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25.ここをキャンプ地にする

「やったわねエヴァン! 本当にドラゴンを手懐けたのね!」


 レイチェル姉上がこの上なく楽しそうに声を上げる。一人だけでドラゴンのねぐらに入った時は、姉上の機嫌が悪くなることが怖かったが、どうやらこの巨大な生き物がいたく気に入ったらしい。

 とはいえ、このドラゴンとの話し合いで、もし私が怪我でもしていたり、逆にドラゴンを殺してしまっていたら、機嫌が悪くなるどころではなかっただろうな。

 姉上は家族が傷つくことも、楽しみが無くなることも嫌う。そして、不満のはけ口は基本的に私だ。

 まったくもって理不尽だ。


「魔道具がうまく作動してくれました。正直なところ賭けでしたが、うまくいって良かった」


 この場にマリクリア大学のガドム老師でもいればこんな拙い嘘はすぐに露見していただろうが、幸いここには私以上に魔道具に詳しい者はいない。


「まあその魔導具は、術式を展開した後に壊れて粉々になりましたがね」


 ついでに最初から存在しない魔道具を消去してしまえば。この嘘は嘘ではなくなる。

 なにせ実際に手懐けたドラゴンがいるんだからな。

 ちなみにドラゴンには、私が強力な魔法を使えることは内緒にするように言い含めてある。若いが割と素直に言う事を聞いてくれた。話し合いで物事を解決するということは実に素晴らしいな。


「というわけで、このドラゴンのねぐらで一泊することにした」

「良いわね。賛成!」

「冗談でしょ……」


 反応が真逆のレイチェル姉上とリッツ。

 心なしかリッツの顔色が悪いな。


「どうした? ここは暖かいし、モンスターに襲われる心配もない。条件としては悪くないと思うが?」

「この上なく凶悪なモンスターが隣にいるじゃないっすか! なんでみんな平然としてるんすか!」


 リッツが堰を切ったように喋り始めた。


「なんであっさりとドラゴンを従えてるんすか! なんでレイチェル様はドラゴンを撫でまわしてるんすか! なんでマルスさんはもう料理を始めてるんすか!」

「そういきり立つな、リッツ。落ち着いて状況を確認するんだ」


 普段のリッツからは想像もできないほど混乱してるな。


「マルスが食事の用意をするのはいつもの事だ。それに姉上が動物をやや過剰に可愛がるのもいつもの事だ」


 レイチェル姉上は動物好きだからな。子供の頃から猫だの犬だのネズミだのトカゲだのを屋敷に持って帰ってきては飼おうとするのだ。

 問題は、姉上に動物を世話する知識が無い上に、連れ帰った動物のうち半分くらいが小型のモンスターだったことだな。希少で凶暴なブルースフィアリザードの子供を拾って来た時はさすがに屋敷が騒然としたものだ。


「ドラゴンが大人しくしてるのは異常っすよ!」

「それは違うぞ。このドラゴンが友好的な性格だったかもしれないだろ?」

「友好的だったら最初から坊っちゃんの胡散臭い魔道具は要らないでしょ」

「だから、そこが魔導具の効果だと……。え、今何かひどいこと言わなかったか?」


 多少は怪しまれているかもしれないと思っていたが、胡散臭いというのはちょっと意味が違ってくるぞ、リッツ。


「まあまあ、リッツさん。いくら騒いでもこの状況は現実ですから諦めましょう。とりあえずスープ作りますね」


 まったく普段と変わらないマルスの様子に、心の中の何かが折れたらしいリッツはドラゴンから少し離れたところに座り込んだ。

 仕方ないのでドラゴンを観察することにしたらしい。さすが四等級冒険者。ドラゴンそのものに対する興味はあるようだ。

 何ならもっと近くで観察すればいいのに。


「改めて見ると、洒落にならないくらい立派なドラゴンっすね。でも魔石は取ってないんでしょ?」


 リッツは改めてドラゴンの体表に魔石が露出していないか確認していたようだ。


「本人が魔石取り出されるのは嫌だっていうからな。実際、持っている魔石も一等級ではなさそうだしな」

『そりゃ体内の魔石摘出するとか、下手すると死にますしね』

「な? こう言ってる」

「なんで坊っちゃんはドラゴンの言葉が分かるんすか……」


 おや、リッツにはドラゴンの念話が届いていないのか? 強化系のみとはいえ、リッツも魔法を使うのだから念話が聞こえるものだと思っていた。


「姉上はドラゴンの声が聞こえますか?」


 このパーティの中では私に次に高い魔力を持つレイチェル姉上に尋ねてみる。


「だいたいは分かるわよ。声が聞こえない時もあるけど」


 念話のすべての内容が聞こえるわけではないらしい。これは持って生まれた魔力の大きさの問題か、それとも魔力を扱う技量に関わる問題か。マリクリア大学の基礎魔法学科の連中が喜びそうな話だな。


「マルスはどうだ? ドラゴンの声は聞こえるのか?」


 スープの具材をナイフで切り分けているマルスに小声で尋ねる。


「私は魔力が皆無ですのでさっぱりと分かりませんね」


 返事は予想通りだった。やはりドラゴンの念話を受け取るには魔力の有無が重要なのか。

 考えていると、マルスが続ける。


「しかし、ドラゴンの感情というか言いたいことはなんとなくわかるような気がしますよ。例えば今は、自分のねぐらで人間がくつろいでいるのが信じられない、といった気持ちでしょうかね」


