表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/178

071 魔王

ユラユラと揺られる身体。

俺はゆっくり目を開ける。

もう、酷い頭痛は引いたようだ。

まだ、頭がクラクラするが。


「やあ、お目覚めのようだね。ボクの王子様」


起き上がって向かいの席を見る。


「……………………シルク?」

「ああ、君のシルクだよ」


夢の中の大賢者様が目の前で微笑んでいる。


あれ?

涙が出て来た。

あれあれ?

涙が止まらないぞ。


向かいに座っていたシルクが立ち上がって俺の前に来ると、俺の頭を左手で抱き寄せた。

そして、俺の頭を右手で優しく撫でた。


ああ、懐かしい。

いつまでもこうされていたい。

でも、これは俺を溶かしてダメにする優しさだ。

このままではシルク依存症になってしまう。


「コホン!!」


大きな咳払いに我に返った俺がその咳払いの方を見ると、向かいの席に白亜が座っていた。

射殺すような目で俺とシルクを見ながら。


「どういう関係なのか、説明してくれるのじゃろうな?」


シルクは俺を解放すると、俺の横に座る。

右頬に手を添えながら、余裕の笑みを見せてこう言った。


「彼は前世にボクに誓ってくれたんだ。『必ず嫁にする』ってね」




シルクから爆弾発言が飛び出したタイミングでネヴィル村に到着。

どうやら、俺は長い間、意識を失っていたらしい。

[容姿変換]も解けたまま。

これ、全部、セレスティアに筒抜けだよね。

はてさて、どうしたものか?



「この村には粗末な宿しかないからな。迎賓館代わりにおまえの家を使わせてくれ」


俺達の帰還を待っていたアインズ支部長にお願いされた。


「お嬢様をよろしくお願いしますぞ」


執事のベヘモットさんがそう言い残して村に行ってしまった。

親衛隊長のアップルジャックさんや護衛の人達と共に村の宿に泊まるらしい。

アインズ支部長は隊長さんのところに泊まると言っていた。


そんな訳で俺達の家にシルクが泊ることになった。

白亜は大いに不満なようだが。


居間でシルクを囲む。


「何から話せばいい?」

「まずはイツキの唇を奪った件からじゃ」

「ああ、その事か。済まないね、キミのお兄さんを奪ってしまって」


ああ、シルク。

わかってて挑発するような言い方してるよね。


「実は彼とボクは、1000年前の勇者一行の生まれ変わりなんだよ」

「はああ?」


白亜が驚きの声を上げる。

一方のロダンの態度に変化は無い。


「ボクは勇者一行の大賢者シルクの生まれ変わりで、彼は勇者雑賀皐月(サイガサツキ)の生まれ変わりだ」

「やっぱりか」

「ロダンはわかってたのか?」

「魔族はそういうことに敏感なのさ。我もイツキ殿と会した当初からイツキ殿が伝説の勇者ではないかと疑っておった」

「話を進めていいかい?」

「ああ、続きを頼むよ、シルク」


シルクが続きを話す。

内容は概ね以下のとおりだ。


前世の俺は、無事に魔王を討伐し、聖都に戻ると聖女アルトリア・リザニアと結婚して統一聖教国の国王になった。1年後、俺は双子の男女を授かった。


そこいらへんから、雲行きが怪しくなる。

ある日、俺は聖女の祖父である司教帝に神殿に呼び出される。そこで、俺は数々の冤罪で断罪され、その場で廃位を言い渡された。俺は司教帝に[無能の呪い]を掛けられて地下牢に収監された。呪いのせいで〖7000〗だった俺のレベルは〖1〗。俺も『もはやこれまで』と覚悟を決めた。


だが、妻と仲間は諦めなかった。

アルトリアは司教帝に内緒でアナトリア王国と俺の亡命交渉を進め、セリアは国内の貴族に俺の除名嘆願への協力要請に奔走した。


俺の復権を怖れた司教帝は俺の処刑を急いだ。

処刑当日、俺は処刑場に乱入してきたシルクとタイゾー師匠に救い出され、アルトリアが繋ぎをつけてくれたアナトリア王国への亡命を急いだ。

司教帝は亡命阻止の為に追討軍を招集して俺達を追わせた。


俺達は中央大陸西部の中立都市グレースタウンで西大陸に渡る船をチャーターした。

正にこれから出航という時に、追討軍が都市城壁を破って雪崩れ込んできた。

タイゾー師匠が残って時間稼ぎしてくれたおかげで、出航は無事できた。


司教帝の動きは早かった。

俺達が向かう西大陸東部の中立都市バサーストに別動隊を先回りさせていた。

だが、その別動隊を後方から襲撃する勢力により別動隊は混乱に陥った。

その隙に俺達は西大陸に上陸を果たすことができた。

別動隊を襲撃したのはアナトリア王国が密かに派遣した救出部隊だった。


だが、多勢に無勢。

俺達と救出部隊は西大陸東部のなだらかに続く丘の上に追い込まれた。

俺はアナトリア王国に迷惑が掛からないように救出部隊を撤退させた。


丘の上に残った俺とシルクは、シルクが最期に放った超級光属性範囲攻撃魔法[サテライト・キャノン]によって自害して果てた。追討軍全てを巻き込んで。


その丘はその後、統一聖皇国の好む好まざるに拘わらず、人々から〖誓いの丘〗と呼ばれるようになった。統一聖皇国は〖誓いの丘〗を取り巻く周囲250kmの円周状の土地をアナトリア大国から切り取り、禁足地として統一聖皇国領に編入した。


