14.ここの関所は馬でも越すんだ
実を言うと、馬車の旅は普段あまりやらない。どちらかというと騎乗して移動する方が多い。
しかし、今回は割と長距離を移動することや、怪しまれないように関所を越える必要があることから馬車を選択した。鉱山都市ギルセアから、ドラゴンを探しにさらに山奥に入るとなるとそれなりに荷物も多いしな。
運び屋組合の顔役のタバルに、速度の出る幌馬車を一台、急ぎで手配してもらったが、御者がいないという事でタバル自らが御者として同行してくれることになった。
「すまなかったな、タバル。休暇を取っていたところだったんだろう?」
ついこの間、長旅から帰ってきたというタバルは、しばらく休暇を取る予定だったそうだ。
申し訳ない事をした。
「いやいや、エヴァン様に頼まれちゃ無理とは言えねぇですよ。うちのかかあも、絶対断るなって言ってましたしね」
「また奥さんにも礼をするよ」
タバルは、気にしねぇでくださいと言うが、礼は尽くさねばな。
用意してもらった馬車は、二頭立ての小型の幌馬車だ。荷台に六人も座ればもう一杯になろうかという大きさ。リッツは御者台に乗っているので、荷台には私と、レイチェル姉上、そしてマルスが乗り、空いた場所に荷物を置いている。
貴族が使うような豪奢な馬車と違って、極めて簡素で乗り心地も悪いが、その分軽いので速度も出やすいし馬も疲れにくい。もっとも座席に羊毛の詰まった分厚いクッションが用意されてなければ、腰と尻に深刻な痛手を負うことになっていただろう。
「関所まで半日か。越境に時間がかかれば、今日はベリア領に入ったところで宿泊か」
いくら急いでも時間は掛かる。自分とマルスだけなら関所を回避してベリア領に侵入して移動速度を上げられたかもしれないが、正当な手続きを踏まなければならない時もある。
いわゆる不法な越境、つまり関所破りはやるだけなら簡単だが、万が一発覚した場合は非常に面倒なことになる。境界警備隊に見つかれば延々と追われるし、捕まったら間違いなく投獄される。
「やはり、関所は穏便に越えなければならんな、マルス」
「エヴァン様のおっしゃるとおりですね」
「うん、それでお前は何をしているんだ?」
「はあ、道具の手入れですが?」
マルスは何に使うかよくわからない道具を磨いたり、歯車に油を差したりしていた。中には、手の中にすっぽりと隠せそうな小さなナイフなんかもある。
つまり隠し武器、暗器の類だ。その他の用途不明な道具も、きっと不穏な目的のためのものだろう。相変わらず恐ろしい執事だ。あれ、執事ってこんな仕事だったか?
「そんなものが関所で見つかったら、いくら冒険者票があってもひどい取り調べを受けるぞ」
「大丈夫です。見つかりませんので」
なんの根拠があるのか知らないが、自信たっぷりなので任せておこう。最悪、マルスを見捨てて三人でギルセアに向かってもいい。多分、マルスはすぐに合流してくる。そんな気がする。
で、その四人目のパーティメンバーだが、実は馬車には乗っていない。
別にどこかに置いてきたわけじゃない。すぐ側にいる。
「やっぱり馬車ってあんまり速くないわね。エヴァン、私は関所までこのまま走るわ」
「姉上、無理なさらないように」
鍛錬とかいって、レイチェル姉上はもう一時間くらい走りっぱなしだ。旅の荷物を馬車に乗せているとはいえ、胸部のブレストプレートや、脛を守るグリーブなんかは金属製だ。そんなものを装備したまま平気な顔で馬車に並走してる。恐ろしい体力だ。
身体強化の魔法も使っているとは思うが、それはそれで必要最小限の魔力で効果を維持しているということだ。
我が姉ながら、とんでもない人だ。
「みんな好き勝手してるな。リッツはなにか服の型録を見ているし」
「リッツさんは流行に敏感なのですね」
「まあギルドの立場もあるっすからね。流行りを知っておくのは大事なんで」
そういうと、どこかの服屋から借りてきたという型録を見せてくれた。パラパラと中を見てみるが、派手な模様や奇抜な柄の何が流行なのかよくわからん。
「坊っちゃんは女性に好かれる服装とか考える必要ないっすからね。羨ましいっす」
「しかし社交の場では色々気を使うことも多いぞ」
「エヴァン様は嫡子なので当然でございます」
「マルスが真っ当なことを言うと違和感がすごいな」
まあ他愛のない話をしていた。
関所につくまでは。
マルシェル領とベリア領の境界には、街道を塞ぐような形で関所がある。
木板で作られた壁が境界に沿って五百メトルほど続いており、壁の端部には物見櫓がある。何らかの理由で関所を避けようとするものがいれば、すぐに境界警備隊が出動し捕縛する。
もっとも、この関所の通行料は大した額ではないはずだし、犯罪者でもなければ避けて通らなければならないものではない。
しかし、犯罪者ではないが身分を隠したい人間はいる。今の我々のように。
「無事に通過できるといいんだがな」
眼前に迫る関所を前に思わずつぶやいてしまった。言っても仕方が無い事なんだが。
関所の敷地は、周囲を木板の壁で囲われており、領境には馬車がすれ違える程度の幅の門がある。その門の向こうはベリア伯爵領だ。ちなみに関所の敷地内には、境界警備隊や街道警備隊の詰所もある。
越境の手続きは割と簡素なもので、冒険者票や商業ギルドの会員証があれば通行料を支払うだけで通過できる。
「普通の冒険者パーティのふりをしていれば問題ないっすよ」
