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064 全部隊長さんのせいじゃん

翌日、朝食後に野菜の収穫を終えた俺は白亜と剣術の立ち合い稽古を行う。

腕を上げた白亜は、俺から何本かに1本は取れるようになっている。

成長が目覚ましいな。


昼になったので稽古を終了し、昼飯を作っていたら隊長さんが来た。

昼飯を(たか)りに来たようだ。


「いやあ、給料日まで金欠でね」

「酒と女に無駄使いするからじゃ」


白亜と隊長さんが軽いジャブの応酬。


「男には必要なことなんだよ」


それを訊いた白亜がジッとこちらを見る。


「俺はそんなことしないから」

「ならよいのじゃ」


隊長さん、余計なことは言わないで欲しい。

こっちまで飛び火するから。


昼飯を終えた俺は白亜に声を掛ける。


「俺はちょっと出掛けて来るから。白夜の面倒を頼むよ」

「うむ。わかったのじゃ。白夜、おいで」

「ワンッ!」


白夜が白亜の元に駆け寄って来る。


隊長さんが家の横の円形の石造りの台を見ながら、


「あれは何だ? 魔法陣が刻み込んであるみたいなんだが」

「ああ、転移装置ですよ」

「転移装置? おまえ、そんなものまで作れるのか?」

「まあ、ね。 でも、まだ使えないですよ。対になる装置を設置しないと」

「対になる装置?」

「ホバートの冒険者ギルド支部内に設置するんですよ。これでホバートとの間を一瞬で行き来できるようになります。アインズ支部長と約束してるんですよ。辺境に行ってもホバート支部の依頼は受けるって。一応、俺、ホバート支部に籍を置いてるんで。転移装置は、まあ、いわゆる通勤時間短縮の為ですね」

「ホバート…………アインズ…………」


考え込む隊長さんに、


「という訳で、ちょっくらホバートに行ってきます。転移」


[転移]を発動すると、足元に転移陣が顕現する。


「俺も行くわ」


転移寸前に隊長さんが転移陣に入って来た。


「え?」


俺が驚く間もなく[転移]が発動し、俺達はホバートの冒険者ギルド支部前に転移した。




突然、現れた俺達に往来の人達が驚いている。


「おい、誰か転移してきたぞ」

「司教帝か? 王族?」

「いや、白銀の翼(シルバーウイング)の賢者、サイガイツキだ」

「あいつ、暫く姿を見せないと思ってたら…………」

「北部辺境に行ったんじゃなかったのか?」


口々に噂する雑踏を掻き分けて、アインズ支部長が現れた。


「イツキ! 戻って来たのか!?」

「約束通り、転移装置を設置しに来ました」

「じゃあ、無事、北部辺境に辿り着けたんだな!?」


と、俺の横の隊長さんを見たアインズ支部長が、


「とりあえず、中に入れ。設置場所は用意してある」


すると、いつの間にか俺の左右に黒服が。

まただ。まただよ。

過去に二度も俺を拉致した▲ン・イ☆・ブラックのエージェント風の男二人。

やつらは問答無用に左右から俺の腋の下に手を突っ込んで俺を吊り上げ、そのまま奥の階段に向かう。おい、おまえら、又もや俺をグレイ扱いかよ。

後に付いてくる隊長さんは顎に手をやりながら興味深そうに見ているだけ。


「離せ! 離せよ! 自分で歩けるから!」


一切、俺の話しに耳を傾けずに俺の運搬に専念する黒服ども。

俺の人権はどうなっているんだ?


やがて、俺は、最上階の支部長室の隣の部屋に連行すると、無言で去っていった。

そこにはアイシャさんが待っていた。


「あれ、何とかならないんですか?」

「まあ、あいつらも仕事だから…………」


俺が抗議すると、アインズ支部長は目を逸らしてそう言った。

人と話す時には目を見て話せって習わなかった?

おい、ちゃんと、俺の目をみろよ。

俺の目を見て答えろよ。

ねえ、わかってる?


アイシャさんがクスクス笑っている。


「この部屋でいいんですか? 転移装置を設置する場所」


諦めて本題を始めると、


「ああ、ここでいい。ここの床に転移陣を刻み込んでくれ」


俺は言われるままに床に転移陣を刻み込んでいく。


やがて、転移陣を刻み終えると、アインズ支部長が、


「これで、ホバート支部とネヴィル村のおまえの自宅の間を転移で行き来できるんだな?」

「ええ、白銀の翼(シルバーウイング)のメンバーとその随行者に限りますがね」

「わかった。この部屋の管理は厳重に行う。一応、この部屋の鍵を渡しておこう。白銀の翼(シルバーウイング)のメンバー分、3本だ。残りは俺とアイシャが持つ。他の職員や冒険者への貸し出しもしないと約束する」

