008 帯刀の武者と決闘して999本まで集めた僧兵
俺は今、身の丈2mの全身甲冑の男に峠道を塞がれていた。
兜を被っているので顔も見えない。
持っている武器はハルバート。
「どいてくれないと通れないんだが」
「通りたければ、某と勝負せよ。某に勝ったら、通してやろう」
甲冑の中から応じるは野太いおっさんの声。ああ、そっか。背中に剣なんか背負ってるから、目を付けられてしまったのだろう。
「俺は平和主義者の只の賢者だよ。剣技はからっきしだよ。勝負にならないよ。他をあたってくれ」
「貴殿は嘘をついている。賢者は剣など持たない。最近、街道に跳梁跋扈する盗賊の一味であろう」
「盗賊の一味? 冗談だろう? それにこの剣はただの護身用だよ」
「たかが護身用になぜ希少なアダマンタイト製の剣を持つ必要がある?」
えっ、これアダマンタイト製だったの?
慌てて、[鑑定]を発動して、ナーゲルリングを鑑定する。
『エーデルフェルトに数本しかない宝剣のうちの一振り、宝剣ナーゲルリング
アダマンタイト製
所有者は主に魔道剣聖及び剣聖』
おいおい、たかが初期装備に宝剣?
いくらなんでもそれはないだろう。
しかも本来の所有者は、魔道剣聖及び剣聖?
こんなの持ってたら、そりゃ怪しまれて絡まれるわな。
「貰いものなんだよ。知らなかったんだよ」
言い訳してみる。
「では聞くが、貴殿から漂う強者独特のオーラはなんだ? この弁慶を謀れるとでも思ったか。観念して勝負を受けられよ」
は? 弁慶?
今、こいつは自分のことを弁慶と言ったのか?
「なあ、弁慶って、武蔵坊弁慶のことか?」
「ほう、この世界にも某のことを知る者が居たとは」
甲冑野郎は、感心したように答えた。
知らぬはずがないだろう。
武蔵坊弁慶といえば、都で千本の太刀を奪おうと心に誓い、通りかかった帯刀の武者と決闘して999本まで集めた僧兵だ。だが、あと1本というところで、五条大橋で笛を吹きつつ通りすがった牛若丸(遮那王、後の源義経)と出会い、太刀をかけて挑みかかるが、牛若丸に返り討ちに遭ってその家来になったはず。
そんな武蔵坊弁慶がエーデルフェルトにいる?
ということは――――
「あんた、召喚者なのか?」
「ほう、某が召喚者だと解るか」
解るよ、有名だもん。
だが、1000年くらい前の者が、目の前にいる違和感は何だ?
「いつ、このエーデルフェルトに来た? まさか、1000年くらい前じゃないよな?」
「この地に来て2年になる」
2年前?
どういうことだ? 計算が合わない。この世界と元の世界では時間の進み方が違うとでも言うのか? だとすれば、俺が数年後に元の世界に戻った時には、そこは数千年後? 例え戻れたとしても、もうそこは俺を知る者のいない世界ということになってしまうぞ。これじゃあ、リアル浦島太郎だ。そんな話はセレスティアから聞いてない。
いや、待て。冷静になれ。まだ慌てる時間じゃない。
ここエーデルフェルトと元の世界とは時間軸の狂いがあるのかもしれない。それにここにいる武蔵坊弁慶も俺のいた世界の過去の存在ではなく、並行世界から召喚された存在である可能性も考えられる。まあ、それはこの場を凌いでから考えることだ。まずは確認。
「ちなみに太刀は1000本集められたのか?」
「残念なことだが、999本集めたところで、この地に召喚されてしまった」
義経に出会う前か。
「つまり、1000本目を俺から奪って誓いを果たすつもりか? な~んだ。結局、エーデルフェルトでは1本も奪えてないってことかい?」
「いや、召喚翌日に1000本目を奪いはした。だが、あの都大路とここでは舞台が異なる。結局、都大路では999本しか手に入れられなかった。誓いは果たせなかったのだ。だから、某はこの地で新たな目標を立てた。この地で改めて1000本集めると」
「それで何本集めたんだ?」
「既に999本集めた。1000本目が貴殿だ」
迷惑な話である。俺は牛若丸じゃない。
「持ってる剣を1本譲ってやるからそれで見逃してくれ」
仕方ない。ナーゲルリングを失うのは惜しいが、俺にはまだ聖剣カルドボルグがある。
「それはできない。立ち合いの結果得られた太刀にこそ意味がある。それこそが、某が自らに課した試練」
ほんと、迷惑。
たぶん、何をどう言っても引いてくれるつもりはなさそうだ。
つまり、この場では俺に選択肢はない、ってこと。
「は~~っ。もうわかったよ。その勝負受けてやるよ。で、ルールは?」
「ルールは特に無い」
「じゃ、さっさと始めるか」
「貴殿の名を聞いておこうか」
「俺の名はイツキ」
全部名乗ってやる筋合いも無いから名前だけ。
戦闘態勢を取ると、
「では、イツキ殿。いざ、尋常に勝負!
