057 わたしに触れていいのはイツキだけ
「白亜が拉致された?」
俺は宿のロビーでリンシャさんから訊いた内容をそのまま復唱した。
白亜を拉致するとは、よっぽど命知らずみたいだな。
それとも、バカ?
「何か薬を嗅がせたみたいな感じで…………」
睡眠薬?
いや、それだと、起きたら暴れられるから意味無いぞ。
「あれは、弛緩毒だと思う」
レノさんが予想する。
アサシンの言う事だから信憑性が高そうだ。
弛緩毒。
物理的な力を奪う効果を持つ液体薬剤または気体薬剤である。
解毒しない限り半永久的にその効果は継続する。
屈強な冒険者や兵士が一般人並みに弱くなる。
この世界では暴徒鎮圧用に散布されたり、刑務所に収容する前の凶悪犯に吸わせるらしい。
白亜であれば、14~15歳の一般的な少女並みの力しか持たない状態になるということ。
略取犯にとってはやりたい放題。
「で、拉致した相手は?」
「遊牧民ね。たぶん、ラファールとかいう男の一味だと思う。昼間、そいつらとちょっとしたトラブルがあったから」
「あいつ、白亜ちゃんの腕を掴んで『オレのハーレムに加える』とか言ったから、白亜ちゃんに振り飛ばされたの。おそらく、その仕返し」
「へえ」
ルリアさんとリミアさんの言葉を訊いた俺があまりに平然としているのが、リミアさんには我慢ならなかったみたいで、
「イツキ! 何でそんなに落ち着いていられるの!?」
責める言葉を背にとりあえず、俺達の泊っている部屋に行く。
いつも着ている防御魔法が施された服はハンガーに掛かったまま。
遊びに行く用の服を着て行ったようだ。
街中に遊びに行くだけだったからなのだろう。
着ている服も普通の服。防御力ゼロじゃん。
でも、指輪があったよね。
白亜がやられっ放しにならないように、指輪を介して[状態異常無効化]の術式を流す。
これで弛緩毒は無効化できるはずだ。
後は帰って来るのを待つとしようか。
ふと、白亜が使っている化粧台の上を見ると、白亜の冒険者カードが置かれていた。
置いて行ったんかい!
マズいな。
今の白亜は身元を証明するものを持っていない。
例え犯罪者相手でも身元不詳な者が暴力を振るうところを治安機関に見つかれば、身元不詳な者の方が罪に問われる。
場合によっては、拉致した遊牧民の白亜に対する所有権が正当化されてしまうかもしれない。
ああもう! 仕方ないなあ!
「ねえ、イツキ、訊いてる!?」
追っかけて来たリミアさんに責められた俺は、
「訊いてますよ。これから迎えに行きますよ」
「それなら、いいけど…………」
ロビーに降りて来ると、シルスキーさんとオルガさんがいた。
「話は訊きました。白亜殿が遊牧民に拉致されたとか?」
「遊牧民から取り戻すのは大変だぞ。下手をすると他部族まで敵に廻る」
遊牧民は結束力が強いらしい。
ある部族が攻撃されると攻撃された部族だけでなく他の部族までもが反撃してくるそうだ。
「ラファールとかいうヤツです」
「ああ、トルギス族の族長のバカ息子ですな。こちらでも調べはついています」
早えな、おい。
大商会の情報網恐るべし。
「今、族長に確認を取っています。ついでに、他の部族にも中立を守るように要請しています」
そこにシルスキー商会の商会員がやって来てシルスキーさんに耳打ちした。
それを訊いたシルスキーさんが、俺に向かって、
「族長の確認が取れました。イツキ殿への謝罪と補償を申し出ています。あと、今回の件について、現在コルカタに滞在中のサハド族、ハイアム族、ファーティマ族は中立を約束してくれました」
それを訊いた俺は、
「それだけじゃないんでしょう?」
「ご慧眼恐れ入ります。族長としては『息子を五体満足で引き渡して欲しい』とのことです」
「勝手なことを言いますね。自分の息子の不始末に対して無傷で返せ?」
「『無傷』じゃありません。『五体満足』です。途中経過はともあれ、結果として『五体満足』ということです。罰は族長が下すそうです。ちなみに、他者の所有物を奪った場合は、罰として、略奪者が奪った物と価値を等しくする物を略奪者から没収して被害者に引き渡します。但し、上位者の所有物を奪った場合にはより重い罰が下されます」
「俺はただの冒険者だから上位者の話はこの場では関係ないですよね? 第一、ラファールの所有物に白亜と等価な物なんて有り得ませんよね? そもそも、奪われた物は返して貰えるんですか?」
「一般的には奪われた物は返却されません。価値を等しくする物で補償されます」
お話にならないな。
白亜は帰って来ない。
代わりは多分、莫大な宝石か金貨の類。
これでは、白亜を強引に金で召し上げられるようなものだ。
ラファールの思う壺だよ。
もしかして、ラファールの父親とか言うトルギス族の族長もグル?
