081 来訪者2
エーデルフェルトの西大陸は2つの国に二分されている。
西大陸北部に位置するのがアナトリア王国。
統一聖皇国歴844年(聖皇国紀元前23年)に統一聖皇国から最初に独立し1000年を超える歴史を持つ、多種族の主権を認める王権国家である。
王都はサウスワース。
アナトリア王国南部、西大陸のほぼ中央に位置し、周囲は広大な穀倉地帯が広がり、王都から放射状に小都市がいくつも点在する。
一方のカラトバ騎士団領は西大陸南部にある。
元々、カラトバ騎士団は統一聖皇国軍における、西大陸南東部を管轄する一駐留部隊に過ぎなかった。
しかし、司教帝の力が弱まった聖皇国歴12年にカラトバ騎士団領として独立する。
それ以降ずっと、西大陸南部に群雄割拠する小国のひとつとして、周辺国と小競り合いを繰り返してきた。だが、そんな状況にもやがて転機が訪れる。
オストバルト・フェルナーの登場である。
聖皇国歴949年に15歳でカラトバ騎士団領の騎士王に即位すると富国強兵に取り組み、聖皇国歴955年に隣国マストマ公国を陥落させたのを皮切りに一気に西大陸南部統一を推し進め、聖皇国歴969年に最後の国家スラザニア魔道国を包囲殲滅することで西大陸南部の武力統一を完成させた。
騎士王は更に西大陸全土の統一を目指して、聖皇国歴970年、領都をアナトリア王国国境から300kmの地、領都スヴェルニルに遷都。2年後の聖皇国歴972年から974年まで、アナトリア王国に2度にわたり侵攻する。
アナトリア王国側で言うところの第一次カラトバ戦役、第二次カラトバ戦役である。
いずれも侵攻されたアナトリア王国側の勝利に終わり、結局、聖皇国歴974年に騎士王はアナトリア王国と講和条約を結び、見掛け上は平和が訪れたかのように見えた。
だが、6年前の聖皇国歴976年の騎士王による王妃殺害事件後、アナトリア王国との関係は悪化する。
国力差から不本意にも講和条約を結ばされたカラトバ側からして見れば、国力が整うまでは公に戦を仕掛ける訳にはいかない。そこで、カラトバ側はアナトリア王国内で秘かに非正規戦を仕掛け、アナトリア王国の国力を削ぐことに注力することにした。
騎士王は、その間に更なる兵力増強と強兵育成に励んだ。
カラトバ騎士団領は聖皇国以上に徹底した人間至上主義の国だ。
国内には人間族以外居住していない。
征服した国においても人間族は領民として生存権を認めるが、亜人や魔族は老若男女問わず全て処刑した。アナトリア王国や聖皇国への難民も許さず、軍を動員しての亜人狩り・魔族狩りが徹底された。
アナトリア王国と争うのも、王国が多種族の主権を認めていることもさることながら、最も大きな理由はエルフ族の王を戴いていることを許容できないからだ。人間至上主義の権化のようなカラトバにとって、アナトリア王国は存在自体が許せないのだろう。
まあ、そんな常識的なことはさておいて、俺は今、カラトバ騎士団領の領都スヴェルニルを目指している。
俺は王都近郊から[フライ]を行使して高度1000mを時速40km/hで移動中。
上空の温度は22℃。
本当はもっと高高度を高速で移動したかった。
高度10000mをマッハ3くらいで。
だが、現実問題としてそれは無理筋。
勇者の加護[絶対防御]により風圧は防げるが低下する気温はどうにもならないし、酸素濃度も低下するのでこれ以上高度を上げることもできない。風圧はともかく体温を奪われるので長時間移動時にはこれ以上の速度も出せない。
低高度を低速移動だから、このままでは見つかってしまうかもしれないので[隠蔽]で他者からの視認を阻害。鳥等からも認識されないので衝突被害も予想されるが、そこは勇者の加護[絶対防御]があるから大丈夫だ。
昨日の午後2時から移動を始めて既に40時間経つ。
もう朝の6時だ。
休憩を取りながらの異動なので思いの他時間が掛かってしまった。
夜中のうちにアナトリア王国の国境は越えている・・・はずだ。
知らんけど。
寝てたからね。
[マッピング]で王都スヴェルニルを確認後、目的地に設定してオートパイロットモードで飛行していたからなあ。
いずれにせよ、領都スヴェルニルまであと200km。
予定なら5時間後の午前11時に到着するはずだ。
■
途中でスピードを上げたので2時間も早く到着してしまった。
今は朝の9時。
領都スヴェルニルは城壁に囲まれた要塞都市だった。
[隠蔽]で気配を断ったまま、領都内に降り立つ。
真昼間というにはちょっと早い時間だが、街が妙に閑散としている。
見掛けるのは、老人と子供と女性だけ。
男の姿が見当たらない。
街路の店も閉じたままのところが多い。
開店は10時からかな?
