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2.夢は終わらない

 物語によくある場面に『英雄が夢で神託を受ける』なんてものがある。

 歌劇や吟遊詩人の英雄譚では使い古された展開だが、何度も使われるからには、この手法に一定の説得力というものが……。


「おーい。もしもーし」

「久しぶりだな、少女の天使」


 そう、どうやらまた同じ夢を見ているようだ。

 例の黒髪に革服の少女天使が半眼で私を見ている。


「久しぶりじゃないって。前から三日しか経ってないし」

「三日あれば色々と変化があるものだぞ。昔から言うだろう、『男子三日会わざれば刮目して見よ』だったか」

「あんた三日前と全然変わってないじゃない」

「まあ、三日くらいではな」

「五秒前と言ってることが違う!」


 細かい事で怒るやつだな。なんで夢の中でまで他人に怒られなければならんのか。あ、いや天使という設定だったな。


「設定ってなんだー! 天使だよ! 神託だっていってるだろー!」

「やっぱり心の中読んでるよな!?」

「そりゃね、天使だからね! 人間の内心くらいわかるわ!」 

「よーし、ちょっと待て! 落ち着こう!」

「フーッ!」


 いきりたった猫のようになってしまった。しかし、看過できないことを言ってるな。

 まさかとは思うが……。


「もしかして、これって本物の神託なのか?」

「最! 初! から! そういってるでしょーが!」


 もう少女は爪を立てて引っ搔いて来そうな勢いだ。マタタビだ。マタタビが必要だ。


「あんたこの間の話、全然信じてなかったよね!?」


 ああ、前回の夢の話か。


「神殿を作れっていったよね。この三日間なにしてた?」

「なにをしてたと言われても、仕事をしていたが?」


 私も暇ではないのだ。やることは色々とある。書類仕事もあったし、領地内の見回りもあったしな。


「昨日は? 昨日はなにしてた?」

「昨日? 昨日からグレン村の視察だな。明日は近隣の村長達も交えて座談会だ」

「私、どこに神殿を建てろって言ったっけ?」

「ヴェスパ湖のほとりに、だったな」

「ここからなら! グレン村からなら目と鼻の先でしょうが!」

「確かに半日もかからないな」


 現在、グレン村の村長宅に宿泊しているので、確かにヴェスパ湖は近い。朝出かけたら昼までに着くだろうな。


「あんた湖に行く気なかったでしょ!? 黙って見てれば村人とずっと喋ってるし、子供相手にも喋ってるし、なんか野良犬とも喋ってるし……。そもそも三日前に目が覚めた時、『悪夢を見てしまったー』とかメイドさんに言ってたでしょうが。悪夢違うし!」

「どこで見てたんだ! え、ちょっと待て、君は実在してるのか? 天使というのは天界の住人で、人の目には見えないとかじゃないのか?」

「そんなことは、どーでもいー!」


 おお、天使が天を仰いで叫んでるぞ。


「エヴァン・マルシェル!」

「いきなりフルネームを呼ぶな。無礼だぞ」

「うっさい。いいから目が覚めたら湖に行きなさい! 神の命令!」

「そんな俗っぽい天使に言われてもな。それに村人たちと座談会の約束もある。彼らは私と会うのを楽しみにしてるから、がっかりさせたくない」

「村のおじーちゃん連中の集いと神様の命令、どっちが大切だと思ってんの?」

「それは神の意思が大切なのだろうな」

「わかってるなら……!」

「だが、私と違って村の連中は信心深い者も多いぞ? そんな熱心な信者たちのささやかな楽しみを奪わなければならないほど事態が逼迫しているなら、まあ予定を変更してもいいが」

