拗らせ王子よ、演技を学べ-転生家庭教師ヴィオラの備忘録-
※おかげさまで日刊異世界恋愛(短編) 34位に入りました!(5/21 7:50時点)大変感謝しております。
今回は前作の続編的短編ですが、単体でも読めますのでよろしくお願いします。
追伸:一部表現を変更しました(5/26)
元・宮廷付きのエリート家庭教師。
彼女はヴィオラ・グレイシャス。
前世の趣味は悪役令嬢の小説を読み漁ること。そんな知識が、今では貴族社会で生きるための“最強の教科書”になっていた。
座右の銘:“演技”は最強の処世術
教え子は、第二王女エルセリア・リシュア・ローデル。通称、“あざと可愛い”を極めし姫。
その教育もようやく一息ついた頃──
王宮の一室。とある執務室で、書類整理に勤しむヴィオラのもとへ、ひとりの“面倒くさい系・兄上”が現れた
「ヴィオラ殿!妹になんて教育をしたんだッ!!」
そんなセリフと共に扉をバーン!と荒々しく開かれた。
「ごきげんよう、ヴェクセル王子」
あー、きたか。シスコン王子。
とヴィオラは遠い目をする。回収係の第一王子が早く来ないかと、密かに願った。
彼は第二王子、ヴェクセル・ローデル(21歳)。
正義感が強く、誰よりも“本音”を信じてきた青年である。
だが──その思考は、テンプレな悪役王子となりつつあるので、ヴィオラ的にはよろしくない。
そのヴェクセル王子が妹姫リシュアの“おかしな変貌”を憂い、教育者ヴィオラのもとへ怒鳴り込みに来たのである。
「それで、リシュア姫の成長のことですか?見事に開花しましたよね」
「“開花”!? あの子は本来、純真で可憐だったんだぞ!?それが今や──ッ」
それは、ある日の出来事だった──
場所はヴェクセルの執務室。そこには妹姫リシュアの婚約者である次期公爵がいる。
ある日リシュアが顔を出しに来た。そのときにヴェクセルは目撃してしまった。
リシュアが婚約者の上着の裾をちょいちょいと可愛らしく引っ張る。そして、内緒話をするように、口に手を添えてこそっと伝えた。
『皆には内緒ですのよ?特別なんですから』
小さな声で囁き、少し照れたようにリシュアが可憐に笑う。その愛らしさに婚約者の顔を綻ばせた。
つまり、婚約者が好きなお菓子を、リシュアがこっそり渡す場面を兄のヴェクセル王子は目撃してしまったのである。それは、“無自覚なあざとさ”を演じる、完璧な演技であるとみて間違いないだろう。
「……彼女、ホントに才能がありますわね」
「他にも、山ほどあるんだぞ……!」
と荒々しく出るわ出るわ。リシュア姫のあざとい目撃談。彼が言うには、リシュア姫が“妙に可愛くなりすぎている”とのこと。
本人に苦言すれば良いのに。ヴィオラの元に来るのは、おそらく妹姫に直接苦言して嫌われたくないからなのだろう。
──ああ、面倒くさいことこの上ない。
気を取り直して、手元の香り高い紅茶を飲む。柔らかい香りが鼻口をくすぐり、少し肩から力が抜けた。
「ヴェクセル王子。リシュア姫は自分の気持ちを正直に
“あざとい演技”で表現して自由に生きてるのですよ?……祝福すべき進化では?」
「ふんッ!あんなの、ただの欲望フィルターだろう!演技なんぞ、強欲で傲慢な人間が、自分の欲望を叶えるために使う浅ましい手段ではないか」
紅茶ぶっかけてやろうか、この王子様。
と思いつつ、紅茶を口にして、自分を落ち着かせる。
『天然は最強』主義男に辟易とした。
「まあ。それは大変。では、貴方は演技をしないおつもりで?」
「それが許される環境下ならばな。王族という立場というものがある。だが、僕は嘘をついたことはない。どんな場面でもな」
ハンッと見下したように吐き捨てる。
「演技は欺瞞。それに騙される人間のなんと哀れなことか」
「演技は処世術で、相手への思いやりですのよ」
「何を戯けたことを。見せかけの優しさに意味はない。本音を隠して笑ってる奴なんて、ただの詐欺師だ」
ヴィオラはティーカップを置くと、書類に目を落としながらサラリとヴェクセルに切り込む。
「……時に殿下。婚約者がいらっしゃるのに、男爵令嬢との距離が近い件──
風聞にすぎませんけれど、立派な“教育的指導”の対象ですわよ?」
