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080 この国をお返ししたい

王宮の小会議室。

長方形のテーブルを挟んて3人掛けのソファが向かい合う、応接室と言ってもよい部屋。

ここは王族がプライベートで人と会う為の場所だ。


片方のソファの中央にセレスティアが座り、その左右にシルキーネと白亜が座る。

対面のソファの中央にジョセフが座り、白亜の正面にサリナルーシャが座った。


王宮のメイドが、ティーセットとケーキスタンドの乗ったワゴンを押して入って来て、5人の前に紅茶、テーブル中央に3段のケーキスタンドを置くと、一礼して出て行った。


部屋の中は5人だけ。


「白亜ちゃん、お久しぶりね」


サリナルーシャが白亜に微笑みかける。


「妾はびっくりじゃ。まさか、サリナが王女様だったとはな」

「わたしもびっくりよ。ガヤルド魔公爵様の付き人が白亜ちゃんだなんて」

「シルクの護衛はイツキに頼まれたのじゃ」

「『イツキ』? あらあらあら? 『イツキ』ねえ」

「妾はもう遠慮するのは止めたのじゃ。イツキにもそう告げた。イツキも妾の貰い手が無かったら嫁にしてくれるって誓ってくれた」

「それで、成果は?」

「…………ライバルが増えた…………」


しゅんとする白亜。


「ライバル登場!」


シルキーネが自らを指差す。


「マジですか!? お師匠様」

「イツキとは前世からの約束だからね」


サリナルーシャの驚きにウキウキしながら答えるシルキーネ。


「ちょっと、イツキの親友のわたしを差し置いて何勝手な事をほざいてるのかなあ?」


セレスティアまで参戦してきた。


「セレスティア様がイツキの親友!?」

「そうよ。前世からわたし達は堅い絆で結ばれた、伴侶も羨むような親友なのよ」


目を白黒させるサリナルーシャ。

話について行けない。


「その…………シルキーネ殿はもしやハイエルフの大賢者シルク様!?」

「そうですよ。魔貴族に転生しちゃいましたが」

「では、セレスティア様は大神官セリア枢機卿様ですか!?」

「グレードアップして女神になったんですけどね」


ジョセフの問いに答えるシルキーネとセレスティア。


「では、剣聖タイゾー様は?」

「ああ、あの色事師? 知りませんわ」

「ふふふ」

「何よ。あんた何か知ってるの?」

「いずれわかるさ。お楽しみ、だよ」


意味深に笑うシルキーネと不機嫌なセレスティア。



「私はあなた方がこの国に逃れてくるのをずっと待っていました。でも、誰一人としてここには来なかった。もちろん、あなた方の最期については伝え訊いてはいます。でも、それは司教帝によって捻じ曲げられた内容なのだと思っています。一体、あなた方に何があったのですか? 『必ず迎えに来る』と勇者様はこの子に誓ってくれました。だから、この子は待ち続けました。勇者様の死を知ったこの子は転生を信じて冒険者にまでなって勇者様を探し続けました。少なくともこの子には訊く権利があります。話して頂けますね?」


ジョセフがサリナルーシャの為に真相を求める。

シルキーネにもセレスティアにもそれを拒絶することはできなかった。


セリアとジョセフはセリアが最期を迎えるまで親交があった。

だから、セレスティアは自分の最期だけを語った。


一方のシルクは勇者サツキと最期まで行動を共にした。

だから、シルキーネは聖都からの逃亡劇、そしてサツキと自分の最期と今世での再会について語った。



………………………………



「そんなことがあったのですか」


ジョセフがポツリと呟いた。

小会議室が沈黙に包まれる。

白亜も初めて訊いた内容だった。


穏やかな生活を夢見た勇者は祭り上げられ貶められ非業の死を遂げた。

そう考えると、イツキがスローライフを求めて止まない気持ちも白亜には理解できた。

そんなイツキの夢を叶える為にシルクは己の全てをイツキに託し、セリアは女神セレスティアになった。


(妾はこのような者達とイツキを奪い合おうと言うのか)


物凄い決意と実行力に白亜は挫けそうになる。


(敵わないな)


一瞬、そう思った。


(じゃが、今は妾がイツキの一番近くにおる。それに、イツキに並び立てる力もある。イツキの夢は妾が叶えてみせる)


白亜はそう思い直すことにした。




「娘からも報告を受けていますが、今、確信しました。白銀の翼(シルバーウイング)のイツキ殿が勇者サイガサツキ様なのでしょう?」


ジョセフの言葉にシルキーネとセレスティアが頷く。


「うん。イツキ君は勇者サツキの生まれ変わりだよ。今は前世の記憶もある」

「間違いないわ。あいつは1000年前の勇者雑賀皐月(サイガサツキ)の転生体よ。わたしが探し廻って見つけてこの世界に召喚したんだから」


それを訊いたジョセフが秘めた思いを語る。


「私はこの国を建国するように勇者様に命じられました。多種族が平和に暮らせる国を造ることはあの方の理想でした。わたしはあの方の思いを叶える為にこの国を発展させてきました。そして、あの方は戻って来られた。私はあの方にこの国をお返ししたいと考えています」


