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17.はるばる来たぜ ギルセア

 快く厨房を貸してくれた宿の主人に礼を言い、早々にギルセアに向けて出発する。

 レイチェル姉上は馬車の上で座ったまま、持ち出した朝食のリンゴを丸かじりだ。実にお行儀がよろしい。マルシェル家マナー教師のカルミラ先生が見たら悲鳴を上げそうな光景だな。実際、屋敷でもよく悲鳴が上がるし。


「エヴァン様、今日はとにかくギルセアまでの間にあるミダ村を目指しやす。そこで馬を替えて、夜までにギルセアに到着予定です」


 タバルが御者台で馬に鞭を入れつつ言った。

 昨日の早朝にマリクリアを出発して、一日でノイルに到着できたのは嬉しい誤算だった。普通ならさらに半日かかってもおかしくはない。

 ノイルから鉱山都市ギルセアまでの距離は、マリクリアからノイルまでと比べれば八割程度らしい。だが、道は途中で上り坂に変わり旅人や馬を苦しめるのだそうだ。ギルセアは山の中の街だし、それは仕方がない。

 ギルセアまでの道のりのちょうど中間あたり、街道が上り坂になる少し手前にあるのが、ミダの村だ。

 村というだけあって人口はそう多くないらしいが、その村の要点はそこではないらしい。


「ミダ村には、ギルセアから運ばれた鉄製品や鉱石の類が集められて来るんでさぁ。そこにあっしらのような運び屋が行って、方々に運ぶわけです。だから、ミダ村には坂道に強い馬やら、とにかく足の速い馬やらがいっぱいいるんでさぁ」


 タバルは丁寧に説明してくれる。とても勉強になるな。


「なるほどな。そのミダ村でギルセアまでの坂道に負けない馬に交換するのか」

「へい、今日中にギルセアに御案内するにゃあ、それしかねぇと思います」


 さすが運び屋組合の顔役だな。とにかく早く目的地に到着したいというこちらの希望に的確に応えようとしてくれている。

 そして、馬に鋭く鞭を入れて速度を上げた。今この馬車を引いている二頭の馬は、足が速い種類の馬らしい。

 昨日、宿の者に頼んで野菜や果物を差し入れたおかげか、機嫌よく走ってくれている。この速度なら問題なくミダの村まで行けそうだな。あとは不測の事態が無ければいいのだが。