ここは話題を逸らすべし。
と、ついでに気になっていた噂の真相を切り込むことにした。こういうときは相手にとって都合の悪いことを提示して黙らせるに限る。
「……それは…あいつは、ただ気が楽で、癒されるんだ。それに、素直で──」
「“素直で可愛い”って思ったのでしょう?でもそれって、何も求められていないから、心地よかっただけじゃありません?」
「う、そ、それは……」
先程の勢いはどこへやら。ヴィオラは冷めた目を向けた。
可愛らしい女の子の前では男なんて、の典型例にツッコミどころが満載。関係性をうまく正当化できないのは後ろめたいものがあるからである。
わかりやすい彼にヴィオラは、ため息をついた。
「婚約者様は、あなたを信じて、対等な関係を築こうと敢えて耳の痛い意見をしているのに。
その目からは逃げて、別の何も考えてない令嬢に安心している。それって、恋じゃなくて──ただの逃避ですわ」
その言葉にヴェクセルの脳裏に浮かんだのは、まっすぐに自分を見つめてきた婚約者。それは間違いだと、真剣に指摘してきた、あの日の彼女の目。
「……違う!俺はただ、偽らずに愛されたいだけなんだ……!」
……ヴェクセルを否定してくる、あの目が、なぜか怖かった。
「──素直だけで通用するほど、貴族社会は甘くありませんわよ」
“素の自分を愛してほしい”──それは、磨く努力を手放したい者の呪文。
人の上に立つ王族が、それを知らないはずがない。
「……だが、リシュアまで、俺に演技をする。そんなの、寂しいだろう……!」
「……まぁ、身内にされると、少し距離を感じてしまいますわね。お気持ちはわかります。
ですが──自分の態度や気持ちを整えずに、無防備にぶつければ反感を買うのも当然です。私も、昔それで……大変なことになりましたの」
「は…?ヴィオラ殿が?」
「えぇ、知らずに反感を買い、後日罠に嵌められましたね。徹底的に叩かれて……ストレスで体調も崩したものです」
もっとも、それは前世での職場や学校でのことであるけれど。当時を思い出し、ヴィオラは苦笑し、窓の景色に目を向けた。
素直で自分の気持ちに正直なだけでは、うまくいかないことを学んだ痛い経験だった。優しいと思っていた人々に掌を返され冷たくされた。
あの蔑む目が、忘れられない。
「何かを為すためには“どのように見せるか”がすべて。だから、演技をする。それがどうして、いけないことなのです?」
「フンッ!偽りの演出なぞ、それこそ欺瞞ではないか」
なんか、この王子、こじらせているのではないか?
彼の目に怒りが滲んでいる。
鬱憤が溜まっているのか、それか、政治だの社交だので騙されたことがあるのかもしれない。
まだ青い王子が、ぴぃぴぃと感情を爆発させている。困ったものだ。
「言葉や表情を、相手のために整えて、自分の想いを伝える。その優しい気遣いが“演技”というものですわ。
“くだらない”と切って捨てるのは、ただの傲慢です」
正義感のつもりなのだろうが──王族としては、少々お恥ずかしい。ただ、その姿はどこか、“ヴィオラに甘えている子ども”にも見えた。
だから彼女は、いつもの落ち着いた声で返す。
「人を欺くための演技と、相手のために選ぶ言葉や振る舞い──
その違いも分からずに、どうして王族が務まるのです?」
一度、言葉を切って問いかける。
それはまるで、生徒を諭す先生のように。
「……そ、それは……」
ヴェクセルは言葉を探すように口を動かし、しかし声にならなかった。
「ヴェクセル王子。よく覚えておいてくださいな。
“演技”は、続けていれば癖になります。
癖になった演技は、習慣となり、やがて本物になる。
つまり──心からの演技は、いずれ“あなた自身”になるのですわ」
ヴィオラはまっすぐに彼を見つめながら、いつか見た、どこか過去の自分の姿に彼は似ているとも感じていた。
前世の私も、何度も『素直さ』で失敗したっけ……
でも“素直”って、ただのぶつけ合いじゃない。届けるには、ちゃんと“伝え方”を選ばなきゃ…
ヴィオラも、かつて悩んだことがあった。
気遣いとはいえ、演技。これは本当の自分なのか?
