061 さあ、思う存分やろうじゃないか
今日は7月14日。
俺達は北部砦の町、ヌメイに辿り着いた。
ヌメイは王国北部方面軍が駐屯する軍事都市だ。
あちこちに闊歩するのは兵士ばかり。
店舗も少なく、宿も粗末な宿が1軒だけ。
まあ、こんなところに旅してくるようなもの好きはいないんだろうよ。
町の北側には対魔防御が施された高い城壁が遥か彼方まで続いている。
この町の北側には〖一部の指定地域〗が広がる。
〖一部の指定区域〗。
《S》ランク以上の冒険者を伴わなければ踏み込むことが許されない場所。
だから、ヌメイの北ゲートの警戒は厳重だ。
「北ゲート近郊で国家災害級の魔物、魔炎竜が確認されました。現在、北部街道は通行止め。北ゲートも封鎖中です」
「いつ封鎖は解けるの?」
「わかりません」
北ゲートの衛兵と俺の会話。
「ですが、現在、王都の《S》ランク冒険者パーティーを3組手配中です。彼らにより魔道竜が討伐された後に封鎖は解除される予定です」
「それで、その冒険者パーティーはいつ来るの?」
「早ければ2ケ月先、最悪半年先になります」
ここから北部辺境のネヴィル村までジープならあと1週間の距離だ。
俺の『スローライフ』の目的地はもう目と鼻の先。
それに、1ケ月後に渡さなければならない親書も預かっている。
王様からの親書だから遅れたら最悪シルスキーさんの首が飛ぶ。
ここで足止めなんて喰らってる場合じゃない。
仕方ない。
直談判するか。
俺達は砦を守る王国軍の北部方面軍司令部を訪れた。
警戒されると困るので、ロダンには異界に待機してもらった。
司令官の将軍に面会を求める。
「冒険者風情が将軍に面会だと? 帰れ帰れ! ここはおまえらが来ていいような場所じゃない!」
案の定、門前払いされてしまった。
「どうするのじゃ?」
「また、明日来よう。将軍だっていつまでも司令部に引き籠もってる訳じゃない。出て来たところを捕まえるしかないね。まあ、とりあえず飯にしようか。腹減ったし」
俺達は酒場に向かった。
飯を食えそうなところはそこだけだったから。
広い酒場に入ると、やはり中は兵士ばかり。
彼等に一斉に注目されてしまった。
いかにも『ガキが女連れで何しに来やがったんだ』的な視線。
取り敢えず席に座って軽食を注文する。
俺はミルクセーキとフライドチキンを、白亜はフライドポテトと果実酒を、頼んだ。
白亜さん、昼間っから酒かい?
白亜はチミチミとフライドポテトを齧り、やはりチミチミと果実酒を飲んでいる。
俺は今食べたフライドチキンの骨を手で弄びながら考え事に耽っていた。
「おいっ!」
後ろから声がする。
「おいっ!」
煩いなあ、仲間内の会話はもっと小さい声でしてくれ。
これだから、酔っぱらいは。
「おいっ! 無視するんじゃねえ!」
無理やり振り向かされて胸倉を掴まれた。
「何か用か?」
「何か用か~~!? 女なんて連れやがって、青臭いクソガキが場違いなんだよ!!」
「もしかして俺、因縁つけられてる?」
振り向いて白亜に尋ねる。
「そのようじゃのぉ。そのむさ苦しい男は妾のような可愛らしい乙女を連れているイツキのことが気に喰わないようだぞ」
そう言ってコロコロと笑った。
白亜さん。自分で『可愛らしい乙女』って言うか、普通?
