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060 村長の相談事

北に向かう街道が川沿いに大きく左に蛇行している。

[マッピング]で確認する。


「どうする? イツキ殿」

「街道を外れるけど、真っ直ぐに進んだ方が近道だね」


俺とロダンが目の前に映し出された地図を前に経路について話し合う。

後ろを見ると白亜が不貞腐れてソッポを向いている。

エル・カラルで怒らせてからずっとこの調子。

だから、助手席でナビ役をするのはロダンの仕事だ。


「とりあえず、まっすぐ進もう」



そうして半日程走ると、禿山とそこから少し離れたところに村が見えてきた。

もう夕方。

今日はこの村に泊まらせて貰おう。


村にジープを進める。


「イツキ殿。何か様子が変だぞ」


村人はいるが誰も彼も生気が無い。

とりあえず、村で一番大きな家の前にジープを止める。

すると、家から老人が出て来た。


「すみません。今晩、宿をお借りしたいんですが」

「旅のお方ですかな?」

「ええ」


俺達は身分を証明する為に冒険者カードを提示する。

身元の怪しいヤツに宿なんか提供してくれないからね。


「イツキ様、ロダン様、白亜様ですか」


老人は冒険者カードを確認すると、


「わしはこの村の村長のエーリクです。あまりお構いできませんが、お泊めできる場所はございます。案内しましょう」


村長が1軒の空き家まで案内してくれた。


「ここをお使い下さい」

「ありがとうございます」


俺達が案内された空き家に入ろうとしたら、俺だけ村長に呼び止められた。


「イツキ様は賢者とお見受けしますが、宿を提供する代わりに、ひとつ相談に乗っては頂けませんか?」


ロダンと白亜を残して、俺だけがエーリクさんの家にお邪魔することにした。


村長の相談事はこうだ。


数か月前に豪雨被害を受けて村の麦畑が壊滅し、穀物の収穫ができなくなった。

それ以来、野菜と狩って来た獲物の肉だけで凌いでいる。

麦畑を復旧しようにも、人手も土木作業に必要な道具も無い状況。

村人が持っているのは鋤や鍬等の農具だけ。

偏った食事を続けているので体調を崩す村人が増えている。

このままではいずれ村人全員の健康が損なわれてしまう。

賢者の俺に知恵と助力をお願いしたい。



なるほど、穀物から得られる炭水化物はエネルギーの源。

いくらタンパク質や食物繊維やビタミンが摂れても、エネルギー源が無ければ、いずれ動くこともままならなくなるだろう。


「ちなみに穀物は何処で作ってたんですか?」

「あの禿山とそれに連なる丘ですじゃ」


夕日が禿山と丘の斜面を明るく映し出している。


ん~~~?

あれは…………


俺は全てを理解してしまった。

ダメだ。あれはダメだ。


「ちなみに種蒔用の種はあるんですか?」

「それだけは食べずに残してあります」

「そうですか。わかりました。今日はもう日が暮れるので明日何とかしてみましょう」

「ほんとうですか!? ありがとうございます」

「お礼はうまくいってからにして下さい。ちなみに、村の方はどれくらいいるんですか?」

「わしを含めて30人くらいです」

「変なことを訊きますが、お米を食べたことは?」

「ありませんが、どういう物かは知っています」

「じゃあ、お米を提供するとしましょう」


俺は[無限収納]から精米30kgの袋を取り出して、村長に渡す。


「これで村人全員が3食食べられると思います。食べ方もレクチャーしますよ」


エーリクさんが涙を流して喜んでいる。

別に大したことはしていない。

困った時はお互い様だ。


日が暮れた頃、エーリクさんが広場に村人を集めて、炊き出しを始めた。

村のおばさん達にお米の研ぎ方・炊き方を教える。

これで、急場を凌ぐことができるはずだ。


エーリクさん曰く『村に活気が戻って来た』。

そんな村人達を眺めながら、俺は頭の中で明日の手順を組み立てる。

気が付くと、横に白亜が立っていた。


「妾が元居た世界でも食べるのに困っている村はあった。手を差し伸べる者は誰もいなかった。正に『弱き者の定め』じゃよ。じゃが、イツキは違うのじゃろ?」

「前にも言ったよね。『俺は、自分の手の届く範囲の人間が傷ついたり死んだり不幸になったりするのを見過ごせない。そんなのを放置したら、俺はもう穏やかには暮らせない。』って」

「うむ」

「それに見なよ。みんな嬉しそうだ。見ているこっちまで嬉しくなってくる」

「それがイツキの『スローライフ』なのじゃな?」

「ああ、俺が白亜と共有したいもののひとつだ」

「他にもあるのかぇ?」

「それはまだ秘密。先のお楽しみだよ」


口の前に指を立てて言う。


「この前は済まなかった。妾の気持ちばかり押し付けて」


白亜がポツリと呟いた。


「わかってくれればそれでいいさ」


白亜の頭に手を載せて髪をクシャッとする。


「でも、妾は諦めんぞ。覚悟せい」

「俺が簡単に陥ちると思うなよ」


不敵に宣戦布告してきた白亜に、両腕を組んで受けて立つ姿勢の俺。

どちらからともなく、笑いが込み上げて来た。


白亜とは仲直りできたようだ。

後顧の憂いも無くなったことだし、明日は頑張るとしますか。




翌日。

朝から禿山に向かう。


穀物が水害で全滅した理由は簡単だ。

禿山や丘の斜面がそのままの状態で耕作に使われたからだ。

これでは大雨が降った時に上から流れて来た水によって、土砂や種や苗が麓まで押し流されてしまう。

そうならないようにする為には、斜面を棚にしてやる必要がある。

日本の山間地によく見られる棚田だ。これは水田以外にも適用できる。

もちろん、それだけでは不十分。

雨水を流す排水路も必要だろう。



先ずはアクセス路を造る。

村には車両は無いみたいだから、階段でいいだろう。

階段の左右に排水路も必要だな。


「アーキテクト」


禿山や丘の斜面に幾筋もの階段と排水路ができた。


「テレインチェンジ」


階段と階段の間に段々になった棚を造っていく。

禿山と丘に見る見る棚田ならぬ棚畑ができた。


次は種蒔きだ。


「ソーイングシード」


エーリクさんから預かった麦を棚に蒔いていく。


更に、禿山とそれに連なる丘を範囲指定する。


「エリアデフィニッション」


最後は時間加速だ。

麦は種を蒔いてから収穫までの6ケ月を要するから、


「タイムアクセラレーション(180)」


棚に蒔いた麦が芽を出し、あっという間に伸びて穂をつけ、やがて収穫できるところまで育った。


「これは…………」


俺の作業の様子を一部始終見ていたエーリクさんも村人さん達もあんぐり口を開けていた。


「もう収穫できますよ。これで来年までの穀物は確保できたと思います」


さて、これで依頼内容は無事終了。

出発するか。

エーリクさんや村人さん達が麦畑に気を取られている間に気配を消してジープに乗り込み村を出た。

後のことは知らない。

先を急ごう。





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