やあやあ、遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ!
我こそは都でその名を馳せし僧兵、武蔵坊弁慶である!」
勇ましい名乗りを上げる。
ああ、様式美ね。この頃の武者はまず名乗りを上げる、と歴史で習ったな。そんなことをしているから隙ができるんだよ。武者でもない俺がそれに付き合ってやる謂れはないよね。
だから、俺はそっけなく、
「そうかい。[奈落(小)]」
俺が土魔法を唱えると、弁慶の足元の地面に深い大穴が空き、弁慶は穴に落ちて行った。
試合終了。
俺の勝ち。
俺が[奈落]を解除すると、大穴の底がせり上がって元に戻った。そこには尻もちをつき茫然としている弁慶の姿があった。
「勝負あったね。じゃあ、俺は行くから」
「待てっ! 不意打ちに魔法を使うとは卑怯なり!」
我に返った弁慶が詰め寄って来た。
「ルールは無いって言ったじゃん」
「それは武器を手にした者同士という前提だ! 武器を使わず人体に直接作用する魔法を行使するなど認められるはずがなかろう! やり直しを要求する!」
そうかい、そうかい。
せっかく、無傷で穏便に済まそうと思ってたのに。そんなに、痛い目に遭いたいかい。
「わかったよ。やり直せばいいんだろ。でも、まあ、こっちにもそれなりの準備が必要だから、ちょっと待ってろ」
今の俺は賢者だ。
『魔法を使うな』と言われると、この職種では圧倒的に不利だ。いくら宝剣を持っているとはいえ、剣術は専門外の職種。ここは、職種変更が必要だろう。例えば、剣に長ける職種である剣聖以上。
だが、伝承によれば弁慶は強者だ。下手に接戦になったり、手心を加えたりすれば、この後、何度も再戦を挑まれるかもしれない。その都度勝って退ければいいだけの話だが、毎度こんな脳筋に付き纏われたんじゃ、俺の精神がゴリゴリと削られて遂には無くなってしまうかもしれない。それを未然に防ぐ為にも、この場で徹底的に打ちのめして格の違いを見せつけ、戦意喪失に追い込むべきだ。それに、この立ち合いはこの世界での俺の実力が魔王を倒すに足るものか測るいい機会でもある。歴史上の人物に対して敬意を示す意味でも、選ぶ職種は勇者称号の大魔道剣聖一択だ。もちろん、女神に居所が知れてしまう恐れはあるが、速やかに移動すれば追手は巻けるはず。
そう結論付けた俺は[スイッチ]を発動した。
「大魔道剣聖にスイッチ!」
いつもの電子音声。
『英雄・賢者をアンインストールします』
30秒待つ。
「遅い! まだ終わらんのか!?」
イライラする弁慶が怒鳴る。
30秒も待てんのか、こいつ。
「お前の望む強者として相手してやるためなんだから、黙ってもう暫く待ってろ」
30秒後、
『英雄・賢者のアンインストールに成功しました。引き続き、勇者・大魔道剣聖のインストールを開始します』
5分後、
『勇者・大魔道剣聖のインストールに成功しました』
俺の姿は金糸で飾られた純白の勇者外装を纏った黒髪・黒い瞳の斎賀五月に戻った。
手には聖剣カルドボルグ。
「待たせたな。準備完了だ。いつでも来いよ」
「今、『勇者・大魔道剣聖のインストールに成功しました』と聞こえたが、貴殿はまさか!?」
俺の姿を目の当たりにした弁慶が驚きの声を上げる。
「『まさか!?』何だい?」
「最近、エーデルフェルト全域で、その姿の者の手配書が回っている。聖皇国が指名手配する『国家反逆罪を犯した重罪人』として。貴殿のことだ、斎賀五月!」
指差されてしまった。