いっそ、潰すか、部族ごと。
エーデルフェルトからトルギス族そのものを抹消してしまえばいい。
そうすれば、白亜を取り戻しても文句を言って来る相手はいなくなる。
あれ?
俺、考え方が勇者というより魔王?
でもまあ、仕方ないよね。
喧嘩売って来たのはあっちだし。
「ちょ、ちょっとお待ち下さい!」
俺の様子が変わったことに焦ったシルスキーさん。
「何をするおつもりですか!?」
「『何を』って、取り戻すんですよ。まあ、その過程で邪魔するトルギス族が消えちゃうかもしれないけど、仕方無いですよね?」
「待って下さい! 話は最後まで訊いて下さい!」
「奪われた物は返却されないんですよね?」
「それは『一般的には』と言う話です! イツキ殿は違います!」
「何が違うんですか?」
「イツキ殿は族長よりも上位者なのです」
はあ?
俺が族長より上位者?
意味がわからない。
「《S》ランク以上の冒険者パーティーのリーダーは王国の名誉貴族なのです」
「俺が貴族?」
「《S》ランクなら名誉騎士爵以上、ましてや《SS》ランクなら名誉子爵以上」
「貴族になった覚えは無いんですけど…………」
「それはイツキ殿が王都で正式な叙勲を受けていないからです」
もしかして、サリナさんが『王都に来て、国王陛下に会って欲しい』って言ってたのは『叙勲を受けろ』って事だったのか。
「で、上位者の所有物を奪った場合は、どうなるんでしたっけ?」
「所有物は上位者に返却されます。そして、上位者から奪った者は例外なく『石打ちの刑』に処されます。但し、刑を執行するのは所属する部族ですが」
『石打ちの刑』。
拘束した罪人に大勢で投石を行い死に至らしめる処刑法。罪人が即死しないように握り拳程度の大きさの石を罪人に投石して死に至るまでの苦痛を長引かせる最も残酷な処刑法だ。
かつてのイスラム社会に有ったものだが、ここエーデルフェルトにも有ったのか。
まあ、白亜が取り戻せるなら他はどうだっていい。
命拾いしたね、トルギス族。
「いいでしょう。細かいことはシルスキーさんに一任します。俺は白亜を迎えに行ってきますので。」
「俺もついて行こう」
オルガさんも来ることになったので、同行者はロダンとオルガさん。
俺は[マッピング][探索]を行使する。
ある1点に青い丸をある。
コルカタ郊外の廃遺跡か。
「場所はわかりました。早速、向かいましょう」
同行者を乗せたジープを目的地に向けて発進させた。
白亜、早まるんじゃないぞ。
◆ ◆ ◆
意識が戻り、ゆっくりと目を開ける。
ここはどこじゃ?
現状認識。
どうやら妾は天井から伸びた鎖に両手を、床から伸びた鎖に両足を拘束されているようじゃ。
「ようやっと、目を覚ましたようだな」
扉を開けて入って来た男が野卑な目をしながら妾の前に立った。
見れば昼間、妾の腕を掴んだヤサ男。
手には鞭。
「貴様、こんなことをしてタダで済むと思っているのかぇ?」
腕と足の力を入れて鎖を引き千切ろうと試みる。
あれ? 力が入らない。
「無駄だ。弛緩毒を使ったからな。おまえはもう一生ひ弱なままだ」
男が妾の頬を鷲掴みする。
「だが、まあ、逆らわれても困るから、これを用意した」
「何じゃそれは?」
「隷属の首輪だよ。これを嵌めればおまえはもう身も心も俺の奴隷だ」
無理やり首輪を嵌めようとする。
藻掻いたが思うように体が動かない。
ガチャリ!
