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075 これからはわたしも一緒

顔に掛かる雫を感じる。

頭の後ろには暖かくて柔らかい感触。


「わたしのせいだ! わたしが五月(さつき)をこの世界に召喚したから!」


顔に掛かる雫がその数を増す。

俺はゆっくり目を開ける。


そこには目を堅く瞑って涙を流すセレスティアの顔。


「元の世界で幸せに暮らしていたのに! 黙って見てればよかったのに!」


俺は涙するセレスティアの頬に手を伸ばす。


「泣いているの?」


目を開けたセレスティアが呆けたような顔をして――――

見る見るうちに顔をクシャクシャに変えると、ギュッと俺の頭を抱き締めた。


「ぐむむむ、く、苦しい!」


セレスティアの胸に顔を押し付けられて息ができない。

セレスティアは声を押し殺して泣いている。


間違いない。

セレスティアはセリアだ。


あいつが見せた光景が蘇る。



――――――――――――――――――――                             


でも、安心して、サツキ。

わたしはもっと高みを目指すわ。

そして、わたしがあなたを導いてあげるから。

次こそ、あなたの望む世界を用意してあげるから。

だから、待っていてね、わたしの親友。


――――――――――――――――――――                             



白亜との穏やかな生活。

シルクとの再会。


セリアは女神に転生して、俺の望む世界を用意してくれた。



俺はセレスティアの背中に手を廻してポンポンと叩いて宥める。

そして告げる。


「帰ってきたよ、セリア。俺の親友」


それを訊いたセテスティアが、


「うわあああああああああああああああああああっ!!」


今度こそ声を上げて泣いた。




小1時間泣き続けたセレスティアからようやく俺は解放された。

俺の上半身は涙塗れ。

セレスティアの目元も赤く腫れている。


俺はベッドの上でセレスティアと向かい合う。


「どうしてここに?」

「創造神様が『五月が死にそう』だって…………」


俺を死にそうにしたのは『俺の同郷者』と名乗ったヤツだ。


「だから、五月(サツキ)を最後に確認したこの場所に降臨したのよ。そしたら、息をしていない五月(サツキ)を見つけて――――」

「死んだと思って泣いたのか」

「泣いてなんかないもん!」


プイッとそっぽを向いた。


俺ははっきり見たんだけどね、君が泣いているのを。

証拠もあるぞ。

涙でグチャグチャになった俺の髪と顔と服。


「雨漏りでもしたんじゃない?」

「外は満天の星空なんだが?」

「極地的な通り雨があったのよ」


あくまで認めようとしない。

本当に昔からセリアは意固地だった、笑っちゃうくらいに。

そんなところは転生しても変わってないんだなあ。


「う~~~~~っ!」


俺の心を読んだのか、セレスティアが俺を睨んでいる。



俺はセレスティアに疑問をぶつけてみた。


「セレスティアの前世はセリアで間違いないんだよね?」

「うん」

「どうして女神なんかに?」


セレスティアが経緯を語ってくれた。


一人、統一聖皇国に残ったセリアは、俺の意思を継いでアナトリア王国のような亜人達の民族自決の為と、俺の冤罪を晴らす為に駆けずり回っていたらしい。

だが、俺の冤罪はなかなか晴らすことができない。そこで目的を統一聖皇国の支配の及ばないアナトリア王国への亡命に切り替えた。聖女の助力もあってアナトリア側も亡命受け入れを承諾してくれた。

亜人達の民族自決については聖女の協力を取り付けて、何とか動き出すところまで漕ぎつけた。

その矢先の暗殺。


「ヘマしちゃった」

「…………」


死んだセリアの魂は創造神の力で女神見習いのセレスティアに転生した。

セレスティアには転生前のセリアの記憶が引き継がれた。

セレスティアは最期の時の誓い通り、俺が転生してきた時に備えて準備を怠らなかった。

その為に女神教育も他の追随を許さないくらい頑張った。

やがてセレスティアは、前任者の女神が出奔して長らく空席になっていたエーデルフェルトの女神に任命された。女神になったセレスティアは創造神に頼んで、エーデルフェルトの管理の傍ら様々な世界を巡った。俺を見つけ出す為に。