「もう、指名手配されてんの? まだ、10日しか経ってないぞ。速過ぎだろ。しかも『国家反逆罪を犯した重罪人』? 意味がわからない」
セレスティアと聖皇国の執念半端ねぇ。
だが、『国家反逆罪を犯した重罪人』は無いわぁ~。
俺はスローライフをこよなく愛す人畜無害な平和主義者だよ。
「安心召されよ。それを額面通り信じる者などいない。『国家反逆罪を犯した重罪人』など、国がそれぞれの国内で指名手配するもの。わざわざ聖皇国が全世界に指名手配することが異例なのだ。だから、次第に巷である噂が囁かれ始めた。実は斎賀五月は『国家反逆罪を犯した重罪人』などではなく、何らかの理由で聖皇国を出奔した召喚者なんじゃないか、と。しかも、出奔しても後を追わない聖皇国があえて指名手配した召喚者ならば、それは女神に選ばれし勇者なのではないか、と。そして、某は今確信した。斎賀五月は間違いなく勇者である、と」
評価してくれてるのはわかるんだけど、ありがたくはないなぁ。
「ヤレヤレ。今更隠しても無意味だから白状するよ。そうさ、俺が勇者斎賀五月だ。『サツキ』じゃなく『イツキ』な。満足したか?」
「もちろんだとも、斎賀五月殿。某に倒されし勇者として、その名を忘れることはないであろう。そして、貴殿の聖剣は、某の誓い果たせし栄えある1000本目となるのだ。」
もう勝った気でいるよ、この人?
早過ぎない? 今、フラグ立ったよ、ヤバイやつ。
でも、『国家反逆罪を犯した重罪人』で失せつつあった俺のやる気は復活したよ。
お礼にちょっと挑発してあげよう。
「へえ、言うじゃないか。いくら伝説の荒法師武蔵坊弁慶といえども、只の召喚者が女神に選ばれし勇者の俺に勝てるとでも思ってるのかい? だとすれば、とんだ道化、いや、バカ野郎か? まあ、いっか。どうせ、見っともなく土を舐めるのは、おまえなんだし~」
俺の上から目線の言葉に弁慶がいきり立つ。
「某を愚弄するか!?」
おっ、弁慶の周囲に陽炎が立った。そうそう、ヘイト高めでお願いするよ。
「事実だよ。それ以上でもそれ以下でもない」
「その言葉、後悔させてやろう」
「後悔? それおいしいの?」
お道化る。
「貴様!!」
「いい感じに、沸騰してきたねぇ。まぁ、いつまでもおちょくっててもしょうがないな。そろそろ本気で相手してやるから掛かって来いよ、武蔵坊弁慶!」
◆ ◆ ◆
「そろそろ本気で相手してやるから掛かって来いよ、武蔵坊弁慶!」
そう告げた目の前の男は片手で持つ聖剣を構えもせず、ダラリと右下に下げている。その状態からでも某の剣戟を受ける自信があるということか。どこまで人を愚弄するか!
「いざ、参る!!」
某は勢いをつけてヤツに迫ると、ハルバートを思いっきり真上から振り下ろした。
『パシ―――――――――――――――ン!』
「なっ、バカな!!」
某は夢でも見ているのか?
ヤツは聖剣で受け止めすらしなかった。あろうことか、そのまま無防備な頭でハルバートを受け止めたのだ。しかも、何事もないような素振りで。まるで、頭にトンボでも止まったかのように。
「ん? 何か当たったか?」
「岩をも砕く真向斬りを生身で受け止めるなどっ!! ありえん!! ありえんのだ!!」
某は何度もハルバートでヤツを斬るべく連撃を繰り返した。袈裟懸け、切り上げ、真向斬り。が、その全ては受け身態勢すら取ろうとしないヤツの生身で撥ね返された。ヤツに傷すらつけられない。
「俺の[絶対防御]には魔王の武器しか届かない」
「魔法かっ、卑怯者めっ!」
「魔法じゃない。勇者の加護だよ。」
どうすれば、打ち崩せる?