碌な抵抗もできずに首輪を嵌められてしまった。
『魔道剣聖から奴隷に職種変更します』
兄者の[スイッチ]のような自動音声がした瞬間、
「グアアアアアアアッ!」
物凄い衝撃が身体を駆け抜けた。
意識が朦朧とし始める。
「ククク、さあ、俺のことをご主人様と言ってみろよ」
朦朧とする意識を何とか手繰り寄せようと気合を入れる。
「これから、おまえを俺のものにしてやるよ」
妾の顎を掴んで唇を寄せて来た。
「ペッ」
男に唾を吐きかけてやった。
「きさまっ!」
男は顔に着いた唾を拭いとると、妾の頬を打った。
「奴隷に落ちても洗脳されないだと!? なんてメンタルしてやがるんだ!」
鞭を何度も振るって来た。
「グッ!」
鞭が妾の服を裂き、身体に鞭の跡が刻まれていく。
防御魔法も無いから無茶苦茶痛い。
でも、悲鳴は上げない。
やがて、むち打ちが止む。
男は鞭を振るい過ぎて疲れたのか、肩で息をしていた。
「いいだろう。じゃあ、俺自身を刻み込んでやるよ」
両手両足の鎖が伸ばされ、床に転がされる。
無理やり両足を開かされ、そこに膝立ちの男がにじり寄り、ズボンから一物を取り出した。
このまま、こんなヤサ男に奪われてしまうのか。
頭に兄者の姿が浮かんだ。
いやだ!
イツキっ!
その時、突然、魔力回路に術式が流れ込んできた。
[状態異常無効化]の術式が。
(状態異常無効化!)
心の中で[状態異常無効化]を唱える。
『先程の職種変更をキャンセルします』
自動音声が聞こえると同時に首輪が弾けて四散した。
と同時に身体に力が戻って来た。
「なっ! なんだ!?」
慌てふためく男の一物に思い切り蹴りを入れる。
「ギャアアアアアアアアアッ!」
男が反対の壁までぶっ飛んでいった。
「ふんっ!」
両手両足の鎖を引き千切る。
鎖はガラス細工のように粉々になった。
バキッ! ボキッ!
拳を鳴らしながら男の元に歩いていく。
滅茶苦茶頭きた!
「よくもいいように弄ってくれたわね? 当然、覚悟はできてるんだよね?」
「ゆ、許してくれ」
「へえ、許して貰えると思ってるんだ?」
「出来心だったんだっ!」
「そう? じゃあ、これからわたしがすることも出来心よね?」
男の襟首を掴んで反対側の壁に叩きつける。
「グハッ!」
男に歩み寄って、
「わたしに触れていいのはイツキだけなの。それなのに、あなたはわたしの足を開いて何をしようとしていたのかなあ? ねえ、教えてくれる? ねえ? ねえ? ねえ? ねえ?」
男の襟首を掴んで前後に揺する。
男の後頭部が壁に打ち付けられ、壁に血の跡が広がる。
「あっ…………ぐっ…………ひっ…………」
今度は男の頬に往復ビンタを繰り返してやった。
ヤサ男の顔は見るも無残に腫れあがる。
更に思い切り殴りつけるべく右腕を振りかぶって――――
「もう、そのくらいにしてやってくれないか?」
後ろから声を掛けられた。
振り向くと、そこには妾の大切な人が立っていた。
◆ ◆ ◆
俺達はコルカタ郊外の廃遺跡に来ていた。
ここはラファールが親にも秘密にしていた隠れ家だった。
入口にいたラファールの部下はロダンが沈めた。
1階部分はラファールや部下達の居室。
そこら中に居るラファールの部下どもを素手でぶちのめす。
こんなやつらに魔法や剣など不要。拳だけで充分。
[強化+++]で思いっ切り身体強化した拳だけどね。
地下の階段を下る。
地下1階はハーレム要員として連れて来られた様々な種族の女性や少女が囚われていた。
幾人かの首には隷属の首輪。何人かの背中には焼き印まで押されていた。
逃亡防止の為に両足のアキレス腱まで切られている。
ひでぇもんだ。
とりあえず、[状態異常無効化]で隷属の首輪を砕き、[エリアメガヒール]で焼き印の後を無くし、アキレス腱を修復し、体中に付けられた傷を消す。
ほとんどは隷属の首輪を砕いたら正気に戻ったが、一部は隷属の首輪を砕いても正気に戻らなかった。オルガさんによれば、隷属の首輪で完全に洗脳されてしまった場合、元に戻すのは難しいそうだ。良くて神殿の下働き、最悪は娼館行き。
かわいそうに。
囚われていた人達のことをオルガさんとロダンに任せて、更に階段を下る。
地下3階まで降りた時、奥の方から声が響いてきた。
白亜の声ともう1人はラファール?
