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063 俺の念願の辺境でのスローライフ

何もない荒野をひたすら進んだ。

今日は7月21日。


橋を渡ると、周りの景色が荒野から黄金色の麦畑に姿を変える。

真っ直ぐな道を北に向かって車を走らせる。

周囲が麦畑から大輪の花を咲かせるひまわり畑になり、そして南瓜畑になった。

更に進むと、畑の合間にポツポツと民家が見え始め、次第に民家の数が増していく。


やがて、現れたのは大きな広場。


予定より2日早い日の午後、俺達は北部辺境のネヴィル村に到着した。



馬が引いていない荷車が自走してきたのが珍しかったのだろう。

住民達がワラワラと寄って来た。住民達はお互いああでもないこうでもないと話し合っているようだが、その誰も俺達に話し掛けてこない。俺達がジープから降りて、話し掛けようとしたその時、人混みを掻き分けて一人のおじさんが現れた。


白髪交じりの薄茶色の刈上げ、口鬚を蓄えた細面はちょっと草臥れて見える。

イケメンの成れの果てはたぶんこうなるんだろうな、と思わせる風貌。

気崩したグレーの軍服の襟には階級章も見える。


「お前達は何者なのかね?」

「俺達は冒険者です」


冒険者カードを提示する。


「すまんね。老眼が進んでるもんでね。ちょっといいかね?」


おじさんは俺達の冒険者カードを1枚1枚手に取って確かめ、


「ふむふむ、《SS》ランク冒険者の斎賀五月(サイガイツキ)殿、同じく《SS》ランク冒険者の斎賀白亜(サイガハクア)殿、《AAA》ランクのロダン殿。あなた方はどういったご関係かな?」

「我はそこにおわすイツキ殿の従者であるよ」

「俺達は冒険者パーティー、白銀の翼(シルバーウイング)です。俺がリーダーを務めさせて貰っています」

「なるほど、では横のお嬢さんは、イツキ殿のいもう――――」

「妻じゃ!」


白亜がおっさんの言葉を遮った。


「いくらなんでも若すぎるんじゃ?」

「そんなことはない。妾はイツキのつ――――」

「妹で間違いないですよ」


おっさんの疑問に答えようとする白亜の言葉を今度は俺が遮る。

無言の白亜が俺の脛を蹴り始めた。何度も何度も何度も。

勇者の加護[絶対防御]に守られている俺ですら痛いローキック攻撃。

普通の人だったら、骨折モノだよ。


「脛は止めろ! 脛は! 地味に痛いから! 堪えるから! 弁慶の泣き所だから!」

「弁慶のなんじゃ? 妾に泣き所なぞないぞ」


それは今の白亜さんが知らないだけだから。

痛いんだよ、脛。


「アイシャが言っておった。『男は甘やかすとつけ上がるから時には躾けが必要だ』って。じゃから覚悟して受けよ、イツキ」


アイシャさん、白亜に何てこと教えてくれやがるんですか?

それに俺、今、間違ったこと言ってないよね。

つけ上がってないよね。


おっさんが呆れかえりながら、ローキックを浴びる俺に冒険者カードを返してくれた。


「自己紹介が遅くなりましたな。わしはこの村の村長を兼ねる、辺境警備隊長のオマル・サハニだ。ようこそ、ネヴィル村へ。歓迎する」


握手を求められたので、握手を返す。

痛いよ、白亜。


「こちらこそ、よろしくお願いします、サハニさん」

「隊長でいい。村の者はみんなわしのことを『隊長さん』と呼ぶのでな」


髭の隊長さんか。

どっかのPKOの人みたいだ。

白亜さん、いいかげんローキック止めて!


「では、『隊長さん』で。俺のことも『イツキ』でいいですよ」

「わかった。よろしくイツキ」


隊長さんが白亜にも握手を求めたので、白亜が俺へのローキックを止めてそれに応えた。

隊長さん、ありがとう。


そして、隊長さんがロダンにも握手を求める。

応じたロダンの右の籠手を前に隊長さんが躊躇する。


あ、そういうことか。


「彼は故あって鎧を脱ぐことができないのです」

「呪いか何かですかな? そういうことなら」


隊長さんが鎧越しのロダンと握手を交わす。

呪いじゃないんですよ。

そもそも、鎧の中、空っぽだし。



挨拶を済ませた後、隊長さんの案内で村を巡ることになった。

ジープを[無限収納]に戻して、隊長さんに歩いてついて行く。



まず、案内されたのは村の中。

村の中心街にはいくつかの商店が並んでいた。

酒場や食堂もあるようだ。


「この村で採れる小麦、ひまわりの種、南瓜を出荷することで村の生計が支えられているんだよ。農産物の輸送は3ケ月に一度巡回してくる王国軍補給部隊が代行してくれている。この村には無い生活必需品もその時に卸ろしてくれている。そういうことだから、何不自由なく生活できるはずだよ。」