俺を見つけ出したセレスティアは時を待った。

魔王の【暴虐】が近づき、司教帝が聖女に勇者召喚を命じるその時を。



「せっかく呼び出したのに、逃亡してくれやがるし」

「女神が『くれやがる』なんて汚い言葉を使うんじゃありません」

「親友の前で取り繕う必要なんてないでしょ? それに…………」

「それに?」


鸚鵡(おうむ)返しする俺。


「逃げたこと、許してないんだからね」


思いっ切り睨まれた。


「それはその、このとおり」


俺、五体投地。


「もう、仕方ないなあ」


セレスティアが笑う。

さっきベソかいてた娘がもう笑ってるよ。


「だからっ! ベソなんてかいてないもん!」


また膨れっ面になったぞ。

それに、人の心を読むんじゃないよ。


「読まれて困るようなことを考えなければいいのよ」

「また、読んだな?」


ヤレヤレ。


「ちなみに、セレスティア」

「セリアでいいわよ」

「女神の仕事はどうした?」

「ああ、それね。わたしそっくりの調整体を培養して仕事押し付けて来た」

「調整体?」

「あなたの世界で言うところの『クローン』ね。培養に時間が掛かったけど間に合ったわ」

「それでいいの? 創造神に怒られない?」

「あなたのことを教えてくれたのは創造神様よ。なら、わたしがこうすることも解ってたはずよ。だから大丈夫でしょ」


おいおい、それでいいのか?


「ところで、勘違いしてたから黙ってたんだけど、今の俺の名前は『サツキ』じゃなくて『イツキ』な」

「はあ? 『五月』って書くんだから『サツキ』なんじゃないの?」

「『イツキ』って読むんだよ。転生した俺を観察してたんだろ? 気付かなかったのか?」

「ずっと『サツキ』って思い込んでた」


だから、指名手配した俺を捕まえられなかったんだよ。

ほんと、昔から残念なヤツ。


「ねえ、わたし、怒ってもいいよね?」


だから、人の心を読むなと――――


「そう言えば、この間のアレは何?」

「アレって?」

「魔族の女よ。勇者の力を行使して魔族の女を助けたでしょ?」

「見てたの?」

「見てたわよっ!」


シルクに記憶を注入された俺は長い間、意識を失っていた。

その時の俺は勇者・大賢者のままだった。

ずっと、セレスティアの監視下にあったのだ。


「セリアさんは出歯亀かな?」

「『出歯亀』って、エッチなことでもしてたのかなあ?」


セリアが圧を高める。


見てたんだろ?

してないよ!


「別に魔族助けたっていいじゃん」

「でもっ! あの女はダメ!」

「何で?」

「だって、意識を取り戻したあんたを抱き締めてたし」


セリアさん、それはあなたもですよ。


「わたしはいいのよ!」


自分を棚に上げる所も昔と同じ。


「で? あの女は何?」

「何って魔族なんだが」

「ふざけないで!」


仕方ねえなあ。


「よく聞いてくれ、セリア」


セリアが黙って俺を見る。


「彼女はシルキーネ・ガヤルド。魔族領の五公主の一人にして女魔公爵だ」

「そのことは高貴そうな女だったから驚かないわ」

「まあ訊け。彼女は創造神の力によって転生したシルクだ」


それを訊いたセリアがワナワナと震えだした。

そして、


「あのいけ好かないエルフかあああああああああああっ!!!」


部屋に響き渡るような大声で叫んだのだった。




その晩、セレスティアは俺の家に泊まることになった。


「イツキのご飯が食べたい」


セレスティアが食事を所望した。


「女神も飯を食うのか?」

(かすみ)でも食べてると思った?」

「仙人は(かすみ)を食べて生きてるって――――」

「わたしは仙人じゃないわよ。女神なのよ」


女神は普通に食べるんだ?


