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097 金(かね)の草鞋を履いてでも

「陛下!!!」


グリューネル侯爵が驚きの声を上げる。

居並ぶ重臣達も何が起きているか、把握できていないようだ。


そりゃそうだろう。

グリューネル侯爵は[容姿変換]後の俺しか知らない。

今の俺は『国家反逆罪を犯した重罪人』だ。

その俺に国王が(かしず)いた。

しかも『勇者様』ときた。


居並ぶ重臣達が騒めき始める。


「今、陛下が『勇者様』と申されたぞ」

「『国家反逆罪を犯した重罪人』ではなかったのか?」

「女神セレスティア様に狼藉を働いたのだ。やはり凶悪犯なのでは?」

「勇者を騙る不届者だぞ。偽物に違いない」


まあ、普通はそういう反応だよね。


「だが、よく見れば銅像の勇者様にそっくりだ」

「凛々しいお顔をしておられる」

「わしは最初から勇者様だとわかっておったぞ」

「そうだ。陛下に建国を促した勇者、雑賀皐月(サイガサツキ)様だ」

「サイガサツキ様が降臨されたのだ」


調子いいなあ。

『凛々しい顔』って……………………

ドワーフの人、さっき俺のこと、『凶悪そうな顔』って言ってたよね。

そっちの人族の貴族さんも『さっさと公開処刑してしまえ』って煽ってたじゃん。


まあ、仕方ないか。

ジョセフさんと同年代以上のエルフ以外、前世の俺を知らない訳だし。


「ジョセフさん。一国を統べる王がそれでは困るんだけど」


俺はジョセフさんに手を差し伸べて立たせる。


「俺がジョセフさんに無理を言って国を興すことを頼んだ立場だから、むしろ俺の方が(かしず)かなくちゃいけないよね?」


そう言ってジョセフさんに(かしず)こうとしたら、


「お止め下さい!! そんなことをされては困ります!!」


真剣に止められた。


「それにしても、ジョセフさん。アナトリア王国は立派な国になったね」


ホバートで街に出た時にも思ったが、街には活気があるし、いろんな種族の人達が仲良く平和に暮らしていた。1000年前とは大違いだ。


「勇者様が示された、『多種族が穏やかに平和に暮らせる国造り』を目指して(まつりごと)を行って参りました。まだ、志半ばではありますが」

「『志半ば』だなんて謙遜しなくてもいいよ。とてもいい国になったじゃないか」

「お褒めの言葉、痛み入ります」


ジョセフさん、いい人なんだけど堅苦しいんだよね。

まあ、国を取り纏めようとするなら、このくらいの気質じゃないと務まらないんだろうけど。



さて、挨拶は済んだ。

帰るとするか。


「と言う訳で、そろそろお暇するとしよう」

「どこへ行かれるのですか?」

「ネヴィル村に帰るんだよ。新しい家族もできたことだし。この子に早く我が家を見せてあげたいんだ」


リーファに微笑みかける。


「さ、リーファ、帰ろうか。」


リーファの手を引いて謁見の間の出口を目指す。




「待って! イツキ!」


背後から俺を誰かが呼んだ。

振り向くと、そこに十字星(クロスター)のサリナさんがいた。


そっか。

十字星(クロスター)も褒賞授与式に呼ばれてたんだった。


それにしてもサリナさん、今日は気合が入ってるなあ。

金の刺繍がそこら中にあしらわれた真っ白いドレスを着て、頭にはティアラまでつけている。どこのお姫様だよ。


「ああ、サリナさんも褒賞授与式に呼ばれてたんですね? でも、気合入り過ぎですよ。それじゃあ、どっかのお姫様みたいじゃないですか。もし、この国にお姫様が居たら、その人霞んじゃいますよ。不敬罪ですよ。式典に呼ばれて(はしゃ)ぐ気持ちも解りますが、もう少し抑えていきましょうよ。ね?」


そう言った俺をシルクと白亜が呆れた顔で見ている。

終いには、両手を広げて首を横に振り出した。

『こりゃあダメだ』のポーズ。

えっ? 俺、なんか変なこと言った?


サリナさんが、つかつかと俺に歩み寄り、俺の襟首を掴んで顔を寄せて来た。


「まだ気付かないの? イツキ?」

「何がです? サリナさんがいつも以上に綺麗なのはわかりますが」


頬を染めたサリナさんが俺の襟首を離した。

そして、上目使いでじれったそうに訊いて来た。


「イツキは前世にこの国でエルフの娘の命を助けたことがあったでしょう?」


言われて見れば、そんなことをしたような気が……………………


俺は頭を猛烈に回転させて記憶を辿る。


サウスワースで……………

エルフの娘……………………

えっと、名前は確か、

サシスセソのセ……………セリア?

いや、違う。それは駄女神の前世の名前だ。

いや、セじゃなくてサだったと思う。

サリアじゃなくて…………そうだ! サリナ!


ちょっと待って!

サリナさんがあの時の少女と同じ名前で……………………

今、あの時のことを訊いてきて……………………


まさか?

まさか!?


