089 邪魔はしないでねぇ~
ヒルデガルドが白亜に近づき耳元でそっと囁いた。
「そしてぇ~~、あなたを~~滅茶苦茶にする~~女よ」
ヒルデガルドが白亜の周りを回って、じっくりと観察する。
「あなた、とお~っても綺麗ね」
「おおっと~。邪魔はしないでねぇ~」
ヒルデガルドがロダンに[パラライズ]を掛ける。
そして、擱座した魔道砲の陰に隠れるデューク達だけでなく、不安げに見守るカラトバ兵に向けて言い放った。
「そこのあなた達もよおぉ~」
白亜がヒルデガルドに敵意剝き出しで訊く。
「妾に何の用じゃ!? 妾に何をするつもりじゃ!?」
「ふふふ、そうねぇ~。その綺麗なお顔を醜く改造するのなんてどうかしら? それとも他の魔物の手や足や尻尾を継ぎ合わせてみる? 異形との交尾は? 普通では味わえないような快感が得られるかもしれないわよぉ~」
「狂ってる!」
「ありがとう~。誉め言葉と受け取っておくわぁ~。そうねえ、一部始終を勇者に見せるのもいいわね。そうしたら、勇者はいったいどんな風に絶望に打ちひしがれるのかしらぁ」
これはさすがに白亜にも堪えたらしく、目に涙が浮かんでいた。
そんな白亜を嬉しそうに見ながら、自分のポケットを弄っていたヒルデガルドの手にあるものが触れる。
それは限界まで濃縮された薬液の入った小瓶。
「そうね。これ使おうかしら」
薬液はコナカ村で人間を異形に変えた薬だ。
あの時は飲み水に混ぜて使った。
今、ヒルデガルドが手にしているのは、50000倍に濃縮されたものだ。
1滴でもその時の200倍の効果があるだろう。
「あなたぁ~、相当お強いんですってぇ~? だとすれば、どんなに強い異形になってしまうのかしらぁ~? ちなみに、このお薬、異形になっても意識をそのまま保ち続けるの。自分がどれだけ醜くなったか思い知り続けるのよぉ~。目も背けられないし、自殺もできない。最高でしょおぉ~?」
ヒルデガルドが嫌がる白亜の口をこじ開けて小瓶から薬を誑そうとした。
――――その時。
「そこまでです」
当身を喰らったヒルデガルドが頽れる。
「間に合いましたね」
ヒルデガルドを小脇に抱えた長身の女性。
マッシュショートボブウルフカットの真っ白な髪をし、右目を隠すように顔の右中より上は完全に髪に隠れ、漆黒の左目だけが髪の間から覗く、ベージュのパンツスーツの男装の麗人。歳は20代後半といったところか?
「これでなんとかイツキさんに言い訳が立ちます」
女性がロダンの[パラライズ]を解き、オストバルトと白亜の凍結を解いた。
「そなたはいったい?」
「話す時間は無さそうです。彼が来ますので、わたしはここで失礼します」
そう言うと、女性はヒルデガルドを抱えて消えた。
入れ替わりに、イツキとシルキーネが転移して来た。
「イツキ~~っ!!」
白亜がイツキに抱き着く。
目に涙が一杯溜まっている。
ヒルデガルドが相当怖かったらしい。
「よしよし。何があったか知らないけど、頑張ったんだね」
イツキが白亜の頭を撫でる。
「とりあえず、ここは俺に任せて、白亜は皆と戻りなよ」
イツキがシルキーネに目配せする。
「白亜嬢、ロダン、白夜、デューク殿、近衛騎士団の皆さん、戻りましょう」
シルキーネの言葉が終わると同時に[転移]が発動し、イツキ以外のメンバーが消えた。
「じゃあ、仕上げに――――マイクロブラックホール!」
イツキが発動したマイクロブラックホールが最期の魔道砲を飲み込んで消えた。
一瞬の出来事にオストバルトもカラトバ兵も魂を抜かれたように呆気に取られている。
「じゃあ、俺はこれで。失礼しま~す」
「こらこらこらこらこら~っ! ちょっと待て~い!」
片手を上げて帰ろうするイツキ。
真っ先に我に返ったオストバルトがイツキを止めた。




