070 大賢者シルク
――――――――――――――――――――
「あなたが大賢者シルクさんですね?」
村のはずれに建つ小じんまりした家。
そのテラスで本を読む女性に声を掛ける。
ベリーショートの青髪に蒼い瞳の美少年と見まがう美少女。
たぶん長身。
「ヒュー!」
師匠がいい女を前にした時に零す口笛。
「ん? オヂサンに何の用だい?」
含みのありそうなニヨニヨした表情で訊いて来た。
俺を押しのけるようにセリアが進み出て、見下ろすように言う。
「わたし達は勇者一行よ。あなたをその勇者一行のメンバーに徴集しに来たのよ。名誉に思いなさい」
セリア、もうちょっと言い方ってもんがあるんじゃない?
「人間至上主義の神官かな? 言葉使いがなってないね」
シルクさんは柳に風だ。
でも、その意見には同意する。
「エルフ風情が、枢機卿のわたしに向かって――――」
「ボクはハイエルフだ。君こそ年長者に失礼だろう?」
年長者?
17,8前後にしか見えないんだが。
「515歳だけどなにか?」
「ババアじゃねえか」
「エルフ族は長命種なんです。自分の常識だけで判断するのは師匠の悪い癖ですよ」
シルクさんに対する師匠の物言いを窘める。
「いいのよ。実際、こいつ、ババアなんだし」
セリア!
もう黙っててくれないかな?
「すいません。仲間が失礼なことばかり言って。後でよく言い聞かせておくので」
「こいつの方が失礼よ! この枢機卿のわたしに向かって、田舎賢者ごときが――――」
「もう黙ろうか」
俺はセリアの口を塞ぐ。
「もがっ! もががっ!」
暴れるセリアの後頭部にチョップをかまして気絶させた。
「きゅう~~~」
気絶したセリアを地面に放り出す。
「おまえも相当だよ。天下の枢機卿様だぞ。不敬罪で縛り首だな」
「師匠が黙ってくれればバレませんよ」
「だが、目を覚ましたこいつが騒ぐだろう?」
「適当に言い包めておけばいいんですよ。コロッと騙されますから」
「「イキるだけしか能が無い残念神官だし」」
俺と師匠がハモった。
セリアは相変わらず地面にノビたまま。
笑い合う俺と師匠をシルクさんが興味深そうに見ていた。
邪魔者を排除した俺はシルクさんに向き直って、手を差し伸べる。
「シルクさん。俺達の魔王討伐の旅に同行してくれませんか?」
「それはボクに勇者一行の仲間になって欲しいってこと?」
「ええ。俺達は現在、剣士2人と神官の3人のパーティーなんですが、俺と師匠は前衛で、そこにノビている神官は回復役。後方支援を務める後衛が居ないので、パーティーとしてはとてもバランスが悪いんですよ」
「魔法職の支援が必要ってことだね」
「話が早くて助かります」
「だが断る!」
期待させといて拒絶ですか?
上げて落とすのは止めて欲しい。
「ボクはこの村に居着いてから、もう400年ものんびり暮らしてきた。今更河岸を変えるつもりはないね」
「でも、魔王の【暴虐】が発動すれば、そんな生活もできなくなると思うんですが」
それを訊いたシルクさんが訊き返してきた。
「ねえ、君は魔王の【暴虐】について何を知っている?」
「『この世界に間もなく魔王が出現する、もしくはもう出現している。魔王はこの世界の歪みや理不尽や悲劇を吸収して遂には【暴虐】を発動する。【暴虐】を発動した魔王は無敵に成長し、【暴虐】により意思を乗っ取られた魔族を率いて人間社会を蹂躙し尽くす』と訊いています」
「それは誰から?」
「女神からです」
「ということは、君は『女神の伝手で召喚された勇者』ってことかい?」
「そうですが、それがなにか?」
シルクさんは椅子から立ち上がると、俺の周りを廻ってフムフムと俺を観察していた。
そして、俺の前に立った。
背丈は俺と同じくらい。
「異世界人とは興味深い。しかし見た感じ、他の人族と変わりはなさそうだね」
「違ってたらびっくりですけどね」
