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13.君たちの名は

 素早く関所を越えるには冒険者登録するしか方法はない。まあそれはそうだが。


「親父さん、嬉しそうだな」

「おう、やっと坊主を冒険者登録できるからな」

「ギルド長の念願っすからね」


 なぜだか知らないが、グラントは私を冒険者ギルドに登録したがっていた。

 確かに、冒険者になれば、ギルドのルールに従う事や、緊急時の動員などの義務が課せられるがそれは平民の話だ。当然だが、貴族の権力を上回るものではないため、私が冒険者ギルドに登録したところで事実上は何の義務も発生しない。

 逆に登録による恩恵は大きい。

 冒険者ギルドに登録すると、ギルドの発行する登録票が手に入る。これはギルドが身元を保証するもので、これがあれば関所は通行料の支払いだけでほぼ自由に通れる。

 もちろん、冒険者専用なので商品の運送などの商売目的には使えないし、悪用すれば冒険者ギルドが総力を挙げて人間ごと処分しに来る。

 グラントは何がうれしいんだか。


「私が冒険者ギルドに登録しても貢献できることはあまり無いと思うぞ」

「いいんだよ、登録することが大事なんだよ」

「身内の証明みたいなものっすね」

「そういうものか? 冒険者の感覚か」


 登録だけで満足ならまあいいか。魔法も使える貴族という便利そうな冒険者が増えてうれしいだけかもしれないしな。


「じゃ、さっそく登録しちまうか。一階でやると目立つから、ここで済ますぞ」

「そうだな、悪いが頼む」

「じゃあ、すぐに用意するっす」


 そう言うとリッツはさっさと部屋から出て行く。

 通常、登録は一階の受付でやるものだが、なにせ人が多いからな。身分を隠す目的だから人目につくのはまずい。

 そうしているうちに、リッツが何やら木箱を抱えて戻ってきた。多分、金属の板に打刻するための道具だろう。リッツは箱を床に置くと、ハンマーやら木の板やらを取り出していく。


「じゃあ、さっさと打刻しちゃいましょう。関所通るなら最低でも八等級以上っす。ギルド長、何等級にするっすか?」


 新人の登録で等級が選べるとか聞いたことがないが、ありがたいので今は特別扱いに甘えよう。普通は十等級で新人登録して、八等級まで早くても一年はかかる。元傭兵とか元狩人とかだと話は別だが。


「坊主だろ? 四等級くらいでいいんじゃねえか?」

「はいはい、四っすね」

「待て待て待て」


 言われるままに打刻しようとするリッツを慌てて止める。


「四等級ってリッツと同じだろうが。そんな大型新人がいてたまるか。逆に目立つわ」

「え、でも坊ちゃんって魔法は結構得意でしょ? それに貴族だし」

「頼むから目立たないようにしてくれ。八等級でいい。家名の刻印もいらないからな」


 最低でも八等級が必要なら、八等級でいいんだ。なんで無駄に等級上げようとするかな。


「マルスも同じでいいぞ。姉上も八等級で構いませんよね?」


 念のためにレイチェル姉上にも確認しておく。

 しかし、帰ってきた答えは、


「わたしはもう登録してるわよ」

「は?」


 本日二度目になる間抜け声が出た。

「え、登録済み? どうして?」

「どうしても何も、ね? グラント」

「おう、嬢ちゃんは三等級冒険者だぞ?」


 三等級? それじゃグラントと同じじゃないか。中堅都市ならまず最強を名乗っていい等級だ。というか、ギルド長と同じ等級って……。


「なんだってそんなことに……。いや、姉上がお強いのは知ってますが」

「だって私の目標は伝説の冒険者だもの。登録するのはあたりまえでしょ?」

「そうだな、嬢ちゃんの言う通りだ」


 姉上に合わせて、にこやかに頷くグラント。そもそも登録した理由を聞いたのだが、答えになってない。

 まさかこの親父、信用できる戦力欲しさに姉上をそそのかしたのでは……?


