095 対俺専用
時間は朝まで遡る。
朝、イツキがなかなか起きて来ないので、シャルトリューズがイツキの部屋に行くと、部屋の中はもぬけの殻だった。
リーファが部屋に面したテラスに佇んで、じっと庭から目を離さないのが印象的だった。
シャルトリューズは早速シルキーネに報告したが、シルキーネも白亜もセレスティアも別段驚く素振りもなく、遅い朝食を済ませ、食後の紅茶まで楽しんだ。
「じゃあ、ボクらは王宮に行くから」
シルキーネと白亜が王宮へ向かう準備を始める。
セレスティアは準備する訳でもなく、紅茶をお代わりし、クッキーまで摘んでいる。
シャルトリューズがセレスティアに尋ねた。
「イツキ様が行方不明だというのに、皆さまはなぜ普段通りなのですか?」
「ふふふふふ。今に解るわ」
そこにシルキーネと白亜が戻って来た。ロダンを連れて。
「ちょっと、開けてくれないか?」
「はいはい。念の為、わたしも門まで行くわ」
セレスティアが三人を門まで見送る。
「じゃあ、後のこと、よろしく頼むよ」
「任せなさい。式典会場には1時間後でいいわね?」
「ああ、それで頼むよ」
シルキーネがセレスティアと会話を交わした後、待たせていた馬車に乗り込んだ。
白亜とロダンがそれに続く。
三人を乗せた馬車が王宮に向けて出発して行った。
それを見送ったセレスティアが、右拳を左の掌に『パンッ!』と打ち合わせて呟いた。
「さあ、狩りを始めましょうか!」
◆ ◆ ◆
俺は朝早くベッドを抜け出すと外出の準備を整えて、そっと窓から出ようとした。
後ろから賢者のマントを引っ張られて振り向くとリーファが黙って俺を見詰めていた。
「お兄さんはこれからちょっと出かけてくるから。大人しくお留守番しているんだよ」
しゃがみ込んでリーファの頭を撫でると、マントを離してくれた。
そのまま3階のテラスに出て、庭に飛び降りる。
[隠蔽]を掛けて塀を目指す。
振り返ると、リーファがじっとこっちを見ていた。
[隠蔽]を掛けたのにリーファには俺が見えている?
まあいい。はやく塀を飛び越えて脱出だ。
俺は王宮になんか行かない。
『行ったらロクなことにならない』と天性の俺の勘が告げている。
塀の前まで来る。
塀を飛び越えるべく[フライ]を発動して飛び上がる。
よし、このまま勢いをつけて塀の上を飛び越えるぞ。
ガンッ!!!
塀の真上で盛大に何かにぶつかった俺は撥ね返されて塀の内側に墜落した。
「痛ってえええええええっ!!」
頭を抱えて地面を転がる。
マジ痛いよ。
思いっきり頭打ったぞ。
勇者の加護[絶対防御]が無かったら、頭割れて死んでたぞ。
それに[絶対防御]があっても痛いものは痛いんだよ。
「ふふん。ざまあないわね」
声の主が腕を組んで俺を見下ろしていた。
「何しやがる! この駄女神! 痛てえじゃねえか!」
「前世から散々おちょくられ、今世では散々逃げまくられて悔しい思いをしてきたけど、今ので溜飲下がったわ」
「セリア! おまえ、何をした!?」
「迎賓館の周囲に防壁を展開したのよ。どんなことをしても破ることのできない鉄壁の防壁をね。」
「それ、何でカラトバ戦で使わなかったんだよ!?」
「使えないもの。これ、対イツキ専用だし」
「専用だあ!?」
「そう、イツキから逃げられて困っているわたしに創造神様が授けてくれたのよ。ちなみにスキルの名は“勇者の監獄”よ」
対俺専用のスキル[勇者の監獄]だあ!?
またか!?
また、あんたか!?
「これ、凄いのよ。転移も通用しないし、ぶつかれば隠蔽も容姿変換も解けるの」
あ、ほんとだ。
[隠蔽]も[容姿変換]も解けてる。
まあ、いいさ。
なら、セリアの体力が尽きるまで逃げ回るのみ。
こいつ、昔から体力無いからな。
すぐに音を上げるはずだ。
俺は[転移]を行使して、屋敷の反対側に逃げようとした。
が、[転移]は発動しなかった。
あれ?