「そんな君に訊きたいんだけど、君は何の為に戦う? そもそも、君にはこの世界に義理も愛着も無いんだろう? なら、勇者なんか止めちゃってもいいと思わないか?」
「そうですね。シルクさんの言う通りなんだと思います。でも、俺は、この村に来るまでにいろいろな人と関わりを持ちました」
「それで?」
シルクさんが先を促す。
何かを見定めるような目を向けられる。
「俺の夢はシルクさん同様にこの世界で穏やかに暮らすことです。でも、自分の手の届く範囲の人間が傷ついたり死んだり不幸になったりするのを見過ごせません。そんなのを放置したら、俺はもう穏やかには暮らせません。だから、魔王の【暴虐】を阻止することにしたんです」
シルクさんはそれを訊くと初めて微笑んだ。
「合格」
「えっ?」
「合格って言ったんだ。『自分の手の届く範囲の人間が傷ついたり死んだり不幸になったりするのを見過ごせない。そんなのを放置したら、もう穏やかには暮らせない』っていうのはボクの信条でもあるんだ。信条を同じくする君となら、仲間としてやっていけそうだ」
「どういう?」
「勇者一行の仲間になると言ったんだよ」
シルクさんが仲間になってくれる。
「君達の名を訊いていなかったね」
「俺の名は雑賀皐月です」
「俺は御蔭泰三だ。そこにノビているのがセリア枢機卿」
「サツキ君、タイゾー君、セリア君だね。ボクのことはシルクで頼むよ」
お互いに挨拶を交わす。
残念神官は相変わらずノビたまま。
「こいつもそろそろ起こしてやるか」
そう言って師匠がセリアの頭に拳骨を落とした。
「痛った~~!」
頭を抱えて起き上がるセリアに、師匠が伝える。
「おまえが寝くたばってるうちに話がついた」
「話って何~?」
「大賢者のシルクさんが仲間に加わった」
「はああああ? どういうこと!?」
ガバッと立ち上がったセリアが俺に詰め寄る。
伝えたのは師匠なんだから、詰め寄るのも師匠にしてくれよ。
そのセリアの顔が見る見る険しくなっていく。
気が付くと、シルクさんが俺の腕を取ってしな垂れかかっていた。
「ちょっと、どういうこと!?」
「えっと、シルクさん? 離れて貰えませんかね?」
「何を言うんだい。ボクらはもう、信条を同じにする同志じゃないか」
前に廻り込まれて密着された。
そして、両手で頬を挟まれ、顔を寄せられる。
「サツキ君はかわいいなあ」
「子供扱いしないで下さいよ」
「だって、君、ボクよりずっと年下じゃないか」
「俺とシルクさん、見た目、ほとんど変わんないじゃないですか!」
俺はシルクさんの両手を引き剥がそうとするが、どういう訳か両頬に添えられた両手が引き剥がせない。
「まあまあ、大人しくしたまえ」
「大人しくして欲しかったら離れて下さい!」
俺が更に力を込めてシルクさんの両手を引き剥がそうとした瞬間、俺の両手がスッポ抜けてシルクさんの両耳を掴んでしまった。
「ひゃん!」
可愛らしい悲鳴を上げたシルクさんが勢いよく俺から離れた。
シルクさんが驚愕に身を震わせて両耳を押さえている。
「生まれてから500年以上、誰にも触らせたことがないのに…………」
なにかブツブツ言っている。
「おい、皐月…………おまえってヤツは…………」
「アルトリア様というお方がありながら…………サツキ、あんた、最っ低!」
師匠がドン引きし、セリアが非難の目を向ける。
「ええっっっっと、師匠、説明をお願い」
「ハイエルフの掟では、耳を掴んでいいのはお互いに身体を許し合った男女だけ。一方的に耳を掴む行為は不同意異性交遊に該当する。耳を掴まれたということは、謂わば『傷モノにされた』ということになる。ハイエルフの長耳はそれだけ神聖不可侵なものなんだ」
「師匠、それ、どこ情報?」
「聖都の娼館のエルフ娘からだよ」
「いつ娼館なんて行ってたんですか?」
「そんなことはどうだっていいんだよ! 今この場で、おまえがシルクさんの純潔を奪ったに等しい行為に及んだことが問題なんだよ!」
え~~~
初めて訊くんですけど?
