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27.ほりだせ こうぶつの山

 タマという名を与えたところ、めそめそと嘆き始めたタマ。

 私はレイチェル姉上とリッツに聞かれないよう、二人と距離を置いてからタマに事情を聞いた。

 すると、ドラゴンの名前には大切な意味があるらしい事が分かった。

 ドラゴンは一人前と認められた時に、強力な力を持つドラゴンの長老から名を与えられるのだという。

 名前には特別な意味が込められており、ドラゴンは与えられた名によって自らの力の根源を認識し、さらに大きな力を身につけていく、とのことだった。

 ちなみにその特別な名前のことを真名と言い、この真名が与えられるまでは、基本的にドラゴンは名無しなのだそうだ。


「という事は、お前も今まで名が無かったのか?」

『そうです……』

「私たちが勝手にタマと呼ぶだけ事で、別にそれを真名にしなくても良いんだが……」

『いえ、もう遅いです……。マスターに名前を付けられてしまったので』


 マスター? いつの間に私はタマの主人になったんだ?


「どちらかというと、お前の主は姉上になりそうだがな」

『それでも自分はあくまでもマスターに負けたんで……。まあそれはいいんですけど、ドラゴンは自分より強いと認識してしまった相手の名付けには逆らえないんですよ……』


 という事は、レイチェル姉上がタマと名付けたのが原因ではなく、私がその名を追認したから真名が決まってしまったということか。

 これは悪いことをしてしまったかもしれない。


「あー、すまなかったな。まさかそんな重大な事だとは思わなくてな」

『もう諦めました。どうせ里に帰る事もないでしょうから、名前なんて、ね。あははは』


 念話で響く乾いた笑い。

 タマはもはや達観してしまったようだ。

 とはいえ猫の名前だからな。改名できたらいいんだが、そうもいかないのだろう。

 しかし、決まってしまったものは仕方ない。せめてタマが望む平和な生活を我が領で送ることができればいいんだが。


「それじゃ、タマ。ここを出る時はできれば夜にしろよ。できるだけ高く飛んで、追跡されないように気を付けるんだぞ」


 せっかくヴェスパ湖に引っ越しするのに、目撃されてしまっては意味が無いからな。


『今日にでも出発した方がいいですかね?』

「人間が近づいてきたら急がないといけないだろうが、今日のところは大丈夫だろう。冒険者ギルドの調査隊がどんなに早く来るとしても明日だろうしな」


 ギルセアの冒険者ギルド長であるバルコがいった予定通りなら、昨日ようやく第一次調査隊が出発した頃だろう。

 ほぼ最短距離を進んだ我々が三日かかった道程だ。いくら山に慣れたギルセアの冒険者でも、ここまで来るには丸二日以上かかるだろう。

 まあそれも、私と同じくらいの規模の探知魔法が使えれば、の話だ。そんな魔法使いは滅多にいないと思う。モンスターも出るしな。


『わかりました。気を付けます……』


 タマの声にいまひとつ元気がない。

 まあ気が弱い分、頭の良さそうな奴だし、これ以上の心配は無用か。


『あ、匿ってもらうお礼と言っちゃなんですけど、ここにある物で気に入ったものがあったら持って行ってください』

「それってお前が魔石探す時に漁っていたガラクタの山の事か?」


 私はタマの収集物が置いてある岩のくぼみを覗き込んだ。

 そこにあったのは、何に使うのか分からない物たちだ。

 割れた金属製の鍋、大きなガラスの瓶、様々な色に光を反射する石や、ぼんやりとした光を放つ石。一体どこでこんなものを拾ってくるんだろうか。

 そんなガラクタしかないように思えた山の中に、ひと振りの剣を見つけた。

 鞘もない抜き身の長剣。

 刀身に錆一つなく、濡れているかのように艶やか。

 美しくはあるが一見すると普通の剣のようだ。しかしよく見ると、柄頭や鍔の部分に精緻な彫刻が施してある。何かの言語の様だが私には読めなかった。

 そしてこの剣に注目した理由は、何と言っても強い魔力を帯びていること。

 つまり魔剣だ。

 魔法工学の研究が進む昨今、魔石を武器に仕込んで魔剣として出回ることが多くなったが、マリクリア大学の学長であるガドム老師に言わせると、それは疑似的なもの、つまり偽物ということらしい。

 ガドム老師曰く、「魔石から魔力を供給して、既存の術式を展開して炎の剣だの雷の剣だの児戯に等しい。そんなもん魔道具と何が違うんじゃ」だそうだ。

 本来の魔法の武具というものは、武器そのものに魔法を付与するものだ。付与魔術と呼ばれる魔法体系がそれだな。

 物質に魔力を定着させる付与魔術はそもそも使い手が少ない上に、大きな効果をもたらす付与が可能な者はさらに希少だ。

 剣の切れ味を多少よくする程度の付与でも、それができる者は大陸に百人もいないのではないだろうか? 大きな街に一人か二人いるかどうか。それくらい珍しい。

 思い返せば、ヴェスパ湖でセルファスが私の短剣に何らかの魔術を付与した。小さな魔力量だったとはいえ、何の準備もなしにあの短時間で付与を完了させるのは、実はなかなかできる事ではないのだ。

 ちなみにあの時、セルファスがどんな魔法を付与したのかは分かっていない。私なりに色々調べてみたのだが、微弱な魔力を帯びていることが分かっただけで効果は依然として不明なままだった。


