069 全部お見通し
離れた森の上空に浮かぶ空中戦艦。
その左右の砲塔の砲門の先が輝き始める。
「おいおいおいおい、ヤバいぞありゃあ!」
隊長さんが叫ぶ。
あれは大口径のビームキャノンだ。
「誰か、結界とウォーターエリアシールドとアイスエリアシールドの多重展開を急げ!」
俺は周りに急いで指示を出す。
「ボクが結界を展開しよう!」
「私はアイスエリアシールドを!」
「我がウォーターエリアシールドを受け持とう!」
高貴そうな女性と執事服とロダンが応じてくれた。
「各員、結界の中に退避せよ! 急げ!」
魔族の騎士が慌てて支持を出す。
俺も[結界]を発動する。
「来るぞ!」
空中戦艦が火を噴き、12本の高出力のビームが一直線に俺達に襲い掛かってきた。
多重に展開された防御は所々破られ、少なくない兵が被弾する。
ある者は腕を失い、ある者は足を失う。一瞬で蒸発だ。
身体を焼かれた者も。
続けての第2射。
「ディスペル!」
俺はビームの無効化を図る。
だが、12本のビーム全ては無理だった。
また、防御が破られ、犠牲者が増える。
「防御が耐ちません!」
執事服が叫ぶ。
このままでは、遠からず全員が焼き払われるだろう。
「どうするのじゃ?」
白亜は俺が何とかできると思っているのだろう。
買い被り?
いや、出来るよ。
でも、ここで和平派と謂えども魔族に手の内を晒したくない。
「イツキはそんな狭量な男ではあるまい?」
全部お見通しかよ、白亜さん。
わかってるよ。
俺に選択肢なんて無いってことくらいはね。
「大賢者として対処するよ」
「妾の見込み通りじゃな」
白亜がニカッと笑う。
タイミングよくナビゲーターが尋ねてきた。
『スイッチをエマージェンシーモードで起動しますか?』
「ああ! エマージェンシーモードで大賢者にスイッチ!」
そう呟くと、自動音声が響き渡る。
『エマージェンシーモードでスイッチを起動。現在通常エリアにセットされている英雄・賢者をスタックに一時退避。クロックアクセラレーター起動。スリープコア3個をウェイクアップ。クアッドコアによる処理準備完了。只今から、勇者・大賢者を超高速マルチモードでインストールします』
数秒後、
『勇者・大賢者のインストールに成功しました』
俺の姿が金糸で飾られた純白の大賢者外装を纏った黒髪・黒い瞳の斎賀五月に戻る。
身に着けているものは基本的に変わらないが、色が群青色から深緑色に変わった。手にしている賢者の杖も基本構成は変わらないが柄の色はスターリングシルバーからゴールドクロームに変わった。
「イツキ、おまえ、勇者だったのか?」
隊長さんに問い掛けられたがそれには答えず、多重に張られた防壁と結界の中から歩き出す。
「俺があの空中戦艦を沈黙させます」
見上げた先の空中戦艦からは第3射が放たれようとしている。
「無茶だ! 結界の外に出たら、消滅させられてしまうぞ!」
ありがとう、隊長さん。
俺を心配してくれて。
でも、俺は大丈夫だよ。
「アイアンシールド!」
皆の居る場所に対魔法攻撃完全防御魔法を掛ける。
そして、第3射が来た。
眩いビームが皆に襲い掛かる。
が、全ては[アイアンシールド]よって周囲に拡散された。
眩しさが引いた時、[アイアンシールド]で守られた全員が無事。
跳ね返されたビームに薙ぎ払われた周囲の森が灰の爪痕を残していた。
「イツキ!」
俺の安否を確認する隊長さんには俺はどう見えたんだろう。
このとおり俺はなんともないよ。
勇者の加護[絶対防御]があるからね。
「信じられませんな。彼は一体何者なんです?」
「ああ、あれは1000年振りにエーデルフェルトに現れた、妾達の勇者じゃ!!」
執事服に白亜が力強く答える。
「アイアンクラッド!」
皆の居る場所に対物理攻撃完全防御魔法を重ね掛けする。
今から行うことから皆を守るために必要な魔法。
「絶対に防殻の中から出ないで下さい。エリアデフィニッション! 結界、魔力最大!」
空中戦艦の上に巨大な赤い魔法陣が顕現し、その円周上に強固な結界を構築する。
「さあ、反撃だ。パラライズ!」