「サリナさんがあの時のサリナ!?」

「そうよ」

「あの小っちゃかったサリナなの?」

「ええ」


そっか。

エルフの寿命は長かったんだっけ?

なら、あのサリナが生きていたとしても不思議じゃない。


「我が娘、サリナリューシャです。勇者様が『養女に』と私に預けて行かれた娘です」


横からジョセフさんが教えてくれた。

もう間違いない。

あの時のサリナだ。

でも、サリナさんはホバートに居た時にどうして教えてくれなかったんだろう。


いや、それよりもだ。

彼女があの時のサリナであるなら、俺は彼女に謝らなくてはならない。


「えっと、サリナさん――――」

「サリナでいいわ。昔はそう呼び捨てだったじゃない?」

「ええっと、じゃあ、サリナ。迎えに行けなくてごめん」

「事情は解っているから気にしないで」

「俺が死んだ後も待ち続けてたのかい?」

「ええ」

「でも俺が転生するなんてわからないじゃないか」

「絶対転生するって信じてた」

「それにしたって1000年は待ち過ぎだろう?」

「それは人族の感覚よ。それにわたしは待つだけの女なんかじゃないわ」

「どういうこと?」

「わたし、転生したあなたを探す為に冒険者になったのよ」


以前、白亜に訊いたことがある。


『サリナは探し人を見つける為に冒険者になったのじゃ。しかも世界中を隈なく探せるように《S》ランクにまで這い上がったのじゃよ。サリナがそうまでして探している相手とはいったいどのようなヤツなのじゃろうな?』


今なら解る。

それは俺のことだ。

解っていながらも、つい確認してしまう。


「――――で、お目当ては見付かった?」

「もちろん。〖混沌の沼〗ダンジョンの最下層、50階層でね」


親指を立てて笑うサリナ。

やれやれ、凄い粘りだな。


「何でその時、黙っていたのかね、サリナくん」

「あなたにサプライズしたかったの」


まったくぅ。

サプライズは大成功だったよ。



「ねえ。約束は憶えてる?」


あの時の約束だろう。


「ああ、『必ずサリナを迎えに来る』って」

「それはまだ有効?」

「期限は設けていなかったね。ただ、ちょっと困ってはいる」

「どういうこと?」

「実はあの時、迎えに行ったらキミを養女に迎えるつもりだったんだよ。あの時のキミは幼かったからね。でも今のキミは大人だ。俺より年上の女性を養女に迎える訳にもいかないし。俺はキミをどういう立場で迎え入れたらいいのか悩むところだよ」


それを訊いたサリナが言う。


「それなら、わたしからいい提案があるわ」

「訊こうか」


サリナは悪戯っぽい笑みを浮かべて、


「あなたがわたしを妻として迎えればいいのよ」

「はっ? もう一度お願い」

「『わたしを嫁に貰いなさい』って言ってるのよ」


白亜やシルクに続いてサリナまで。


「白亜ちゃんが言っていたわ。あなたがいた世界では『1つ年上の女房は(かね)草鞋(わらじ)を履いてでも探せ』って(ことわざ)があるんでしょ?」

「はあ?」

「イツキは17でわたしは18。ぴったりじゃない?」



どこが?


「えっと、俺とサリナが会ったのが統一聖皇国歴844年で、その時のサリナは7歳で、今は聖皇国歴982年だから、7+22+982=――――」

「18歳だから」


「本当は1011――――」

「18歳!」


有無を言わせない声。

俺はジョセフさんに助けを求める視線を向けたが、目を逸らされてしまった。

白亜とシルクを見る。

この状況を彼女らはどう思っているのだろう?

俺も彼女らをどう思っている?



白亜は前世から恵まれない境遇に居た。

俺はそんな彼女に『人並みに幸せになって欲しい』と思った。

義理の妹にしたのも、身近からサポートするためだ。

白亜が俺に秋波を送るのは雛鳥の行動に似ている。

卵から孵った雛が初めて見た相手を親と認識する、アレだ。

偶々、歳が近いから勘違いしているんだ。

『お兄ちゃん大好き』的な。

だから、白亜の気持ちをそのまま受け取っては駄目なのだ。



シルクが俺の傍に居ようとするのは、前世で俺が求めて得られなかった夢を叶えるためなのだろう。俺が白亜にしようとしていることを、彼女も俺にしてくれようとしている。水や空気のように身近になくてはならない存在だ。彼女が魔王だってことも問題だ。【暴虐】を発動しないようにするには、彼女を悲しませず苦しませず、彼女の望みも叶える必要がある。


『必ず嫁にする』


前世で俺はそうシルクに誓った。

シルクはそのことを持ち出して俺に迫るが、実際のところはどうなんだろう?

どこまで本気なのかわからない。

だから、心の間合いは開けておかなければならないのだ。



セリアは……………………まあ、親友だしな。



だが、サリナは?

