073 暗殺者
「ここにしよう」
ヌメイを出発して半日程南下したところで、シルクが使節団に停止を命じた。
シルクが馬車を降りた。
俺も馬車を降りる。
「こんなところで休憩?」
するとシルクは立てた人差指を顔の前で左右に振って、
「ここから一気に王都まで転移するんだよ」
シルクの説明はこうだ。
1000年前の勇者一行時代に行った場所なら、その頃の記憶を元に[転移]の使用が可能。
ここは勇者一行時代に通ったことのある場所。
王都はアナトリア王国建国に関わっているから、当然よく知っている。
行ったことのある場所になら行使できる[転移]の条件にも合っている。
「最初からガヤルドの公都から王都まで転移すれば楽だったんじゃないの?」
「あのね、イツキ君。休戦協定を結んだとはいえ、魔族領と人族の国とは敵国同士なんだ。小規模とはいえ、その敵国の軍がいきなり王都に転移してきたらどうなる?」
「王国民は魔族が攻めて来たと思うだろうね」
「そうだね。だから王国に不安を与えないように、転移を使わずに陸路で国境を越えたんだよ。同じ理由で、北の守りの要の北部方面軍にもボク達が通過したことを知らせる必要があった」
政治は難しいな。
俺なら楽が出来るから[転移]を選ぶ。
そして、転移先で大騒ぎが起きることは想像に難くない。
前世でも『効率がいいから』と、いきなり制度改革を断行して政敵を作ったことを思い出した。その度に宰相になったシルクが根回しに苦労してたっけ。
やっぱり、俺には政治は向いていない。
あのまま、女神の言いなりになって勇者なんてやっていたら、魔王の【暴虐】を阻止した後に待っているのは、聖皇国国王の地位。
また、政敵を増やした挙句、司教帝に断罪されたその先は――――
また、同じことが繰り返されるのか?
やっぱり、セレスティアからの逃亡という選択肢に間違いは無かった。
グッジョブ、あの時の俺!
「じゃあ、イツキ君もボクと一緒に転移を発動してくれ」
俺も?
「ボク一人ではこの数の人や馬や馬車は荷が重い。だから、ボク同様に転移が使えるキミの助力が必要だ」
「俺は王都に行ったことがないんだけど?」
「解ってると思うけど、キミも王都までの転移が発動できるはずだよ。前世の記憶を手繰ってごらん」
ああ、そういうことか。
確かに1000年前に王国建国を進言したのは俺だ。
王都もシルクが鉄壁の防壁で囲ったあの時の村だ。
「でもなあ。これまで控えていた転移をここで使っていいの?」
「だって、ここからは王都までにはもう軍事拠点が無いじゃないか。それに砂漠越えも面倒だしね。暑いし、砂塗れになるし」
本音はそこか。
「もちろん、いきなり王都には転移しないよ。驚かせてしまうからね。う~ん、そうだね。王都近郊の街道から外れた場所に転移しよう」
まあ、このまま馬車や馬で移動していたら、王都まで1ケ月以上掛かってしまう。
旅程短縮については異論無かった。
俺とシルクは同時に[転移]を発動する。
まずは、転移陣。
使節団を取り囲むように大きな二重の転移陣が現れた。
「「転移!」」
[転移]が発動し、俺達は一気に王都近郊まで転移した。
■
夕方、王都の城壁を潜って王都に入城する。
「わしの任務はここまでだ。ここから迎賓館までは近衛が随伴するから安心しろ」
そう言って隊長さんはジープから降りて、交代の近衛騎士団員といくつか会話を交わすと街の雑踏に消えた。
ここから先は、近衛騎士団が先導するらしい。
街の中央広場を過ぎたあたりで、ジープが俺達の馬車に並んだ。
どうやら、俺に用事があるらしい。
「イツキ。ちょっと、ロダン殿をお借りしていいか?」
「別に構いませんが。どこに連れて行くつもりですか?」
一応、ロダンは俺の使い魔でもあるから、神殿に連れて行かれるのはマズい。
ロダンに紐づけられた俺のことが聖皇国の神殿本部にバレる可能性がある。
それは避けたい。
「王都の冒険者ギルド支部まで同行して貰いたいんだよ」
「王都の冒険者ギルド支部ですか」
俺は内心ホッとする。
「今回のクエスト完了を以て、ロダン殿の《S》ランク昇格申請をするつもりでな」
「それで本人も必要ってことですか」
「そういうことだ」
「わかりました。じゃあ、ロダンはジープでアインズ支部長と王都のギルド支部に行ってくれ」
「わかった、イツキ殿」
「それと、申請手続きには時間が掛かる。ロダン殿には王都支部に泊まって貰うつもりだが、それで問題無いか?」
「ええ、それで構いませんよ」
ベヘモットさんを降ろしたジープが俺達と別れて大通りを右折して走り去っていった。
「失礼致します」
ベヘモットさんが俺達の馬車に乗り込んできた。
シルクと白亜が隣同志。向かいにベヘモットさんと俺。
やがて、馬車が東南アジアのラッ◆ルズホテルを更に立派にしたような4階建ての建物の前で止まる。
先に馬車から降りたベヘモットさんが馬車の横に立った。
シルクが先に降り、その後に俺と白亜が続く。
馬車の前の左右にシャルトリューズさんをはじめとするメイド隊が整列していた。
その先に出迎えるのは初老の紳士。
「ようこそ、おいで下さいました、ガヤルド魔公爵閣下。私はグリューネル侯爵家のマイケル・グリューネルと申します。国務長官を拝命しております」
「はじめまして、グリューネル侯爵。シルキーネ・ガヤルドです」
グリューネル侯爵に歩み寄ったシルクが握手を交わす。
「正式な外交交渉は明後日以降、王宮にて。旅の疲れも御座いましょう。本日は当迎賓館でごゆるりとお寛ぎください。ささ、こちらへ」
グリューネル公爵がシルクを館内に案内する。
!