「そんなことが…………」


白亜も絶句している。

ここまでは、俺も思い出している。

俺が1000年前の勇者の生まれ変わりだなんて、俄かには信じられないんだけどね。



俺にはぜひとも確認しなければならないことがあった。


「俺が聖剣を抜いた時に、能力が全開放されたのはシルクの仕込みってこと?」

「そうだね。言ったはずだよ。『次に聖剣を手にした時、ボクの全てがキミのものになる。それらはキミの助けになってくれるはずだよ』ってね」

「じゃあ、これも?」


俺は[無限収納]から魔法大全を取り出す。


「それ、ボクの著書じゃないか。懐かしいねえ」


シルクは魔法大全を手に取るとパラパラとページを捲って中を確認する。


「これ、本物だね。どうやって手に入れたんだい?」

「女神から貰ったスキル[無限収納]に入ってた」


シルクは暫し考え込むと、


「これはボクが用意したものじゃないね。察するにボク以外にも、転生するであろうキミの為にお膳立てをした者がいるってことになるね」

「心当たりは?」

「無いね。想像も付かない」


確認することはまだある。


「俺はさ、自分が転生者だったなんて、この間まで思いもしなかったよ。偶に変な夢を見ることがあったけど、前世の記憶自体はシルクの…………その…………キ…………」

「『キ』何だい?」


ニヤニヤするシルク。


「ともかく! シルクの行為が切っ掛けで思い出せた」

「『思い出せた』んじゃないよ。キミの中には記憶の断片しか残っていなかったんだよ」

「どういうこと?」

「ボクが預かっていた記憶をキミに移し替えたんだよ」


シルクが俺の記憶を持っていた?


「生きとし生けるもの全ては輪廻の輪から逃れられない。魂は死を迎えた後、転生という形で再生する。では、魂の記憶は?」

「消えて無くなる?」

「違うね。魂の記憶は神界の記憶保管庫に収納されるんだよ。死を迎えた魂は、その記憶を記憶保管庫に複製した後、記憶消去されてから再生するんだよ。過去の記憶が断片的に残るのは消去作業が杜撰だったからだ。だが、今回、ボク達が死ぬことになった経緯には女神が密接に関わっていた。その原因となった女神はあの後、行方を晦ませてしまった。女神を管轄していた創造神様には部下の責任を被ってボク達に補償する必要が生じた。だから、前世そのままの状態でボクを転生させた。もっとも、ハイエルフじゃなくて魔族に転生させられちゃったんだけどね」


そう言って、頭の左右に生える角を手で擦った。


「じゃあ、俺は?」

「キミの場合、補償しようにも魂が元の世界に送り返されてしまったからね。手が出せなかったんだろう。それで、キミの記憶をボクが預かることになった」

「だから、『預かっていた記憶を移し替えた』になるんだね?」

「記憶の移し替え自体は簡単なんだ。手を握ることでも、肩を触れ合わせることでも、背中を合わせることでも、身体的な接触さえできればね」

「それじゃあ、イツキの唇を奪う必要はなかったのではないのか?」


白亜が抗議する。


「そこはね…………まあ…………ボクの欲望を優先させた」


シルクがテヘペロした。


「ちなみに創造神様はボクの望みを叶える為に、イキな計らいをしてくれたんだ」


イキな計らい?


「サツキ君、じゃないね、今はイツキ君だったね。ちょっとオヂサンを鑑定して見ちゃあくれないかい? 最上級の[鑑定+++]で頼むよ」


自分を鑑定しろ?

変なことを言うなあ。


俺は言われるまま[鑑定+++]でシルクを鑑定する。


  名前      シルキーネ・ガヤルド

  種族      高位魔族

  地位      魔族領五公主 女魔公爵 外務卿

  レベル     15000

  HP      45000000

  MP      70000000

  スキルポイント 50000000

  魔法属性    全属性

  称号      ※▼□

  職種      大賢者

  ギフトスキル  記憶転写


前世よりは劣るとは言え、相変わらず凄い能力値だな。


ん?

称号の部分が文字化けして良くわからない。


注入する魔力量を最大化して、再度[鑑定+++]を行使する。

まだ、文字化けしている。


今度は、魔力量最大化だけでなく、魔力充填速度最速で、再々度[鑑定+++]を行使する。

見えた!


