082 婚約者候補
イツキが行方を眩ませてから1日半以上経つ。
シルキーネと白亜とセレスティアは迎賓館の広間のソファーに座っていた。
「イツキ君は一体どこに行ってしまったんだろうね?」
「イツキは妾を捨てていったのかのう?」
「ほんと、糸の切れた凧みたいなヤツ」
「セリア、やっぱりイツキ君の居所は――――」
「ダメね。わたしの探知にも掛からないわ。お手上げよ」
そんな3人が向かいに座る女性を見る。
「サリナ。キミは何故ここに居るんだ?」
「もちろん、イツキを出迎える為よ」
シルキーネの問いかけにサリナルーシャが答えた。
「第一王女殿下がここで待たなくても、戻ってくれば王宮に知らせるよ」
「そう言って、イツキが戻ってきたら、イツキを連れてさっさとネヴィル村か魔族領に帰ってしまうおつもりでしょう?」
「条約を結んだ以上、ボクがここに留まる理由はもう無いからね」
「では、もうお引き取り願いましょうか。でも、イツキは置いていって下さいね」
「それはできない相談だね。イツキ君はボクの伴侶だ」
「イツキはアナトリア王国の冒険者でもあります。お師匠様の勝手は許しませんよ」
「こんなことなら、平和条約の条文にイツキ君の身柄の引き渡しも入れておくんだった」
「そんな条文が入っていたら平和条約なんか結ぶはずないじゃありませんか」
「その時は次の機会を待つさ」
「そして次の交渉相手は、わたしを娶ってアナトリア国王になったイツキになると」
「ヤレヤレ。ボクの弟子はどうしてこんなに性格がひね曲がってしまったんだろう。嘆かわしい」
「お師匠様に似たのでしょうね。」
シルキーネとサリナルーシャの言葉の応酬。
「そもそもボクは前世で彼と約束を交わしている。一方のキミは前世の彼と何の約束も交わしていないんだろう?」
「戻って来ると言ったわ」
「だが、それだけだ」
シルキーネとサリナルーシャがバチバチと火花を散らす。
「もういい加減にしなさい! 二人とも!」
セレスティアが怒る。
「イツキもこんな女どもに付き纏われるんじゃ、穏やかな生活も夢のまた夢ね」
「「『こんな女ども』?」」
シルキーネとサリナルーシャがセレスティアを睨む。
「いっそ、イツキを神界に連れて行こうかしら。別に穏やかに暮らすだけならここエーデルフェルトでなくてもいい訳だし。ああそうだ。創造神様に頼んで新しい世界を作って貰ってそこで二人で暮らすのよ」
とんでもないことを言い出した。
「もう止めるのじゃ!!」
白亜の叫びが広間に響き渡った。
「おぬしらは勝手な事ばかり言ってイツキの気持ちを全然考えておらぬ! そもそもイツキが逃亡したのだっておぬしらが自分の都合を押し付けようとした結果ではないか!!」
白亜の言葉に他の3人が黙る。
「セレスティア様。元の世界で平和に暮らしていたイツキをこの世界に勇者召喚したのは、この世界のことを思ってのことか!? そこにあなたの勝手な思い込みは無かったと言えるのか!?」
「それは…………」
セレスティアが口籠る。
「シルキーネよ。そなたはイツキに前世の記憶を流し込んだが、それは本当に現世のイツキにとって必要なことだったのか!? イツキに前世の枷を掛けたことにはならないと言えるのか!?」
「…………」
シルキーネは何も答えない。
「サリナ。穏やかな暮らしを望むイツキがこの国の国王になることはイツキの幸せに繋がると本気で思っているのか!? そこにはただイツキを傍に置きたいと言う妄執が無いと言えるのか!?」
サリナルーシャはただ俯くだけだ。
大の大人が14歳の少女に言い当てられて黙り込む。
情けない構図。
「そう言う白亜ちゃんはどうなの?」
サリナルーシャが遠慮がちに白亜に問い掛ける。