空中戦艦の乗組員に麻痺魔法を掛ける。
これで回避行動を取れないはずだ。
俺は賢者の杖を空に向け、エーデルフェルトに来て初めて詠唱を行う。
超級魔法の発動。それも飛び切りの威力で発動する為に。
「天空の果てを彷徨う恐怖の大王。それはあらゆるものを穿ち、あらゆるものを原初に換える強大な力。今ここに我の命に従い、我に仇為すものを撃ち掃え!」
そして、勢い良く賢者の杖を振り下ろす。
「メテオ・ストライク!!」
超級土属性範囲攻撃魔法、メテオ・ストライク。
それは隕石落としの魔法。
詠唱を行うことで特大の隕石を呼び込む。
数秒後、天空に巨大な隕石が現れ、真っ逆さまに落ちて来る。
やがて、空中戦艦にその10倍以上の大きさの隕石が衝突し――――
空中戦艦は砕けるように爆散した。
隕石は勢いを落とさず森に激突し、大爆発を起こす。
落下地点の土砂が消し飛び巨大なクレーターを作った。
爆炎の上空に雷雲が発生し、落雷を伴う豪雨が吹き荒れる。
クレーターの周囲の木々は爆風で吹き飛ばされて更地になり、その外周の森のあちこちで山火事が発生していた。
結界にところどころ穴が開く。
風速100mを超える爆風が発生し、強固に張られた結界の穴を突破して噴き出した。
だが、[アイアンクラッド]に守られた皆も[絶対防御]に守護された俺も無傷だ。
俺は魔力充填速度を速めた[レイン]で大雨を降らせて山火事を鎮火し、対象の状態を初期化する超級神聖魔法[イニシャライズ]で森を元の姿に修復する。
結界内が元の森の姿を取り戻したのを確認後[結界]を解いた。
「やるじゃねえか、イツキ!」
「さすがだな、イツキ殿」
「やっぱり、イツキは最高じゃの!」
隊長さんやロダン、白亜からも手荒な祝福を受けた。
「ワン!」
いつの間にか、足元に白夜がいた。
「出て来ちゃったかあ、おまえも」
俺はしゃがみ込んで白夜の喉を擦ってやった。
強敵だったが掃討完了。
残すはネヴィル村までの道のりだけだ。
国境近くまで常時[索敵]を展開していたが、怪しげな集団や魔獣は観測されなかった。
帰路に襲われることは無いだろうよ。
おっと、忘れてた。
「エリアデフィニッション!」
使節団に集まっている場所の上空に赤い魔法陣を顕現させる。
皆、範囲内に収まっているな。
「レストレーション!」
対象の破損箇所・欠損箇所を復元する超級神聖治癒魔法を発動し、生死問わず手足を失った者や全身火傷を負った者を修復・再生する。
うまく行ったようだ。
次は、
「リザレクション!」
禁呪を発動し、死んだ兵達を甦らせた。
身体さえ残っていれば、[レストレーション]と[リザレクション]で蘇らせることは可能だ。こいつは、白亜で証明済。
でも、ビームが直撃して蒸発しちゃった人達は助けられなかったんだけどね。
さて、後のことは隊長さんに任せてしまおう。
もう、超高度な魔法を行使し続けて疲れちゃったよ。
俺は[ステータス画面]で自身のHP残量とMP残量を確認する。
HP 75472135
MP 787
無茶苦茶MP減ってるよ。
エマージェンシーモードの[スイッチ]を行使したから、1000万単位でHPとMPを持っていかれた。
その上、詠唱付きの[メテオ・ストライク]、[アイアンシールド]、[アイアンクラッド]、広範囲の[レストレーション]と、魔力燃費最悪の超級魔法を連続発動。
挙句、禁呪の[リザレクション]を広範囲発動と来た。
そりゃあ、MPもがっつり減るわなあ。
またもや《B》ランク冒険者並みだ。
疲れもするよ。
運転はロダンに任せて助手席で寝させてもらおう。
使節団は隊長さんの領分だから任せてしまってもいいよね。
俺は襲い来る睡魔に抗しながら、ジープに向かう。
すぐそこにあるジープが、やたら遠くに感じるのは気のせいだろうか。
あと数歩、というところで、後ろから声を掛けられる。
「待ってくれ、勇者君!」
俺を呼び止める声に振り向くと、高貴そうな女性が遠くから歩み寄ってくるのが見えた。
そして、意味有り気に微笑む彼女に引き寄せられた。
えっ?