「うぐっ……」


 悔しそうだな。ハンカチがあれば噛んでいるかもしれん。


「……わかった。あんたの予定が終わってからでいいわ。でも必ずあの湖には行きなさいよ」

「うむ、了解だ」

「……」

「……なんだ?」

「必ず行きなさいよ?」

「全く信用してないな」


 この三日間の私の振る舞いを見ていれば仕方ないか。変な天使の夢を見たとか喋りまくったからな。メイドのアンナとか、執事長のロベルトとか、使用人や領兵達とか。

 だれもかれも『そんな天使は聞いたことがない』という意見で一致した。

 なるほど、それはそうだ、私も聞いたことがない。


「ヴェスパ湖には行く。心配するな。だが頼みが二つある」

「頼み? 自慢じゃないけど私、大した事できないよ?」

「おいおい、天使様だろう? 辛気臭い事をいうな」

「だって本当のことだしねー」

「そんな大した頼みじゃない。これが私の夢ではなく神託であることを証明してくれ。方法は任せる。些細な事で構わない」

「証明? えーと、どんな事でもいいの?」

「構わない。私が納得できればそれでいいんだ」

「うーん、分かった。何とかする。それでもう一つの頼みは?」

「ああ、とても簡単なことだ」


 少女天使に微笑を向けた。彼女は何か怪訝な顔をしているが、私は本当に簡単な事を頼んだ。


「新たな友人なのだ。名前くらい教えてくれてもいいだろう?」




 私はグレン村の村長宅の客間で目を覚ました。

 そんなに裕福ではないはずだが、私が来るという事で質素な客間ながらも机や窓辺には生花が飾ってあったりする。

 できる限りのことで歓迎してくれる。そんな心遣いはありがたいものだ。

 しかし、今はさっきの夢のことを考える。

 どうにも信じがたいが、私に神託が下ったようだ。不信心とまでは言わないが、神教にことさらに従ってきた覚えもないのだがなぁ。

 『ヴェスパ湖のほとりに神殿を造れ』だったか。私に造れる神殿なんて規模も美しさも知れたものだろうに。格式などはそれこそ望むべくもない。

 それでも白羽の矢が立ったからには、何か遠大な『神の御意思』とやらがあるのだろう。あるよな? 予定地の近くにいたからとかじゃないよな? なんだか急に不安になってきたぞ。


「まあ、いくら考えても仕方ないか」


 古いマットレスに綺麗な白いシーツをかけたベッドから起き上がりながら、つい口に出ていた。そう、今は考えても仕方がない。とりあえずは今日の予定をこなさなければ。


 グレン村の集会所に集まるであろう近隣集落の長老達と、座談会という名のおしゃべりの会だ。もちろん、領主宛ての陳情や要望が出ることもあるのだが、基本的に和やかな会だ。敬虔に神を信じる彼らに、神託の話をしたらどうなるだろうか? まあ聞いてくれるだろうが信じてはくれないだろうな。またいつかみたいに不信心さを窘められるのがオチか。

 その時、客間のドアがコンコンとノックされた。


「エヴァン様、お目覚めですか。朝食の用意ができておりますが」

「ありがとう。着替えてすぐに行く」


 グレン村の村長、ロルフが起こしに来てくれたようだ。

 さて、今日も一日頑張るとしよう。




 そして、長老連中との座談会を終えて村長宅に帰ってきた時に一騒動があった。

 村長には子供が二人いる。十歳と八歳の兄弟だが、その二人が居間で勉強中に些細なことでけんかを始めたらしい。そして弟が机にあった小さなインク壺を兄に投げつけたそうだ。

 幸い、インク壺は兄には当たらず怪我もなかったそうだが、投げつけたインク壺は居間の壁に掛けてあった絵に直撃してしまった。

 幸い、壺にはあまりインクが残ってなかったようで、少し汚れただけだったのだが、大切にしていた絵を汚されてロルフは随分と兄弟を叱ったようだ。


「まあまあロルフ、絵は掃除すればいいだろう。ある程度ならインク汚れも落ちるだろうし」

「しかし、教会から特別に譲ってもらった天使様の絵なんですよ。まったく恐れ多い…」

「ん? 天使の絵?」


 そう言われ初めて絵を見ると、確かに教会に飾られてそうな宗教画だ。空から白い翼の生えた天使が地上に降りて来る場面のようだが…。


「これは、天使がインクをかぶってしまったのか…。これではまるで…」


 絵画の天使はインクがついてしまい、まるで黒髪で黒い服を着ているようになってしまっていた。なんだか、すごく見覚えのある姿だ。


「ロルフ村長、インクは落とさずにこのままにしておけ」

「は? でもそれじゃあ天使様がお怒りに…」


 今にもインクを拭き取ろうとしているロルフを止める。


「いや、多分、怒りはしないと思う。というか絶対に怒らない。大丈夫だ」

「はあ、よくわかりませんがエヴァン様がそうおっしゃるなら…」


 村長は絵を壁から外して、倉庫にしまっておくことにしたようだ。次に人目に触れるのはいつになるんだろうな。

 それしても『大したことはできない』か。

 天使のくせに嘘つきだな、リア。


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