最初は年の離れたお兄ちゃん的な感覚だったような気がする。

それが憧れに代わり、1000年の時間を経て、愛に昇華された。

1000年間。

俺には気の遠くなるくらいの時間だ。

そんな長い時間、ただ待つだけでなく、探し求めてくれた。

そんなの、もう好きにならない方がおかしいだろう。



「今、『『1つ年上の女房は(かね)草鞋(わらじ)を履いてでも探せ』って(ことわざ)がある』って言ったよね」

「言ったけど?」

「あれね、『1つ』は要らないんだ。正しくは『年上の女房は(かね)草鞋(わらじ)を履いてでも探せ』さ。だから、サリナが俺より一つ年上に拘る必要はないんだよ」

「どういうこと?」

「「(かね)草鞋(わらじ)」はとても重くてね。あの(ことわざ)は『姉さん女房は夫に尽くしてくれて円満な家庭を守ってくれる逸材だから、重い草鞋(わらじ)を履くくらい辛抱強く探し回れ』という意味なんだよ。それなのに、その逸材の方から俺を探してくれていた。断る理由が無い」

「簡潔にお願い」


俺はまわりくどいんだよ。

前世の俺を知るサリナなら、そのくらい解っているくせに。

でも、今、彼女が求めているのはそんなことじゃない。

確証が欲しいのだ。

だから、はっきりと告げる。


「俺と結婚してくれ。すぐにではないけど」


カッコつかねえなあ。

腰引けちゃったよ。

猶予を求めちゃったよ。

チキンな俺なんだよ。


それを訊いたサリナが、


「仕方無いわねぇ。待ってあげるわ」


ヤレヤレという感じで許してくれた。


「でも、結婚はしてくれるんでしょ?」

「それは約束する」

「じゃあ、いいわ」


そして居住まいを正して、


「あなたの求婚をお受けします」


そう言った。

そして、愛らしく続ける。


「もう離さないから覚悟してね♡ 旦那様♡」


『旦那様♡』


それを訊いた俺はフリーズしてしまった。

不意打ちは卑怯だ。


俺が隙を見せた次の瞬間、飛び込んで来たサリナに唇を奪われた。

それはシルクの時とは違う。

シルクのそれは『返却』だったが、サリナのこれは『契約』。



やがて唇を離したサリナが俺にニッコリ微笑み掛けると、今度はシルク達の方を見て右手を振り上げて言った。俺の右腕をがっちり掴んで。


「お師匠様! イツキの言質(げんち)は取ったわ! これでわたしの第三婚約者候補決定ね!」


第三婚約者候補?

なに? その『第三』って?

えっと、『第一』と『第二』って誰?

他にも婚約者候補居るの?

俺にはいったい何人婚約者候補が居るの?

誰か教えろよ!


「ああ、見届けたよ。だが、内心は複雑だね。ボクは記憶を返す為にイツキ君と口づけを交わした。しかし、サリナの口づけはイツキ君と愛を確かめ合う為のものだった。これは由々しき事態だ。解るかい? 白亜嬢」


シルクの問い掛けに、白亜が腕を組んで深刻そうに答えた。


「サリナが一歩リード、ということじゃな」

「そう言うことだ」


シルクと白亜が俺を睨んでいる。


雷撃を喰らって意識を失っていたセリアが復活して、俺に射殺すような視線を向けている。

悪かったよ、セリア。

俺もちょっとやり過ぎた。

だから、その視線はやめて!


「しかもボク達の求めには口を濁して胡麻化していたくせに、サリナの求婚は一発了承」

「サリナが更に一歩リード、ということじゃな」

「ごめんね、白亜ちゃん。白亜ちゃんを応援するつもりではあったのよ。でも、結局、自分の気持ちを優先しちゃった」


テヘペロしたサリナ。


それを見たセリアが冷めた目で吐き捨てるようにこう言った。


「これだから女の友情ってヤツは!」


そして、俺の元に来たセリア。


「結婚なんてやめておきなさい。『人生の墓場』と言う名のブラックホールに吸い込まれて二度と戻って来れなくなるわよ。それに、妻だ恋人だと言ってもいずれは愛も覚めるわ」


そして、俺に手を差し伸べて女神の微笑みで言う。


「だから、イツキ。わたしの手を取りなさい。『伴侶も羨むような親友』のわたしの手を」


今、それ言う?


だが、その手はピシャリと撥ね退けられた。

サリナだ。


「セレスティア様。どういうつもりかしら?」


それを訊いたセリアが駄々を捏ね始めた。


「だ~って、だって! わたし、第四なのよ!?」

「それはセレスティア様が『親友』だとか屁理屈()ねて素直にならないからで――――」


まあ、セリア基本ツンデレだし。


「ツンデレ違うし」


セリアが俺を睨んでボソッと呟く。

心読むなよ。


セリアの怒りがサリナとシルクと白亜に向く。


「あんたらばっか、いい思いしやがって!」

「『いい思い』って、そんな風に見てたんですか!?」

「まあ、セリアはそういうヤツだよ」

「呆れた女神じゃのう」

「うるさい! うるさい! わたしだっていい思いしたい!」


ああ、これ、もう、駄々っ子だ。


「それで下克上を狙ったんですか!?」


サリナがセリアを問い詰める。


「悪いか!」

「イツキは渡しませんよ!」



女同志がいがみ合う光景を目の当たりにしながら俺は思うのだった。


『これだから女の友情ってヤツは!』







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