21.それぞれの役目 アウトドア編
レッドボアを姉上が一蹴したが、魔石を取った後の死骸は残される。
ただ、ここは街道の傍でもない山の中。様々な動物やモンスターが生息している場所だ。
リッツにも確認したが、こういう一般の市民が立ち入らない場所だったり、それこそダンジョンの中では基本的に死骸の処理はしないものらしい。
「肉食の動物やらモンスターが食べるし、骨になってもスライムが溶かしたりとか。腐敗して、問題になる事ってあんまり無いんすよね」
こういう場所にはこういう場所なりの循環というものがあるらしい。
手練れの冒険者になると、わざとモンスターの死骸を放置して、その肉を食べにくるモンスターを狩るというような事もするらしい。やはり冒険者たちのやることは常識では計れない。
その後も、冒険者ギルドでもらった登山道の概略図をもとに進んでいく。
図には水場や小休止できる場所なども書き込んであり、なかなか親切な内容になっている。ギルドにとっては冒険者の生還率を上げることは利益に直結するからな、努力もするというものか。
「エヴァン様、また何か現れましたよ」
「またか」
なにせモンスターとよく遭遇するからな。マルスが敏感に気配を感じ取っているから不意打ちこそ受けていないが、さすがに厳しい。
「何よ、また狼じゃない」
間違えた。厳しくはない。ほとんどレイチェル姉上とリッツがあっさりと片付けている。
「ブラックウルフほど大きくも強くもないっすけど、れっきとしたモンスターっす」
先程、大型犬くらいの大きさの狼が群れをなして襲い掛かってきた。本日三度目の遭遇となる灰色の狼、グレイハウラー達だ。
薙ぎ払いつつ、姉上とリッツが気の抜けた会話をしている。
ただ、それでも二人の斬撃は一振り毎に、灰色の毛皮の狼たちを屠っていく。
「数が多いだけッ、なのよねッ、っと」
喋りながら裂帛の気合で長剣を振る、実姉レイチェル・マルシェル令嬢の図。
是非ともこの光景を、父アラニアに見せて差し上げたい。
きっと『レイチェルは昔から元気だよねぇ』とか言いながら嫁ぎ先の心配をするであろう。
なぜそんな事が分かるのかというと、今まさに私がそういう気持ちだからだ。
「エヴァン様、こちらにも来ます!」
「ああ、分かってる!」
マルスの警告に対し、すでに抜いている長剣を正眼に構え直しつつ返事をする。
さすがに十頭を超える数に襲われると、姉上とリッツだけで殲滅というわけにはいかないか。しかも今回のグレイハウラーの群れはやたら好戦的で、仲間がやられても戦意を失わない。
よほど腹が減ってるのか、それとも同胞を殺されて憤激しているのか。
少し距離のあるところから、一頭のグレイハウラーが私に向かってとびかかって来た。
「見えている!」
集中していた私は、グレイハウラーの跳躍を横に躱しつつ反撃の刃を胴体に叩きつけた、つもりだったが空振りした。むむ、意外と俊敏な奴だったか。
「遅いのよッ!」
私の攻撃を躱して得意気そうな、少なくとも私にはそう見えたグレイハウラーは、音もなく距離を詰めたレイチェル姉上に一撃のもと首を落された。
きゅっ、という声が聞こえたかと思うと血しぶきをあげて倒れるグレイハウラー。
「私の獲物かと思いましたが、さすが姉上ですね」
「相変わらず剣はダメね、エヴァン」
「これでも鍛錬はしてるんですよ」
熱心にと言うわけではないが、週に一回は剣術の教練を受けている。
ちなみに指導するのは執事長のロベルトだ。ロベルトは昔はちょっと有名な剣の名手だったそうだ。今は口うるさいだけだが。
「片付いたっすよ。さすがにこの数だと魔石集めるのはやめとくっすか?」
リッツが二刀を鞘に納めつつ言った。周りにはグレイハウラーの死骸が累々と横たわっている。光を失った恨みがましい目で私を見ている。私じゃなくて姉上とリッツを恨むべきだと思うのだが。
