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062 魔炎竜

翌日の午前中。

俺達はヌメイの北ゲートから1kmの地点に居た。

街道のすぐ傍で魔炎竜が身体を地面に横たえている。


ここは迷宮の中じゃないから上空に制限が無い。

最初に、逃げられたり、町を攻撃されたりする可能性の排除の為に翼を奪う。

翼を奪われた魔炎竜は自分を守る為に立て続けに攻撃してくる。

攻撃は口から吐く炎だけではない。

ただの炎竜と違い、強力な攻撃魔法も放ってくる。

魔炎竜の間合いに入るのは困難を極めるだろう。

だから、近接戦闘ではなく、遠距離攻撃で仕留める必要がある。


作戦としては、白亜が翼を奪い、俺が遠距離攻撃魔法で仕留める予定だ。



「じゃあ、手筈通り頼むよ」


俺は横に居る白亜にそう言うと、[無限収納]から丸テーブルと椅子を出して腰かける。

丸テーブルの上にはティーセットとお皿に載ったクッキー。

観戦の準備は整った。



◆ ◆ ◆


「イツキ殿は何をしているんですか?」

「観戦の準備ですな」

「観戦? 自ら戦わないので?」

「まずは嬢ちゃんに戦わせるのでしょう」

「大丈夫なのですか?」

「まあ、嬢ちゃんも《SS》ランク冒険者ですから」

「まさか! あれがイツキ殿の妹君の斎賀白亜(サイガハクア)殿…………」

「本人は『妹』ではなく『嫁』と称しておりますがな」


ロダンとヒルデマイヤーが言葉を交わしている場所は北ゲートの物見台だ。

今日、ロダンは説明役として物見台にいる。

物見台の手摺り沿いにズラリと三脚に固定された遠見鏡が並ぶ。

エーデルフェルトにはハンディタイプの双眼鏡は無い。

ゴツくて場所を取る遠見鏡だけが頼りだ。

物見台に集まった北部方面軍の幹部達が遠見鏡を通して白銀の翼(シルバーウイング)と魔炎竜の戦いを見守っている。

今日のロダンは説明要員に徹していた。


「さあ、始まりますぞ」


ロダンの声に一同に緊張がはしる。



◆ ◆ ◆


「クッキー、妾の分も残しておくのじゃぞ」


そう言った白亜がトコトコと魔炎竜のところに歩いていく。

今日の白亜はイヤーマフを付けている。

完全防音の耳栓を仕込んだイヤーマフだ。


白亜に気付いた魔炎竜が首を持ち上げた。


魔炎竜が咆哮を上げた。

魔炎竜の咆哮を浴びると、咆哮に付与された[パラライズ]効果により身体がその場に縫い付けられたように動かなくなる。そして、動けないまま蹂躙される。


だが、白亜には魔炎竜の咆哮は効果を為さなかった。

咆哮が聞こえなければ[パラライズ]の影響も受けない。


白亜が加速する。

魔炎竜の上に炎がいくつも現れ、白亜に次々に炎弾を浴びせ掛ける。

[ファイアガトリング]の豪雨。


だが、白亜はその全てを躱して魔炎竜に迫り、飛び上がって五月雨を振りかぶり、


「スラッシュ・ソニック!」


超音波カッターのように高周波振動する五月雨の刃が、まるで熱したナイフでバターを切るように、魔炎竜の左の翼を切り離した。

そして、魔炎竜の背後に降り立つ。


「グオオオオオオオ――――――!」


片翼を失いながらも飛び上がろうとする魔炎竜の背後から再び、


「スラッシュ・ソニック!」


超音波カッターのように高周波振動する五月雨の刃が、今度は魔炎竜の右の翼を切り離した。そして、街道から離れるように走って逃げた。


飛び立てなくなった魔炎竜は辺り一帯に炎を吐き、[ファイアガトリング]や[ファイアジャベリン]を乱射する。

やがて、翼を斬り落とした白亜に狙いを定めると特大の爆裂魔法を立て続けに放った。


「あわわわわ!」


[フライ]を発動した白亜が迫りくる巨大な炎の塊を避けながら低空で逃げ回る。


そろそろ頃合いかな?


()()うの(てい)で俺のところに戻って来た白亜が俺の右斜め前に立ち、掌を上にした右手を魔炎竜に向けて、俺に頭を下げて厳かに言った。


「先生、お願いします」


俺はしかつめらしく椅子から立ち上がって答える。


「うむ、わかった」


俺は白亜の前を通り過ぎて魔炎竜に向かって歩き出す。


「プッ」

「ククク」

「アハハハハ」

「ハハハハハハ」


白亜め。

お前が噴き出すから釣られて吹き出しちゃったじゃないか。

台無しだよ

悪党とその用心棒のやり取り、最後まで決めさせて欲しかったよ。



「エリアデフィニッション!」


虚空に賢者の杖を掲げて唱えると、魔炎竜の上空を覆うように円形の赤い魔法陣が現れた。

攻撃範囲指定完了だ。

そして、流し込む魔力量を最大に、そして流し込む速度を最速にして、


「サンダーボルト!」


ピカッ!

