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055 サンドワームの…………

結局、俺はシルスキーさんの依頼を引き受けた。

カララギと一緒にコルカタまでの護衛任務。



シルスキーさんの数台の馬車が車座の輪を解く。

輪の中には、サイに似た生き物が囲われていた。


「ギムルじゃよ。砂漠の移動手段じゃ」


元の世界での砂漠の移動手段と謂えばラクダだが、ここでは違うらしい。

サイに似ているが4本の脚の先が外に向かって柏の葉のように広がっている。

なるほど、足先の接地面積が広いから荷重が分散されて砂に埋もれ難いのか。

理に適ってるな。


「エーデルフェルトにはこんな動物がいるのか」

「動物ではないぞ。魔獣じゃよ」

「魔獣? 魔獣って飼えるのか?」

「野生は無理じゃが、王国では飼育して飼いならしておる」


魔獣を飼育。

馬やラクダみたいな扱いか。



馬車もホバートでよく見る馬車とは違っていた。

馬車の車輪が浮いて接地しているのは大きく広い(ソリ)

馬車の下周りを覗いてみた。

車体の床全体が1枚の金属板になっていて、そこに取り付けられた車軸の下に(ソリ)が釣られている。(ソリ)は車体の横に取り付けられた丸いハンドルを回すことで昇下降する仕組み。普段は車軸近くまで持ち上げられ、砂漠では車輪よりも下に押し付けることで車体ごと持ち上げて車輪を地面から浮かせて(ソリ)で滑走する。

クレーン車のような作業車のアウトリガーみたいな構造。

昇降ハンドルは魔道具なので力要らずだ。

なるほど、よく考えられている。

これなら、砂漠でスタックする心配も無いだろう。


シルスキーさんは俺のジープにご執心だ。

いろいろな質問を投げ掛けてくる。

動力源、動力伝達系、懸架装置、操舵装置、制動装置等々。

その一つ一つについて丁寧に説明しているうちに、商隊の準備が終わっていた。

商会の人達が『早く速く終わらないかな』って感じでこっちを見ている。


責めるような視線で見ないで欲しい。

俺が悪いんじゃないからね。

シルスキーさんが悪いんだからね。


「論より証拠。一度試乗してみますか? 助手席ですが」

「えっ!? いいんですか!!?」


シルスキーさんが食らいついてきた。


「白亜。運転頼む」

「本当かぇ!!?」


白亜もシルスキーさんに負けず劣らずいい喰い付きだった。


ジープの助手席にシルスキーさんを乗せた白亜が急発進で飛び出して行った。


「よいのか、イツキ殿?」

「いいんだよ。あれで懲りてくれれば」

「嬢ちゃんの運転は荒いからなあ。振り落とされなければよいが…………」

「大怪我しても、俺が治癒魔法でサクッと治すから大丈夫だろう」


やがて、猛スピードでジープが戻って来た。

助手席のシルスキーさんは砂塗れだった。チャコールグレーのスーツが真っ白だ。


「全開走行は最高じゃ!!」

「いやあ、楽しかったですなあ、白亜殿!!」

「そちもようわかっておるのぉ!! どうじゃ? 妾の全力の走りは?」

「最高でしたぞ。またお願いしたいですなあ」


白亜とシルスキーさんが戦友のように仲良くなっていた。


「こんなスリル満点な乗り物は初めてですなあ。6回程振り落とされましたが」


猛スピードで6回も振り落とされたの?

それで何でそんなに上機嫌なの?

そんな目に遭ったのにまた白亜に運転をお願いしたい?


目の前で、興奮冷めやらぬ様子で語り合うスピード狂二人。

また1人、悪の道に引き摺り込んでしまった。


商会の人達の冷たい視線が何故か俺に向いている。


確かに焚き付けたのは俺だよ。

だけど、こんなことになるなんて思わなかったんだよ。

そもそも上司を引き留めなかった君らにだって責任は――――


「イツキ殿。責任転嫁はよくないと思うぞ」


俺の心の声を読んだロダンの一言にグウの音も出なかった。




もう出発かなと思ったら、カララギのメンバーが揉めている。

『盗賊団の死体をどうやって運ぶか』でだ。


「とりあえずコルカタまで行って、そこで荷馬車を借りて戻ってくれば――――」

「往復8時間よ。この暑さで腐ってしまうわよ。それに魔獣に死体を持っていかれるから、戻って来た時にはどれだけ残ってるか…………」

「盗賊は最低でも一人金貨5枚だもんね。金貨250枚分以上を放置はちょっとねえ」

「仕方ないだろう。もたもたしてると、血の臭いを嗅ぎつけてあいつらが…………」


やれやれ。仕方無いな。


「俺が全部運びましょうか?」


俺の提案にカララギのメンバーが一斉にこっちを見た。

『どうやってこの数を運ぶんだ?』という目で。


「こうするんですよ」



俺が死体のひとつに手を翳して[無限収納]に入れて見せる。


「マジックバッグか?」

「まあ、似たようなもんです」

「でも、これだけの数は――――」

「これくらいの数なら全部入りますよ。容量でかいんで」


無限であることは伏せた。


とりあえず手近な死体から順に[無限収納]に放り込んでいく。

あちこちに散らばっているから回収が面倒ではあるんだけどね。

カララギの人達はそれを黙って見ていた。



ふと、足元の死体を見ると、首からネックレスのようなものが見えた。

引っ張り出してみるとチェーンの先にグレーの小さな円筒形のケースがぶら下がっていた。

ネジ式の5cmくらいのケース。

携帯灰皿?