そのまま、王宮を目指す。
王宮の門を潜る。
警備兵の前を堂々と。
[隠蔽]で気配を断っているから向こうからは認識されない。
忍び込むなんて面倒くさいからこれはこれで良し!
迷路のような王宮を奥に進む。
と、王宮内の広場に空中戦艦が降り立っていた。
緩衝地帯で撃沈したヤツと同じものだ。
あの時の襲撃は魔族領主戦派ではなくカラトバだった?
いや、シルク達を襲って来た襲撃部隊は間違いなく魔族だった。
じゃあ、魔族領主戦派とカラトバが手を組んだ?
それもありえないことだ。
アナトリア王国を侵攻するにしても、人間至上主義のカラトバが魔族領主戦派と手を組むとは思えない。
考えていても仕方が無いな。
実際に確かめてみるしかあるまい。
騎士王は後回しだ。
俺は開口された全端部から延びるスロープを目指す。
作業員が食料の積まれたコンテナを運び込んでいる。
驚いたことに、小型のトレーラーでコンテナ台車を運び込んでいる。
フォークリフトが荷物の満載されたパレットをコンテナ台車に載せている光景も見える。
まさに元の世界の空港で貨物機に貨物を運び込んでいる光景そのもの。
作業員は全員ヘルメットを被り、ヘッドセットで交信している。
ヘッドセットはアナトリア王都サウスワースで暗殺者達が装着していた物と同じ物だった。
着ている服もエーデルフェルトでは見掛けない紺のツナギや海軍軍服。
どう考えてもオーバーテクノロジー。
艦は馴染みがないが、今目にしている物は元の世界の作業現場で普通に使われているものばかりだ。
やはり、俺以外の召喚者の、しかも俺の元居た世界より進んだ世界からの召喚者が存在することは間違いない。
俺は吸い込まれるように、艦のスロープから艦内に入って行った。
■
艦の下層部は貨物スペース。
階層間の移動はエレベーター。
乗組員に紛れてまずは中層部を目指す。
中層部は2階あり、乗組員の居住スペースになっていた。
居住スペースの通路は目に優しい照明に照らされた真っ白な通路。
通路は前方から後方に広い通路が3本。
その左右にドアが配置されている。
広い通路間を繋ぐように横断する7本の細い通路があった。
更にこの階層の広い中央通路を起点としてエレベーターがあったが、セキュリティパネルが設置されていて、セキュリティを解除しないとエレベーターを呼ぶこともできない。
通り掛かる乗組員も見当たらない。
と、ちょっと偉そうな制服を着た士官と思われる中年の男がやって来てセキュリティを解除してエレベーターを呼ぶ。
便乗させて貰おう。
このエレベーターは上層部と艦橋にアクセスするものだった。
道理でセキュリティ仕様になっている訳だ。
エレベーターが上層部で止まった。
ここで何人かの士官が乗って来た。
艦橋まで行こうかと一瞬迷ったが、ここで一旦降りることにした。
この階層の左右には大会議室が1、小会議室が4、作戦室、艦長室、戦務参謀室、貴賓室が3、応接室が2、共同代表個室が2、共同代表執務室があった。
さっきエレベーターに乗って来た士官達は小会議室で打ち合わせだったのだろう。小会議室のドアが開いたままになっており、中でメイドが片づけをしていた。
さて、どの部屋を調べようか?