称号は、こう表示されていた。



【魔王】



ハハハ、今日はいろいろあって疲れてるからなあ。

つい、見間違えちゃったよ。


改めて[鑑定+++]を行使してみる。



【魔王】



いやいやいや、ありえないだろう。


気を取り直して[鑑定+++]を行使。



【魔王】



「シルクウウウウウウウウウウウウウウウッ!」

「キミの傍にずっと居られるように創造神様に頼んだらこうしてくれたんだよ。てへっ」


ちょっとしたいたずらがバレた時の子供のように自分の拳で頭をコツンとした。


おいおいおいおい、ちょっと待ってくれ。


つまり、シルクが【魔王】で、シルクの機嫌を損ねたら【暴虐】が発動で人類滅亡!!!?


これは悪夢だ。


「現実だよ」


シルク、俺の心を読まないでくれ。

ゲシュタルト崩壊してしまいそうだ。



創造神様~~~~~~!!

何てことしてくれやがるんですか!!


シルクの機嫌次第で人類滅亡!?

しかもシルクの機嫌は俺の一挙手一投足に賭かっている!?


どういう罰ゲームだよ!!


ねえ、殴っていい?

創造神様? 殴っていい?


「これでボクは君の最重要監視対象だ。もう離れられなくなったね。イツキ君♡」


うれしそうだなあ、シルク。

俺の気も知らないで。


「妾は認めぬ」


白亜がそっぽを向いて頬を膨らませている。


それを見たロダンが、


「イツキ殿がさっさと嬢ちゃんを貰ってやらんからこうなる」

「俺のせいだって言いたいのか?」


俺のロダンへの抗議を訊いたシルクが、


「確かに、白亜嬢にも納得して貰わなければいけないね」

「シルキーネ殿、嬢ちゃんは難敵だぞ」

「任せておきたまえ。小姑対策も万全だ」

「誰が小姑だというのじゃ!!!」


シルクは笑顔で人を怒らせるのが上手だなあ。

そう言えば、セリアもよくこうして怒ってたよな。



セリアかあ。

シルクが転生している以上、セリアも転生してるんだろうなあ。

だとすれば、あいつ、今頃どうしてるんだろうね?




夜も更けた頃。

寝室のドアをノックする音がした。


「イツキ。妾じゃ。ちょっとよいか?」

「開いてるよ」


扉を開けて白亜が入って来た。

枕を抱えて。


「ん? どうした?」

「イツキと添い寝」


やれやれ、白亜の機嫌も取っておかないとね。

俺は上半身を起こすと自分の枕の横を叩いて合図した。


「わ~い!」


白亜がトトトトトトッとベッドに駆け寄って来て俺の横に潜り込む。


「今回のクエスト、お疲れ様」


俺は白亜の頭を撫でる。

くすぐったそうに微笑む白亜が、


「イツキもお疲れ様なのじゃ」


上掛けから目だけ出して、俺を見詰めて来る。


可愛過ぎだろ。

白亜さんは俺を萌え殺す気ですか?


「イツキはシルキーネのことをどうするつもりなのじゃ?」


来た来た来た来た来た!

白亜がここに来た本題はこれだろう。


「前世の約束に従うなら、シルクを嫁にするしかないんだよなあ」

「前世なんか関係なかろう。今のイツキは雑賀皐月(さいがさつき)じゃなくて斎賀五月(さいがいつき)じゃ。イツキは前世に捉われることなく現世のイツキを謳歌すればよいのじゃ」


白亜の言う事は正しい。

現世を生きる者が前世に縛られるのなら、輪廻の輪の中で転生を重ねる程にその縛りは増え続け、最後には人を雁字搦(がんじがら)めに縛り付けて身動きさえ取れなくしてしまうだろう。

転生は謂わばやり直し。

やり直しに縛りなどいらないはずだ。

だから、白亜は自由に生きろと言っているのだ。


それは(かつ)て俺が、武蔵坊弁慶に『白亜』と言う名を与え、示した道。


「魔王の【暴虐】はどうする?」

「そうじゃのう。その事はおいおい考えればよかろう。さっきの様子じゃと、すぐには暴発せぬであろうからな。…………ふわあ」


白亜が大きなあくびをした。

もう、お(ねむ)の時間らしい。


「おやすみ、イツキ」

「ああ、おやすみ、白亜」


俺も眠くなってきた。

今日は思いっ切り働いたからなあ。

それに、精神的にも疲れた。

今でも、まだ頭の中の整理がつかない。


うん、寝よう。

これはもう寝るしかないよね。



と、扉が勢いよく開いてシルクが飛び込んできた。


「イツキ君! 夜更かししよう! 夜はまだまだこれからだからねっ!」


その勢いに俺も白亜も飛び起きる。


「ボードゲームを持ってきた! カードにチェス、バックギャモンもあるよ!」


シルクが嬉しそうに両手に抱えたそれらを(かざ)して見せる。



「こんの糞魔王っ!!!! 今何時だと思っておるのじゃああああっ!!!!」


草木も眠る丑三つ時。

白亜の怒りの絶叫がさく裂するのだった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