この国の国王がとんでもないことを言いだした。

訊いたシルキーネ、セレスティア、白亜の考えは同じだった。


(((イツキはそんなことは望んでいない。彼は穏やかな生活を望んでいる。国王なんて重責など、彼にとっては己を縛る呪いの鎖でしかない。これは彼の幸せには繋がらない)))


「もちろん、王室の正当性が問われますから、そのまま禅譲という訳にはいきません。そこで、勇者様には我が娘を王妃に娶って頂きます」

「お父様!!!?」


サリナルーシャにとっても寝耳に水だった。


「この子は勇者様に恋焦がれていました。この子の1000年の思いが報われてもいいとは思いませんか?」


サリナルーシャが散り乱す。


「お父様! 勇者サツキにとってわたしは子供のサリナよ! それに、今のわたしの容姿はイツキより年上に見えるのよ! 釣り合うはずない!」

「それを決めるのは勇者様だよ。おまえが決めることじゃない。それとも、転生したイツキ殿はもうおまえの好みではないのかね?」

「そんなことない! わたしは今のイツキも好きよ! でも、彼には白亜ちゃんが…………」

「エーデルフェルトは一夫多妻だ。気にせず寵愛を求めればよいのだ」


国王親娘の会話を訊く3人は思った。


(((また、ライバルが増えた!)))


「ねえ、このふつふつと湧き上がる怒りはなんなんだろうね?」

「前世から幼気な子供を誑かすとはね。間違いない。やっぱりあいつ色事師の弟子だわ」

「紫の上じゃな」


それぞれが怒りのオーラを発する中、ジョセフが訊いてきた。


「ところで、その肝心の勇者様はどうしたのですか? お見掛けしないのですが?」


シルキーネが心苦しそうに、


「イツキ君はここには居ません」

「王宮に連れて来て頂けなかったと?」

「王宮に行くのは嫌だと駄駄を捏ねられまして…………」

「ああ、勇者様は堅苦しい事がお嫌いでしたね。では、こちらからご宿泊先にお伺い致しましょうか?」

「いえ・・・彼は王都に居ません…………」

「と申しますと?」

「あいつ! 逃亡しやがったのですわ!」


本当に申し訳なさそうに答えるシルキーネに変わってセレスティアが怒りに任せてぶっちゃけた。


「ねえ、セリア。キミの力で彼の居所を掴めないかい?」

「あいつが勇者の力を解放しない限り無理ですわ! これまでだって、あいつの居所を見つけるのにどれだけ苦労したか! あの男! 隠蔽だけは創造神様並みって一体何なのよ!」


プンプン怒るセレスティアの言葉を引き継いだシルキーネが消え入るような声で言った。


「という訳で、彼は…………行方不明です…………」




その後の国王主催の社交パーティーには、ロダンとアインズ支部長も呼ばれていた。


パーティーの始まりに、国務長官のグリューネル侯爵から、白亜とロダンの叙勲が発表された。なお、この場にいないイツキの叙勲発表は見送られている。


《SS》ランク冒険者の白亜は名誉子爵に、《S》ランク冒険者のロダンは名誉騎士爵に。

正式な叙勲式は後日。


「これで白亜嬢もボクと同じ貴族の仲間入りだ」

「妾が名誉子爵…………イツキより先に貴族になってしもうた」


白亜には実感がなかった。

今日の白亜はヌメイの時と異なり、真紅のロングドレス。髪には真紅のコサージュ。

いずれも白亜の真っ白な髪と透き通るような白い肌、そしてルビーの瞳を際立てていた。


ロダンも困惑している。


「我が人族の騎士爵とはなあ」

「よかったじゃないか、爵位に『騎士』が付いて。今のキミは『重装騎士』だろう? 元々、キミは魔族領でも騎士爵だったんだし。人魔両方で正式に爵位を得た魔族はキミが初めてだよ。誇りたまえ」


シルキーネがロダンを祝う。


「まあ、これもイツキ殿のおかげなんだが…………イツキ殿はどこへ行ってしまわれたのかのお?」

「ほんとにね」

「イツキ、妾を置いてどこに行ったのじゃ?」


白亜を含めた三人で遠い目をする。




と、そこへ乱入して来る者が居た。


「父上!!」


第一王子エルネストだった。

白亜に右肘を麻痺させられ気絶させられたはずの王子は元気だった。

御用神官に治癒魔法で回復して貰ったのだろう。


「エルネスト! もう身体は大丈夫なのか?」


ジョセフがエルネストに声を掛けたが興奮したエルネストの耳には届いていない。


「父上! 妃にしたい者を見つけました! 相手の身分も貴族です! ぜひ、正妃に迎えたいと思います!」


(これまで、多くの貴族令嬢を引き合わせたがまるで興味を持たなかった息子が正妃に迎えたい娘がいる?)


