔵するような魔道具なんかがそうだな。
三等級くらいになると、そもそも使用する際に届け出が必要になってくる。それが軍事目的であれば、帝国に届け出て許可を受けなければならない。
攻撃魔法を連続で放つ魔道具、周囲の兵士の身体能力を向上させる魔道具、敵の魔法の発動を阻害する魔道具、大規模な結界を張る魔道具。どれも戦争で大きな効果を発揮するものだ。
このような魔道具、というか兵器を無許可で保持することを中央政府はもちろん許さない。
アルバーナ神帝国が統治するこのヴェルデンシア大陸は広大だが、外敵がいないため戦争とはつまり内乱を指す。
現状、このような兵器を所持しているのは帝室直轄の中央軍の他、帝室の親戚筋である三大公爵家くらいだろう。つまりマルシェル子爵領のような帝室と縁戚でもない辺境の弱小貴族は、一等級魔石を所持しても収集しても問題が起きるのだ。
「一等級の魔石を探すっていうのは、それ自体が帝国に叛意ありと見なされるってことっすか?」
「探すだけならまだいいが、我々はもう二つも実際に持っているからな。万が一、このことが中央に伝われば、少なくとも父上や私は帝都に呼び出されて、事情聴取という名目で身柄を拘束されるだろうな」
私が魔石探しに子爵の領兵を使わない理由がこれだ。領内の組織に大きな動きがあれば、遅かれ早かれ中央に伝わってしまう。
いかに子爵家とマリクリアの住民の関係が良好でも、中央からの密偵が入り込んでいる可能性はあるし、行商などで領外からくる者も多い。情報を完全に秘匿することなどできはしない。
一等級魔石を探すというのはこれほどの危険が伴うのだ。
もっとも、普通は探したから見つかるというものではないので、いまの我々の置かれている状況は控えめに言って異常だ。
「そういうわけで姉上、申し訳ないのですがギルセアで宿をとるのはやめておこうと思います。ご不便おかけしますが」
レイチェル姉上は宿で入浴するのを楽しみにしていただろうから、これで機嫌が悪くなるだろうな。
だが、ここは慎重に行動すべきところだ。魔石を入手しただけでなく、結果的にとはいえドラゴンを子爵領に誘導したからな。
ドラゴンのような希少で強力なモンスター、俗に幻獣とも呼ばれる魔物には、上等な魔石に負けず劣らず帝国の中央政府の監視の目が向く。
そのようなモンスターがどこかに出現したとして、冒険者が討伐することは問題ない。だが、それによって手に入る素材や魔石は取り扱いに注意が必要だ。
上等な魔石が危険視されるのは前述の通りだが、手に入った素材を冒険者ギルド以外で売りさばいたり、武具の材料にしたりするには帝国からの許可や届け出が必要だ。
理由はもちろん、国内に中央政府の関知しない強力な装備が出回ることを防ぐためだ。これは軍事的利用というよりは、暗殺等に使用されることを警戒しているのだと思う。権力争いの果てに暗殺合戦が始まるなど、帝都では日常茶飯事らしいからな。まったく権力者の考えることは恐ろしい。
「むー、お風呂……」
「まあまあ、レイチェル様。馬車で移動しながら星空を眺めるのも悪くないっすよ」
リッツがレイチェル姉上をなだめようとしてくれる。気遣いがありがたい。
「そうなの? 星なら散々見ているけれど」
「そう思うっすよね? でも流れていく風景と車輪の音、そして満天の星空が組み合わさるといい雰囲気になるんすよ。これで大体の女の子はコロッと……」
「コロッと? 戦うの?」
「いえ、なんでもないっす」
リッツが盛大に余計な事を口走っていたが、姉上はしぶしぶ風呂を諦めてくれた。あとで魔法で湯を沸かせとか言われそうだが、その程度は仕方ないか。
それからほどなく、夕刻になる前にギルセアの街に到着した。
まともな冒険者であれば、狩りから帰ってくればまずギルドに報告と獲得した魔石などの精算。そのあとに道具の補充や武器の手入れなどやることは多いのだが、我々はそもそもまともな冒険者ではないし、狩りが目的でもない。もっとも、道中でやたらとモンスターに襲われたので手持ちの魔石は多い。それもマリクリアで売ってしまえばいいしな。
冒険者ギルドで支部長のバルコやカリナ女史に見つかってしまえば、この数日間どうしていたのか詰問されるに違いない。
あとは、あの鋼の狩猟団とか言ったか、あの冒険者パーティに出くわすのもまずい。仕方なかったとはいえ、我々の戦闘力の一端を見せてしまったからな。興味本位にあれこれ聞かれると面倒なことになりそうだ