「今度は俺の番ね」
気の抜けたようなセリフが聞こえて来た。
次の瞬間、勇者の連撃が襲い掛かってきた。最初はその全てを弾き返していたが、
「なんだ、これは!?」
連撃が次第に速度を増してきた。少しずつ、そう、少しずつだ。まるで、どこまで耐えられるか、試されているようだ。これは、立ち合いなんかじゃない。真剣を用いた稽古だ。
「俺の連撃の加速ギアは6速。ここまで、Lo、2nd、3rdとギアを上げて行ったんだけどね。まあ、ここまでは耐えてくれると思ってたよ。連撃の実践テストとしては上々の滑り出しだ。」
連撃を繰り出しながら、余裕すら見せる勇者の言う事は意味不明だ。だが、なんとなく解る。勇者は某を試している。
某が試されている?
怒りが湧きあがる。だが、防戦一方だ。
「何を! 意味の解らないことを! 言っているっ!」
「意味わかんないかぁ。しょうがないね。だが、もう少し付き合って貰うよ。じゃあさ。
もう一段ギアを上げてみようか。4th」
更に連撃の速度が上がった。次第に圧されていき、受けが破綻し始める。聖剣が甲冑を撃ち、削り取り、その刃が某の身を掠める。無数の傷を負い、立っているのがやっとだ。そして、遂にハルバートも砕け散った。
「もうおまえの得物は破壊した。降参しろ。俺の勝ちだ」
勇者に降伏勧告を受けるが、まだ奥の手がある。
「まだだ! 集え!刃達よ!」
某の背後の空間に、無数の剣、太刀、槍が浮かび上がった。これまで勝って奪い続けた1998本の戦利品達。照準は勇者。
「なんだそれ。魔法なのか? おまえこそ卑怯だろ」
「魔法ではない。某の固有スキル[頂きの蔵]だ。さあ、刃達よ、群れとなりて彼の者を刺し貫け! [斉刃]!」
[斉刃]。
[頂きの蔵]から顕現させた無数の刃を一斉に放つ技。
某の命に従い、1998本の剣と太刀と槍が勇者に襲い掛かる。勇者は素早く聖剣を鞘に納めると、抜刀姿勢になる。全ての刃の群れが勇者を刺し貫く寸前、
勇者の聖剣が神速で抜き放たれ、一閃で某の刃の群れを弾き飛ばし、その全てを打ち砕いた。
一瞬だった。
某の刃の群れは、勇者には1本も届かなかった。
「ありえない。某の必殺のスキル[斉刃]を打ち破るなど、ありえないのだ!」
信じられないものを見せられた某は、まだそれを受け入れられなかった。
「ありえないものが見られてよかったな。もう、俺の勝ちってことでいいだろ? これ以上は無駄な戦いだ。改めて言う。降参しろ」
再度の降伏勧告。
だが、某にも矜持がある。
「某はまだ戦えるっ! 某に残されしはアーティファクトであるこの甲冑と鋼の肉体! 武器を失ったなら拳を使えばいい! 拳を封じられたなら蹴りを繰り出せばいい!」
勇者は、ジッとこちらを見て一言、
「降参はしないってことか?」
降参などしない。この命尽きるまで戦うまでだ。
「応よっ! 某を打ち倒さない限り、某は負けを認めぬ!」
わかっている。某ではこの勇者には敵わない。たぶん、某はここで終わるのだろう。結局、元の世界でもここでも誓いは果たせなかった。それも某の背負いし宿業。だが、最期が勇者に討ち取られることであるなら、それも武人の誉だ。死を覚悟した某は静かに言い放った。
「さあ、参られよ」
◆ ◆ ◆
「さあ、参られよ」
静かにその場に立ち俺の攻撃を待つ弁慶。
どうする。
魔王すら切り伏せる聖剣で生身の弁慶を本気で斬れば、間違いなく弁慶は死ぬ。弁慶の立往生の再現だ。
冗談じゃない!
だが、どうすれば弁慶に致命傷を負わせずに降参させることができる?
いや。
あるじゃないか、無力化する方法が。
俺は攻撃を止め、聖剣を鞘に納めた。
「わかったよ。なら、次の一撃で決める」
俺は弁慶にそう告げると、
「スラスト・レゾナンス!」
突き入れた箇所から共振振動を内部に波及させることで共振破壊を起こさせる突き技。
鞘ごと聖剣で弁慶の甲冑のみぞおちに強力な突きを放つ。
次の瞬間、弁慶の甲冑が砕け散り――――
「にゃ~~~っ!」
えっ? ちょっと待てっ!
「女の子ぉぉぉぉっ!!???」
中学生くらいの女の子が薄着で目を回して倒れていた。




