096 国家反逆罪を犯した重罪人
「それで、勇者様はやはりお見えになられないのですか?」
玉座に戻ったジョセフ王が右下に控えるシルキーネに尋ねた。
「暫しお待ちを。女神セレスティアが必ず連れて参ります」
シルキーネが玉座を見上げてジョセフ王に告げる。
「御心配には及びません。彼は迎賓館の敷地内から逃れることはできないのですから」
シルキーネの瞳が妖しく光った。
その時、謁見の間の扉が勢いよく開き、
「連れて来たわよ!!」
セレスティアが[光の縄]でぐるぐる巻きになった男を宙に浮かせて入って来た。
セレスティアの後ろにシャルトリューズに手を引かれたリーファが続く。
宙釣りにされているのは黒髪に黒い瞳の賢者服の男。
口にも光り輝く猿轡がされている。
男の口元が眩しいので、顔の上半分の暗さと相まって、容貌が凶悪そうに強調されて見える。
セレスティアはそのままレッドカーペットを歩いていく。
レッドカーペットの左右に居並ぶ貴族や重臣達がひそひそと囁く。
「あれは、聖皇国が国際手配している『国家反逆罪を犯した重罪人』?」
「ああ、あの手配書に載っていたヤツだ」
「セレスティア様が捕えたのか?」
「重犯罪者だけに凶悪そうな顔をしておる」
「勇者様の名を騙る不届者だ」
「聖皇国で国家反逆罪を犯すようなヤツだ。この国でも何か良からぬことをやらかそうとしていたに違いない」
「それをセレスティア様自ら、未然に防いで下さったのか?」
「こんな凶悪犯を謁見の間に連れて来るなんて、セレスティア様は何を考えておるのだ?」
「『もう重罪犯は捕えたから安心せよ』と陛下に示すために連れて来たのであろう」
「ならば安心だな」
「さっさと公開処刑してしまえばいい。手配書には『生死問わず』と書かれていたからな」
「首だけ送れば聖皇国も安心するだろうよ」
セレスティアは玉座の前まで来ると、突然、宙釣りにされている男の[浮遊]術式を解いた。
[光の縄]でぐるぐる巻きにした状態で。
高さ5mから。
一切の躊躇なく。
投げ落とした。
「むぎゅっ!」
落とされた男が悲鳴を上げる。
その声を最後に男はうつ伏せの状態のまま動かなくなった。
(酷い)
(あれは痛いぞ)
(あの高さから落とされたんだ。死んだかもな)
居並ぶ者達がちょっとだけ男に同情する。
「お疲れさん、セリア」
「チョロいもんよ」
セレスティアの元に歩いていったシルキーネがセレスティアとハイタッチを交わす。
「上機嫌に見えるんだけど?」
「積年の恨みを晴らせたのよ。最っ高に気分がいいわ」
「でも、大丈夫なのかい?」
シルキーネがうつ伏せになって動かない男を見下ろしながら言う。
「ああ、それね? 情けない姿をリーファに見られてショックだったみたい。少し前から現実逃避中よ」
「それならいいんだけどね」
「大丈夫よ。この程度では傷一つ負わないんだから、この男は」
セレスティアが[光の縄]を解く。
「お待ち下さい! セレスティア様! 今、ここでそんなことをされましては――――」
グリューネル侯爵が真っ青になってセレスティアを制止した。
だが、[光の縄]は解かれてしまった。
今までピクリとも動かなかった男がむくりと起き上がる。
謁見の間に緊張が奔った。
◆ ◆ ◆
5mから受け身すら採れない状態で落とされた俺は、あまりの痛みに身動きすることすらできなかった。
だが、今、[光の縄]の拘束が解かれた。
頭の中にステータス画面を出す。
拘束中に確認した時にはグレーアウトしていたスキルや魔法が、アクティブ状態に戻っている。
[スキル凍結]も解けてるみたいだ。
シルクとセリアの会話が耳に訊こえてくる。
「上機嫌に見えるんだけど?」
「積年の恨みを晴らせたのよ。最っ高に気分がいいわ」
「でも、大丈夫なのかい?」
…………………………………………
「大丈夫よ。この程度では傷一つ負わないんだから、この男は」
そうかい。
俺のこと、乱暴に扱ってくれてありがとうよ。
お返しはしっかりとさせて貰おうか、10倍返しで。
俺はむっくり起き上がる。
そして、ボソッと呟いた。
「サンダーボルト」
セリアが死んだり火傷を負ったりしないように出力を調整しながら、セリアに雷撃を喰らわす。もちろん、痛みだけは最大で。
「あぎゃぎゃぎゃぎゃっ!」
雷撃を喰らったセリアが面白い悲鳴を上げて硬直し、そのままの状態で意識を失った。
立往生とは女神の矜持、恐るべし。
「セレスティア様!!」
グリューネル侯爵が叫んだ。
「女神様に不届きな所業! 者共! この狼藉者を制圧せよ! 生死は問わん!」
俺は取り囲まれる。
剣を抜く近衛騎士、ワンドを向ける宮廷魔導士。
めんどくさいことになった。
[容姿変換]の解けた俺は社会的には『国家反逆罪を犯した重罪人』。
これは予想された展開だ。
だから、王宮には来たくなかったんだよ。
「そこまでだ!!!! 剣とワンドを引くのだ!!!!」
大きな声が謁見の間に響き渡る。
「しかし、陛下!!」
納得いかないグリューネル侯爵が抗う。
「よいのだ」
玉座から立ち上がって俺に歩み寄って来るエルフの男性。
俺、この人、憶えてるよ。
ジョセフ・アナトリアさん。
俺がこの国の建国をお願いした人だ。
それにしても、エルフってのは歳を取らないんだな。
1000年前とほとんど見た目が変わらない。
見た目は30代の痩身の金髪碧眼の美形のままだ。
ジョセフさんは俺の前までやって来ると、俺の前に傅いて臣下の礼を取った。
「お帰りなさいませ、勇者様。ご帰還をお待ちしておりました」