「白亜が新人冒険者相手の剣術指南を再開したいって言ってました。この転移装置もちょくちょく使うことになりそうです」


転移装置の設置はこれで完了。

早速、装置の動作確認を兼ねて帰るとしようか。



と、アインズ支部長が隊長さんを指差して言った。


「今迄黙っていたが、何でこいつがここに居るんだ?」

「『こいつ』とはご挨拶じゃないか、アインズ。それにアイシャも久しぶり」

「うるさい、オマル! おまえ、辺境に飛ばされたんじゃなかったのか!?」

「イツキがホバートに行くって言うから、ちょっと旧交を温めに来たんじゃないか。そう邪険にするなよ」


柳に風な隊長さんと額に青筋を立てるアインズ支部長。


「あの二人、どういう関係なんです?」


アイシャさんにそっと訊いてみた。


アイシャさん曰く。

隊長さんも十字星(クロスター)の創設メンバーだったそうだ。

近衛騎士団長の職務の傍ら、冒険者もやっていた。

だが、とある出来事がきっかけで、サリナさんを除く創設メンバーは一斉に引退。

そして、隊長さんは近衛騎士団長の任を解かれ、辺境警備隊長に左遷された。

それ以降、会っていなかったそうだ。

元々、隊長さんは俺の知らないメンバーと仲が良く、しょっちゅう二人で問題を起こしていたのだそうだ。

それを怒るのが十字星(クロスター)リーダー、アインズ支部長の役割。

なるほど、いつもこんな調子だったのか。



彼等の言い合いを微笑ましく眺めていた俺とアイシャさん。

突然の不意打ちを喰らう。


「おい、アイシャ! 今日の仕事は終わりだ!〖妖狼亭〗に予約を入れて来い!」

「仕方ないですね、支部長。」

「おい、イツキおまえも来い! 酒席に同行しろ!」

「え~? 俺もですか? 嫌ですよ」

「うるさい! オマルを連れて来たおまえにも責任がある!」


嫌がる俺は、アインズ支部長に強引に〖妖狼亭〗へ連行された。

嫌だって言ったのに。




ここは〖妖狼亭〗。

四角いテーブルの奥にアインズ支部長、その横に隊長さんが座り、向かいにアイシャさんと俺。

おじさん達は駆け付け3杯どころか20杯もエールを飲み干し、尚も記録を更新中。

アイシャさんが何かのカクテルを飲み、俺は果実酒だ。


「白亜ちゃんは元気?」

「ええ、痛いくらい元気ですよ」

「痛いくらい?」

「いえ、何でもないです」


俺はまだ痛む脛を擦りながら答える。


「これから毎日、新人冒険者相手の剣術指南にやって来るので声を掛けてやって下さい」

「そうさせて貰うわね」

「おい! イツキ!」


アインズ支部長が俺を呼んだ。

もう相当出来上がっていらっしゃる。


「訊け、イツキ! こいつはなあ、とんでもない女っ(たら)しでなあ。十字星(クロスター)を解散の危機に追い込んだんだぞぉ」


アインズ支部長が隊長さんの耳を引っ張りながらくだを巻く。

酔っぱらいの言う事だから、言ってることが解り難いんだが、大体こうだ。


アインズ支部長は、15年前に王都で冒険者パーティー、十字星(クロスター)を立ち上げた。

それまではソロで活動していたが、アイシャさんが冒険者登録した時に駆け出し冒険者のアイシャさんの生存確率を上げる為にはパーティーで活動するのが一番だということが理由だった。その時に一人の青年も応募してきた。青年の名はレオン・グラッツ。凄腕の剣士だった。

創設メンバーは、アインズ支部長とアイシャさんとサリナさんと隊長さんとレオン青年。

タンク役のアインズ支部長がリーダーを務め、アサシンのアイシャさんがサブリーダー、

サリナさんが特級魔導士、隊長さんが魔道騎士、レオン青年が剣士の5人のパーティー。

最年少のアイシャさんをサブに据えたのはパーティー雑務全般を憶えさせる為だった。


十字星(クロスター)はメキメキ腕を上げ、創設5年後にはアナトリア王国最強の《SS》ランクパーティーにまでなっていた。


メンバーの中でも隊長さんとレオン青年が特に仲が良かったらしい。

どっちも女好きの女(たら)し。

しかもイケメンの凄腕冒険者。

モテない訳が無い。

そこらあたりが、強面(こわもて)で女が裸足で逃げ出すアインズ支部長とは大違い。


それでも、パーティー仲は悪くはなかった。



好事魔多し。

それは6年前。

アナトリア王国の第一王女殿下の外遊先、カラトバ騎士団領の領都スヴェルニルでのことだった。

護衛として随行した十字星(クロスター)

