083 侵攻
時間は少し巻き戻る。
アナトリア王国の南部国境のミスラ要塞。
この要塞は第二次カラトバ戦役後に築城されたものである。
要塞の左右には国境線に沿って高さ10mの防壁が万里の長城のように広がっている。
ミスラ要塞の監視塔に常駐する観測の魔道兵がカラトバ方面に敵影を確認する。
[索敵]を行使した魔道兵が叫ぶ。
「カラトバ軍が侵攻してきます。その数…………ひゃ、100万!!」
カラトバ騎士団領総力を挙げての侵攻にミスラ要塞はハチの巣をつついたような騒ぎになった。
まあ、騒ぎになるのも仕方が無いだろう。
カラトバ100万に対して、要塞守備兵は1個師団、たったの13000なのだから。
「王都に緊急連絡! 映像念話を繋げ!」
要塞司令官の陸軍中将ゴルド辺境伯が通信兵に命令する。
チャールズ・ゴルド辺境伯は、第一次カラトバ戦役、第二次カラトバ戦役の両方で武勲を上げたドワーフ族の猛将だ。もう、250歳を過ぎて体力に衰えを感じるはずだが、とてもそうは見えない筋肉質。獲物のハルバートで数100名のカラトバ兵を屠っている。
[映像念話]は直ちに王都の王国陸軍司令部に繋がった。
◆ ◆ ◆
ここは王都サウスワースの国防総省庁舎の一角にある陸軍参謀本部。
「どうしたのかね? ゴルド殿?」
カイゼル髭を蓄えた初老の男が応対した。
「これはモートン参謀総長閣下」
ゴルドはドナルド・モートンに最敬礼する。
爵位の上ではモートン侯爵はゴルド辺境伯と同格だが、軍の階級はゴルドより上の大将だ。
「カラトバの軍事侵攻が始まりました。カラトバは総力戦で挑んできています」
「彼らの規模は?」
「100万」
「100万…………」
絶句するモートン。
が、気を取り直すと、
「直ちに国王陛下に上申し、迎撃態勢を整えて援軍を派遣する。それまで持ち堪えられるかね?」
「こちらは1個師団、それに対して相手は80個師団。まあ、蹂躙されて終わりでしょうな」
「無理はされますな。形勢不利だと解った時点で撤退されますように」
「それでは陛下に防衛の任を任された小官の沽券に係わりましょう」
「しかし――――」
「小官も老兵です。要塞守備兵のドワーフも古参の者が多い。多種族に主権をお認め下さった勇者様や陛下のおかげで我らドワーフ族もこうして繁栄を享受することができました。人間至上主義から国を守るためなら、命も惜しくないと皆の者が決意しております」
「ゴルド殿!」
「では、後のことはお任せしました。アナトリア王国に栄光あれ!」
[映像念話]が一方的に切れた。
陸軍司令長官は北部視察で王都には居ない。
今現在の陸軍での最高指揮権者はモートンだ。
モートンが副官に告げる。
「私は王宮に向かう。国防長官にも王宮に向かうように伝えよ。全軍に出撃を命じる。準備ができた部隊から直ちに進発させるのだ!」
◆ ◆ ◆
ミスラ要塞は絶え間ない砲撃に晒されていた。
王国側の魔道兵の遠距離攻撃魔法の射程圏外からのビームキャノンの砲撃。
「ビ-ムキャノンの曲射来ます!! その数10!!」
ビームキャノンが要塞や左右の防壁に降り注ぐ。
[結界]や各種防御魔法で守ろうとするが、如何せん相手の威力が大きすぎて役に立たない。
堅固な石造りの要塞のあちこちが破壊され、要塞左右の防壁も崩れ落ちていく。
要塞守備兵も巻き込まれて次々と戦死していった。
要塞守備兵側も応戦しようとするが射程圏外。
一方的に蹂躙されるばかり。
「何なのだ!? なぜ、こんな長射程かつ高威力で連続したビームキャノンが撃てるんだ!? カラトバには我々の知らない新兵器があるとでも言うのか!?」
ゴルドは応戦できない状況に苛立っていた。
「至近からビームキャノン直射来ます!! その数10!! 避けられませんっ!!!」
観測の魔道兵が悲痛な叫びを上げる。
10門のビームキャノンの曲射に晒された要塞側が、左右の死角まで近寄っていた10門の82式魔道砲を見落としていた。