「この剣はどこで手に入れたんだ? 普通の剣じゃないな」

『ああ、それは……』

「あ、この剣かわいい! タマも剣を使うの?」


 私の隣でガラクタの山を覗き込んだレイチェル姉上が、目敏く魔剣を見つけた。

 姉上、いくら何でもドラゴンは剣を使いませんよ。


『それは魔石と一緒に長老のクソジジイのところから持ち出してきたんです。良く光ってて綺麗でしょう?』


 どうやらタマにとっては、魔剣も鍋もガラスも、等しく光り物の一種らしい。

 しかし、この魔剣は古代のドラゴンの所蔵物だったのか。効果は分からんが、とんでもない値打ち物かもしれんな。

 少なくとも持ち主を害するような魔力の流れは感じない。剣の中で魔力が完璧に循環しているようだ。


「姉上、気に入ったならその剣、もらっておけばどうです?」

「え、いいの? タマの大事な物じゃないの?」

『いいですよ。持って行ってください』


 タマはあまり物に執着する性格ではないようだ。

 レイチェル姉上は、「タマ、ありがとう!」と笑顔で言うと、早速魔剣を振り始めた。

 特に魔法が飛び出すでもなく、姉上に振られている魔剣。うーん、どういう能力を持った剣なんだろうか。帰ったらマリクリア大学で鑑定してもらうか。


「うん、軽くて振りやすいわね。それにかわいい!」

「かわいいかどうかは知りませんが、良い剣が手に入って何よりです」


 これでしばらくはレイチェル姉上の機嫌は良いだろう。それは私にとってはとても重要な事だ。

 魔剣を羨ましそうに見ていたリッツが、タマの収集品を見つめていた。

 リッツには申し訳ないが、武具はあの魔剣しかなかったので諦めてもらうしかない。冒険者としては、魔法の武器やら防具は喉から手が出るほど欲しいだろうな。

 代わりに魔法のかかった鍋のフタがあるが、もらっておくか?




 若き火竜、タマに別れを告げて、我々は下山を開始した。

 レイチェル姉上は魔剣が余程気に入ったのか、抜き身のまま持って歩いている。

 そもそも鞘が無いので仕方のないことだが。


「お嬢様、その剣に布を巻いておきましょうか?」


 マルスが声をかけたが、姉上は応じなかった。


「大丈夫よ、綺麗だからこのまま持っておくわ」


 いや、マルスは危ないから布を巻いたらどうかと言ったんだがな。姉上は完全に、新しいおもちゃをもらった子供の状態だ。

 おもちゃにしては物騒すぎるがな。

 実際、このあとレイチェル姉上は懲りずに襲ってきたグレイハウラー達を魔剣で次々に屠っていた。それこそリッツの出番が無いほどに鮮やかな戦闘だった。


「エヴァン、この剣よく切れるわよ!」

「それは良かったですね」


 適当に返事をするが、魔剣の切れ味が良いのは別に不思議な事じゃない。

 大体、魔剣の効果として、軽くて切れ味が良いというのはあまりにもありきたりだ。その上で、炎が出るとか使い手の能力が上がるとか色々な効果がついているのが普通なのだ。

 姉上がグレイハウラーと切り捨てているところを観察していたが、特に新しい発見は無かった。

 まあそのうち何か分かるだろう。考えても分からないことは考えないことにする。


「エヴァン様、帰るにあたっては他の冒険者との遭遇は避けた方がよろしいですか?」


 マルスが下山方法の指示を求めてきた。

 確かにあまり目立たない方がいいだろうな。

 タマはこれからゴルド山地を離れて、マルシェル領に向かう事になる。ドラゴンが行方不明になったことと、我々の行動が関連付けられては後々厄介なことになるかもしれない。

 考えすぎかもしれないが、ここは慎重になるべきだろう。


「そうだな、可能な限り人目につかないように下山することにしよう。マルス、索敵を頼む」

「かしこまりました。それでは先行して様子を探って来ます」


 マルスはそういうと、両手に鞄を持ったまま音もなく山道を駆け下りていった。


「マルスさん一人で大丈夫っすか? モンスターもいるのに」


 リッツは心配そうにしているが、マルスなら問題ない。


「大丈夫だ。並みのモンスターにはマルスは見つけられないだろう」

「何度でも言うっすけどあの人何者なんすか」


 そう言われてもマルシェル家の執事としか答えようがない。やはり、ほんの数日一緒に旅をしたくらいでは、マルスには慣れなかったか。マルスは依然としてリッツの中で謎の男のようだ。




 そして、下山を始めて三日目。昼になろうかという時刻。

 いつものようにレイチェル姉上が魔剣でモンスターを薙ぎ払った後に、事件は起きた。

 索敵の為に先行していたマルスが走って戻ってきたのだ。

 ちなみに索敵の対象は他の冒険者なので、マルスはモンスターが接近してきても無視している。マルスの中ではここらのモンスターはもはや脅威ではないらしい。判断は間違っていないかもしれないが、主家の嫡男や令嬢をモンスターの攻撃にさらすというのは執事としてどうなんだ? でも、下山中に襲ってきたモンスターはほとんど姉上が一人で片付けてしまっているので文句も言えん。


「エヴァン様、この先で冒険者とモンスターの戦闘が始まりました」

「なに、そうか。じゃあ回り道を……」

「それが少々まずいことに、ドレッドグリズリーに挟み撃ちにされたようです」

「なんだと?」


 どうやら面倒な状況に遭遇してしまったようだ。


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