ここは当然、共同代表執務室だろう。
ドアに近づいて、[気配察知]を行使する。
中には誰もいないようだ。
俺はドアノブを掴んで施錠されていないか確認する。
カチャ!
ドアノブが回った。
施錠されてない?
俺はそのままドアノブを回しきってドアを開こうとした。
と、その時――――
背後からの殺気。
俺は振り向き様、[無限収納]から取り出した白藤で受ける。
キンッ!
ヌメイで俺に白藤をくれた女性が白露で斬り掛かってきていた。
「姿を現して貰いましょう。リベラーテ」
俺の[隠蔽]と[容姿変換]が解かれた。
「ふふ、やはりあなたでしたか。」
女性は白露を引くとそれを亜空間に消した。
彼女から殺気が消えたので、俺も白藤を[無限収納]に仕舞う。
「安心して下さい。解いたのは隠蔽と容姿変換だけですよ」
「おまえは一体――――」
「イツキさん。ブランチをご一緒しませんか?」
俺は今、食事に誘われた?
無断侵入した俺を?
意味がわからない。
わからないが今は素直に従った方がよさそうだ。
俺は共同代表個室のひとつに案内されることになった。
■
豪華な内装の部屋の端に置かれたテーブルに女性と向い合せに座る。
少しすると、食事の乗ったワゴンを押したメイドが入って来た。
俺を見て一瞬ギョッとしたが、すぐに無表情になって、二人の前に料理と飲み物を置くと、一礼して出て行った。
「さて、料理を頂く前に自己紹介をしなければなりませんね」
彼女は穏やかな笑みを浮かべながら俺を見た。
「クレハ・ミューラーと申します。モラキア通商都市連合に本社を置く『M&Eヘビーインダストリー』社の共同代表を務めさせて頂いています。イツキさんの世界では『社長』と名乗った方が良かったでしょうか」
彼女、クレハ・ミューラーは『イツキさんの世界では』と言った。
俺の正体は全部お見通しってか?
「ミューラーさんは――――」
「クレハでいいですよ」
「クレハさんは俺が何者か知ってるみたいですね」
それを訊いたクレハさんが種明かしでもするように、
「女神セレスティアに召喚された勇者、斎賀五月。与えられた使命は魔王の【暴虐】の阻止。でも、あなたは女神から行方を眩ませて何故か冒険者をやっている。そして、冒険者として《SSS》ランクに最も近い《SS》ランクの世界最強冒険者にまで上り詰めた。違いますか?」
まあ、ここまでは想定内だ。
『女神から行方を眩ませて』ということは、セレスティアが降臨して俺の傍に居ることまでは知らないようだ。
おそらく、シルクが魔王であることも掴んでいないはずだ。
「あなたは女神から逃亡して、エーデルフェルトでスローライフを送ろうとしているのでしょう? 前世で求めて叶わなかった穏やかな生活を」
クレハさん、今『前世』と言ったか?
なら、彼女も前世の俺の関係者ってことなのか?
「クレハさんも以前エーデルフェルトに召喚されたことがあるんですか?」
俺は警戒しながら切り出す。
「そんなに警戒しないで下さい」
俺の警戒心を解すような優しい笑み。
「わたしは今回が初めてですよ。それから、わたしは召喚された訳ではありませんよ。ここエーデルフェルトに自分で異世界転移してきたのですよ。ヒルダ、ああ、彼女はわたしの共同経営者なんですが、その彼女にとってはわたしは『来訪者』にカテゴライズされるみたいです。」
俺は絶句してしまった。
『自分で異世界転移してきた』?
そんなことができるものなのか?