歓迎の立食パーティーの席でそれは起きた。

その席で、ある婦人が隊長さんを見初めた。

隊長さんもまんざらではなかったらしい。


その晩二人は逢瀬に至った。

その場を目撃してしまったのが、カラトバ騎士団領の騎士王オストバルト・フェルナー。

婦人は、騎士王の王妃だったのだ。

激怒した騎士王は王妃を切り捨て、意趣返しにアナトリア王国の第一王女の寝所に押し入り、殿下に乱暴を働こうとした。

が、そこに駆け付けたレオン青年が騎士王の狼藉を阻止する。

騎士王とレオン青年は殿下の寝所で切り結び、最後はレオン青年に圧倒された騎士王は右頬に深い傷を負って退散する。


アナトリア王国使節は直ちに外遊を取り止めて帰国。

両国の外交関係は一気に悪化することとなった。


「なんだ、全部隊長さんのせいじゃん」

「まあ、若気の至りってもんだな。ハッハッハッ」


俺の指摘に悪びれた様子もない隊長さん。

アラフォーは若くないよ。


当然、お咎めなしとはいかなかった。

カラトバ騎士団領側はアナトリア王国に下手人(隊長さんのことだ)の処罰を要求した。

一方、アナトリア王国側も第一王女への騎士王のよる狼藉未遂について抗議した。


1年に渡る長い交渉の結果、十字星(クロスター)の解散若しくは創設メンバーの冒険者引退のいずれかの選択を迫られ、十字星(クロスター)は後進メンバーに後を託して冒険者を引退することとなった。なぜか、サリナさんだけお咎め無しだった。

(もっと)も下手人は別である。隊長さんは十字星(クロスター)のメンバーであると同時に近衛騎士団長でもあった。本来は第一王女殿下を守らなければならない時に、職務から抜け出して他国の王妃と逢瀬に至っていたのだ。重大な職務規定違反。外交関係悪化の元凶。姦通罪。それら累積した罪により、隊長さんは近衛騎士団長の任を解かれ、辺境警備隊長に左遷されて辺境送りとなった。ちなみに、近衛騎士団長は中将、辺境警備隊長は中佐。アナトリア王国の歴史に残る前代未聞の4階級降格人事。それでも、縛り首よりマシだろう。


「でもなあ、俺はその後もっと驚いたんだぜ」


冒険者を引退したアインズ支部長とアイシャさんに冒険者ギルドから声が掛かった。

新たに開所するホバート支部の支部長職と副支部長職が提示されたのだ。

二人は冒険者ギルド本部のあるノイエグレーゼ帝国の皇都リヒテンシュタットに向かった。

冒険者ギルド理事長による最終選考面接を受ける為に。


面接会場に現れた理事長を見て、二人は声も無かったそうだ。

新たに就任した理事長、それはレオン青年だった。

歴代、冒険者ギルドの理事長に就任するのは冒険者ギルドを創設したノイエグレーゼ皇室の家長が就任する。つまり、レオン青年がノイエグレーゼ帝国皇帝だという訳だ。

実際、彼は皇帝だった。正式にはレオン・ノイエグレーゼ。先帝の後を継いで皇帝に就任したばかりだった。十字星(クロスター)時代に名乗っていた『グラッツ』という家名は世を忍ぶためのもので、執事の家名だったそうだ。


「いやあ、レオンのやつが皇帝陛下だったとはなあ。以前は俺の立場の方が上だったが、今じゃ立場が逆転してレオンが俺の上司さ。世の中ってのはわからねぇもんだ」


昔話に花を咲かせるようになったら、もう爺の始まりだ。

でも、


「なるほどね。だから、カラトバ騎士団領の連中がこの国のあちこちで暗躍してたんだ。やっぱり隊長さんのせいじゃん」

「はぁ? 何のことだ?」

「だから、カラトバ騎士団領の軍関係者がこの国で様々な嫌がらせをしてた理由ですよ」

「おい、どういうことだ!?」

「だって、聖皇国国境近くの盗賊団に扮した非正規部隊、フォルトナ砂漠で襲って来た民間軍事会社、コルカタに潜伏していたその残党、北部砦の町ヌメイで魔炎竜を(けしか)けて来た集団、全部カラトバ騎士団領の軍関係でしたね」

「初耳なんだが!?」


アインズ支部長も隊長さんも酔いが覚めたらしく、怖い顔で迫って来る。


「そういうことは早く言え! 重大事件じゃないか! 王都への急報事項だぞ!!」

「俺的には大したことないような――――」

「隣国による破壊工作が大したことない訳あるか―――――っ!!」


マジ怒りされてしまった。

余計な事を言っちゃったかな。

もう黙っておくか。


「おまえ、もう黙っておこうなんて思ってないだろうな!?」

「あれ? わかります?」

「とにかく早く対処しないと! アイシャ、各所への連絡と通達を頼む!」

「わかりました、支部長!」


慌てて立ち上がろうとするアイシャさんを止める。


「あのう、もう対処は不要ですよ」

「どういうこと、イツキ君?」

「全部、潰しましたから。俺と白亜で」


顔を見合わせるアインズ支部長とアイシャさん。


「はあ?」

「だから、一人残らず殲滅しちゃいました」


それを訊いたアインズ支部長が額に手をやって天を仰いだ。


「王国情報部でも手を焼く連中を殲滅…………おいおいマジかよ。」


それを興味深そうに見ていた隊長さんが、


「イツキは面白いね。わしも退屈せずに済みそうだ」


俺はあんたを退屈させない為に辺境に来た訳じゃないんだけどね。


結局、その日はそこでお開きになった。



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