「こんな夜遅く飯なんか食ったら、太るぞ」

「うぐっ!」


セレスティアが腹を押さえて唸った。


ふ~ん、なるほど。女神も太るんだ。


恨めしそうな目で見るセレスティアから逃げるようにキッチンに向かう。


まずは小麦粉で生地を打ち、薄く広げる。

それを包丁で太めに切ったものはそのままに、緩衝地帯の森で採取してあった山菜を炭酸水で溶いた片栗粉と小麦粉に塗す。

それを熱した油に入れて揚げる。

揚がったものを網の上に上げて含んだ油を切る。

沸かしたお湯に平たい麺を入れて茹で上がるのを待つ。

茹で上がった麺を暖かいだし汁の入った器に淹れ、その上にさっき揚がった山菜を乗せる。

山菜天麩羅きし麺の出来上がりだ。


一階の食堂に降りて来たセレスティアを食堂の椅子に座らせ、テーブルに山菜天麩羅きし麺を置く。


「わあ、イツキのご飯だぁ!」


俺は嬉しそうにきし麺を啜るセレスティアの向かいに座ってその様子を見ていた。

本当に昔のセリアと同じだ。


俺が見ているのに気付いたセレスティアが麺を啜りながら上目使いに俺を見た。


「何?」

「いや、何でもないよ」

「嘘。言って御覧なさい」

「いや、変わらないなって」


きし麺を食べ終えたセレスティアが『ごちそうさま』すると、


「わたしは変わってないわよ。むしろ、イツキが変わり過ぎ。皐月(サツキ)は身持ちが堅かったけど、今のあんたは何? シルクどころか小娘まで侍らせちゃって。転生してとち狂っちゃったの? このままハーレムでも作るつもり?」

「誤解だよ。小娘って白亜のことだろ? あれは妹だよ」

「元の世界のあんたは一人っ子だったはずだけど?」

「まあ、いろいろあって拾って妹にした」


それを訊いたセレスティアが溜息をついて、


「昔からあんたは子供好きだったものね。助けたエルフの娘の面倒も見てたし」


そう言えばそんなこともあったなあ。

名前、なんていったっけ?


そんな俺を見ていたセレスティアが、


「まあいいわ。これからはわたしも一緒なんだし」

「えっ? セリアも一緒に来るの?」

「何? わたしが一緒じゃ不都合な訳? 何か後ろ暗いことでもあるのかなあ?」

「別に無いけど」

「じゃあ一緒に行くわ。いけ好かないエルフに釘を刺しておかないといけないし、親友が色事師にならないように厳重に管理しなくっちゃならないしね」


また、シルクと揉めるつもりか?

それに、色事師って、師匠のことだよね。師匠居ないよ。

そもそも『厳重に管理』って何?

怖いんですけど。


「とりあえず客間に案内するよ」


すると、セレスティアが、『何言ってんだ、こいつ』って顔をして、


「はあ? イツキと寝るに決まってるでしょう? 前もそうだったじゃない?」


たぶん、真冬の魔族領で吹雪の中、雪に穴を掘ってビバークした時の事を言ってるんだろう。

確かにあの時は身を寄せ合って寝ないと凍死する状況だった。

でも、今はそんな状況じゃない。


「状況が違っても、わたしが今そうしたいと思ってるの。黙って従いなさい」


いい加減、心読むな!

泣くぞ!


言い出したら訊かないセレスティアに手を引かれて俺の部屋に行く。

結局、俺はセレスティアの抱き枕にされてしまった。


セレスティアは5分もしないうちに寝息を立て始めた。


女神も寝るんだ?

神ってのは四六時中下界を観察しているから寝ないんだと思っていた。



『ヘマしちゃった』


軽い調子だったが、俺は知っている。

俺もシルクも酷い死に方だったが、セリアも負けず劣らず壮絶だった。

あれは『ヘマ』なんかじゃない。司教帝が一枚上手だったんだ。

司教帝の手の者に殺られて悔しいはずなのに、この女は肝心なところで見栄を張る。


さっきは心を読まれると思って無心を貫いたが、危うく、


『全部知ってる。親友の前で見栄を張るな! 悔しかったなら悔しかったって言え!』


と漏らしそうになった。

まあ、そんなことを言ったら、こいつは可哀そうになるくらい一生懸命取り繕おうとするから止めておいたんだが。



「う~ん。サツキ~」


俺の胸に頬をすりすりするセレスティアの寝顔は幸せそうだ。


一方の俺は眠れそうにない。

セレスティアからはいい匂いはするし、胸は当たってるし。

いくら親友同士だからって、いくらなんでも無防備過ぎる。

男は、綺麗な女の子に抱き着かれたら意識しちゃうものなんだよ。

ね、解ってる?

そこのところ、解ってるの?

ねえ、セレスティアさん!







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