だとすれば、正に『来訪者』だ。
「クレハさんは一体どこから来たんですか?」
「秘密です」
「そもそも何でエーデルフェルトに転移して来たんです?」
クレハさんは穏やかに微笑みを絶やさずも何も教えてくれない。
埒が明かないな。
「とりあえず、料理を頂きませんか? 冷めてしまっては料理長に申し訳ないですからね」
秘密のベールに包まれた彼女に言われるままに料理に手を付ける。
パンプキンスープに、生野菜のサラダ、主菜はステーキ、主食はクロワッサン。
典型的な元の世界の洋食スタイル。
俺達は他愛も無い会話を交わしながらブランチを終え、食後のコーピーまで頂いた。
食事が済んだので、改めて彼女に質問を投げ掛ける。
「改めて訊きます。クレハさんがエーデルフェルトに来た理由は何ですか!?」
彼女が俺を見た。
その表情から初めて憂いが見えた。
「復讐と未練…………なのでしょうね」
復讐?
誰に?
未練?
何に対して?
「クレハさん、あなたは誰に復讐――――」
「腹ごなしにわたしと立ち合いをして頂けませんか?」
そう言って席を立った彼女が部屋の扉を開けた。
「屋上デッキに行きましょう」
俺達はセキュリティエレベーターで艦橋に移動すると、後部ハッチを開けて表に出る。
そこには何も無い広い空間が広がっていた。
「わたしに勝ったら全てをお教えしましょう」
彼女が俺から離れた場所まで移動すると俺と向き合って白露を構えた。
俺が答えを得る為には彼女に勝たねばならないらしい。
俺は黙って白藤を構える。
様子に気が付いた乗組員達が環境後部デッキから俺達を見下ろしている。
「博士が誰かと立ち合いするらしい」
「誰だ? 相手は?」
「おい、黒髪のあの男、もしかして――――」
「博士の剣技は神業だぞ」
「あの男、大丈夫なのか?」
外野が煩いな。
俺は目の前のクレハさんに集中する。
ヌメイの時も油断すれば危なかった相手だ。
クレハさんが一瞬で間合いに踏み込んできた。
たぶん、突きが来る。
踏み込んできた次の瞬間、鋭い突きが襲ってきた。
俺は前回同様、横に避ける。
真っすぐなはずの刀が大きく横に撓ったように見え、切っ先が俺を追尾してくる。
そのまま後ろに身を引くと、刀が伸びたように切っ先が俺の眼前に迫る。
迫る切っ先を白藤の腹で受け止める。
たった一歩の踏み込みで3度の突き。
やはり三段突き。
天然理心流の必殺技。
俺は白藤の腹で切っ先を押し返すと、その勢いでクレハさんに御影流大目録の剣技[円舞二式]を行使する。初動に抜刀は使わなかった。左足を軸に超速の刃の円舞で円周内の敵を横薙ぎに斬り払おうとしたが、彼女に全て打ち返された。
彼女も円舞二式を使って対抗してきたのだ。
まさか、クレハさんが御影流剣術を?
何で?
俺は間合いを取り、相手の様子を伺う。
「ねえ? 俺、本気で打ち込んでいいんですかね?」
「ええ、本気でお願いします」
「寸止めできませんよ」
「承知の上です」
「怪我をしても知りませんよ」
「イツキさんはわたしの身体に一太刀も入れられませんよ」
「煽ってるんですか?」
「さあ、どうでしょうね」
穏やかに微笑むクレハさん。
相変わらず、その表情からは何も読み取れない。
「じゃあ、魔道剣聖に職種変更してもいいですか?」
「スイッチを発動するのですね。構いませんよ。わたしも本気のあなたと立ち合いたかったのですから」
[スイッチ]のことまでお見通しかよ。
敵わないな。
俺は[スイッチ]を発動する。
好敵手と言ってもいい凄腕の彼女に最大の敬意を込めて。
「大魔道剣聖にスイッチ!」
いつもの電子音声。
『英雄・賢者をアンインストールします』
30秒後、
『英雄・賢者のアンインストールに成功しました。引き続き、勇者・大魔道剣聖のインストールを開始します』
5分後、
『勇者・大魔道剣聖のインストールに成功しました』
俺の姿は金糸で飾られた純白の勇者外装を纏った黒髪・黒い瞳の斎賀五月に戻った。
手には聖剣カルドボルグではなく、白藤。
「お待たせしました。準備完了です。じゃあ、行きます!」
間合いを詰めてクレハさんに連撃を加える。
最初、余裕でいなしていたクレハさんの表情が変わる。
連撃が次第に速度を増したからだ。少しずつ、そう、少しずつだ。
「これは何ですか?」
「連撃進段ですよ。斎賀流、つまり、俺流の剣技」
まるで、どこまで耐えられるか、試すように連撃速度を段階的に上げていく。
クレハさんが防戦一方になったように感じた。
さすがクレハさんだ。
ベルゼビュートが打ち負けた4thギアまで耐えている。
俺は5thに、更にトップギアまで上げた。
そこで変化が起きた。
俺のトップギアに上げた猛烈な連撃の隙をついて、クレハさんが瞬速で先に真っ向斬りを打ち込んできた。
俺は思わず連撃を中断して受けに回る。
俺の[連撃進段]が破られた瞬間。
これは、北辰一刀流の[切り落とし]?