そのまま北のはずれまで歩く。

やがて万里の長城の如く遥か彼方まで続く城壁が見えて来た。

ここが魔属領との境だそうだ。

城壁に開いた城門は開いたままだ。

城門の向こうから村人が歩いてくる。


俺達は城門の上の物見台に上がる。

物見台から見渡すと、すぐ先に広大な森が広がる。


「ここからが魔属領ですか?」

「いや、あの森は緩衝地帯だよ。森の先が魔属領になるね」

「そう言えば、城門が開きっ放しになっていましたが、いいんですか?」

「日の高いうちは開きっ放しだよ。村人が森の恵みを採取しに行くからね」


魔属領に接しているからもっと緊迫感漂う場所かと思ったが、そうではないようだ。

時間がゆっくり流れているように感じる。


「もっとも、森の奥には魔獣や魔物が棲んでいるからね。どうしても討伐が必要になる。だから、凄腕冒険者の来訪は大歓迎なのさ」


俺も何事もなくここで暮らせるなどとは思っていない。

魔属領に隣接したここに来た理由、『魔王の【暴虐】の早めの探知と阻止』の為にも【暴虐】に影響を受けやすい魔獣や魔物の動向には注意を払う必要がある。


「隊長~~」


物見台を降りると、警備兵が数人集まって来た。


「隊長、その人達は?」

「ああ、この人達は今日この村に来訪した凄腕の冒険者パーティーだ」


隊長さんがそう答え、俺達が自己紹介すると、警備兵達も歓迎してくれた。

なんか、素朴そうな人達だ。

兵隊向きじゃない。

屯田兵?


「『イツキさん』と呼ばせて貰っていいか?」

「うん、それでいいよ」

「じゃあ、イツキさん。隊長は悪い人ではないが、いささか女癖が悪くって…………」

「そうそう、そのせいで辺境に左遷されてきただよ」

「元は近衛騎士団長だったのによお…………それが今では――――」

「おまえら、それ以上余計なことをしゃべるんじゃねえ!」

「村の誰もが知ってることだよ。取り繕ってもいずれバレることだから――――」

「いいからおまえらは持ち場に戻れ!」

「わ~~~。隊長が怒った~~~」


警備兵達は雲の子を散らすように逃げて行った。


「まあ、なんだ…………」

「ダメ人間」


誤魔化そうとする隊長さんに白い目の白亜がボソッと一言。


「ん?」

「女にだらしないヤツは全てに於いてだらしない。女の敵。人間失格じゃ」


更に追い打ちをかける。

何でそういう喧嘩を売るような真似をするかなあ。

これから定住しようって場所で、敵を作るなよ。

穏便に行こうよ。

ラブ・アンド・ピースだよ。


「何か言ったか?」


白亜に訊き返す隊長さん。

そっぽを向いて口笛を吹いている白亜。


隊長さんは顎に手をやって考え込んでいたが、思い直したように、


「まあいいさ。ところで、イツキはこの村にいつまで滞在する予定かね?」

「ここに定住するつもりですが?」

「定住するのか。それなら、身を固めることをお勧めするよ。ここにしっかり根を張って暮らすのならね。そうだ! わしがおまえにいい相手を紹介してやろう。美人という訳ではないが純朴で尽くしてくれる心優しい村娘に心当たりがある」

「なんじゃと!?」


隊長さんがいきなりぶっこんできた。

不意を突かれた白亜が固まっている。

俺もだ。


ヤバい。

変な方向に話が進んで行きそうな予感。


「俺はまだ17ですよ。結婚にはまだ早いですよ」

「何を言ってるんだ? 15になれば大人なんだから早いってことはないだろう?」


いやいやいや、越してきていきなり結婚とか無いだろう。

もしかして、辺境出身者と所帯を持たせることで辺境から逃がさないようにする為か?

若者を繋ぎ止める過疎地の村のやり口だよね、それ?


「それはちょっと…………」

「何を躊躇することがある? 何なら明日、嫁候補を連れて来てやる」

「えっと、今はいいです。遠からず前向きに検討します」


隊長さんの勢いに『断る』と言い難いので、日本人らしく玉虫色の回答で濁す。


「何ではっきり断らぬのじゃ!?」


白亜が怒りにフルフルと震えていた。


「何でって、これは日本人的な婉曲な言い回しで――――」


ブンッ!