「よくもいいように弄ってくれたわね? 当然、覚悟はできてるんだよね?」
「ゆ、許してくれ」
「へえ、許して貰えると思ってるんだ?」
「出来心だったんだっ!」
「そう? じゃあ、これからわたしがすることも出来心よね?」
平安言葉ではなく、『標準語』?
うわあ、白亜さん、マジ切れだよ。
白亜が男の襟首を掴んで反対側の壁に叩きつける。
「グハッ!」
白亜は男に歩み寄って、
「わたしに触れていいのはイツキだけなの。それなのに、あなたはわたしの足を開いて何をしようとしていたのかなあ? ねえ、教えてくれる? ねえ? ねえ? ねえ? ねえ?」
『プツッ!』
『わたしの足を開いて』というセリフを訊いた時、俺の中の何かが音を立てて切れた。
もう、その後のことはどうでもよかった。
俺は白亜に声を掛けた。
「もう、そのくらいにしてやってくれないか?」
振り向いた白亜の目は光を失っていた。
コワァ~。
しかし、俺の姿を見るとその目に光が戻って来た。
「兄者っ!!」
物凄い勢いで白亜に突撃された俺は背後の壁にぶち当たり、壁を突き抜けて通路の床に転がった。
俺の上には白亜。
白亜は俺の胸にしがみつくと
「兄者! 兄者! 兄者! 兄者!」
と顔を擦りつけてくる。
俺は寝転がりながら白亜の頭を撫でると、
「ハイヒール」
白亜に治癒魔法を掛ける。
白亜の傷が消えて元の綺麗に透き通った肌に戻った。
服がボロボロだな。
俺は[無限収納]から勇者基本キットのマントを取り出して被せてやった。
さて、じゃあ、次は俺の番かな。
■
廃遺跡から少し離れた場所。
ここにいるのは、俺と白亜とラファール。
ラファールに[ハイヒール]を掛けて、白亜から受けたダメージを回復してやった。
「小娘! 俺をこんな目に遭わせて、タダで済むと思うなよ!」
元気になったラファールが白亜を指差して吠えた。
あれだけ酷い目に遭ったのに懲りないヤツ。
もし、俺が白亜を嗾けたらどうするつもりなんだろう?
「そこの男、隣の小娘に仕置きしろ。そうしたら、褒美を取らすぞ」
俺が白亜から助けてやったとでも思っているのか?
冷静に考えてみろ。
ヤサ男と可愛い女の子、普通ならどっちの味方する?
俺は溜息をつくと、ラファールに[強化+++]を掛けてやる。
「お、強化魔法か。そこの小娘に負けないようにしてくれたのか?」
「違うよ。それはさ、俺の為なんだよ」
「はあ?」
ラファールには意味が解らないらしい。
説明してやるか。
「俺がおまえに『教育的指導』をする為だよ」
「何を言って――――」
「グラビティ(100)(ペインニードル300)」
俺はラファールにニッコリ笑顔を向けると、重力100倍、痛覚300倍を加えてやった。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアア―――――――――ッ!!!」
ラファールの身体から発する『バキバキッ、ボキボキッ』という擬音。
10秒後、ラファールが気を失った。
ガゼルの半分ももたなかったか。所詮はヤサ男。他愛もない。
俺は[グラビティ]を解除する。
「メガヒール」
ラファールの骨折も含めて全快させる。
「ひっ! ひ――――――――――っ!」
ラファールが必死に逃げていく。
「逃がさないよ。エクスプロージョン(中)」
「ギョェエエエエエエエエエエエエ―――――――――ッ!!!」
爆裂魔法がラファールを吹き飛ばす。
宙に舞ったラファールに、
「エクスプロージョン(中)」
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアア―――――――――ッ!!!」
中空に放たれた爆裂魔法が落下してくるラファールを更に空高く舞い上がらせる。
「た~まや~~」
白亜が叫ぶ。
おいおい、花火じゃないんだよ。
再び落ちて来たラファール目掛けて、
「エクスプロージョン(中)」
「―――――――――ッ!!!」
中空に放たれた爆裂魔法がもう一度ラファールを空高く舞い上がらせる。
「か~ぎや~~」
また白亜が叫ぶ。
だから、花火じゃ・・・まあいいいか。
落ちて来たラファールの元に歩み寄る。