強力なビームキャノンの直射が要塞を貫き、要塞が崩壊する。
「バカなっ! こんなことが――――」
ゴルドはその言葉を全て吐き出す前に光の中に消えていった。
◆ ◆ ◆
「ミスラ要塞の崩壊を確認しました。以降、残敵掃討に移行します!」
戦務参謀がオストバルトに報告する。
「降伏を認めるのは人族だけだ。亜人は全て処刑しろ。残敵掃討には1個連隊だけ残せ。主力はこのまま侵攻を継続する。各司令官にそう伝えよ。」
オストバルトが戦務参謀に下知する。
「侵攻先の都市や集落はどうされますか?」
「人族は捕虜として連行する。亜人は全部殺せ」
「了解しました」
戦務参謀が去って行く。
オストバルトは内心穏やかではなかった。
(82式魔道砲。なんて威力だ。一方的じゃないか。こんなものが普及したら間違いなく戦い方が変わる。ヒルダには他国に売り渡さないように釘を刺しておかなければ)
そこでふと気付く。
「『M&Eヘビーインダストリー』社のエンデ共同代表はどうした?」
側近に確認する。
ヒルデガルドは今回の侵攻への従軍を希望した。
「エンデ様は後方です」
ヒルデガルドは後方の部隊と一緒なようだ。
「くらまとミューラー共同代表は?」
「従軍せずに王都に留まるようです」
それを訊いたオストバルトは、
(モラキア通商都市連合は今も昔も中立を保っている。それがカラトバと手を組んだなどと知れれば、アズガルド王国やノイエグレーゼ帝国が黙ってはいないだろう。ミューラー共同代表はそれを危惧して王都に留まることを選んだのだろう。もし、あの多目的巡航艦が参戦したら言い訳が立たない。あくまで、カラトバは商売相手。ヒルダの単独行動は国としても企業としても関知しないという姿勢。それに、騎士王である俺としても多目的巡航艦の手を借りなければアナトリア征服ができなかった等と言う評価をされたくはない。クレハ・ミューラーめ。そこまで解っていての判断なのか? 喰えない女だ)
◆ ◆ ◆
「もう大丈夫だよ」
シルキーネが気遣う白亜とサリナルーシャの手をゆっくりと退けて立ち上がる。
その時、セレスティアが何かを感じ取った。
「イツキ! 見つけたわよ!」
セレスティアがイツキの所在を感知したのだ。
「イツキ君はどこに?」
「カラトバ騎士団領の領都スヴェルニル。」
そこに王宮から使者が入室して来た。
使者は息を切らせていた。
「姫様! 報告します! カラトバの侵攻が始まりました!」
「なんですって!?」
サリナリューシャが使者に詰め寄る。
「カラトバは全軍総出で侵攻してきました。その数100万」
場が沈黙に包まれる。
「ミスラ要塞は陥落し、要塞司令官のゴルド辺境伯も…………」
サリナリューシャが落ち着いて質問する。
「ゴルド辺境伯領の領民の避難は?」
「既に始まっていますが、いくつかの集落は避難が間に合わず…………」
「亜人はカラトバ兵に殺害され、人族はカラトバに連行されたのね?」
「おそらくは…………」
残念そうに答える使者。
「そういうことか」
セレスティアが呟く。
「セレスティア様、どういうことなのじゃ?」
「シルクが苦しみだした理由がわかったのよ」
「なるほど、領民の虐殺がシルキーネの暴虐ゲージを上げた、と。」
「お師匠様の暴虐ゲージ?」
「サリナはまだ知る必要はないぞ」
「白亜ちゃん、意地悪よ」
「今重要なことはそこじゃない。カラトバの暴挙を止めることが先決じゃ」
それを訊いたサリナルーシャが呟く。
「もし、カラトバの暴挙が止められなければ…………」
「その時はこの世界の亜人だけでなく…………人族も余さず滅亡するわ」
セレスティアがその言葉を引き取って告げた。
「お父様は何と?」
「陛下は陸軍参謀総長閣下の上申を受けて全軍の出陣を正式に承認されました」
「なら、今回もカラトバを撃退できそうね」
