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11.人は生まれながらにして自由らしい

 父の許可で完全ではないが自由に動ける時間を手に入れた。これで神託の件がなければ、足取り軽く街に出掛けるところだが、そういうわけには行かない。


 自分の執務室にて、早速アンナに仕事の引き継ぎを始める。アンナには申し訳ないが、式典や代理のきかない会談等を除いてほぼ全ての仕事を放り投げる事になる。

 肩書は『領主代行補佐』だが、実質アンナが領主代行だ。

 救いだったのは、アンナが既に私の仕事の大半について把握していたという事。

 朝食後に父上との相談が終わり、そして昼前にアンナへの引き継ぎが終わるという驚きの手早さだ。

 んん? もしかして最初から書類仕事に私は不要だった? いやいや、そんなことはない。私でなければ判断できない決済案件もいろいろとあるはず。


「それでは僭越ですが、可能な限りわたしの判断で決済していきますね。これでほとんどエヴァン様の手を煩わせることは無くなるはずです」


 ほとんど……。つまり私でなければならない書類仕事、あんまりなかったのか……。



「ありがとうアンナ、とても助かる」

「? どうかなさいましたか、エヴァン様?」

「いいや、なんでもないよ」


 アンナは悪くない、仕事が遅い私が悪い。そう思うことにした。哀しくなんかない。



 昼食後、私とマルスは我が領都マリクリアに出かけた。

 執事長のロベルトが何か言いたそうに我々を見送っていたのが感慨深い。

 公務とは関係なく、そしてロベルトの監視を気にせず、堂々と町に出かけるのがこんなに爽快だとは思わなかった。

 思えば、ロベルトには何度も館からの脱走を阻止されたものだ。なんであんなに脱走に感づくんだろうか。全く不思議だ。


 目的地は商業ギルドのマリクリア支部なのだが、なにせマルシェル家が四百年に渡って治めてきた領都。とにかく顔見知りが多い。老若男女問わずだ。


「あ、若様。今日はお忍びじゃないんで?」

「エヴァン様、今日は変装してないんですね」

「あれま、今日はロベルトさんから隠れなくていいのかい?」

「えばんさまー、きょうもにげてきたの?」

「あ、旦那、例のモノはいってますよ」

「黙って聞いていれば、みんな私をなんだと思っているんだ? あと、例の品物は後で取りに行く、ありがとう!」


 最後を除いて言われたい放題である。これではいつも人目を忍んで遊んでいるみたいではないか。


「見事なまでに日頃の行いが露見していますね」


専属執事もこの言い様である。


「どうして商業ギルドに向かうほんのわずかな距離で、こんなに知り合いに会うんですか? これはもう脱走常習犯の動かぬ証拠ですね」

「なんだか楽しそうだな、マルス」

「もちろん、これは上司に報告しませんと」


 マルスの主君は父アラニアだが、職務上の直属の上司は執事長ロベルトだ。また、いろいろと余計な事を吹き込むつもりなのだろう。

 いつもなら、これは厄介なことになる、と憂鬱になるところだが今は違う。

 今の私は、父から特務を与えられた身だ。館から出るのも、何なら領外に出るのも自由だ。なんてすばらしい。いやもちろん、果たすべき任は非常に困難なのだが。


「マルス、今の私は領主代行ではない。なにせ神託を受けた神の使徒らしいからな」

自分で言っていて滑稽だが、今の私の立場はそういうものだ。

「それでは執事長には、『エヴァン様が領主代行の職を投げ捨てて、嬉々として町に出かけている』と伝えおきましょう」

「すまなかった。少しはしゃぎすぎたようだ」


 そんなことがロベルトの耳に入ったら大変だ。間違いなく長々とした説教を食らってしまう。理路整然と反論を許さない説教など控えめに言っても地獄だ。まあ私が悪いんだが。


「お前は、私が領主代行をやめたことが不満か?」

「まさか。苦虫をつぶしたような顔で執務室に籠っておられるよりよほど健全かと」

「私はそんな顔をしていたか」