「なんだか平和すぎて退屈ねぇ」


 リンゴを食べ終わったレイチェル姉上が不穏な事を言ってくれる。


「昨日、『旅人殺し』のブラックウルフを斬っておいてそれは無いっすよ」


 私が口を開く前に、御者台に座るリッツが苦笑しながら姉上に答えた。


「でも、野犬をいくら退治しても伝説の冒険者にはなれないわ」

「『旅人殺し』を犬扱いたぁ、恐れ入りまさぁ」


 タバルも楽し気に会話に加わる。昨日ブラックウルフが現れた時は、ひどく焦っていたからな。瞬く間に姉上に退治された様子はきっと痛快だったことだろう。



 馬車の旅は実に順調で、昼前にミダの町に到着した。大した休息も無しで走り続けてくれた馬に感謝せねばなるまい。


「タバル、馬を替えるんだったな。あてはあるのか?」


 今から馬を探して、持ち主と交渉するとなると時間がかかりそうだ。


「安心してくだせぇ、運び屋には運び屋の伝手がありやすんで」


 木組みでできた村の入り口の門をくぐり、すぐ傍の空き地に馬車を止めると、タバルは二頭の馬から手早く馬具を外した。


「こちらで少々待っててくだせぇ。すぐに戻りますんで」


 そう言うと、馬の手綱を引いて村の中に消えていった。

 ミダの村は、村というわりには出店などもあり、よくにぎわっている。

 道中に聞いた話では、昔は普通の農村だったらしいが、ギルセアでの鉱山開発が進むにつれて、鉱物資源の集積所として人が集まるようになったらしい。

 今では人口のうち元の村人は半分くらいで、残り半分をタバルのような運び屋や、その運び屋を相手に商売する者で占めているらしい。

 ざっと見た感じだが現在の村の人口は五百人くらいだろうか。もう少し人が増えたらミダの町と呼ばれるようになるんだろうな。


「エヴァン様、昼食をどうぞ」


 マルスが、布の包みを差し出してきた。今朝作っていたという弁当だろうな。


「マルス、私の分は!?」

「もちろんご用意しております」

「あ、自分の分もあるっすか。ありがたいっす」


 マルスは、レイチェル姉上やリッツにも包みを渡した。

 開けてみると、野菜、卵、ベーコンなどが挟まれたサンドイッチだった。


「あ、お肉のサンドイッチだ!」


 レイチェル姉上が歓声を上げる。見ると姉上のサンドイッチは、焼いて味付けした薄切り肉をたっぷりと、そしてほんの少しの野菜を挟んだものだった。


「芸が細かいな、マルス」

「レイチェル様は好みが激しくていらっしゃいますので」


 つまり文句が多いという事だな。よくわかっている。


「マルスさんはよくできた執事っすね」


 私と同じサンドイッチを頬張りながら、リッツが感心したように言う。


「お聞きになりましたか? エヴァン様」

「いや、よく聞こえなかったな」


 色々うるさいのはマルスも同じだ。だがサンドイッチは確かに美味い。つくづく器用な奴だと思う。

 私はサンドイッチを食べながら、西の方角を眺めた。

 まだまだ距離はあるはずだが、すでにここからギルセアを中腹に擁するゴルド山地の山々が薄く見える。

 まだ新緑の季節で良かった。真夏だったらこの強行軍はできなかったかもな。



 昼食の弁当を食べ終わった頃、タバルが先ほどとは違う二頭の馬の手綱を引いて戻ってきた。

 明らかに前の二頭よりも大きく、足が太い。力も強そうだ。心なしか顔も厳つい。

 マルシェル家にはないが、戦車や装甲馬車を引くのはこんな馬なのだろうか。


「ずいぶん早かったな。都合よく馬が空いてたのか?」

「この村じゃあ運び屋同士が協力して馬や馬車を融通し合うんでさぁ。馬二頭を交換するぐらいなら何とでもなるってもんで」

「あんまり可愛くないわね」


 開口一番、レイチェル姉上が思ったことをそのまま言う。

 馬の機嫌を損ねるような発言はやめてほしい。賢い馬は人語を理解すると、誰かに聞いたことがあるぞ。


「ははは、こいつは力と頑丈さが持ち味でして、見た目は貴族様の好みじゃねぇかもしれねぇですね」


 ブルルルと低い声で鳴く馬達は、姉上の心無い発言など気にもしていないようだ。

 タバルは手早く馬と馬車を繋いでさっさと出発しようとするが、マルスがサンドイッチの入った布包みを差し出した。


「昼食を摂ってください。御者はリッツさんが務めますんで」

「自分っすか。いやまあ、もちろんやるっすけど」


 実のところマルスも御者はできるのだが、あっさりとリッツを身代わりにした。

 おそらく自分は周囲の警戒にあたるつもりなんだろう。面倒くさいとかではない、と思う。

 ありがてぇ、と言いながらマルスのサンドイッチを食べるタバル。急ぎの旅の馬車の上で、保存食以外のものはあまり食べないだろうからな。せっかく五人もいるんだから、分担して先を急げばいい。



 そして実際、急ぎ足で馬車は進んでいく。

 ミダの村を馬を替えただけでほとんど素通りした我々は、馬車に揺られて上り坂をぐんぐんと進んでいた。

 山に続く街道だが、この先にあるのは鉱山都市ギルセアだ。道路の整備状態は良く、人間と旅の荷物しか乗っていない馬車を引いて坂を上るなど、この力強い二頭の馬にしてみれば楽な仕事だろう。