「…………いえ、どうやら今回カラトバは新兵器を投入しています。ミスラ要塞もその新兵器に為す術もなかったようです。今回は我々も苦戦するかもしれません。いかんせん、我々の総兵力は50万、対するカラトバは100万。これまでは魔法で我々が勝っていたので兵力の不利をカバーできていましたが、今回の新兵器は強大な魔道兵器です。その意味では我々側が圧倒的に不利です」
「そう・・・・・・勇者様から預かったこの国も滅びてしまうのね」
肩を落とすサリナルーシャの頬にそっと手を添えたシルキーネが宥めるように言った。
「安心したまえ。相互援助条約を結んだ魔族領も参戦する。魔族領は遠いからすぐにとは行かないがね。最悪、魔族領に亡命して再興に備えればいいさ」
「お師匠様…………」
「それに前世程の力は無いが、ボクも大賢者だ。直ぐに戦場に駆け付けられるよ」
「妾も参戦するぞ。《SS》ランク冒険者の妾はこの国の名誉子爵じゃからな。祖国を守るのも貴族の務めじゃ」
「白亜ちゃん…………」
白亜が名乗り出る。
「わたしも行くわ」
「姫様!」
「わたしは大魔法使いシルクの唯一無二の弟子なのよ。お師匠様が前線に赴くというのに弟子のわたしが後方で引き籠っている訳にもいかないでしょ?」
「しかし、姫様!」
「そうだ、十字星のみんなにも声を掛けよう。たぶん、みんな協力してくれるわ」
サリナルーシャが前線に赴くことを決める。
「じゃあ、俺も行かなくちゃな」
広間の入り口に立つ、身の丈2mのスキンヘッドで顔下半分に入れ墨を入れた男。
「アインズ!」
「十字星が出陣だと言うのなら、当然創設者の俺も忘れて貰っちゃ困るよな」
「わしのことも忘れるなよ」
アインズの横に立つ口鬚を蓄えた中年男はオマル・サハニ。
「これでも元近衛師団長だ。《SS》ランク冒険者でもあり、十字星のOBでもある」
「カラトバの一件で爵位剥奪ちゃったけどね」
オマルの名乗りにサリナルーシャが茶々を入れる。
「うるせえよ、糞ババア」
「あら、そんなこと言っちゃうんだ?」
「全く、イツキのヤツも運が無いよな。こんなババアを嫁に押し付けられるんだから」
「ボクも結構長く生きてるんだけど、それはボクに対する宣戦布告と取ってもいいかい?」
シルキーネの手から可視化された魔力が溢れる。
「あ、さーせん。心にもないことを言いました。ご勘弁を」
「調子のいい男だなあ」
シルキーネが魔力を引っ込める。
「じゃあ、みんな、準備ができたら、2時間後に改めてここに集まってくれ。ここから一気に迎撃ポイントに転移するから」
シルキーネの指示にみんなが準備の為に自室や宿に戻ろうとした時、
「お待ちなさい!」
いつの間にか姿を消していたセレスティアがそこに立っていた。
純白の神官服に金色の装飾で彩られた紫の前垂れを首から被り、頭には同じく純白だが正面だけが金色の装飾で彩られた紫の神官帽。
「わたしも行くわよ」
それを見たシルキーネがセレスティアの周りをグルグル回りながら、
「懐かしいねえ。セリア時代の神官服じゃないか。イツキが見たら大喜びしそうだ」
「別にあいつの為に着て来たんじゃないわよ」
「うんうん、ツンデレキターって、か?」
「ふん。挑発になんか乗ってやるもんですか。わたしも転移に協力しようっての。だから、協力者をもっと増やしても大丈夫よ」
「ありがとうございます。セレスティア様!」
セレスティアの協力にサリナルーシャが素直に感謝を述べる。
これで、シルキーネの親衛隊や冒険者ギルドから募った者達、近衛師団も速やかに前線に送れるようになった。
「じゃあ、後はイツキが救援に駆け付けてくれるのを信じて頑張ろうじゃないか!」
「「「「お――――っ!!!!」」」」
シルキーネの掛け声に鬨の声上げ、冥々が準備に散っていった。
「えっ? 今から行くんじゃないの?」
一人取り残されたセレスティアがキョロキョロ周りを見ながら呟くのだった。