「まあ、よくお見かけしますよ」


 そうか、我ながら書類仕事は向いてないと思っていたが、マルスもそう思っていたみたいだな。

 となると、文官のアンナに仕事を肩代わりしてもらったのは正解だったのか。改めて面倒事を引き受けてくれたアンナに感謝だな。


「ならばその苦い仕事をしているアンナのためにも、成果を挙げなければならんな」

「それでまず商業ギルドですか」

「そうだ、なにせあそこには」

「あ、若様! エヴァン様!」


話の途中で呼び止められた。見ると革鎧を身につけた冒険者風の若者だ。知らない顔だな。


マルスが、すっと私と冒険者風の若者の間に割って入る。


「どちら様でしょうか?」


全く笑ってない笑顔で問いただす。ああ、あれ怖いんだよな……。


「あ、怪しいもんじゃないです。俺は冒険者ギルドのベルクといいます。リッツさんの使いでお屋敷にお呼びしに行くところだったんです」

「ほう、なんの面識もない者をリッツさんが使いに立てたというんですか?」


マルスは警戒を緩めない。


「嘘じゃないです。急ぎだから下っ端の俺が来ただけです。リッツさんには『どうせ怪しまれるからギルドの使いだと大きな声で言え』って言われたんです」

「怪しまれたところで一人ではどうにもならんから、とにかく要件を早く伝えるのが優先か。リッツらしいな」

「あ、それリッツさんが同じこと言ってました」

「乱暴な話ですね」


マルスは呆れ顔だ。


「とにかく冒険者ギルドまでお願いします」


ベルクに付いて冒険者ギルドに向かうことにした。

途中でマルスが私に尋ねる。


「商業ギルドの方はよろしいのですか?」

「リッツが急ぎの使いを出したのなら、そっちを優先すべきだろう」


商業ギルドは後でもいい。一日二日でどうということでもない用だしな。


「それにしても、よく私の事がわかったな」


ろくに変装もしていないのは認めるが、ベルクは割と遠くから私を見つけたようだった。

ベルクは早足で歩きながら事も無げに言う。


「え、そりゃこの街で育ったやつは大体エヴァン様の事知ってますよ」

「そうか、領主の家の者としては嬉しいはなし……」

「先月、エヴァン様が酒場で宴会やってたとき、俺その場にいましたし」

「余計なことを言うなよ!」

「ほほう、これはまた上司へ報告が増えましたね」


 あれは私が宴会やってたわけじゃない。領民と交流……、そう交流しつつ情報を集めていただけだ。喋るのが楽しかったのは認めるが。


「情報集めで酒場ですか。そうですか」


マルスはニヤニヤしてやがる。全く信じていないな、これは。


「私が情報集めをしている側で、他の客が盛り上がっていただけだ」

「あれ、エヴァン様あの時酔っ払って店の客全員に奢ってたじゃないですか。だからすごい騒ぎに」

「お前は敵か!? どこかからの刺客だろ!?」


 的確に言ってはならんことを言いやがって。なんて恐ろしいやつだ。

 見ろ、マルスの奴ものすごく機嫌が良くなってるぞ。あれは執事長ロベルトに全部報告する気だ。


「でも楽しかったですよ。あ、ギルド到着です。リッツさん呼んで来ます」

「あ、おい、もう酒場の話するなよ!」


 ベルクは「了解です」と言いながらギルドの奥の階段を上がっていった。

 心臓に悪いやつだった。マルス笑うな。

 そして、ほんの数呼吸する間にリッツが姿を現す。なんだ、広間にいる連中に挨拶する間もないな。

 顔見知りの受付係や冒険者に手を上げて軽く挨拶していると、リッツがやや焦った様子で声をかけてきた。


「あ、坊っちゃん。早かったっすね」

「ああ、ちょうど近くにいてな。使いのベルクに捕まった」

「おかげさまで面白い話が聞けました」


 マルスは心底楽しそうだ。本当にいい性格の執事だ。


「面白い? ま、まあそれはいいっす。とりあえずギルド長の部屋までお願いします」


 リッツに促され、三階のギルド長室、つまりグラントの部屋に入る。

 そこで珍しく机に座っているグラントが我々を出迎える。