「余所見してんじゃねえぞ」
俺は持っているミルクセーキを男の頭から掛けてやった。
一瞬、何をされたか理解できなかった男。
やがて、されたことを理解した男の額に青筋が。
「てんめえええ!」
男は振りかぶった右手の拳を力任せに俺の顔にヒットさせた。
「ギャアアアアアア!」
男が砕けた拳を振り回しながらのた打ち回る。
一方の俺は無傷だ。
勇者の加護[絶対防御]があるからね。
一気に周囲が殺気立つ。
見渡すと相手は兵士100人以上。
俺は白亜の方を見て、
「白亜、安全なところに下がっていなさい」
その瞳をジッと見詰める。
「わかったのじゃ。好きにせよ」
白亜はそのままウェイトレスに連れられて、カウンター裏に避難していった。
どうやら、俺の意図を理解してくれたようだな。
俺はユラリと立ち上がる。
「さあ、思う存分やろうじゃないか」
◆ ◆ ◆
酒場は阿鼻叫喚の地獄と化していた。
サンドイエローの見たことも無い服装をした若い男。
一人の兵士が椅子を振り上げてその男の頭に叩きつけた。
まるで岩にでも叩きつけたかのように砕け散る椅子。
「痛いじゃないか。それに服の襟が破れたぞ」
どう見ても無傷。
数人の兵士が男を取り囲み一斉に殴り掛かる。
だが、やはり無傷。
「「「「ぎゃああああ! 俺の拳がっ! 俺の拳がっ!!」」」」
逆に殴り掛かった兵士が砕けた拳を振り回してのた打ち回っていた。
「きさま! 殺す!!!」
兵士達が気色ばむ。
「これ、軍人が民間人に集団で殴り掛かるって構図なんだけど、こんな時、民間人はどうするのが正解?」
相変わらず飄々とした態度の男。
「この世界には『正当防衛』って言葉、あるのかな?」
男は後ろから割れた酒瓶を手に忍び寄る兵士に振り向き様、裏拳を叩きつけた。
「あぐっ!!」
裏拳を叩きつけられた兵士が窓ガラスを突き破り、大通りを挟んだ向かいの家の軒先までぶっ飛んでいった。
そこからはワンサイドゲーム。
男は向かってくる兵士を片っ端から殴る、蹴る、投げ飛ばす。
低い位置から掴み掛かろうとした兵士が、踵落としを喰らって上下逆さに床板に刺さった。
「ひやああああああああ!」
恐怖から叫び声をあげる魔道兵士が[ストーンガトリング]を男にお見舞いする。
が、男は目に見えない速さで石弾の全てを素手で受け止めた。
開いた男の手から石弾がバラバラと零れ落ちる。
恐慌状態に陥って再び[ストーンガトリング]を打ち捲る魔道兵士に男が歩み寄り、アッパーカットを食らわせた。魔道兵士は天井に突き刺さって沈黙した。
30分後、酒場に立っていたのは男のみ。しかも無傷で。
一方の兵士は全員が重傷。
もう原隊復帰は無理。
除隊する以外に選択肢は無いと思われるくらいの深手を負っていた。
更に数分後、剣を持った憲兵部隊が駆け付けて来た。
「憲兵隊だ! そこの男! 武器を捨てて大人しく投降せよ!」
男は両手を上げて大人しく投降した。
元々武器は持っていない。これまでの所業は全て素手と足。
やがて、男は憲兵に連行されていった。
店内は滅茶苦茶に破壊され尽くしていた。
被害額は1000万リザを超えるだろう。
マスターは茫然とするしかなかった。
カウンターに避難していた少女がトコトコとマスターのところに来た。
「大丈夫かい?」
「妾は大丈夫じゃよ。マスターには迷惑を掛けた。これは損害賠償じゃ」
そう言って、少女がマスターに革袋を手渡すと店の外に消えた。
革袋はズッシリ重かった。
マスターが中を確認すると、2000万リザ分の金貨200枚が入っていた。
◆ ◆ ◆
俺は憲兵隊の留置場に入れられていた。
手枷が付けらているが問題無い。
すぐに引き千切れる。
留置場の鉄格子も俺を拘束することはできないだろう。
脱獄ならいつだってできるよ。
だが、俺は大人しくしていた。
身元確認できそうなものは予め全部「無限収納」に放り込んである。
直近、俺の身元を確認する術は無い。
荒くれが多そうな酒場を選んで入店し、兵士相手に大立ち回りを演じた。
1個中隊規模の兵士を全滅させてやった。
1個師団規模の北部方面軍にとってはこの損失はさぞや痛手だろう。
俺の強さも身に染みたはずだ。
当然、司令官の耳にも入ることだろう。
全て計画通りだ。
「出ろ」
鉄格子の鍵を開けた看守に呼ばれるままに留置場を出る。
案の定、俺は馬車で司令部に連れて行かれた。
司令部にも取調室があるのを初めて知った。
今、俺はそこで椅子に座らされている。
目の前で取調官が俺を尋問する。
「記憶に御座いません」
「弁護士を呼んでくれ」
何を訊かれてもそう答えた。
この世界に弁護士なんかいたっけ?