「みんな疲れているところ悪いが宿に直行する。すぐにタバルと合流して街を発つぞ」
「私はあんまり疲れてないけど」
「自分もっす。下山は割とすんなりって感じだったっすからね」
「疲労しているのはエヴァン様だけかと」
「私以外が逞しすぎる!」
そりゃあ私は普段からあまり体を使う方ではないが、それでも貴族の嗜みとして剣術や馬術の訓練はしている。一般の領民たちよりは多少体力はある方だと思うのだが、パーティのメンバーの体力はそんな比ではなかったようだ。
あれ、もしかして私がいなければもっと行程を早くできたのか? いやいや、そんなことは……。
できるだけ早足で歩き、宿に到着した。私は多少息を乱してしまったが、レイチェル姉上達三人は何でもないというような表情をしている。
「エヴァン様、ずいぶん早足で歩いておりましたが、大丈夫ですか? エヴァン様以外はまったく問題ありませんが」
「息切れてるっすよ?」
「エヴァンも普通の速さで歩けるのね」
私に体力が無いわけじゃない。この三人がおかしいだけだ。
「とりあえずタバルを探すぞ。もしかすると出掛けているかもしれんが……」
そう言いながら宿の扉を開けた。すると……、
「さあ、今夜も飲むぞー! まずはエールを持ってきてくれ」
「タバルさん、今日も景気いいな」
「おうよ、金はあるからな! みんな、今日も俺のおごりだー!」
「いやっほぅ、さすがタバルさん! マリクリアの顔役!」
男たちがずいぶんと盛り上がっていた。
「……なにをやっているんだ、タバル」
「え? ああ! エヴァン坊っちゃん!」
私に気付いてタバルが声を上げる。
「よかった、無事だったんですね! ずいぶんと心配しやしたよ」
「その割に酒は進んだみたいだな。今日もお前のおごりなのか?」
「あ、いや、そんな大げさな金額じゃねぇんでさ。さすがギルセアの蒸留酒、みんないくらも飲まないうちに潰れちまって……」
どうやら本当に毎日飲んでいたらしいな。マリクリアでは奥さんの目があるから、ここまで羽目を外せないんだろう。さぞかし楽しく過ごしていたんだろうが……。
「タバル、悪いがこれからすぐに出られないか? できるだけ早くギルセアを出発したい」
「え、今から? 坊っちゃん達、戻ってきたところじゃ?」
「そうだが、急ぐ理由があってな」
ちょうどその時、タバルのテーブルにエールが運ばれてきた。
そのエールをタバルは横目で見ると、ジョッキを持ち上げて、そして隣のテーブルに座っていた男の前にドンと置いた。
「すまねぇな、仕事の時間だぁ。おごりはまた今度な」
タバルは踵を返すと、二階に上がる階段に向かった。
「坊っちゃん、預かってた荷物を取ってきやすんで、ちょっと待っててくだせぇ! 馬車はいつでも出せるように準備してありやすんで!」
不満一つ言わずに出発の準備を始めるタバル。
その意気に免じて、留守中に飲んだくれていた事は不問にしてやるか。
私は宿屋の娘にパンと焼いた肉を五人分注文してタバルを待った。
しばらくするとタバルは荷物を持って階段を下りてきた。そして、床に荷物を置くとすぐに外に出る。
「すぐそこの運び屋組合まで行って馬車を取ってきやす!」
それだけ言い残すと走って去っていくタバル。さすが、仕事となると動きが違うな。
「あのう……」
気付くと宿屋の娘がパンと焼いた肉の包みを持って立っていた。
「ああ、すまないな。いくらだ?」
包みを受け取って値段を聞く。
「あの、これは小銀貨二枚なんですけど」
背が低くおどおどとした態度の宿屋の娘。まだ十二、三歳くらいだろうか。何となく牙ウサギの子供を思わせる。家業の手伝いだろうか。感心な事だ。
「うん、小銀貨二枚だな」
「あの、あとあの客さんのお酒代があるんですけど……」
言いにくそうにする宿屋の娘。
ああ、なるほど。タバルの飲み代が結構な金額になったのかな。銀貨五枚とか。仕方ないやつだ。まあ無理を言ってここまで連れだしたのは私だし、あいつも運び屋の仕事を休んできているわけだしな。多少の飲み代は気持ちよく払ってやろう。
「全部で小金貨四枚と銀貨三枚です」
……。
気が付けば私は宿の外に飛び出していた。
「タバルー!!」
そして人目も憚らず叫んでいたのだった。
小金貨は1枚10万円、銀貨は1枚1万円くらいだと思って下さい。ずいぶん飲んだねぇタバルさん。