ジョセフは困惑するしかなかった。


(この剣術バカが結婚するですって?)


姉のサリナルーシャも突然のことについて行けないでいた。


エルネストはそれだけ言うと、脇目も振らずつかつかと歩いていき、ある令嬢の前で膝を折ってその手を取って言い放った。


「白亜嬢。わたしの妃になってくれないか?」


パーティー会場が一瞬で静まり返る。

参列者の誰もがその成り行きから目が離せない。


「わたしは煌びやかに飾るだけの女が嫌いだった。だが、貴方は違う。その素晴らしい技量でわたしを圧倒し、狭量なわたしの目を覚ましてくれた。貴方なら、わたしが道を違えた時にもわたしを正しい道に導いてくれるはずだ。貴方こそ我が伴侶に相応しい。改めて、お願いする。わたしと結婚して欲しい」


白亜は困っていた。

元の世界で自分に近寄って来る男は皆実力行使で我が物にしようとする者ばかりだった。

だから、紳士的に求婚されたのは初めてだった。

女としては嬉しくもあった。

だが…………


「妾を望んでくれたこと、素直に嬉しく思うぞ」


それを訊いたエルネストの表情が緩む。


「じゃが、お断りさせて頂く」


これは玉の輿だ。

エーデルフェルトに一人放り出された少女が一国の王子に望まれる。

しかも相手は心を入れ替えたイケメン。

断る理由などないはずだ。


だが、白亜は出会ってしまった。

自分を家族に迎え愛しんでくれるその男に。


『創造神に誓おう。もし、白亜に貰い手が無かったら俺の嫁にするってね』


その男から言質も取った。

こんな粗暴な娘に貰い手などないはずだ。

いずれはその男が責任を取って貰ってくれると信じていた。



だが、今、この場で自分を求めてくれる者が現れた。

これは由々しき事態だ。

このままでは『貰い手が無かったら』来るはずの将来設計が崩壊の危機。

だから、その男にも宣言した通り『他の貰い手は全部拒否』する。


「納得いきません!」

「いい加減にしなさい!」


白亜の手を強く握って食い下がるエルネストにサリナルーシャがピシャリと言う。


「でも、姉上!」

「白亜殿には白亜殿の考えがあるのです。一方的に思いをぶつけて、断られても翻意を促そうとするその姿勢。王族として感心できるものではありませんね」

「わかりました」


エルネストは白亜の手を離して立ち上がると白亜を真っすぐに見て、


「今はこれで引くことにします。でも、わたしは諦めません。必ず白亜嬢、いや、白亜を振り向かせてみせる!」


それだけ言うと、会場を立ち去っていった。



「ごめんなさいね、白亜ちゃん。でも、弟の事は許してあげて」

「解っておる。妾は気にせん」


サリナルーシャにはそう答えたが、白亜は内心ホッとしていた。

あれ以上食い下がられたら、本当のことを言わなければならなかったろう。


(妾の想い人が兄だなんて言えるはずもなかろう。例え義理であっても、兄妹で、というのは外聞が悪すぎる。イツキの名誉にも傷が付いてしまうからのお)


白亜が、ふと横を見ると、シルキーネがニヨニヨと悪そうな笑顔で見ていることに気付く。


「なんじゃ?」

「イツキ君がこのことを知ったら、喜んでキミを嫁に出すだろうね」

「妾は嫁には行かん!」

「せっかくの玉の輿だ。嫁に行きなよ。後のことはボクに任せるといい。イツキ君はボクがしっかりと面倒見てあげる、よっ♡」


それを訊いた白亜が泣きそうな顔になった。

それを見たシルキーネが慌て始める。


「えっ? ちょっと、えっ? …………冗談だよ! イツキ君には内緒にする! 絶対にだ! 本当だよ!」


サリナルーシャが二人の間に入る。


「お師匠様も酷いですね? ほら、白亜ちゃん、元気を出して。エルネストのことはわたしも止めるのに協力するから。イツキにも白亜ちゃんの意思を無視して嫁に出さないように言い包めておくから」


それを訊いた白亜がサリナルーシャを見上げて、


「ありがとう、サリナ。妾、サリナならイツキの嫁に歓迎じゃ。二人で仲良くイツキを支えて行こう」

「ありがとう、白亜ちゃん。白亜ちゃんにそう言って貰えて嬉しいわ」


白亜とサリナルーシャは手を取って向こうに行ってしまった。


「ちょっと待ってくれ! ボクは? ねえ、ボクは!?」


取り残されたシルキーネが発する言葉はパーティー会場の騒めきにかき消され、去った二人には届かなかった。




一方のセレスティアは騒ぎを気に留めることもなく・・・・


「これ、おいしいわね。今度、イツキに作って貰おうかしら?」


無神経に料理をパクつく健啖女神だった。




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