イライラがピークに達した取調官が粘っこい視線を向けてきて言った。
「1個中隊分を再起不能にしたんだ。おまえは縛り首だよ」
へえ、俺、死刑になっちゃうんだ。
そっちの兵士が因縁つけてきたのにね。
兵士の教育、ちゃんとやってる?
縛り首になんてしようとしたら、俺、1個師団丸ごと殲滅しちゃうよ。
そして、国外逃亡かな。
やがて、ミラーガラスの向こう側に人の気配がした。
そっと[探索]を行使した。
ミラーガラスの向こうに偉い人が入って来たぞ。
俺はミラーガラスに向かって笑顔で手を振ってみた。
効果覿面。
ミラーガラスの向こう側がちょっとしたパニック状態になった。
バンッ!
取調室の扉が乱暴に開いて、高級将校の服を着たおじさんが転がり込んできた。
取調官はギョッとして、
「司令官閣下、どうなされたのですか!?」
転がり込んできたのは司令官だった。
やっと、面会が叶ったよ。
「あなたは! 斎賀五月殿ではありませんか!?」
「あれ? 俺のこと知ってるの?」
「第一王女殿下から伺っております。魔公爵ベルゼビュートを倒してホバートを救った英雄だということを。そして、冒険者ギルド幹部からも伺っています。ノイエグレーゼ帝国皇帝陛下自ら、自分に匹敵する実力を持つと認めた《SS》ランク冒険者であるということも」
第一王女? ノイエグレーゼ帝国皇帝? 誰?
「何でそんな偉いさんに伝わってるの?」
「我が国のジョセフ・アナトリア国王陛下も、斎賀五月殿の行動については『自由裁量権を認める』と仰せられております」
亜麻色の短髪に薄茶色の瞳をした50代くらいの小太りのおじさん。
「紹介が遅れました。小官は王国北部方面軍を預かるリヒャルト・ヒルデマイヤー陸軍中将であります! 英雄、斎賀五月殿には大変ご不快な思いをさせてしまい、誠に申し訳ございませんでした!」
再敬礼で自己紹介と謝罪をされてしまった。
罠に嵌めた俺の後ろめたさったら――――
「こちらも閣下の大事な部下を再起不能にしてしまいました。ごめんなさい。それから、フルネームは堅苦しいので『イツキ』でお願いします」
「イツキ殿でよろしいですかな。謝罪は不要です。今回の件、綱紀粛正の必要性を改めて再認識させられました」
そして、掌を上に向けた案内姿勢で、
「こんな場所ではなんですから。別室にご案内致します」
俺は高級士官用応接室に案内された。
高級そうな紅茶でもてなされる。
「本来はお食事でもご一緒して、イツキ殿の武勇伝でもお伺いしたかったのですが、今現在、非常に困った状況にありまして」
「もしかして、魔炎竜の件ですか?」
「もうご存じで?」
「北ゲート近郊に魔炎竜が出現したとか」
「そうなのです。そのため、現在、北ゲートは封鎖中です」
「それは困りましたね。実は私も困っていまして」
[無限収納]から、シルスキーさんから預かった親書を取り出して見せる。
「それは国王陛下の封緘命令書!」
「そうです。これを開封期限までに辺境警備隊長のオマル・サハニ氏に届けなければならないのです。開封期限までに届けないと、シルスキー伯爵の首が飛びます」
「小官の首もでしょうなあ」
頭を抱えた姿から、本当に困り果てているのがわかる。
「そこでご相談なんですが、その魔炎竜の討伐、俺のパーティー白銀の翼に任せて貰えませんか?」
「イツキ殿が討伐なさる? それはこちらからも是非お願いしたい。いえ、どうか、お願い致します」
深く頭を下げられてしまった。
これで北ゲートを通過できる。
ネヴィル村に行ける。
まあ、その前に魔炎竜を何とかしないとね。