「おっと、それは違うぜ、坊主。登録はあくまで嬢ちゃんの意志だ。一応最初は断ったからな」


 どうやら、考えを読まれたらしい。顔に出てしまったか。


「そうね、グラントったらなんだかむずかしいこと言って、なかなか登録させてくれなかったわね」

「姉上、子爵家令嬢を進んで冒険者にしようとするギルドは普通ありません」


 グラントもさすがにそこまで非常識じゃなかったか。疑って悪かった。


「まあ、昔のことはいいわ。とにかく私は三等級冒険者だから。エヴァンとマルスは八等級でしょ? 私のいう事はちゃんと聞きなさい」

「はあ、リッツ頼む」

「はいはい」


 私が声をかけるとリッツが説明を始めた。


「レイチェル様、前にも説明してますが冒険者の等級は序列ではないです。一等級も十等級も基本的に同列です。もちろん経験の差による上下関係は自然にあるっすけどね」


 冒険者の心得の基本中の基本だ。レイチェル姉上は興味のないことは都合よく忘れるからな。まめに釘を刺さないと。


「でも私はお姉さんよ?」

「だから普段から言う事聞いてるじゃないですか」


 聞ける範囲ではな。

 本当にレイチェル姉上は貴族の自覚が無いな。

 それにしても三等級か。姉上の強さを考えれば納得だが、よくそんな噂が私の耳に入ってこなかったものだ。そう思うくらい目立つものなのだ、三等級というものは。

 確か、今は一等級が不在だから、冒険者の最高位は二等級だ。

 二等級とはいっても、影響力は非常に大きい。能力が認められれば貴族に叙爵されてもおかしくないくらいだ。実際過去には冒険者から貴族になった例もいくつかあるしな。

 もちろん貴族に取り立てる理由は、その強力な力が帝国に向けられないためでもある。


「さ、坊ちゃんの冒険者票ができたっすよ」


 話してる間にも、リッツは手際よく打刻をしていた。楕円形の革ひもが取り付けられた小さな楕円形の金属板を手渡される。

 内容を見ると、等級や名前、登録日、マリクリア支部の印章が打刻されている。

 名前は確かに、エヴァンとだけ刻印されている。


「マルスさんのも、すぐに作るっす」

「痛み入ります」


 マルスが軽く会釈をする。この二人は今まであまり接点が無かったからか、特に仲がいいというわけでもない。

 リッツはマルスの冒険者票も素早く打刻した。さすがは、このギルドの実務の長だ。仕事の早い上司だと、部下は大変だな。

 私は細々と動いていたベルクのことを思い出したが、よく考えたら彼は冒険者であって、ギルドの職員ではない。なんで、ギルドの雑用係みたいになってるんだろう。まあどうでもいいが。

 マルスは出来上がったばかりの冒険者票をリッツから受け取った。これで関所は越えられるだろう。


「メンバーは坊ちゃんと、レイチェル様とマルスさん、そして自分っすね」


 気が付くと、リッツは何やら紙に書き付けていた。


「そうだが、それは何をしてるんだ?」

「え、パーティ登録っすよ? 関所越えるのに四人がパーティじゃなかったら怪しまれるっすよ?」

「パーティ!?」


 こういう冒険者っぽいことに敏感なレイチェル姉上。


「そういえば探索団の名前も決まってなかったものね。いいわ、パーティ名はレイチェル親衛隊で決まりね」

「姉上、ギルドの副長がパーティにいるので、それはさすがに不自然かと思います」

「レイチェル様すいません。自分これでも結構偉いんすよ」


 大丈夫だ、リッツ。お前は悪くないぞ。


「なによ、文句あるの?」


 何も悪くないリッツに、圧をかけないでやってください。


「目的を見失わないでください、姉上。置いていきますよ」

「それは嫌!」


 まったくいつまでも子供みたいな人だ。

 ここでマルスが珍しく提案してきた。


「神託を受けて魔石を探すのですから、『神託の探求団』ではいかがでしょうか?」


 ほう、なかなかありきたりな名前だな。『神託』とか『探求』とか、やたら大げさでいかにもパーティ名にありそうな名前だ。

 しかし、実際に神託を受けて一等級魔石なんてものを探している我々には、本当のことを言っているだけで、極めて明快な名前だ。


「でかしたマルス、その名前で行こう」

「お褒めにあずかりまして痛み入ります。あ、お給「給料は上がらん」


 こいつはちょっとほめるとこれだ。

 まあとにかく、パーティ名は決まった。レイチェル姉上が「かわいくない」とか騒いでいるが、聞こえないことにしよう。

 あ、服を引っ張らないでください、姉上。


 そして、翌朝の出発の為、各々が準備に取り掛かるのだった。

 だが、確認しておかねばならないことがある。


「マルス、姉上が三等級冒険者だって知っていたか?」


 準備のため館に戻ろうとしていたマルスを呼び止めて聞いてみた。

 まあ、私が知らないくらいだから、当然マルスも、


「ええ、もちろん存じ上げておりました」

「なんでだよ! そしてなぜ私に報告しない?」

「レイチェル様に口止めされておりましたから。もちろん何か実害が発生しそうであれば報告するつもりでしたよ」


 マルスにとってはレイチェル姉上も主君筋にあたるので、頼まれれば嫌とは言いにくいだろう。それはそうなのだが……。にこにこしているマルスに腹が立つ。


「しかし、三等級だぞ? 領民たちも知っている者がいるんじゃないか?」


 普段から、マリクリア内で遊び、もとい情報収集を欠かさない私の耳に入らないという事があるだろうか?


「それは、レイチェル様が『エヴァンには内緒にしておいて』と皆に頼んだからでしょうね。いやはや、忠義に篤い領民で喜ばしいですね」

「そんなので箝口令が徹底されるのか!? しかも私に対してだけ!?」

「旦那様や、ティオ様もご存じのはずですから、そういう事になりますね」

「あんなに好き放題しているのに姉上はずいぶん皆に好かれているのだな! まったく納得いかん!」

「これも御人徳ですね」


 マルスの余計な一言を聞きながら、私はマリクリア大学に向かった。

 急いで、旅の準備とドラゴン対策をしなければならない。心を乱している場合ではないのだ。

 でもやっぱり納得いかん。



 そして翌朝、我々は夜明けと共にマリクリアを出発した。

 アンナや使用人、そして三十人近くの大勢の領民に見送られながら。


「マルス、なんで街の皆が我々が旅に出ることを知ってるんだ?」

「さあ? それは分かりかねます」


 我々を載せた馬車がゆっくり走り始めたところを、何人かの子供が追いかけてきた。


「レイチェル姉ちゃん、ドラゴン退治がんばってね!」

「お土産よろしくねー!」

「分かったわ、ドラゴンの牙を持って帰ってくるわ!」

「姉上、一応秘密の作戦なんですが……。なんで子供まで知ってるんです?」


 先行きにとても大きな不安を感じる旅立ちになった。


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