俺はクレハさんから一旦離れると白藤を鞘に収めて抜刀姿勢を取る。
クレハさんも白露を鞘に収めて抜刀姿勢を取った。
静寂な時間が過ぎていく。
煩かった艦橋デッキの乗組員も皆固唾を飲んで見守っている。
間違いない。
クレハさんは俺の知っている強敵の業を治めている。
それだけじゃない。
俺の流派、御影流大目録を習得している。
いったいどこで?
だが、御影流免許皆伝は雑賀皐月と斎賀五月だけのはず。
だから、行使する。
御影流奥義[絶影]を。
俺は白藤を抜刀し、音速を超える速さでクレハさんの間合いに入ろうとした。
が、クレハさんも白露を抜刀し、音速を超える速さで俺の間合いに飛び込んできた。
互いに目に見えない剣戟が立て続けに相手の身体を捉えようとして刀で防がれる。
目に見えない速さの連撃。
斬り込みの角度も可変。袈裟懸け、横薙ぎ、掬い上げ。
あらゆる方向からの超速の剣戟の応酬。
やがて、両者は離れてお互いを見つめ合う。
両者とも立っているのがやっとだ。
「うおおおおおおおっ、すげえ!!」
「博士と引き分けた相手は初めてだ!!」
「何者なんだ、あいつ!!」
今迄沈黙を保っていたギャラリーが騒ぎ出す。
クレハさんが白露を鞘に収めて言った。
「やはりあなたと同じ御影流免許皆伝になってもあなたを倒すことはできませんでしたね」
もうクレハさんに殺気は感じられない。
俺も白藤を鞘に収めた。
「未練は持ち越しですね」
未練?
小さく呟くそれを俺は訊き逃さなかった。
だが、何でだろう?
俺は訊き返すことができなかった。
俺にはそれよりも知りたいことがあった。
「クレハさんはどこで御影流免許皆伝を?」
彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべて、
「ふふふ、さあ、どこででしょうね?」
とだけ言った。
爺の道場以外考えられないが、教えてくれるつもりはないようだ。
天然理心流や北辰一刀流についても同様だろう。
俺に近付いてきたクレハさんが懐からスタミナドリンクの瓶を出して手渡してくれた。
「絶影はHPを滅茶苦茶消耗しますからね。これをどうぞ」
「これ、ポーション? スタミナドリンクにしか見えないんですけど?」
「ハイパーエリクサーです。1本でHPが瞬間回復しますよ」
[ハイパーエリクサー]を飲んだら、本当にHPが瞬間回復した。
これ、あったらいいな。
何本か貰うか、成分と製法を訊いて自分で作るか?