もう一度[転移]を試みる。
やはり発動しない。
「ふふん。無駄よ。スキル凍結したから」
「スキル凍結だあ!?」
「そうよ。今のあんたはただのパンピーよ。わたし以下。解る?」
「まさか、これも――――」
「創造神様が付与してくれた、これも対イツキ専用スキルよ」
オイオイ、ちょっと待ってくれ。
また対俺専用だと!?
[スキル凍結]?
ふざけんな!
こんなの卑怯だろ!?
禁じ手だろ!?
もう、自分の足で逃げるしかない!
俺は俊足で逃げようとした。
だが、スピードが乗らない。
なんで?
「ふふん。スキル凍結はイツキが訓練で得た能力も凍結するんだから。あんたは今、わたしより体力が劣るのよ」
なんだそりゃ~~~っ!
「大人しくお縄につきなさい! それっ!」
すぐに追いつかれた俺はセリアの[光の縄]でお縄になった。
「ねぇ、今、どんな気持ち? スキル奪われて縄で縛られて、どんな気持ち? ねぇ、ねぇ、どんな気持ち? 教えて欲しいなあ。いったいどんな気持ちなの?」
「くっ!」
「ねえねえ、逃げられなくて悔しいでしょ? ねえ、今どんな気持ち? ねえ、ねえ、ねえ、今どんな気持ち?」
そんな清々しい笑顔するんじゃねえよ。
「わたしはね、あんたが悔しがるのが見れて、と~~ってもいい気持ちよ」
くそ~っ!
なら、仕方あるまい。
「『伴侶も羨むような親友』にこの仕打ち。俺は悲しいよ」
思いっきりしょぼくれて見せる。
「セリアは俺を裏切るんだね? もう、親友じゃないんだね?」
「えっ? えっ? 違うのよ。わたし、そんなつもりじゃ――――」
セリアがアワアワし始める。
「何が違うの? セリアは俺を虐待して喜ぶ変態さんなんでしょ? 残念だよ。セリアのこと信じてたのに。信じてたのに…………」
「あ、いえ、ごめんなさい、イツキ。」
ふん、チョロインめ。
あと少しだぜ。
「ねえ、『チョロイン』って何?」
地獄の底から響くような声がした。
それはセリアが俺に問い掛けた声。
セリアを見ると、笑顔だが目が笑っていない。
「『あと少し』ってどういう意味かなあ?」
しまった!
心を読まれた!
鍵掛け忘れた!
「いいわ。あんたのその姿、リーファにも見せてあげる」
「おい、やめろ! リーファは関係無いだろ!?」
「いいえ。リーファも知るべきなのよ。お兄ちゃんが情けない屑だってことを」
「マジやめろ! リーファの保護者としての威厳が詰む!」
「そんなくだらないもの、最初から詰んでるわよ!」
「くううううううう…………泣かすっ…………今度、絶対泣かすっ…………」
「煩い口はこうよ!」
俺は追加された[光の縄]で猿轡をされた。
「ぐむうううう! ぐむむうううう!」
セリアは満足したのか、縛った俺を宙に浮かせて広間に戻った。
広間には、シャルトリューズさんとリーファがいた。
リーファが縛られている俺をじっと見ている。
「ぐむううううううううっっ!!」
「ほら、あのような大人になってはいけませんよ」
シャルトリューズさんがリーファに余計な事を吹き込んでいる。
シャルトリューズさんまで!
俺の威厳が…………
保護者としての威厳が…………
リーファの俺に向ける眼差しが冷ややかになっていく。
リーファの俺への評価が底値更新中。
ストップ安は近い。
このままでは整理ポスト行きになってしまう!
誰か!
俺を民事再生してくれ!
破産清算は嫌なんだよ!
「さあ、王宮まで一気に転移するわよ。リーファもいらっしゃい。シャルトリューズもよ」
俺の気も知らず、セリアが上機嫌でそう言ったのだった。




