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28.急いで救うのが救急

 いかにモンスターが普通の動物と比べて少々頭が良いといっても、冒険者を挟撃するような事はまずしない。

 おそらくは別々に行動していたドレッドグリズリーに運悪く前後を塞がれてしまったのだろう。大して広くもなく分かれ道も少ない山道だ。そういう事もあるかもしれない。かなり運が悪い状況だとは思うが。


「その冒険者達に救助が必要か?」

「善戦しているようですが、勝てないと見ました」

「わかった。姉上、リッツ、行こう」


 私が走り出すと同時に、レイチェル姉上とリッツも魔法で身体強化して走り出す。

 さすがに速い。


「マルス! 構わん! 行け!」


 マルスは私と並走していた。

 だいぶ手加減した速度で走っていたが、複数のドレッドグリズリーが相手となると、救助が間に合わない可能性があるので先に行かせることにする。

 私の命令を受けたマルスは、全速力で走り始めた。

 身体を強化する魔法など使えないマルスだが、とんでもなく速い。レイチェル姉上と同じくらいの速度が出ているのではないか。

 彼らに遅れながら少し走ったところで、前方に大きな獣の影が二つ見えた。前を行く姉上達はもう到着寸前だ。


「どうやら間に合った……、ッ!!」


 戦っていた冒険者の後方で、少し距離をとっていたドレッドグリズリーに魔力が集中するのが見えた。

 まさか、魔法か?

 魔物の中には、確かに魔法を使うものもいる。

 人間の魔法使いが術式で魔力を制御して魔法を発動するのに対し、魔物は本能的に魔力を制御して発動させるらしい。さながら、レイチェル姉上が身体強化魔法を無意識に近い感覚で使うように。

 直接ドレッドグリズリーと戦っているのは剣や槍を装備した三人の冒険者のようだ。しかし、彼らの後ろに倒れている者とその傍にしゃがみ込んでいる者がいる。おそらく負傷してしまった仲間を手当しているのだろう。

 正面のドレッドグリズリーに二人、後方には一人で対処しているようだが、攻撃の手が足りていないのか、敵に対してほとんど牽制しかできていない。

 まずいな、後方のドレッドグリズリーが魔法を使おうとしている事に気付いていないぞ。魔物は人間と違って詠唱などしないからな。もし範囲攻撃魔法を使おうとしているなら、倒れこんでいる者達は避ける術がない。


「仕方ないか!」


 私は瞬間的に魔力を練り上げた。思い描くものは矢じりのような小さく、細く、そして鋭い形。

 強固に圧縮した魔力の矢を、目にも止まらぬ速度で撃ち出す。

 普通の矢などとは違い空気の抵抗を受けない魔法の矢じりは、レイチェル姉上やリッツを瞬く間に追い抜き、魔法を使おうとしていたドレッドグリズリーの頭を撃ちぬいた。

 ドレッドグリズリーに集中していた魔力が霧散していくのが分かる。

 すると、すでに事切れて棒立ちになっているドレッドグリズリーに、マルスが大ぶりなナイフを投げつけた。

 ナイフはドレッドグリズリーの右目に直撃し、確実に脳まで達する深手を負わせる。直後、二度にわたって脳を損傷させられたドレッドグリズリーは地面に倒れ伏した。

 ほぼ同時に、前方で二人の冒険者と相対していたドレッドグリズリーは、レイチェル姉上から神速の奇襲を受け、何もできずに首を跳ね飛ばされていた。


「ッ! フウゥゥゥ!」


 後方にいたドレッドグリズリーがすでに仕留められていることに気付いた姉上が、大きく息を吐きだす。あれは多分、一人で二頭とも片付ける気だったな。


「マルスがやったの?」

「はい、お嬢様。牽制のつもりでしたが、うまく目に当たりました」

「出番が無かったすけど、それより怪我人の救助っすね」


 ここで私はようやく追いついた。息が切れるがそんなことは言ってられない。


「マルス、薬はあるか?」

「応急的な物ですが、持参しております」


 私は状態を確認するため倒れている冒険者に近づく。

 革鎧を着た男が気を失って倒れていた。右肩から胸にかけて大きな傷を負っている。ドレッドグリズリーの爪の振り下ろしを受けてしまったのだろう。


「助けてくれ! 血が止まらないんだ!」


 傷口を手で押さえていた狩人風の男が私に助けを求める。


「そのまま押さえていろ」


 私は魔力を操作し、傷口を面で押さえつけて止血する。血を止めるだけなら血管を塞げばいいのだが、太い血管を下手に塞ぐとそれはそれで危険だからな。この場合は単純に圧迫してしまう方がいいだろう。いわば目に見えない魔法の包帯だな。

