093 けじめ
俺が捕縛したカラトバ兵の取り調べが進むうちに新たな事実が判明した。
彼等はカラトバ騎士団領を拠点とする大盗賊団だったのだ。
ガルシア救世軍。
西大陸だけでなく中央大陸までをも活動範囲とする。
救世などと名乗っているが、やっていることは盗賊そのもの。
殺人、強盗、略奪、強姦、誘拐、人身売買など悪いことならなんでもだ。
だが、最近、アナトリア王国東部に派遣した主力が行方不明になった。
ああ、おれと白亜が最初に倒した連中か。
主力を失い、主な収入源を失った彼らは起死回生を夢見てカラトバ軍に志願した。
そして起こされたのが、コナカ村大量虐殺事件。
取調べが終わると、異例の速度で軍事法廷が開かれた。
彼等を急いで裁くのは人々の留飲を下げる為だ。
他の罪状は認めた彼らだったが、人間を異形に変えて処理したことだけは頑強に否定した。
いずれにせよ、ガルシア達には死刑が言い渡された。
そこで示されたのは公開処刑。
処刑方法も最も惨い殺し方である『石打ちの刑』。
ガルシアの部下達が上げる哀願の叫びが法廷に虚しく響き渡った。
詰め掛けた傍聴人の誰もがその叫びを黙殺した。
1週間後、王宮前の広場で刑が執行された。
彼らを捕縛した以上、俺には全てを見届ける責任がある。
そして、全てを奪われたリーファもだ。
俺はリーファの手を引いて処刑現場まで来た。
一人一人荒い格子が填められた箱に入れられ、手足を縛られたガルシア達。
中央にガルシア、その横にサンチョ。噴水を取り囲むようにぐるりと置かれた箱。
群衆が拳大の石を投げつけていく。
ガタイのいい男が力いっぱい投げた石がサンチョの頭に直撃して、その頭を砕いた。
サンチョはあっけなく絶命した。
楽に死に過ぎだろう。
俺はこっそりサンチョに[リザレクション]を掛けて蘇生させる。
「あひゃひゃひゃひゃああ!」
サンチョが脳漿と涎をまき散らしながら何か叫んでいる。
脳を砕かれているからもうまともな状況じゃないが構わないだろう。
石打ちの刑は続く。
リーファはその光景を瞬することもなくじっと見つめていた。
強い子だな。
リーファが俺の手を引っ張る。
罪人に近寄るのか?
俺はガルシアの前に連れて来られた。
群衆も突然勇者が前に出て来たことに驚いて、手を休めて俺を見ていた。
「やあ、いい光景だね」
「てめえ、何しに来た!」
そこでガルシアはリーファに気付く。
「どこでのたれ死んだかと思ったが、生きていやがったのか!?」
リーファがガルシアをじっと見た。
「てめえの親も! 兄妹も! 全部殺してやった! おまえの上の兄貴なんざ、俺の言葉を信じて逃げられると思っていやがったよ。まあ、約束を反故にしてオレが撃ち殺してやったがなあ!」
「もう黙れよ。耳が腐れ落ちそうになる」
「なんだと、きさ――――あぎゃああああああああああああああああっ!」
痛覚が集中する神経節に尖ったガラス片を転移させてやった。
ついでに、何度死んでも蘇るように[リザレクション]のループ再生も掛けてやった。
これで、死ぬような怪我を負っても、血液が無くなっても、身体が腐り果てても、腐っていない肉片が最後の一欠けらになるまで死ぬことはない。ガラス片により地獄の苦しみも味わい続けることだろう。
と、リーファが俺の手を離して、その手で石を拾い上げると、ガルシアに思いきりぶつけた。
至近距離からだが、子供の力ではたいしたダメージは与えられない。
それでも、けじめをつけたかったのだろう。
本当に強い子だ。
リーファが俺の手を掴んだ。
もう、けじめをつけたんだね。
「じゃあ帰ろうか、リーファ」
俺はリーファを抱き抱えて彼女を左腕に座らせると仮の宿、迎賓館の戻るのだった。
後ろから石打ちが再開されるのがわかったが、俺もリーファも振り向くことはなかった。
■
「おまえはここでなにをしているんだ?」
ここは迎賓館の俺の部屋。
夜も遅い時間だ。
「自分の部屋に戻れ」
「嫌じゃ! 嫌じゃ! 妾もイツキと一緒に寝るのじゃ!」
白亜が我が儘を言う。
「リーファばっか構って! 狡い! 妾も構って欲しいのじゃ!」
最近、リーファの面倒ばかり見て、こいつのことを忘れていたな。
「リーファはまだ8歳なんだ。おまえはもう大人なんだろ」
「妾もまだ14の子供じゃよ」
ついこの間まで14だが大人だって言ってたじゃん。
狡いのはおまえの方だ。
「妾も一緒に寝てもいいじゃろ?」
そんな白亜をリーファがじっと見ている。
この子はめったにしゃべらない。
その表情も変わらない。
でも、この子と接するうちに、少しずつだがその感情が理解できるようになった。
この子の瞳から察するのだ。
今、リーファは白亜のことを『仕方の無い人だなあ』と思っている。
リーファが俺の膝から立ち上がって白亜の頭を撫でた。
そして、翡翠の瞳で俺を見た。
「わかったよ。リーファが許してくれたんだ。白亜も一緒に寝よう」
俺は降参することにした。
「リーファ! ありがとう!」
「うん…………白亜お姉ちゃん…………」
『白亜お姉ちゃん』て言ったぞ!?
白亜も目を見開いて驚いている。
「リーファ~! 可愛いのじゃ! 可愛いのじゃ! 可愛いのじゃ~!」
白亜が思いきりリーファを抱き締める。
「おい止めろ! おまえの馬鹿力で抱き締めたらリーファが壊れる!!」
「わかっておる。ちゃ~んと加減しておる」
おろおろする俺を後目にリーファを抱き締める白亜。
抱き締められるリーファの瞳が優し気な光を放っていた。
仕方ねえなあ。
俺は先にベッドに潜り込むと白亜とリーファに声を掛ける。
「夜も遅い。もう寝ることにしようか?」
上掛けを開けて手招きする。
白亜がリーファの手を引いてベッドに潜り込んできた。
「リーファが真ん中じゃ。みんなで川の字になって寝よう」
白亜の提案にリーファが頷く。
やがて、白亜とリーファの穏やかな寝息が聞こえてきた。
ようやく訪れた穏やかな日常。
最初はたった一人でスローライフを送るつもりだった。
そこに白亜が増え、ロダンと白夜が増え、リーファまで加わった。
いつでも顔を出せるシルクやセリアも居る。
本当に賑やかな家庭になったものだ。
前世では得られなかった幸せ。
シルクに【暴虐】を発動させない為にも、この幸せを守っていこう。
そう思いながら、俺は眠りに落ちて行った。
と、扉が勢いよく開いてシルクが飛び込んできた。
「イツキ君! 夜はまだまだこれからだよ! 思いっきり楽しもうじゃないか!」
その勢いに俺も白亜もリーファも飛び起きる。
「今回は麻雀を用意した! 4人で囲めるよ! 赤髭危機一髪もある!」
シルクが嬉しそうに両手に抱えたそれらを翳して見せる。
「今何時だと思っておるのじゃっ!!! リーファが寝不足になってしまうじゃろうがっ!!! いい加減空気読めよ、バカ野郎――――――――――!!!!」
日付も変わろうとする夜の迎賓館。
白亜の怒りの絶叫がさく裂するのだった。