俺の[気配察知]がアラートを鳴らした。
迎賓館から離れた位置からシルクを伺う殺気を伴った複数の視線。
1,2,3,…………,8、9、10。
やれやれ。
「白亜。」
「なんじゃ?」
「おまえはシルクと一緒に迎賓館に泊まれ」
「妾一人でか?」
「シルクの親衛隊や王国の近衛兵が居るから大丈夫だとは思うが、女性でないとダメなシチュエーションってもんもあるだろ? まあ、普通の暴漢ならシルクでも対処できるしメイド隊もいる。でも、暗殺に長けた手練れ相手だとシルクのような魔法系ではちょっと不安なんだよな。だから、そんな時には俺が一番頼りにする魔道剣聖のおまえが必要だと思うんだ」
白亜は真面目な顔で俺をジッと見ていたが、口の端がニヨニヨしている。
『俺が一番頼りにする』が嬉しかったんだね。
「わかったのじゃ。シルクの護衛は妾に任せよ」
「うん、頼む」
「白夜も白亜と一緒に護衛任務だ」
「ワン!」
子犬状態の白夜が白亜の足元で吠えた。
「それで、イツキはどうするのじゃ?」
「俺はギルドに王命依頼完了の報告に行ってくる。で、そのまま街の宿に泊まるよ。さすがに魔族領の重鎮が泊る迎賓館に俺みたいな男が一緒という訳にはいかないだろ?」
白亜は俺が街の宿に泊まることにちょっと不満そうだったが、最終的には納得してくれたようだった。
「妙な女に捕まるではないぞ」
一応、釘は刺された。
迎賓館の周りがゴミだらけだ。
賓客を迎えるんだから王国ももっと清掃作業をきちんとしておいて欲しいものだ。
シルクは綺麗好きなんだよ。
仕方無い。
一丁、俺がゴミ掃除をするとしますかね。
◆ ◆ ◆
『こちら、アルファ。各自現状報告せよ』
「こちら、インディア。目標はポイント・ゼロに入った。魔族軍は指揮官とその部下3名を残して王国軍兵舎に向かった。警備兵はエントランスに2名。中には何人いるかは不明だが、そう多くないと思われる」
『こちら、ブラボー。ポイント・ゼロ周囲を巡回する警備兵2名を確認』
『こちら、デルタ。ポイント・ゼロ外周には麻痺結界が張られている。潜入は困難。アルファ、指示を』
『こちら、アルファ。作戦に変更は無い。予定通り1900を以て作戦を開始する。ブラボー、チャーリー、デルタの3名は巡回する警備兵を排除。その後、周辺警戒に当たれ。エコー、フォックストロット、リマ、マイクの4名はポイント・ゼロのエントランスから強行突入。速やかに抵抗を排除し、目標を抹消せよ。オスカー、シエラの2名は退路の確保に当たれ』
『こちら、エコー。非戦闘員の扱いの指示を求む』
『アルファより指示。目撃者は女子供を問わず全て抹消。例外は無い』
「エコー、了解」
『アルファより伝達。時刻を合わせろ。10…………7…………4、3、2、1、今!』
迎賓館を物陰から取り囲む妖しい集団。
その一人、物陰に身を潜めるコードネーム、フォクストロットは背後に気配を感じて振り返ろうとした。
が、それは叶わなかった。
頭が地面に転がる。
「この白藤、凄い切れ味だな」
男が姿を現す。
男が[鑑定]を行使する。
名前 : ラウル・マックスマン
所属 : カラトバ騎士団領 国家情報局 特殊作戦グループ A班
称号 : コードネーム・フォクストロット
職業 : 暗殺者
「また、カラトバ騎士団領かよ!」
男は吐き捨てるようにそう言った。
転がった死体を眺める男があるものに気付く。
切り落とした勢いで頭から脱落したヘッドセットだ。
男はそれを拾い上げる。
「これ、ヘッドセット型のトランシーバーか!? 何でこんな物がエーデルフェルトに?」
男は暫く考え込んだ後、そのヘッドッセットを異空間に空いた隙間に放り込むと、暗闇に姿を消した。
午後7時。
作戦を指揮するアルファが指令を出す。
「アルファより指令。状況開始」
『『『『『『『『『…………』』』』』』』』』
いつもならあるはずの『ラジャー!』という応答が無い。
「こちら、アルファ。応答しろ」
やはり応答が無い。
「おい、各担当リーダー、応答しろ! ブラボー! エコー! オスカー!」
「もう君一人だから応答は無いよ」
全く気配が無かったはずの背後から声が掛かる。
振り向いたそこには――――
◆ ◆ ◆
焦りまくったおっさんがヘッドセット型トランシーバーに話し掛けている。
「おい、各担当リーダー、応答しろ! ブラボー! エコー! オスカー!」
「もう君一人だから応答は無いよ」
話し掛けたら、思いっきり驚かれた。
「き、きさまはサイガイツキ!」
「おや、俺の事知ってるの? カラトバにまで伝わってるなんて凄いね」
できるだけ、友好的に話し掛けたつもりだったんだが、おっさんに何かを向けられた。
サイレンサー付の拳銃?
