24.ノーブル・ネゴシエイション
瞬間的に収束され、密度を増す魔力。
ここまで高密度になれば、魔法を使えない者でも魔力の流れを目視できるだろう。生物は多かれ少なかれ魔力を内包するものだからな。
この手狭な空間で使うなら、高熱が発生する術系統は避けるべきだな。
私は右手に魔力を移動させると同時に発動させる。
青白い光を放ちつつ極冷の力を顕現し、今にも飛び出さんと手中に滞留する。
同時に左手に集めた魔力に術式を与えて発動させる。
緑黄の光を放ち、刹那の暴風が周囲を襲う。そして風が収まると同時に左手には前腕から伸びる空震の刃が出現した。
詠唱など必要ない。魔力の制御と術式の付与は脳内で済ませるのだ。
『な、な、な……!』
ドラゴンが分かりやすく狼狽えているな。
『なんだそりゃあぁあ!?』
念話の絶叫とは、珍しいものを聞かせてくれる。頭に響くのが難点だが。
「なんだとはなんだ。ただの戦闘準備だろうが」
『待て待て待て、お前ほんとに人間かぁ?』
なんだかドラゴンの口調がずいぶんと砕けたが、言われている内容は不本意以外の何物でもない。
「失礼な奴だな。正真正銘、ただの人間だ」
『嘘つけ! なんだその氷竜のババアみたいな冷気は。それに旋風竜のジジイみたいな気刃まで出しやがって!』
そんなこと言われてもな。こういう魔法が使えるのだから仕方ない。
「それで、どうするんだ? 戦ってみるか? 言っておくが逃げるという選択肢は無しでな」
もっとも、逃がす気は無いのだが。
『ふ……、ふふふ……』
ドラゴンが不敵に笑い始めた。
もしかして、この魔法が虚仮威しとでも思ったのか? それはそれで面倒なんだがな。
気は進まないが、実際に魔法で痛めつける必要があるかもしれない。収束させた冷気でちょっと撫でるくらいでなんとかなるか?
右手の魔法を解放しようかと考えたその時、ドラゴンが話し始めた。
『ふっ、そのようにすぐ暴力に訴えようというのは、いかにも人間よな……』
お、戦闘は避けられそうな感じだな。意外と話の分かるドラゴンなのかもしれない。
「それなら話は早いな。こちらも別にお前を討伐しに来たわけじゃない」
『え、そうなんですか!?』
「お前、喋り方がころころ変わるな……」
おそらくこの砕けた喋り方がこのドラゴンの素なんだろうな。さっきも狼狽えて口調が変わってたし。
ドラゴンの年齢など推し測る術もないが、きっと若い個体なんだろう。
「単刀直入に言うが、こちらの目的は魔石だ。それも大きなものを探している」
ドラゴンに一等級魔石とか言っても分からんだろう。とにかく大きなものなら必然的に等級は上がるから大雑把に伝えておこう。
『え、魔石……?』
「ん? 持ってるだろ?」
そこらの狼や猪が持っている物をドラゴンが持っていないとは言わせない。
ちなみにこのドラゴン、近くで見ても魔石が体表に露出しているようには見えない。高齢のドラゴンならまた違うんだろうか? 場所が分からないとなると面倒だな。
『それは自分の魔石ってことですかね?』
「ドラゴンほどの強靭さなら摘出しても死なんだろ? どのへんだ? 腹か?」
『いやいやいやいや、めちゃくちゃ痛いし! 死ななくても弱くなっちゃうじゃないですか! 再生するのに何年かかると思ってんですか!』
「そうなのか? とは言え、こちらも譲れない事情があってな。心配するな、もし思ったより魔石が小さければそのままにしておいてやるから」
右手の術式を解き、左手の気刃の魔法を右手に移す。
「細かい作業をするにはちょっと大きすぎるか」
子供の身長くらいの長さがある気刃を、さらに圧縮して短剣ほどの長さに調節する。
魔力の密度が高すぎて刃が強力な光を放っているが、結界で少し光を遮断してやれば実用には問題ないだろう。
摘出の用意ができたのでドラゴンの腹に向かって歩き出すと、ドラゴンはズザザザッと後ずさりした。
ふーん、ドラゴンって意外と素早いんだな。
『ちょっと待ってくださいって! 自分の魔石なんか大したことないですって! あとその物騒な気刃も仕舞ってください!』
「でもお前も自分の魔石の大きさなんて分からないだろ? やはり見てみないことにはな」
『お願いだから話を聞いて! あるから! 他にも魔石あるから!』
ドラゴンはそう言って踵を返すと、岩のくぼみをゴソゴソと探り始めた。大きな前足で器用に物を掻きわけている。
ドラゴンが光り物を集めるというのは本当だったんだな。ちらりと見えた分では金属製の何かを中心に色々と収集しているようだが、何せ整理されていないようで遠目にはゴミの山にしか見えない。