それに掴もうとして掴んだんじゃない。
そうは言っても、シルクさんを実質『傷モノ』にしてしまった訳で。
それでも『やっぱり仲間を辞められる』事態は避けたいよね。
「あの~~~~、シルクさん?」
恐る恐る切り出す俺にシルクさんがニッコリ笑顔になった。
ああ、わかってる。
これ、滅茶苦茶怒ってるヤツだ。
「言い訳を訊こうか」
「悪気は無かったんです。不可抗力だったんです」
「ハイエルフの掟は知ってるよね?」
「今、師匠から訊きました」
「それで? それでサツキ君はどうするつもりなんだい?」
「本来なら、責任を取って、シルクさんさえ良ければ嫁に迎えるのが正しい対処法だってことぐらいは解ってはいるんですよ、まあ、その、本来なら」
「ほう?」
ここまでの俺の歯切れは悪い。
が、ここから先は、はっきり主張しておかねばなるまい。
「でも、俺には理想の未来像というのがあるんですよ」
俺には萩に居た頃から、ずっと温めていた夢がある。
「訊こうか」
「魔王討伐後は『片田舎でかわいい奥さんに膝枕されながら穏やかな時間を過ごす余生』。それが俺のささやかな夢なんですよ。そこだけは譲れない」
「で?」
「シルクさんはカッコいい女性だ。でも、残念です。俺の未来像を実現してくれるのは『カッコいい奥さん』じゃない。『かわいい奥さん』でなければならないんですよ」
うん、俺、勝手言ってる自覚はあるよ。
それを訊いたシルクさんが師匠に尋ねる。
「え~っと、タイゾー君だっけ? 通訳してくれるかい?」
「あ~、なんだ? おまえさんは…………その…………皐月に振られたんだよ」
「良く訊こえなかったんだけど、もう一度お願いできるかい?」
「だから――――」
「あんたは振られたのよ、糞エルフ! 聴こえなかったの? それともその長耳は飾り?」
師匠を遮ってセリアが悪態を吐く。
「セリア君だっけ? 囀るじゃないか?」
「サツキは魔王討伐が終わったらアルトリア様の婿になるのよ。将来の国王なのよ」
おいおい、俺の将来を勝手に決めないで欲しい。
反論したくなっちゃうじゃないか。
「正直、それも嫌なんだけど」
ボソッと小声で呟いただけなんだが、セリアには訊こえていたようだ。
地獄耳だよ。
「おいっ! そういう約束だろ!? まさかアルトリア様に不満が?」
「一方的にそうしろって言ってきただけじゃん。俺、認めてないからね。それに国王って器でもないし。ちなみに聖女さんには不満は無いよ」
「当り前だ。あんたにはアルトリア様は勿体ないくらいのお方だ」
「うんうん、そうだね。セリアじゃなくてよかったって心から思うよ」
「おい、喧嘩売ってるのか? 喧嘩売ってるよね? よーし、表出ろ!」
「ここ、表なんですけど何か?」
「あんた、今日こそは泣かす! 絶対泣かす!!」
そんなやり取りを見ていたシルクさんが腹を抱えて笑い出した。
「いいね。いいねえ。君達」
「ごめんなさい、掟に沿えなくて」
「いいよ、いいよ。仕方ない。事故だと思って諦めるとするよ。だけど、このまま他人行儀なのは感心しないね」
「最小限、希望に沿うようにしますよ」
「じゃあさ、ボクのことは『シルクさん』じゃなく『シルク』と呼ぶこと。敬語も禁止だ。それでいいかい?」
「わかりました。いや、わかったよ、シルク」
シルクは踵を返すと、
「じゃあ、ボクは旅支度を整えるとしよう。ちょっと待っててくれるかい?」
それくらい待つさ。
「それとね、サツキ君。君の『かわいい奥さん』は諦めるけど、両耳を掴んだ責任は取って貰うよ」
「責任って…………」
「ずっとボクを傍らに置くこと。それ以上は要求しない。だから、それくらいは許して貰えるかい?」
「わかった。もし、聖女さんと結婚することになっても、この件については聖女さんに異論を挟ませないことを約束するよ」
「ついでと言ってはなんだけど、来世こそボクを選んでくれるかな?」
「来世に出会えるとは限らないじゃないか」
「出会えた時の話をしてるんだよ。もし出会えたなら――――」
「その時はシルクを必ず嫁にするって誓うよ」
――――――――――――――――――――
「う~~~」