「もちろん、妾もイツキが欲しい。イツキが穏やかに暮らすのをすぐ傍で見守って行きたい。じゃが、おぬしらの思いを無下にするつもりもない。一緒にイツキを幸せにできればとも思う。妾はおぬしらを否定しない。ただ、妾はイツキの一番でいたい!」
3人が白亜に目を向ける。
(((ああ、この子には敵わないな)))
「わかったわ。第一婚約者候補は白亜ちゃんで決まりね?」
「ああ、ボクも異存は無いよ。じゃあ、第二婚約者候補以降を決めなくてはね」
「何勝手に決めてんのよ!! わたしはイツキの親友であって――――」
「セリアは婚約者候補にはならないそうだ。じゃあ、ボクとサリナとで序列を決めよう」
「ちょっと! わたしは――――」
「セリアは降りたんだろう?」
「降りたとは言ってない!」
「『親友』なんだろう?」
「ぐっ!」
「お師匠様を下にはできないから、わたしは第三婚約者候補でいいわ」
「じゃあ、ボクが第二婚約者候補でいいね?」
「「賛成~~」」
「決まりだ」
シルキーネの意見に白亜もサリナルーシャも異存は無いようだ。
「わたしは~~? ねえ、わたしは~~?」
頽れたセレスティアが慈悲を求める。
そんな駄女神を見下ろすシルキーネが、
「仕方が無いね。可哀そうだから第四婚約者候補にしてあげよう」
「それって、一番末席ってこと!?」
「キミにお似合い、だねっ!?」
「泣かす! 絶対泣かす! この糞魔族! いい気になっているおまえを絶対に引き摺り降ろしてやる!」
セレスティアが呪いの言葉を吐く。
「わたし、信仰心が崩壊しそうだわ」
「イツキがセレスティア様から逃げ出すのも詮無きことじゃのう」
サリナルーシャと白亜が悪い意味で女神に対する印象を改めるのだった。
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ちなみに、このやり取りは当然ながらイツキの与り知らぬところで勝手に進められている。
イツキ。
おまえ、棺桶に片足どころか全身突っ込まされようとしているぞ?
人生の墓場一直線なんだよ?
どうする、イツキ!?
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と、その時!
「ぐっ! うわああああああああああああああああっ!!!」
シルキーネが胸を押さえて苦悶の呻きを上げた。
「えっ!? なになになに? って、あんたっ!!?」
セレスティアがシルキーネの異変に気付いて駆け寄って…………気付く。
いや、シルクのステータスが見えてしまった。
「シルク!! まさか、あんたが魔王…………」
セレスティアが見たもの。
名前 シルキーネ・ガヤルド
種族 高位魔族
地位 魔族領五公主 女魔公爵 外務卿
レベル 15000
HP 45000000
MP 70000000
スキルポイント 50000000
魔法属性 全属性
称号 魔王
職種 大賢者
ギフトスキル 記憶転写
特記事項 【暴虐】(詳細は暴虐ゲージと暴虐グラフを参照のこと)
セレスティアが慌ててシルキーネの[暴虐ゲージ]を見る。
暴虐ゲージ:30%
更に「暴虐グラフ」を見る。
[暴虐グラフ]には時系列の折れ線グラフが表示されていた。
[暴虐グラフ]はたった今、0% → 30% に上昇したようだ。
(何かが起こっている)
セレスティアは今現在、由々しき事態が起きているのを感じた。
(この事態を治めなくては、暴虐ゲージが100%になって、魔王の【暴虐】が発動してしまう! シルクも今のシルクでなくなってしまう!)
胸を押さえて息を鎮めようとするシルキーネとそれを気遣う白亜とサリナルーシャ。
その光景を見ながら、セレスティアは思うのだった。
(イツキ! あんた、どこ行ってんのよっ! シルクが大変なの! 早く戻って来てっ!)
セレスティアの危惧は当たっていた。
実際に今この時間に惨劇が繰り広げられつつあったのだ。