持ち主であるドラゴンも『あれ? 無い……、やべぇ……』とか言いながらガラクタを漁っている。独り言のつもりらしいが念話だから全部聞こえているぞ。
しかし、目当ての物を見つけたらしく、おずおずと私に差し出してきた。
『これなんですけど……』
それは、セルファスが持っていた魔石と比べても遜色が無いほどの巨大な魔石だった。
大きさも同じくらいか。私の拳よりも一回り程大きい。あと、セルファスの魔石よりも全体的に丸い。川の下流にある石を思わせる形だ。
ドラゴンから魔石を受け取った私は、無言で光球の魔法を使って辺りを照らす。ちょうど顔の前に光球が出現し、眩しそうにするドラゴン。すまんな、わざとじゃない。
そして魔石に光をあててみると、魔石は虹色に輝いた。
その光の色に特に偏りは見られない。無属性か。
「確かにこれはすごい魔石だな。一等級魔石の可能性は高そうだ」
『気にいっていただけました……?』
「だが、何故こんなものを持っているんだ?」
『え、そりゃまあ長老のクソジジイから拝借してきたんですが、まずいですか?』
つまり盗品か。
ドラゴンの倫理観は分からんが、良い事ではないだろう。しかもどうも古竜の長から盗んできた物みたいだ。後で面倒なことにならなければ良いんだがな。
「取り返しに来たりしないのか?」
『大丈夫です。バレないように持ってきたので。無くなったことにも気付いてないですよ』
「これもらってもいいのか?」
『どうぞどうぞ。持って行ってください。ただの非常食なんで』
このドラゴンにとってはそこまで重要なものではないらしい。人間ならこれを巡って殺し合いが起こってもおかしくないが。さすがに価値観がずいぶんと違う。
これで三個必要な魔石の内、二個が手に入った。こんなに早く集まるとはな……。
私は新たに手に入った大きな魔石を見つめた。
こんなものがあと一個手に入るか?
ドラゴンのような伝説級の魔物に会える可能性はどれほどのものだろうか?
「……」
『えっと、まだ何か?』
「お前の体内の魔石もこれくらいあるかな?」
『絶っっ対ないです。勘弁してくださぁい。自分はまだまだ若輩なんで、そんな大きい魔石は無いです。自分の事なんで分かるんですよ』
情けない声を出すドラゴン。見てて可哀そうになるくらい必死だ。もっとも、私だってそんなに都合よく魔石が三個揃うとは思っていない。
思っていないが、もしかするともしかするからな。
「自分の魔石がどこにあるか分かるのか?」
『そりゃあ……』
言いかけてドラゴンが口ごもる。
『あの、もし分かるって言ったらどうなるんでしょう?』
「別にどうもしないが、一つ試させてくれないか? 悪いようにはしない」
『……。首の付け根くらいにあると思います……』
ドラゴンは何か諦めたような様子で教えてくれた。
なるほど。モンスターは自分の魔石の位置を自覚できるんだな。マリクリアに戻ったら大学のモンスター研究のハイン教授に教えてやろうか。あ、でもどうやって知ったか問い詰められそうだな。うまい言い訳を考えねば。
私は先ほどの大きな魔石を左手に持ったまま、ドラゴンが教えてくれた首の付け根辺りに弱い魔力を放ってみた。
すると確かに、何というか流動しない魔力を感じる。
左手に持った魔石にも魔力を当ててみると、似たような感覚が返ってきた。
微弱な差だが、わずかに返ってくる魔力の感覚が違う。
私は大きな魔石を一旦地面に置くと、ここまでくる道中に狩ったモンスターの魔石を一つ取り出した。これは多分八等級の魔石だったな。
小さな魔石に同じように魔力を当てると、大きな魔石と比較して返ってくる魔力の感覚が明らかに小さい。
よし、何となく分かってきた。
魔石が内包する魔力の大きさによって感覚が変わるのは間違いなさそうだ。ならば……。
「確かにお前の魔石は一等級程の大きさはないようだな」
『! ほらね。言った通りでしょ? 魔石大きくするのは時間かかるんですよ!』
すごく嬉しそうだな。恐ろしい風貌をしているはずのドラゴンなんだが、何故こうも感情やら表情が分かってしまうんだろうか。
「一等級じゃないなら、もうお前の魔石に用は無いな」
『そうですか! いやあ残念! ではそろそろお帰りに……』
私はドラゴンのねぐらになっているこの広場を見まわした。
「ところで、ここはずいぶんと暖かいな」
『え? はあ、自分、火竜なんで、まあ』
「もうすぐ日が暮れるからな。ここで一晩休ませてもらうぞ」
『は?』