俺は聖都の宰相執務室の応接テーブルに突っ伏していた。
「おいおい、もうじき国王になるってヤツがだらしなさ過ぎやしないかい?」
統一聖皇国宰相に就任したシルクが呆れていた。
「だって、忙しいんだよ。死ぬほど忙しいんだよ」
「もうじき結婚式と戴冠式なんだから仕方無いじゃないか」
「国王って、王座にふんぞり返ってるもんじゃないの? 仕事ぜーんぶ家臣がやってくれるもんじゃないの? 話が違うよ。詐欺なんだよ」
「それ、どこ情報? 書類仕事も国王の仕事だよ」
「あああああああ、やりたくない! 逃げたい!」
「アルトリア君を悲しませても?」
それを言われるとなあ。
「わかってるよ。アルトリアを悲しませるつもりはないよ。幸せにするさ」
「それでこそ、サツキ君だね。いい子だ」
シルクが俺の頭にポンと手を置いて優しく撫でて来た。
「シルクはいつも俺を子供扱いするよね?」
「いつになってもボクのところに泣き言を言いにくるからね」
「泣き言が言えるのは、シルクに対してだけだよ」
師匠やセリアの前では常に強い勇者でいた。
そして聖皇国でも多くの家臣の前で立派な国王を演じなければならない。
アルトリアの前でも頼れる夫でいる必要がある。
俺は偶に仕事の合間を縫ってシルクの元にやる気をチャージしに来る。
宰相職が忙しいのに、シルクは仕事の手を休めて、そんな俺を受け入れてくれるから。
「OK、浮上したよ」
俺は立ち上がって外に向かう。
シルクが宰相執務室の扉を開けてくれた。
「また疲れたら来るといい。いつでも愚痴を訊いてあげるから。但し、アルトリア君に許可を貰ってから来るんだよ。じゃないと、オヂサンがアルトリア君に恨まれてしまうからね」
俺は振り返らずに『了解』のつもりで左手を上げると、自分の執務室に向かった。
――――――――――――――――――――
「シルク、俺を置いて逃げてくれ」
司教帝の呪いのせいで、俺のレベルは『1』。
勇者だった頃のレベル『7000』とは程遠い。
勇者の加護も失ったから防御力もほぼ『0』だ。
それでも、俺は勤皇志士時代の剣技だけで聖剣を振るう。
シルクも俺を守る為に防御魔法を展開する。
アナトリア王国からの救出部隊も奮戦してくれている。
だが、司教帝の討伐軍は10万と圧倒的。
このままでは、アナトリア王国に逃げ込むことは難しいだろう。
せめて、シルクだけでも逃がさなくては。
アナトリア王国からの救出部隊に撤退命令を出す。
よくここまで頑張ってくれた。
「俺が殿を務める。君達はもうここまでだ」
「しかし!」
「このままでは王国が統一聖皇国との全面戦争に巻き込まれる。その結果、もし王国が負ければ、人間至上主義の統一聖皇国の前に亜人達の希望の火が消える。それだけは絶対には避けなければならないんだよ」
「わかりました。サツキ殿、ご武運をお祈りしておりますぞ」
「ありがとう、君達。君達をよこしてくれたジョセフ陛下にも感謝を伝えておいてくれ」
司教帝軍には救出部隊の所属は今のところバレていない。
負傷者は出ているが、死者や捕虜になった者はいない。
今が潮時。
これ以上は救出部隊の所属がバレる公算大だ。
もし、アナトリア王国の干渉が知れれば、統一聖皇国は間違いなくアナトリア王国に宣戦布告する。その結果、両国は全面戦争に突入する。
丘の上に追い詰められた俺の目に、西の麓から撤退していく救出部隊が見えた。
無事、逃げ切れたみたいだな。
俺に斬り殺された遺体で埋め尽くされた丘を遠巻きに包囲する統一聖皇国の騎士や戦士達。
誰も丘の天辺まで登って来ない。
「どうして逃げなかったんだよ、シルク」
「以前、キミは『ずっとボクを傍らに置くこと』を約束してくれたはずだ。だから、ボクはここにいる」
「まったく、モノ好きなんだから」
「モノ好きは、ボクのような変わり者をずっと傍に置いてくれたキミの方だよ」
その時、無数の矢が一斉に襲い掛かって来た。
あれは…………魔法防壁を貫通する呪詛が付与された特殊な矢。
この矢は鉄壁を誇るシルクの対魔・対物理攻撃防御魔法でも防げない。
司教帝め。
こんなものまで用意していたのか!?