偽った自分に騙されている相手を見て、冷めたこともある。
けれど、ある日ふと気づいた。
──それもまた、自分の一部だと。
“なりたい自分”に近づくための、一歩だと。
「誰かのため、あるいは“未来の自分”のために、今は演じる。それって、案外、悪くない努力だと思いません?」
大事なのは、演技の動機。
それが思いやりなのか、あるいは欺こうとする悪意なのか。未来へ続くポジティブな一歩なら、それは立派な選択だ。
本音も、届け方で美しくなる。
「努力が裏切られるのが怖くて、立ち止まるなんて──
それこそ、もったいないですわ」
優雅に微笑むその姿は、大人の余裕そのものだった。
「“愛されたい”じゃなくて、自分で自分を愛し、
そして“愛される人になる”。それが本当の努力ですわ」
演じられる人は、状況に応じて“愛し方”を選べる。
だからヴィオラは信じている。
──計算こそ誠実。努力こそ礼儀。
「努力して“可愛い”を演じるなら、それはもう、立派な正義ですの」
彼女はそっと、柔らかく笑った。
「……つまりヴィオラ殿は、“本当の自分を見てくれ”なんて言葉は、傲慢だと?」
「ええ。“選べる人”こそが、強いのです。
なりたい自分になるために──今、演じるのです」
静かに、けれど力強く言い切った。
まあ、本音と演技、うまく使い分けるのって、今でもたまに難しいけどね。
……少し、語りすぎたかもしれない。
そう反省したヴィオラは、空気をやわらげるように、茶目っ気たっぷりに笑った。
「それに。演じられる賢い男性って、とてもカッコイイですよ?」
「……ふん、馬鹿馬鹿しい!!」
パチ、パチ、パチ、パチ──
その瞬間、まるで合図のように、控えめな拍手が室内に響く。
「お見事です。さすが、ヴィオラ先生」
いつの間にか、部屋の隅に第一王子・シルヴェスターが立っていた。腕を組みながら、どこか楽しげに弟の様子を見守っている。
「ごきげんよう、シルヴェスター王子」
──ずいぶんと、都合の良い登場ですこと。
早く助けに来い、この腹黒王子。
そう内心で毒づきながらも、それを表に出すことなく、ヴィオラは静かに立ち上がり、優雅に一礼した。
……絶対、どこかでずっと会話を聞いてたな、この人。
「おい、ヴェクセル。そんな捨て台詞で終わりか?反論できなくなったか?」
「兄上、なぜここに──」
「王妃陛下に“教育の場には口出すな”って言われてたんだが……
いやぁ、見事に論破されてるのを見ると、ちょっと口出したくなるだろ?」
「……っ!」
「“演技”が欺瞞? 言い方を変えれば、それは“礼儀”でもあるんだよ。ヴィオラ殿は正しいことを、正しく教えただけだ。認めろよ、もう」
ヴェクセルは拗ねたようにそっぽを向く。が、ポツリとつぶやいた。
「まだ納得はできんが……前向きに考える余地は、あるかもしれん」
「それに──あんまり騒いでると、国王陛下の耳にも届くぞ?“演技嫌いな王子様”って、な」
「…っ」
ヴェクセルは言葉を失い、唇を噛む。
悔しさを滲ませながらも、もう否定はできない表情だ。シルヴェスターはそんな様子に苦笑する。
「……ま、俺も昔、“素直な自分”で失敗した口だからな。ヴィオラ殿の言うこと、身に染みるよ」
「……それに、ヴェクセル王子?あの、あざといリシュア姫。可愛かったでしょう?」
ふいにヴィオラが軽やかに、ゆるく、茶目っ気たっぷりに微笑む。
「……そ、それは……だからこそ、余計に気に食わんのだ!!」
顔を真っ赤にして机をドン!と叩いた。
ツッコミなのか照れ隠しなのか、ヴェクセル本人にも分かっていない。
正直者な彼の姿に、後ろで見ていた第一王子が吹き出した。ヴィオラは、そんな様子にそっと微笑んだ。
「そうそう、我がリシュア姫、昨日の交流会でも隣国の第三王子と熱く討論をした後に“お詫びのキャンディ”をコソッと渡したとか……」
「ええ、知的で賢いところを見せた後の女性としての“気遣い”アピールですね。ギャップが可愛くて、でも完全にあざとい爆弾ですわ」
「うぐぐぐ!!やっぱり悪ではないか!!」
悪役令嬢が好きなヴィオラは内心ニンマリ笑った。
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