 マルスがドラゴンの内心を代弁する。確かに目が虚ろになっているあの様子は、現実を受け止め切れていないような雰囲気があるな。

 だが、このドラゴンは魔導具の力で従わせている事になっているので、そんな分かりやすい態度では困る。

 ドラゴンが私の指示に従うという所をレイチェル姉上やリッツに良く見せておかなければならないな。

 私はマルス以外の二人によく聞こえるよう、大きめの声で話す。


「喉が渇いたが火は料理に使うから湯が沸かせないな。マルス、その薬缶を貸してくれ」


 マルスから薬缶を受け取ると、自分の水筒の水を注ぎ入れる。

 そして、水の入った薬缶をドラゴンに差し出した。


『えっと、なんでしょう?』

「この薬缶の水を沸かしてくれ」

『え、水? 沸かす?』


 私が差し出した薬缶は旅に持参するもので、普通の薬缶より二回りくらい小さい。ドラゴンの巨体を前にすると、ますます小さく見える。


「お前の炎でできるだろ? くれぐれも薬缶を溶かすなよ」


 ドラゴンブレスを浴びせたら、こんな薬缶なんぞ瞬く間に消し飛ぶだろうからな。


『あ、はい……』


 ドラゴンは自信なさそうに薬缶を受け取ると手の上に乗せた。そしてチロチロと小さな炎を吐いて湯沸かしを始めた。

 意外と器用なもんだな。


『あの、こんなもんでどうでしょう?』


 しばらくすると、ドラゴンが激しく蒸気を吹き出す薬缶を差し出してきた。

 やはり普通の火よりもドラゴンのブレスは高温だったらしい。薬缶の色が若干変わってしまっている。だが穴は開いていない。


「ああ、ありがとう。よく沸いてるな」


 薬缶の蓋を開けて茶葉を入れる。本当は煮えたぎった湯に茶葉を入れない方がいいらしいが、細かいことは気にしない。


「リッツ、茶が入ったぞ。飲むか?」

「自分は年の割にはまあまあ色々な経験してきたつもりだったっすけど、まさかドラゴンが沸かした茶を飲む日が来るとは思わなかったっす」


 カップを差し出したリッツの目には、明らかな疲労が浮かんでいた。

 よしよし、ドラゴン茶を飲んで元気を出してくれ。熱いから火傷に注意だ。


「いまだに信じられないっすけど、これ本当に襲ってこないいんすよね?」


 ふうふうと冷ましながら茶をすするリッツが心配そうに言う。まだ半信半疑といった感じか。


「もちろん大丈夫だ。なあ?」


 私が同意を求めると、ドラゴンはコクコクと何度も頷いた。


「手懐けたというか、怯えてるように見えるんすよね……」


 そんなことはない、はずだ。ちゃんと話し合いで和解したからな。

 そう思い視線を送ってみたが、ドラゴンはついっと目を逸らすのだった。




 ドラゴンのねぐらで一晩を過ごし、朝を迎えた。

 リッツはよく眠れなかったのか、目に少し隈ができていた。たぶん私のせいなんだろう。すまないとは思うが。

 マルスはどこかに出かけたようだ。朝食用に果物でも探しに行ったのかもしれない。

 そして、レイチェル姉上はもちろん寝ている。ドラゴンの背中の上で。


「その様子だと遅くまで姉上の相手をさせられたようだな」


 昨晩、夕食を終えた後、レイチェル姉上はドラゴンと遊ぶと言い出した。

 巨体のモンスターを相手に何をするのかと思えば、単純に戦ってみたかっただけのようだ。

 剣の腹で打ちかかる姉上に対し、仕方なさそうに爪や尻尾で相手をするドラゴン。

 さすがにねぐらの中では狭かったらしく、途中から峡道の外にでて大立ち回りを始めるのだった。

 身体強化し、お得意の操作系魔法で空中足場を作り、物理法則を無視した動きでドラゴンに襲い掛かるレイチェル姉上。それはそれはとても楽しそうだった。

 しかしドラゴンはと見れば、レイチェル姉上に怪我をさせるわけにもいかず、大振りな攻撃でどうにかあしらっていたのだが、手加減されていることに気付かない姉上ではない。


「少しは本気で戦いなさい!」


 一喝されてドラゴンはついに空を飛び、ブレスを使い始めた。

 そこから先はまさに伝説の叙事詩もかくや、という戦いが繰り広げられた。

 高く飛びすぎないように高度や速度を加減しながらブレスを吐くドラゴン。

 それに対して、空中に作った足場から跳躍を繰り返し、人間とは思えないような速度でドラゴンを追いかけるレイチェル姉上。

 姉上の着地点を狙って、ちょっと強めのブレスを吐くドラゴン。

 その攻撃を読んでいたのか、着地前にまた空中で跳躍してドラゴンの頭部に剣を打ち付ける姉上。

 およそ私の理解の範疇を超える戦いが展開された。

 そして、そんなレイチェル姉上とドラゴンを見届けた後、私はドラゴンのねぐらに戻り、朝までぐっすりと睡眠をとったのだった。


「どうだ、姉上は強かったか?」


 私はぐったりとしているドラゴンに問いかけた。

 ドラゴンは一晩でだいぶ憔悴したようだ。なんか少し老けたんじゃないか?


『怪我をさせないように頑張りました。本気でブレス使えば勝てると思いますけど……』

「そうか、さすがの姉上もドラゴンには勝てないか」

『ただ、ずっと楽しそうに攻撃してくるのが怖かったです。空に逃げても追いかけてくるし』


 ドラゴンはぼふっと白い煙を口から吐き出した。

 それはたぶん、彼の溜息のようなものなのだろう。

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