直後、天から物凄い稲妻が魔炎竜に直撃した。


ズズ―――――ン!!!


1テンポ遅れて大地を揺るがす轟音と振動。


音と震動が鳴り響いた時には、既に魔炎竜は焼失していた。


「白亜。魔炎竜の1km後方」

「わかったのじゃ」


白亜がその場から消えた。



◆ ◆ ◆


物見台は静まり返っていた。


「国家災害級の魔炎竜を一撃…………」

「あれでもイツキ殿の力の一端に過ぎません」


茫然とするヒルデマイヤーに、平然としたロダン。


王都から《S》ランクパーティーを複数呼び寄せても倒せるかどうかという魔炎竜が瞬殺。


「俺達はあんな化け物に喧嘩を売ってたのか…………」


司令官と一緒に観戦させられていた兵士達が真っ青になっている。


彼等は昨日、酒場でイツキに再起不能にされた者達だった。

彼等が収容されていた治療施設に夜になって現れたイツキは[エリアメガヒール]で彼らを完治させて帰っていった。

全快した彼等を待っていたのは、上官からの懲罰の言い渡し。

彼等はこの後、営倉行きだ。営倉を出た後には過酷な訓練が待っている。


だが、それで済んでよかったと彼らの誰もが思っていた。


そして、今、思い知らされた。

イツキはアンタッチャブルだったのだと。



◆ ◆ ◆


俺は北ゲートまで戻って来た。

手には魔炎竜の魔核。


「北部方面軍を代表して感謝致しますぞ」


自ら出迎てくれたヒルデマイヤー中将が感謝の言葉を述べた。


「ところで、白亜殿は?」

「今、別件で――――」


言い終わる前に白亜が現れた。

気を失った一人の男を肩に担いで。


「ご苦労様。あれ? そいつだけ?」

「他は全部斬った。抵抗したのでな。指示役だけ生かして連れて来た」


白亜が担いでいた男を放り出す。


ヒルデマイヤー中将の指示で部下が放り出された男を調べる。

やがて、男の首に掛かった認識票を見つける。


「これは…………」


認識票には、こう記されていた。


『カラトバ騎士団領陸軍情報部特殊工作2課』


魔炎竜の後方1kmで様子を伺っていた集団。

またか。

また、カラトバ騎士団領だ。


「どうやら、こやつらが魔炎竜をここまで誘導してきたらしいのぉ」

「これは…………王国軍参謀本部に知らせなければならないようですな。衛兵! こいつを厳重に取り調べよ。まだ、何か吐くかもしれん」


魔炎竜の件、どうやら仕組まれたことのようだ。



夜、俺達が泊っている宿にヒルデマイヤー中将から伝令が来た。

取り調べ中に男が自害したそうだ。

奥歯に仕込んだ毒入りカプセルを噛んで死んだと。



◆ ◆ ◆


魔炎竜が討伐されたので、北ゲートの封鎖が解かれた。

北街道の通行止めも解除された。

翌7月16日、俺達も出発だ。



「我々はアナトリア王国の英雄、斎賀五月(サイガイツキ)殿により窮地を救われた」


北ゲート前に臨時で設置されたお立ち台。

そこにヒルデマイヤー中将が立っている。


北ゲートに向かう沿道の左右には北部方面軍1個師団の兵士全員が直立不動の姿勢で並んでいた。その数、6000人。町の人達も沿道に詰めかけ、両手に持ったアナトリア王国の旗と交差する2つの銀色の翼を印した〖白銀の翼(シルバーウイング)の紋章〗旗を振っていた。


白銀の翼(シルバーウイング)の今後の活躍を祈って敬礼!」


ヒルデマイヤー中将が敬礼した。

ヒルデマイヤー中将の敬礼に合わせて兵士達が一斉に敬礼する。


「もう、イツキ殿はすっかりアナトリア王国の要人だな」

「凄い見送りじゃのお」


北ゲートまでジープをゆっくり運転しているロダンの感想と助手席から沿道を眺める白亜。

俺はジープの後部座席に座らせられ、張り付いたような笑顔で手を振っていた。というか、白亜達に手を振ることを強制された。


『人々の期待に応えるのもトップランク冒険者の務めじゃ。今、人々は英雄に感謝を捧げようとこうして集まっておる。少しくらい愛想を振り撒いてもよいのではないか?』


こう言われてしまったら素直に従う他ないわな。


誰にも注目されることなくひっそりと去りたかったよ。

なんか、穏やかな生活が遠ざかっているような気がする。



盛大な見送りを受けながら北ゲートを出る。

ここからが〖一部の指定区域〗。

北部辺境のネヴィル村まであと7日。




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