「この分だと休憩も二回くらいで大丈夫そうだ。エヴァン様、なんとか暗くなる前にギルセアに着けそうですぜ」

「ありがたい。無理させてすまないな、タバル」


 夕方になる頃に、ついに木々の切れ間から鉱山都市ギルセアが姿を現した。

 遠めに見ると山の中腹にちらほらと穴が開いているだけに見えたが、近づいてみると岩山をくりぬいて、その中に作られた街が確認できる。

 そして、岩山の外側にも建物がたくさんある所を見ると、鉱山の規模が大きくなるにつれて、岩山の中だけでは収まらなくなったんだろうなと推測できる。


「見たところ街の中枢機能は、あのくりぬいた岩山の中か」

「坊ちゃん、さすがっすね。確かに代官邸や商業ギルド、それに古参の工房なんかは岩山の中にあるっす。冒険者ギルドの支部もね」

「まだモンスターの調査隊が出発していなければ良いんだがな」


 マリクリアの冒険者ギルドに伝通鳥が届いたのが二日前。だとすると、伝通鳥がギルセアのギルドから放たれたのは、さらにその一日前だろう。

 合わせて三日か。

 さすがに三日間では調査隊は編成できないと思いたい。なにせ相手はドラゴンかもしれん訳だし、誰でもいいというわけにはいかんだろう。


 「エヴァン様、ギルセアに入りますんで冒険者票をお願いしやす」


 ノルンの街と同じく、身分証を見せるだけで街には入れるらしい。

 門番が一人ずつ身分証を確認していくので、馬車から降りて一列に並ぶ。

 タバル、マルスと確認し、次にリッツの冒険者票を見て、「おお、ギルドの……」とつぶやく。マリクリアは別の領地とはいえ、やはりギルド副長の肩書は大きいようだ。

 かと思ったら、レイチェル姉上の冒険者票を見てもっと驚いたようだ。


「こいつはすごい。あんたのような美人さんが三等級かい?」

「まあね。でも私はもっとすごい冒険者になるのよ」


 ふふん、とばかりに鼻が高くなる姉上。嬉しそうだなぁ。


「ギルドの副長さんに、三等級のお嬢さんか。やっぱり、例のモンスター絡みかい?」

「あれ、もう噂になってるっすか? 耳が早いっすね」

「まあな、門番なんかやってりゃいろんな話を聞くもんさ」


 世間話を始めたぞ、この門番。他に待ってる者がいないからいいようなものだが、規律はそこまで厳しくないようだな。


「このゴルドの山奥に、ドラゴンが住み着いたかもしれないんだろ? 鉱山の連中は大して気にしてないが、やっぱり避難する奴はいくらかいるな」

「大丈夫よ。私が退治しちゃうから!」

「まあギルドの調査派遣なのは間違いないっすね。戦うかどうかは別にして」

「そうかー、ワイバーンくらいならまだマシなんだがな。まあ、気を付けて行ってくれ。ああ、最後のあんたも身分証を出してくれ」


 少々しゃべりすぎだが気の良い男の様だな。

 私は自分の冒険者票を門番に見せる。


「おお、あんたも冒険者か。えーと、あ、八級。わかった、通っていいぞ」


 私の等級が大したことなくてあからさまにがっかりしやがった。

 正体がばれるわけにはいかないので、興味を持たれないのは構わんのだが、なんか不愉快だ。


「マリクリアに戻ったら四等級にしてもらいますか、エヴァン様?」


 気持ちが顔に出てしまっていたのだろう、マルスが余計な事を言う。


「グラントの親父さんのニヤついた顔が目に浮かぶ。絶対にしない」


 目立つのは姉上だけで十分。別に悔しくないからな!


ストック切れました。次は書き上げ次第投稿します。

みんなのブクマと評価が、作者の心のタウリンだかアルギニンだかになるとかならないとか…

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