俺は咄嗟に身を躱す。

白亜が五月雨で打ち掛かってきたから。


「イツキなんて! イツキなんて! 転んで犬のウンコが顔に付いてしまえばいいのじゃ――――っ!」


地味に嫌なセリフを残してどこかに走って行ってしまった。


「恐ろしい嬢ちゃんだな」


隊長さんが駆け去っていく白亜を見ながらポツリと漏らした。

マジで危なかった。

俺でなければ一刀両断されているところだったよ。


「勘弁して下さいよ。後でご機嫌取りするの、大変なんですから」

「すまん。嬢ちゃんの気持ちも考えずに。いきなり兄を取られるとでも思ったのだろう。まあ、わしも気長に嬢ちゃんを説得することにしよう。イツキも直ぐにとは言わん。だが、一応考えておいてくれ」


あんまり考えたくないんだけど。


「それで、住むところはもう決めたのか?」

「ええ、(おおよ)その目星はつけてます」


俺は[マッピング]で中空に地図を出すと、隊長さんが感心する。


「便利な魔法だなあ」

「ここにしようかと思ってます」


地図の一点を指差す。

村から少し離れたなだらかな丘の上。


「なるほど、そこなら誰も使ってない場所だし、村からもそんなに離れていないから不便じゃないしな。それでいつ家を建てる? それに合わせて人手を集めよう」

「いや、家はもう用意してあるんで」

「はあ?」



俺達は目的地に向かった。

そこで俺が[無限収納]から家を取り出して設置する。

ダンジョンの49階層で造った家だ。


「なんだこりゃあああああああ!」


隊長さんが腰を抜かした。


「予め用意しておいたんですよ」

「『予め用意』って…………おまえが?」

「ええ、俺が造りました」

「それをどこから取り出した?」

「マジックバッグみたいなものから?」

「そんなでっかいマジックバッグなんて…………あるんだよなあ。実際、そこから家が出て来たんだし」


もう考えるのを止めた隊長さん。


「おまえには驚かせられっ放しだよ」

「ということで、ここが今日から俺の新居です」

「了解した。村の者達に『手伝いは不要だった』って伝えておくよ。じゃあな」


そう言って隊長さんは疲れたように帰って行った。



まだ、日暮れには早いので、家の周りの整備に着手する。


まずは、家の横に家庭菜園作りだ。

[テレインチェンジ]で畑を作り、[ソーイングシード]で種を蒔く。

種はホバートで予め仕入れておいたものだ。

畑の細かい区画毎に進める時間を変えた[タイムアクセラレーション]を行使する。

早い区画はもう実を付けたり、球になったりして、明日にでも収穫できそうだ。

遅い区画は芽を出したばかりの状態。

こうすることで、毎日収穫できるようにする。


次は家の周りの囲い作りだ。

家と畑の周りに柵を設置していく。



最後に、家の横に円形の石造りの台を設置する。

ここに転移陣を刻み込むことで石造りの台が転移装置になる。

円形の台に転移陣を刻み込む。

今は対になる転移装置が無いから使えないが、対になる転移陣はホバートの冒険者ギルド支部内に設置する予定だ。設置する場所はアインズ支部長が用意してくれるそうだ。

これでホバートまで[転移]で簡単に往復できるようになる。

利用できるのは白銀の翼(シルバーウイング)のメンバーのみ。

もちろん、同行者も転移できるのは[転移]魔法と同じ。



満足そうに出来上がった転移装置を眺めていると、いつの間にか白亜が横に立っていた。


「どこに行ってたんだ?」

「森で魔獣討伐してた」


機嫌が治っている。

多分、込み上げる怒りを魔獣にぶつけていたんだろう。


「満足した?」

「イツキ分が足りない」


そう呟いた白亜がピトッと背中に縋りついて来た。


「イツキは妾が邪魔か?」

「邪魔だなんて言ったことが一度でもあったか?」

「でも、あやつの紹介で結婚するって――――」

「しないよ。するなら白亜が基準だ。白亜と同等以上の相手が現れるまで妥協するつもりはないさ」

「そんな相手は現れはせぬ。妾にしておけ」

「妥協した結果、白亜にするっていうのはちょっと違うような――――」

「どっちみち、こんな辺境では出会いも無かろう?」

「そうなんだよなあ。出会いなんかあるはずないよなあ。そもそも、こんな辺境暮らし自体、好んでする女の子なんていないよなあ」

「そうじゃ。今のところ、ここにいる一人を除いてはな~~」


そう言って玄関に走って行ってしまった。


「お~い、イツキ殿。晩飯はまだかの?」


ロダンが玄関の扉を開けて訊いてくる。

その横をすり抜けて白亜が家に入っていった。


「今、用意する」


俺はロダンに答えながら、玄関に向かう。


あれ?

前々から疑問に思ってたんだが、ロダンが食べた物はどこに消えてるんだろう?

鎧の中は空っぽだぞ。

そもそも、デュラハンに食事って必要だったのか?



ついでに白夜も異界から呼び出そう。


「白夜、おいで!」

「ワンッ!」


今晩は、3人と1匹での晩餐。


「ちょっと豪華な食事でも用意してみますかね」



召喚されてから短いようで長くも感じた日々。

ようやく、ここまで来た。

そして、これから俺の念願の辺境でのスローライフが始まる。



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