俺はシルクを背後に庇うようにしながら、聖剣で矢を打ち払う。
「サツキ君! 退くんだ!」
右手で聖剣を振るい、左手に持った鞘でシルクを低く押さえつける。
打ち払い損ねた矢が俺の身体を穿つ。
イッタイなあ。
「退きなさい! 退いて!」
ぜったいに退かない。
またも矢が俺を撃ち抜く。
「お願いだから退いてよ! お願いだからっ! 本当に退いて! サツキ、お願いっ!!」
シルクが泣いている。
魔王討伐の旅でも余裕綽綽だったこの人が。
もう、剣で打ち払う力も残っていない。
次々に矢が俺を刺し貫いていく。
「うっうっうっうっ…………」
後ろからシルクの嗚咽が漏れ訊こえてくる。
俺は最期の最期にこの人を泣かせてしまった。
俺、たぶん地獄に落ちるな。
それでも、残った力でシルクを押さえつける。
やがて、矢の襲来が収まる。
シルクは無事だったが、俺は深手を負ってしまったようだ。
ああ、こりゃ、何本も内臓に達してるよ。
血もどんどん噴き出してくる。
もはや、これまでかな。
「シルクは早く逃げなよ。転移、使えただろ?」
「嫌だっ! ボクは逃げない! 逃げるならキミも一緒だ!」
「我が儘言うなよ。見ればわかるだろ? 俺はどっちみち助からないよ」
「ボクが治癒魔法で治す!」
「もう手遅れだよ」
俺は流れ出す血と足元に広がり続ける血溜まりを示した。
例え、治癒魔法で怪我は治せても、失った血は戻らない。
「サツキ君…………キミは…………」
シルクも理解してくれたようだ。
俺は身体を支えるべく最期の力を振り絞って聖剣を岩に突き立てる。
「あはは、もう動けないや」
俺が深手を負ったのがわかってか、包囲網が狭まっていく。
涙を拭ったシルクが立ち上がり、優しく語り掛けてきた。
「今世では司教帝の企みを中途半端にしか止められなかった。だから、希望を来世に繋ぐことにするよ。その時には、サツキ君、キミが司教帝の企みを阻止するんだ。これはその時の為のギフトさ」
シルクの賢者の杖が輝き、その輝きが聖剣に流れ込んでいく。
「シルク、何を?」
「ボクの全てを流し込んだ。所有者も限定した。この剣はもうキミにしか引き抜けないよ。次に聖剣を手にした時、ボクの全てがキミのものになる。それらはキミの助けになってくれるはずだよ」
そして、俺を抱き締めると、
「サツキ君。これでお別れだね」
「ああ」
「でもさ、ボクは再びキミに会えるって信じてるんだ」
「そっか」
「だから、ボクが会いに行くまで待っててくれるかい?」
「うん…………約束…………する」
もう意識も薄れ始めている。
そんな俺を聖剣の隣に座らせたシルクが、包囲を狭めて来る騎士や戦士達を見下ろして嘲るように笑う。
「元勇者の首が欲しいのかい? でも渡さないよ。これは…………ボクのものだ」
そして、賢者の杖を天上に翳し、
「エリアデフィニッション!」
丘の頂きを中心に巨大な真紅の魔法陣が辺り一帯に広がる。
魔法陣は俺達だけでなく、俺達を包囲する司教帝軍の全てをその中に収める。
足元に突然現れた鮮血のような魔法陣に恐慌状態の司教帝軍。
シルクが続けて最期の魔法を放つ。
「全てを根源に変える天上の光! サテライトキャノン!!」
天空から眩い光の柱が降り注ぎ、俺達の身体も意識も消失していった。