「時間が惜しい。死骸は道の横に退けるだけにしておこう」
リッツがグレイハウラーの死骸をポイポイと投げ捨てていく。やはりリッツは見た目以上に力があるな。
姉上も、両手にグレイハウラーの足を一本ずつ持って草むらまで引きずっていく。軽そうに見えるがそんなはずはない。
私も頑張って一頭のグレイハウラーを運んだが、その間に他の十数頭は姉上とリッツが片付けてしまった。
マルスはもちろん何もしていない。しかし、マルスにはマルスの仕事がある。
「エヴァン様、そろそろ野営の場所まで行きませんと」
「もうそんなに経ったか?」
気が付くと日が傾き始めている。野営ができる場所は何か所かあるみたいなのだが、どこに行くにしてもまだ少し距離があるみたいだ。
正体不明のモンスターがいると思われるあたりまではまだまだ遠い。目指すは冒険者ギルド配布のゴルド山地概略地図の最奥あたり。慣れた者でも三日かかるという道程だ。
対して、我々は山での活動に関しては素人。今のところ、あまり苦にはしていないが魔物の襲来も多い。体力を温存するためにも、初日から無理はできないな。
「よし、野営地に向かう。マルス、場所を選んでくれ。最寄りで構わんならそこにしよう」
「承知しました。一番近いところで大丈夫そうです。水場もあるようですし」
マルスは概略地図を見ながら答える。やっぱり便利な地図だ。いわゆるダンジョンだと地図は有料で販売するのが普通らしいが、ギルセアはそういう方針ではないらしい。
「なぁに? 今日はもう終わりなの?」
長剣の点検をしながらレイチェル姉上が口を尖らせている。
「そうですね。しかし姉上、野営地まで少し距離があります。油断はできませんよ」
「あんな狼がいくら来ても大丈夫だけど」
「それでも数が多いというのは侮れませんよ。いえ、姉上がお強いのはよく分かってますけど」
「そうよ、エヴァンの出番は無いから安心しなさい」
ついさっきグレイハウラーが私の方に来たが、まあそれは置いておこう。
「リッツ、方向は分かるな?」
「大丈夫っすよ。この辺はまだ道がしっかりしてるし、迷いはしないっす」
最初の取り決めで、基本的にリッツとレイチェル姉上が前列、私とマルスが後列という二列で歩いているのだが、これはリッツが一番山歩きの経験があるからだ。
魔物の襲来を感じ取る能力はマルスが一番高いのだが、リッツとレイチェル姉上もかなり敏感に気配を感じ取る。私はまあ、普通だ。
リッツが道を確認しつつ、滑りやすい所などを注意してくれる。
マリクリアの冒険者ギルド副長のやる事ではないかもしれないが、今はパーティを組んでいるので、それぞれの得意分野で力を発揮すれば良いのだ。
結果、私とマルスはあまりやることが無くなってしまっているわけだが。
「それにしてもマルスさんはずっとその服っすね。山の中で執事服とか動きにくくないんすか?」
「執事ですから。服装には気を使っております」
「冒険者に正面から喧嘩売ってるっすねぇ」
リッツの真っ当な感想に、マルスは「そんなことありませんよ」と続ける。
「装備がいかに重要かは理解しているつもりですよ。たとえば、これです」
マルスは両手に持っている革の手提げ鞄をリッツに見せる。
「どう見ても普通の鞄っすね」
「はい、普通の鞄です。しかし、そこの部分が補強されておりまして、少々乱暴に投げたり落したりしても破れたりしません」
「でも、冒険者は荷物を背負うわよね」
レイチェル姉上も会話に参加してきた。冒険者の装備の話となると興味が湧いたのだろう。
確かに冒険者というか行軍中の兵士もそうだが、基本的に皆、背嚢を使う。つまり背負い鞄だな。やはり両手が使えないと戦いになった時に困るからな。