「おう、来たな坊主」

「親父さんが急ぎの用とは珍しいな。何があった?」

「おう、それなんだがな……。おい、ベルク、レイチェルの嬢ちゃんはどうした?」


まだ付いてきていたベルクにグラントが尋ねる。

ベルクはギルド長の前で少し緊張した様子で答える。


「えっと、すぐそこでエヴァン様を見つけたので、そのまま連れて来ちゃいました」

「バカ野郎、それじゃお嬢ちゃんはまだ何も知らねぇんじゃねえか」

「す、すいません!」


叱責されてベルクは縮み上がってしまった。まあ怖いもんなグラント。


「親父さん、どちらにしろレイチェル姉上は館にはいないぞ。大学のガドム老師のところに出かけていった」

「ガドム爺さんのとこか……」


  グラントは部屋の窓から外を見た。かなり距離があるが、マリクリア大学の尖塔が見える。


「ベルクを走らせてちゃ時間がかかるか。おい、屋上で術砲撃ってこい」

「あ、はい、例の奴ですね。すぐ打ちます」


 ベルクが屋上に続く階段を駆け上がっていった。忙しいやつだな。


「術砲なんて打ち上げても姉上には伝わらんだろ? 大学と符号の取り決めでもあるのか?」


 術砲とは、魔道具により打ち上げる音や光の信号のことだ。専用魔道具から魔法を打ち上げて、上空で発光したり大きな音を発生させる。光る術砲は光術砲、音が鳴るだけのものは音術砲だ。

 軍隊ではこの光や音の組み合わせで様々な情報を送る技術が発達している。指令を行う者のそばには、複雑な組み合わせの信号を読み取る符号手と呼ばれる者がいる。


「ああ、別にいいんだよ、取り決めなんか」


 グラントが言ったその時、外でパァン!という大きな破裂音が三回連続で聞こえた。私が窓から身を乗り出して空を見上げると、黄色い光が連続で点滅し続けるのが見えた。ただ点滅しているだけだ。


「黄色の発光? しかし点滅に法則が無いように見えるが?」

「そういう信号だからな」

「あれじゃ符号になってない。ただ目立つだけの信号だ」

「そりゃお前、目立つのが目的だからな」


 どういう意味がある術砲だったんだ? レイチェル姉上に連絡取りたいんじゃなかったのか?

 グラントの目的がいま一つ分からずにいると、リッツが口を開く。


「ギルド長、そろそろっす」

「おう、分かってるよ。エヴァン、大学の方を見てろよ。面白れぇぞ」

「見てるが、別に何も……、いや、なんだあれ」


 大学のある方角から、何かがこちらに向かってくる。正確に言うと、民家の屋根を飛び移りながら、とんでもない速度で誰かが迫ってくる。

「まさか……」


 もう近づいてくる人物が誰なのかは、理解したくないが理解した。

 その人物は、冒険者ギルドから幅が二十歩はありそうな大通りを挟んだ向かいの建物の屋上まで迫ると、まったく、これっぽっちの躊躇もなく跳んだ。

 そして、空中の見えない足場でもう一度跳躍し、ギルド長室の窓から飛び込んできた。


「グラント、呼んだ? あれ、エヴァンもいるじゃない」

「何やってんですか、姉上」


 もちろん、やって来たのはレイチェル姉上だ。というか、あんな動きができるものがそうそう他にいてはたまらない。


「さすがに早かったな、お嬢ちゃん」

「たまたま近くにいたのよ」


 近く? あの小さく見えるマリクリア大学にいたんじゃないのか? あれが近くなら、この町のどこにいても大体近所になるぞ。


「さっきの術砲は姉上を直接呼び出すためのものか」

「まあな、さすがの俺も最初は領主様の御令嬢をこんなもんで呼び出すのはどうかと思ったんだがな」

「便利だから私が許可したわ!」


 何がうれしいのか、えへんとばかりに胸を張る姉上。

 本人が納得してるならいいか……。またロベルトに聞かせられない話が増えてしまった。

 マルスを振り返ると、明らかに笑いを堪えてやがる。絶対報告する気だな、あれは。

 私は心の中で大きくため息をついた。


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