なになになに?
両頬に手を寄せられ、いきなり唇を奪われた。
ちょっと待て!
俺は今、どういう状況だ?
「なっ!!」
「お嬢様!!」
白亜の怒りの籠った叫びと執事服の制止しようとする叫びが訊こえた。
それでも彼女は接吻を止めない。
唐突に物凄い記憶の奔流が流れ込んできた。
頭の中を掻き回される感覚。
バチッ!
脳味噌がショートするようなイメージに襲われる。
頭に無数の針を乱雑に突き刺されたような激痛に思わず叫ぶ。
「あああああああああああああああああああああああああ!!」
やがて、俺の意識は暗闇に沈んでいった。
◆ ◆ ◆
『勇者・大賢者のインストールに成功しました』
聞えてくる自動音声の方を見れば、そこには金糸で飾られた純白の外装を纏った大賢者。
黒髪・黒い瞳にあの容貌は――――
それからは驚くことばかりだった。
超級魔法で我々を守り、更には――――
メテオ・ストライク。
隕石落とし。
神代の超級範囲攻撃魔法。
前世のボクには使えた魔法。
でも今世のボクには使えない魔法。
それを躊躇わず行使し、『空中戦艦』を沈めてしまった。
それどころか、隕石で滅茶苦茶になった大地を修復し、誰に頼まれるでなく我々魔族兵達の修復・再生・蘇生まで行ってしまった。人間の勇者なのに魔族にも惜しみなく救いの手を差し伸べる青年。
何かに誘導されるようにボクは固有スキルを使ってしまった。
相手の魂の本質を見極め、その前世までを覗き見る固有スキル[プロファイルビュー]。
そしてわかってしまった。
ボクには全部お見通しなんだよ。
君がそうだったんだね?
ようやく君と再会できたよ。
でも、君はボクを見ても気付かないんだね。
あの時と寸分変わらないボクの容姿を見ても。
ならば、思い出させてあげよう。
気付かなかった君が悪いんだ。
ボクは悪くない。
「お嬢様?」
ベヘモットがボクに起きた異変に気付いて声を掛ける。
それに構わず、ボクは自走荷車に屯する人間族達の元に歩いて行く。
「待ってくれ、勇者君!」
声を掛けると、勇者君が振り向いてボクに視線を向けた。
無防備だね。
そんなところは、変わっていないんだね?
ボクは勇者君を引き寄せ、その両頬に手を寄せると彼の唇を奪った。
驚愕に目を見開く彼。
「なっ!!」
「お嬢様!!」
少女の怒りの籠った叫びと執事服の制止しようとする叫びが訊こえたが無視した。
構わず記憶を流し込む。
今、預かっていた記憶を渡すから。
さあ、思い出せ!
その全てを!
全ての記憶を流し込み終わって唇を離すと勇者君に変化が訪れた。
「あああああああああああああああああああああああああ!!」
勇者君は仰け反って苦し気な叫び声を上げると、ボクの腕の中で意識を失ったのだった。
周りの者全てが駆け寄って来る。
さあ、シルキーネ!
ここからが本番だよ!
周りが納得するように華麗に演じてこの場を上手く収めて見せるんだ。