 血が止まったところに、リッツとマルスが薬を振りかけ、手早く包帯を巻いていく。

 さすがベテラン冒険者と我が家の執事。見事な手並みだ。


「止血はしたが、危険な状況に変わりない。すぐにギルセアに戻って治療を受けろ。大きな街だし、回復魔法の使い手の一人や二人いるだろう」

「ああ、ギルドに治療師がいる。急いで連れて行くよ。本当にありがとう」


 しきりに感謝する狩人風の冒険者。


「あれ、あんた達はたしか……」


 後ろから声をかけられて振り返ると、金属鎧の戦士が立っていた。

 ああ、誰かと思えば山に入る直前に会った冒険者だったか。


「まさかマリクリアの貴族様に助けられるとはな。だが危ないところを救われた。感謝するよ」


 以前は我々を初心者冒険者と侮っていたが、すっかり殊勝な態度になっていた。

 いや、リッツを除けば、初心者冒険者という認識でなにも間違ってないんだがな。


「いいから早く街に連れて帰れ。それとも運んでやるか?」

「いや、血が止まっているなら俺たちで運べる。礼は後でさせてもらう」


 んん? いや、あんまり大勢にこのパーティの戦力を知られるのはまずい。

 ギルセアの冒険者ギルド長のバルコにも、貴族がお遊びでドラゴンを見に来た、という体裁で話をしているしな。


「礼など要らんが、お前たちパーティ名は?」


 負傷した仲間を背負ったリーダーらしき金属鎧の男に声をかける。


「鋼の狩猟団という。俺はベッツ。一応リーダーだ」

「そうか、我々は神託の探求団。私はエヴァン・マルシェルだ」


 名乗り返すと、ベッツたちは戸惑い始めた。


「え、マルシェルって確か……」

「ベッツ、隣の領地の領主様じゃねえのか?」

「おいおい、大貴族だぞ。まずくないか?」


 ベッツは仲間たちと小声で話している。ろくに護衛も付けずにんなところに来ているくらいだから、領地なしの法衣貴族か何かだと思っていたんだろうな。

 でもうちは大貴族ではないぞ。いくらでも上には上がいる。


「一つ頼みがある。今日ここで我々に出会ったことは内密にしてくれないか? 特に冒険者ギルドには」

「えっ、どうして……?」


 そりゃまあ、なぜって思うよな。

 でも理由は説明できない。

 『これからドラゴンが行方不明になる予定なんだが、我々とドラゴンの行動を結び付けられるとまずいから。あと冒険者ギルドに対し、意図的にこちらの戦力を隠していたのが露見するのも都合が悪い』とは言えない。

 ここは強引に話をまとめるしかないか。


「理由は言えんが頼む。家名に誓って悪事を働いたわけではない」

「あー、訳ありか。分かったよ、恩人を困らせたくはないからな。誰にも言わん」


 必死さが伝わったのか、ベッツたちは何かを察してくれたようだ。それ以上問いただされることはなかった。

 そして彼らは、じゃあまた街で、と言い残して駆け足で山を降りていった。

 ここからなら大して時間もかからず下山できるだろう。

 我々も夕方までにはギルセアの街に到着したいものだ。


「ということは、街に近いところにドレッドグリズリーが二頭も出現したという事か」


 人間の住処に近いところは、モンスターの駆除も頻繁に行われるため、強力なモンスターや個体数が少ないモンスターはあまり出没しない事が多い。

 実際、ギルセアの近くでドレッドグリズリーなどが現れようものなら、すぐに高レベル冒険者や街の警備隊が出動してくるだろう。


「大きな街のすぐ近くで強力なモンスターが現れるっていうのは、よくない兆候っすね」


 リッツが私の独り言に返事をする。

 怪我人の応急処置をしていたのでリッツの手は血で汚れていた。

 このままでは良くないな。私は静かに魔力を集中して詠唱を始める。


「世界に満ちたるマナよ、我が魂の声に応えよ。蒼き雫を結び、真なる精水を湛えよ」


 詠唱を終えると、空中に水が生まれ地面に向かって小さな水流が生まれる。水差しから器に注ぐ程度の水量だが、汚れた手を洗うにはちょうどいいだろう。


「マルス、お前も汚れを落しておけよ」

「これはお気遣いありがとうございます」


 マルスの手も血でべったりと汚れているのでついでに洗わせておこう。血は腐敗すると病気のもとになるというからな。


「リッツ、スタンピードの恐れがあると思うか?」


 何らかの原因でモンスターや野生の動物が一斉に暴走を起こす現象がスタンピードだ。大きなダンジョンやこのゴルド山地のようなモンスターが多く生息している場所で起こりうるといわれている。

 そしてスタンピードの兆候としてよく知られているのが、通常では見られない場所でモンスターが発見されるというものだ。

 山の奥にいるはずのドレッドグリズリーがこんなところにいたのは、まさにスタンピードの予兆と言えるのだが……。


「すぐにスタンピードが発生するかと言われれば分からないっすけど、ドレッドグリズリーがこんなところにいた理由は推測できるっす」


 ああ、それは私にも分かるな。

 ドレッドグリズリー程の強力なモンスターが移動を余儀なくされた理由。つまり、より強力な相手に住処を追われたのだろう。


「タマが原因か」

「たぶん間違いないっすね。そりゃドラゴンがいきなり現れたら普通のモンスターは逃げますって」


 ということは、もうすぐその脅威はタマの引っ越しと共に無くなるはずだから、スタンピードが起こる可能性は少ないか。


「もしタマがここに居残っていたら危なかったかもな」

「そうっすね。偶然っすけど、ギルセアの街の危機を救ったのかも知れないっす」

「え、ギルセアが危ないの?」


 レイチェル姉上が耳聡く聞きつけて来たが、私はやんわりと否定する。


「大丈夫です。すでに解決しておりますので。姉上のご尽力のおかげです」

「そう? よくわからないけど良かったわ。私の活躍のおかげなのね!」


 訳が分からなくとも褒められれば素直に喜ぶのは姉上の良いところだ。結果が良ければ全て良しというのは、レイチェル姉上の人生哲学なのだろう。難しいことを一切考えていないだけかもしれないが。


「それじゃ、さっさとギルセアに戻って休むとするっすか」

「それなんだがな」


 私はリッツの言葉に異を唱える。


「ギルセアでは宿泊せずに、このまま街を出ようと思う」

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