「背負ってしまうと、身のこなしが鈍くなってしまいます。しかし、この手提げ鞄なら咄嗟に戦闘になったとしてもこうやって」
そこまでいうと、マルスは両手の鞄を上に放り投げた。
おいおい、結構な重さだったはずだが、ずいぶん高く投げたな。
「投げてしまえば自由に動けます。反撃もできますね、こんなふうに」
今度はマルスが何も持っていない手で、ナイフを投げるような仕草をした。
いや、仕草というか……。
「今、何を投げたっすか……?」
「おや、見えましたか。さすがリッツさん」
楽しそうに笑うマルス。ちょうどその時、投げた鞄落ちてきた。マルスは器用に鞄の取っ手を掴んで受け止める。曲芸師か、こいつは。
「今のはいわゆる投げナイフです。隠蔽性重視なので細身の物ですが、ちゃんと狙えばあんなふうに」
マルスが指を指す方を見ると、鶏より少し小さいくらいの野鳥が首にナイフを突き立てられた状態で木に磔にされていた。
「獲物を仕留めることもできなくはありません。うまく夕食の材料が手に入りましたね」
隠しナイフで仕留めた鳥を嬉しそうに回収する専属執事。
「マルスは投げナイフが得意だものね」
「いや、レイチェル様、得意とかそういう問題じゃないっす。何者っすか、あの人」
リッツはとぼけた感想を言う姉上につっこみを入れる。
何者かと言われても、マルスはマルス。服の下にいろんな者を忍ばせているが、基本的には執事だ。
「リッツ、細かいことは気にするな。そんなこと言ったらお前もギルドの副長には見えんぞ」
私がそう言うと、リッツは驚いたようにこちらを見た。心外だ、と言わんばかりの表情だ。お、どうした? 言いたいことがあるなら言ってみるがいい。
「坊ちゃんがそれを言うっすか。だったら、坊ちゃんもとても貴族家の嫡男には見えないっすよ。しょっちゅうそこらの酒場とかにいるし」
うぐ、痛いところを突いてきたな。自覚があるだけに反論できん。しかし、身分と実態がかけ離れている人物と言えば……。
リッツも私と同時に同じことを考えたらしい。我々は同時にレイチェル姉上を見る。
今日だけで相当数の魔物の血を吸った長剣と、わずかに返り血を浴びたブレストプレートメイルをカチャカチャと鳴らしながら、魔物だらけの山道を鼻歌交じりに歩く子爵家令嬢。
私とリッツの内心はきっと一致していただろう。
それは、『この人よりマシか』という至極もっともな感想である。
このような無駄話をしながら、野営ができる地点に到着した頃にはあたりが暗くなり始めていた。
今日の寝床は、崖にぽっかりと空いた洞穴だ。横幅はだいたい五メトル。奥行きも同じくらいか。なるほど、ここなら雨風は凌げるし、周囲を魔物に包囲されることもない。野営するにはうってつけだな。
洞穴の中には石組みのかまどや、木の枝を組み合わせて作った寝台があった。しかも六台も。
地元の冒険者たちが大切に使っている場所なのだろうな。
「奥に立て札があるっすよ。『ここで野営するものはお互いに助け合い、そして譲り合う事 冒険者ギルド』って書いてあるっす」
なんというか、ギルセアのギルド長バルコの折り目正しく、ちょっと面倒な性格が現れているような気がする。おそらく過去には野営地で出くわした冒険者同士が喧嘩したとか、いろいろあったんだろうと思う。
「さあ、それでは食事の用意をしませんと。リッツさん、近くに川があるみたいなので水を汲んできてください。お嬢様には薪集めをお願いします。あまり太い枝はダメですよ」
マルスがテキパキと指示を出す。
リッツはともかく、レイチェル姉上も素直にマルスの指示に従う。今のマルスに逆らうと夕食に悪影響を及ぼすことが分かっているからだ。さすがの姉上も空腹には勝てないらしい。
洞穴の外で、さっき獲ったばかりの鳥の羽を嬉々として毟っているマルスを眺めながら、適材適所という言葉を思い出していた。