「ここの関所はそんなに厳しくねぇですから。知り合いでもいない限り大丈夫でさぁ」
リッツとタバルは慣れているのか堂々としたものだ。
領主家の嫡男という立場上、なかなか領外に出ることはないし、今回は秘密の旅だという事もあって無意識に緊張していたようだ。
リッツ達を見習って堂々としていなければ、余計に怪しまれてしまうかもしれない。
私は俯き加減だった顔を上げて関所の入り口をまっすぐ見た。そして、
「あれ、エヴァン様じゃないですか。こんなところで珍しいですね」
知り合いがいた。しかも番兵。
「ディノか、久しぶりだな」
「え、少し前にあったばかりですよ。ほら、衛兵の詰所で盤上戦図してたじゃないですか」
盤上戦図とは、マス目を切った木の板の上で、兵に見立てた駒を操って敵の将を詰めることを目的とした対戦遊戯である。駒ごとに移動や能力に制限があり、布陣や読み合いが勝敗を分ける。実に知性あふれる遊戯だ。
「エヴァン様、あんまり強くないのに盤上戦図好きですよね」
「貴族としてはまずくないっすか、それ……」
ディノ、余計な事を言うんじゃない。リッツが要らない心配をしてるじゃないか。
「エヴァン様の活動範囲の一覧に、衛兵詰所を追加しませんと」
「しなくていい。そのメモをしまえ、マルス」
懐から出した手帳に何やら書きつけるマルス。懐から色々な物が出てくる男だ。
「こんな小さな馬車でお出かけですか?」
ディノは私がこんな質素で小さな場所に乗ってるのが不思議なようだ。それはそうだ。普通は子爵家の者が乗るようなものではない。私自身は気にしないが。
「あら、ディノじゃない。こんなところで珍しいわね」
関所の周りを見物していたレイチェル姉上が追い付いてきた。そもそも姉上は特別職ではあるが領兵団の所属でもあるので衛兵たちの多くと顔見知りだ。当たり前のように軍属である貴族令嬢というのも考えものだが。しかも、冒険者ギルドの所属でもあるし。
「あ、レイチェル様。今日は冒険者の出で立ちなのですね」
「そうよ、ついに大冒険にでるのよ」
えっへんとばかりに胸を張るレイチェル姉上。まあ目的がドラゴンの探索だ。大冒険と言えなくもない。姉上は戦う気満々だが。
「それは良かったですね。あ、通境の手続きですよね。ご案内します」
「いや、それには及ばない。持ち場を離れるのはよくないだろ」
「何回も来てるので大丈夫っすよ」
旅慣れたリッツを連れてきたのは正解だな。通境の手続き一つとっても、段取りが滑らかだ。
ディノと分かれ、私たちは馬車を降りて通境手続きを行う建屋に向かった。五人ほどの旅人と二台の馬車が手続きを待つ行列を作っていた。
手続きとは言っても、マルシェル子爵領とベリア伯爵領の関係は悪くないので、身分証があれば通行料を支払うくらいで手続きは済んでしまう。逆に、何も身分を証明するものが無ければ、保証人が必要になる上に、それなりの額の保証金を納めなければならなくなる。
「はい、次の人ー」
割とすぐに順番が回ってきた。私たちは冒険者票を、タバルは運び屋組合とマリクリアの商業ギルドの登録票を出した。
「おや、冒険者ギルドの副長とはね。なにか大きな仕事かい?」
「そうっすね、確かに大事な仕事っすね」
リッツは基本的に腰が低い男なので、多少偉そうにされたからと言って怒ったりはしない。ギルドの副長ともなると、態度が大きくなる者もいるらしいがな。
「八等級のマルス、同じく八等級のエヴァンね、はは、若様と同じ名前だ」
軽口を叩きながら、帳簿に色々と書き込んでいく係員。リッツの冒険者票で警戒を緩めたのか、私の顔も見ずに通してしまったな。隠密だから都合はいいのだが。
「で、最後が冒険者票の三等級……。三等級!?」
「そうよ、ちゃんとした冒険者よ」
「うわわ! レイチェル様じゃないですか! こんなところで何してるんですか!?」
うん、やっぱりばれてしまった。三等級冒険者はさすがに目立つ。
あとやっぱり、係員も領兵の一員だからな。レイチェルのことは知っていたか。
私は、後続に手続き待ちの者がいないことを確認し、マルスに建屋の入り口を閉めるように指示した。ここで騒ぎになってはまずい。
「なにって、冒険にいくのよ。冒険者だもの」
「ええ……、そう、なんですか?」
「心配はいらん。父上にも許可を取ってある」
「は? 父上? ……もしかしてエヴァン様?」
「そうだ。さすがに顔を見れば分かるか」
レイチェル姉上に続き、私まで出てきたのでさすがに度肝を抜かれたようだな。
「ここで騒ぎが起こると、ベリア領側に伝わってしまうかもしれん。内密に頼む」
私は係員に顔を近づけ、静かな声で言った。
係員は、コクコクと何度も頷く。
「隠密なのですね。分かりました。お通り下さい」
「ありがとう。あと、いくら冒険者ギルドの副長が連れているとはいえ、通行者の顔は見た方がいいぞ」
「は、はい! 申し訳ありませんでした!」
係員は背筋を伸ばして返事をする。まあ普段は平和な関所だということか。しかし、油断して良い仕事ではないからな。為政者として注意はしておかなければ。
「じゃあね、フリオ。頑張ってね」
「はい、ありがとうございます、レイチェル様。あ、三等級昇格おめでとうございます」
「やっぱりお前も姉上が冒険者なのを知ってるのか!」
本当に私だけが知らなかった可能性が出てきたぞ。
笑うな、マルス。