おいおい、そんなものまで出回ってるのかよ。
「パラライズ」
俺はおっさんに麻痺魔法を掛ける。
おっさんが銃の引き金を引こうとして叶わず、身を翻して逃げようとして叶わなかった。
「さて、お話を訊こうか?」
俺はおっさんの首から上だけ麻痺を解いた。
「きさま、まさか――――」
「お察しの通り、お仲間はおたくを除いて、全員・・・え~っと、おたくら用語で『抹消』だっけ。その『抹消』とやらをさせて貰った」
「全員をか!? 皆、各軍からリクルートした歴戦兵だぞ!」
「でも、この刀で一瞬だったよ」
腰に差した白藤をポンと叩いて見せる。
「で、質問なんだけどさあ。もしかして、魔族領の外務卿を暗殺しようとしてたのかなあ?」
「…………」
「黙秘かあ。仕方が無いな。あまりこういうことはしたくないんだけど」
俺はおっさんに手を翳し、
「コンフェッシオ」
自白魔法を行使する。
「じゃあ、おたくが知ってることを洗い浚い話して貰おうか?」
現場責任者から聞き出せる情報はそう多くない。
命令以外、最低限の情報しか与えられないからだ。
それでも何がしかの情報が得られれば・・・
それにこいつらが持っていた機材の出所も気になる。
俺が言うのもなんだが、エーデルフェルトにとって明らかにオーバーテクノロジーだ。
コルカタの民間軍事会社のアジトの弾薬庫や緩衝地帯で襲ってきた空中戦艦も同様。
俺が元居た世界よりも相当に科学技術が進んだ未来からの召喚者の存在が疑われる。
そいつが俺に敵対する者だとすれば・・・・・・
それは俺のスローライフにとっても明らかな脅威だ。
「あぐぅ、あがぁ…………」
おっさんは自白するまいと抵抗を試み、それがダメと解ると、
「ぐっ!」
奥歯を嚙み締めた。
おっさんが痙攣し、やがて泡を吹いて白目を剥いた。
しまった。
供述を引き出す前に身体検査しておけばよかった。
奥歯に毒入りカプセルを仕込むなんて、暗殺者の定番なのに失念していたよ。
「はてさて、どうしたもんかね?」
思わず天を仰いでしまう。
「とりあえず、王命依頼完了報告と暗殺者どもの遺体回収のお願いに冒険者ギルドへ行くとしますか。」
■
はああああああ。
疲れた。
俺はギルドに行って、王命依頼完了の報告と暗殺者どもの遺体回収のお願いをした。
そこでいろいろ事情聴取され、解放されたのは日付も変わった午前0時過ぎ。
もう、宿の受付も終わっている。
「野宿って訳にもいかないしなあ」
かと言って、迎賓館にお邪魔するのも気が引ける。
アインズ支部長や隊長さんのところに転がり込むことも考えたが、二人がどこに泊まるのか訊いていなかった。
「仕方無い。一旦、家に帰るか」
俺は[転移]を行使して辺境の自宅に戻る。
当然、白亜もロダンも白夜も王都だから自宅は閑散としていた。
「ひさしぶりの一人だな」
エーデルフェルトに召喚されてから白亜に会うまではこんな感じだった。
白亜を家族に迎え、ロダンと白夜を使い魔にし、隊長さんまで入り浸る日々。
再会したシルクも傍に居るつもりだし。
前世の俺も今の俺も、のんびり片田舎でスローライフを送るつもりだったが、思えばずいぶん賑やかになったものだ。
まあ、思惑とは異なる状況ではあるが、今のこの状況も捨てたもんじゃないね。
俺は久々の自室のベッドに身を沈めると、眠りに落ちて行った。
そう言えば、晩飯食ってなかったよ。
まあ、いいか。