「クレハさん!」
「はいはい、解っていますよ。お土産に一箱差し上げましょう。製法を記した書面も用意しておきます」
大盤振る舞いだよ。
どこかの駄女神に比べて、人間のクレハさんが女神に見えるよ。
「では、艦橋をご案内しましょう」
■
「多目的巡航艦くらまへようこそ。」
俺は艦のメインブリッジに招き入れられた。
「博士。その方は?」
「ああ、彼はわたしの客人です。気にせず職務を継続して下さい」
この艦の艦長と覚わしき高級士官の問いにクレハさんが答える。
そうは言っても、クレハさんと対等に刀を交えた俺がメインブリッジに居るのが気になるらしく、乗員が盗み見る視線が半端ない。
「本当に俺、ここに入ってもよかったんですかね?」
「構いませんよ。あなたにお見せしたいと思っていましたから」
クレハさんがこの艦のスペックを教えてくれた。
多目的巡航艦 :くらま
水上排水量 :27,000トン
全長 :230m。全幅:33m
船体 :超軽量ミスリル・アダマンタイト合金鋼製
主機 :水上 3軸水属性魔力タービン推進
空中 4基風属性ジェット推進
浮力 :全周底面反重力偏向ノズル16本
武装 :主砲 ビームキャノン 3門×4基 計12門
近接防衛用 ビームガトリング 12基
ファイアガトリング 12基
ストーンガトリング 12基
速力 :水上 40ノット (巡航速度 20ノット)
空中 580km/h(巡航速度 300km/h)
限界高度 :6000m
積載兵力 :騎兵1個中隊、もしくは歩兵1個大隊
積載荷重 :800トン
これは…………
オーバーテクノロジーに過ぎる。
俺の元居た世界でもこんなものは建造できない。
そもそも船は空を飛ばない。
しかも科学技術と魔法が融合している。
俺はそこであることを思い出した。
「そう言えば、魔族領の緩衝地帯でこの艦と同じものから攻撃を受けました。モラキア通商都市連合、もしくはあなたの会社が魔族領主戦派側として参戦したんですか?」
「その艦は、この〖くらま〗の姉妹艦〖おおえ〗ですね。確か、試験運用として主戦派にレンドリースしたものですが。主戦派が実戦投入したのですか?」
「ええ、俺が撃破してしまいましたが」
「ふふふ、あはははははは」
俺の言葉を訊いたクレハさんが笑い出した。
「何が可笑しいんですか!? 危うく死ぬところだったんですよ!」
「これは失礼。でも、『死ぬところだった』ってのは嘘ですよね? イツキさんなら楽勝だったはずだ」
「いえ、まあ…………」
それもお見通しかよ。
「我々は特定の国に肩入れすることはありません。必要な方々に必要な装備を提供する。それが我が社のもっとうです」
「武器商人、ってことですか?」
クレハさんのアルカイックスマイルからは何も読み取れない。
「もしかして、民間軍事会社に爆薬を提供したのも、ダンジョン内の機動兵器も、カラトバの特殊部隊にインカムやサイレンサー付の拳銃を提供したのも?」
「はい、ビジネスです」
俺も綺麗ごとを言うつもりはない。
世の中に武器商人がいることなど、元の世界でも常識だった。
むしろ、大国が国家総ぐるみの武器商人だった。
だが、ここエーデルフェルトにオーバーテクノロジーを持ち込むのはどうかと思う。
「イツキさんの言いたいことはわかりますよ」
俺の思考が読めるのか?
それとも、俺と思考パターンが同じなのか?
それはそれでモヤモヤするな。
「どうして、オーバーテクノロジーな品々を普及させようとしてるんですか?」
「ある目的の為ですよ」
「目的?」
「『復讐』に係わることでもある、とだけ言っておきましょう。それ以上は、イツキさんがわたしに全面的に協力してくれることが条件になります」
「訊いたら後戻りできなくなると言う事ですよね?」
「そうなりますね」
「では、今は保留にしておきます」
それを訊いたクレハさんが可笑しそうに笑う。
「本当にイツキさんは期待を裏切らない方だ」
「それ、褒めてます?」
「ふふふ、どうでしょうね」
本当によくわからない人だ。
こんなところは昔よく対峙した男に似ている。
いつだって笑みを絶やさず、それでいて己の信じるもの為には容赦の無い男に。
「もし、イツキさんが協力する気になったら、モラキア通商都市連合にある『M&Eヘビーインダストリー』の本社へお越し下さい。いつでも歓迎しますよ」
それだけ言うと、クレハさんはメインブリッジの説明を始めた。
この話題はここまでということらしい。
俺もそれ以上訊き出すのは止めて、メインブリッジの説明を訊くことにしたのだった。