ラファールはピクピクと痙攣していた。
[強化+++]のおかげで火傷は無いようだ。
「そこまでにしてもらおう」
と、背後から野太い男の声が聞こえた。
振り返ると、遊牧民のおっさんが立っていた。
背後には部下らしき屈強な遊牧民の男達。
おっさんの横には、シルスキーさんも居た。
「なんだ、おっさん。俺に用?」
めんどくさそうに答えるとおっさんの背後の男達がいきり立った。シャムシールを構えて。
「やめろっ! この方は英雄・サイガイツキ殿だぞ! おまえらが束になっても敵わぬ!」
おっさんの声に男達がシャムシールを降ろす。
「シルスキーさん、この人は?」
「イツキ殿。この方はトルギス族の族長、イブラヒム・トルギス殿です」
「イツキ殿。お初にお目に掛かる。イブラヒム・トルギスだ。そこのバカの父でもある」
「で、そのイブラヒムさんが俺に何の用かな?」
「そこのバカが、イツキ殿の所有物を強奪し傷まで負わせたというのは本当かね?」
「そうだよ」
「わしには、そこの娘がイツキ殿の所有物だとは到底思えないんだが」
イブラヒムは14~15歳にしては小柄な白亜を見ながらそう言った。
まあ、この世界では12歳くらいにしか見えないしなあ。
確かに常識的に考えて12歳の子供を妻にするヤツはいない。
じゃあ、その12歳の少女を強奪しようとしたおまえの息子は何なんだ?
「所有物じゃないのなら?」
「息子は正当な権利を行使したということで罪には問えぬ。そして、そこの娘の所有権も息子の物となる」
12歳の少女を強奪するのが正当な権利?
青田買いだとでも言うのか?
「改めて訊く。そこの娘はイツキ殿の所有物なのか?」
イブラヒムが疑わしそうに俺に訊いてきた。
そう言えばコルカタへの道中、シルスキーさんが砂漠における特殊事情の話をしていたな。
その中でこんなことも言っていた。
『砂漠の遊牧民にとっての所有物は家畜だけでなく妻のことも指します。妻以外の肉親は姉や妹であれ、所有権は最初に略奪した者に帰属します。それが彼等の掟なのです。』
果てさて、ここは思案のしどころだ。
ここで、答えを間違えると、白亜を奪われてしまうし、ラファールも無罪放免。
う~ん。どう答えたものか。
「どうなのか?」
重ねて問われた。
迷うな。覚悟を決めろ、俺!
「この娘の名は斎賀白亜。俺の嫁だ!」
白亜を抱き寄せて、その左手の指輪と俺の左手の指輪を前に翳して大声で宣言する。
イブラヒムがそれをしっかり確認すると、
「確かに確認させて貰った。息子がイツキ殿の妻に手を出すような真似をしたことを謝罪させて欲しい」
イブラヒムが地面に座り込むと土下座した。
この世界にもあるんだ、土下座。
後ろの男達も同様に土下座。
「わかって貰えればいいんだ。頭を上げてくれ」
「かたじけない」
そうして、トルギス族が土下座を止めて立ち上がる。
「ラファールはそこだ。気絶してるけど『五体満足』な状態だよ」
「では、後の処理は我々に任せて貰おう」
トルギス族の男達がラファールの足を持って、その身体を引き摺るようにして去っていった。
族長の息子なのに酷い扱いだよ。
せめて、抱えて運んでやっても罰は当たらないんじゃない?
抱き寄せていた白亜を見ると、真っ赤になってブルブル震えていた。
「よ、嫁…………妾が…………妾がイツキの嫁…………」
「仕方がないじゃないか。ああでも言わないと、おまえ、ラファールの物になってたんだぞ。おまえは義妹、嫁じゃなくて妹、訊いてる?」
だめだ。
固まってる。
しゃあないな。
俺は白亜を抱え上げた。お姫様抱っこで。
白亜は、目を渦巻にして、
「キュウ~」
と言って気絶してしまった。
よっぽど、疲れたんだな。
ジープは[無限収納]に仕舞っちゃったからなあ。
両手塞がってるから出すのめんどくさいし。
帰りは急ぐ訳でもなし、宿までそんなに遠くないから歩こう。
白亜は・・・・このまま宿のベッドまで運ぶか。
横を歩くロダンが、ポツリと一言。
「イツキ殿も罪な男よ。もういっそ嬢ちゃんを貰ってやったらどうかね?」
そういう訳にはいかないんだよ。
俺にも越えちゃあならない一線ってのがあるんだよ。
解れよ。