俺はしゃがみ込んで死体の首からそれを外す。

平和な日本に生きて来た俺も大概この世界に染まってしまったらしい。

まさか、人を殺した上、死体から遺留品を剥ぎ取ることになるとはね。


おっと。死体の目線と目があってしまった。


なあ、そんな目で見ないでくれよ。

お前達が悪いんだぜ。

俺の目の前で殺生を働こうとするから。

でも、心配するな。

俺も前回に引き続いて多くの盗賊(?)を殺したんだ。

死後には地獄行き確定だろうさ。

文句があるなら、その時に訊いてやるから安心して待ってろ。




ケースの蓋を開ける。


中には小さく巻かれた紙が入っていた。

何が書かれているんだろう?


巻かれた紙を伸ばす。


『伝令書

 御社にアナトリア王国コルカタ街道での通商破壊任務を命じる。

                      自 CAJCS

                      至 BI    』


伝令書?

平文かよ?

伝令書を出した連中は『CAJCS』で受けたこの連中は『BI』という組織らしいな。

『CAJCS』?

『BI』?


「『CAJSC』は、カラトバ騎士団領統合参謀本部。『BI』は中央大陸北西部のモラキア通商都市連合に拠点を置く民間軍事会社、ブラッドストーン・インターナショナルのことじゃよ」


俺の横に来た白亜が教えてくれた。


また、カラトバ騎士団領?

アナトリア王国に入国してすぐに同様の襲撃があった。

やはり、ただの盗賊団ではなかったか。

どうやら、アナトリア国内には、カラトバの破壊工作部隊だけじゃなく、別の国の民間軍事会社まで潜入しているようだ。

本当にきな臭い話だ。



「ちなみに、ブラッドストーン・インターナショナルって、どんな会社なんだ?」

「破壊工作、要人誘拐、情報操作、傭兵事業等を国選依頼に基づいて遂行する会社じゃ」


国選依頼っていうのは、この場合、カラトバ騎士団領統合参謀本部からの依頼ということだ。自前の特殊工作組織を知らぬ間に無かったことにされたから、民間軍事会社に頼んだのだろう。俺が元から断っちゃったからなあ。


「それでどうするのじゃ?」

「何もしないよ。大事にしたら俺が恨まれていろんな組織から狙われるじゃん。こんなスローライフが遠のいてしまうような文書は――――」


容器ごと[無限収納]に放り込んだ。


「今は他のみんなには内緒で頼むよ」


そのうち、アインズさんに会った時にでも教えてあげよう。




俺が死体の2/3くらいを片付けた頃、1級魔導士のリンシャさんが叫んだ。


「ヤツが来ます!」


『ヤツ』?


カララギの剣士達が一斉に身構える。


突然、砂が盛り上がり、巨大なミミズのような魔物が現れた。

そいつは死体を飲み込むと再び砂の中に潜って消えた。


「サンドワームだ!」

白銀の翼(シルバーウイング)の皆さんは、シルスキーさん達の護衛をお願いします!」


『サンドワーム』?


「砂漠の魔物じゃよ。死肉喰いだが、生きてるものも襲う。普通の剣では歯が立たぬ、やっかいなヤツじゃ。しかも群れで襲ってくる。」


節くれだった巨大なミミズのような魔物。口はミミズのそれではなくナマコのような口。

全長20m、幅3mくらいか。



リンシャさんがしゃがんで地面に手を突いて目を閉じる。


「北10m来ます! 1匹! 南西12mから1匹! 北北東15mからも1匹!」


リンシャさんの告知通り、3匹のサンドワームが砂の中から現れ、それぞれが死体に喰い付くと、砂の中に潜ろうとする。


「そこだ!」


ルリアさんの長剣がサンドワームの節の隙間に差し込まれる。

刺されたサンドワームが動きを止めた。


俺達と共に隊商を守るアサシンのレノさんが教えてくれる。


「サンドワームの弱点は口から3節目の節の隙間。そこに心臓があるの。だから、そこに長剣を差し込んで息の根を止めるのよ。普通に体表を斬ろうとしても硬すぎてミスリル合金の剣でも斬れないからね。後は――――」


オルガさんが正面から大剣をサンドワームの口内に差し込む。

大剣を差し込まれたサンドワームも動きを止めた。

いつの間にか、残りのサンドワームもリミアさんが長剣で倒していた。


「なるほど。だから皆さん、大剣持ちと長剣持ちなんですね?」

「そうよ。あたし達は砂漠の魔物専門のパーティーなの。だから、通常の対人戦は苦手なのよ。あたし自身は万が一の時に彼らを守る対人専門要員」


確かに長過ぎる剣は対人戦には向かない。接近されたり狭い場所に追い込まれたりしたら使い物にならない。その為のアサシンか。


「ちなみにリンシャは索敵兼司令塔よ」


音波による索敵はリンシャさんの固有魔法だそうだ。

リンシャさんはさっきから目を瞑って地面に手を当てたまま動かない。

もしかして、潜水艦のソナー要員のように音波で地中の索敵をしているのか?

俺にもできるかな?


「まだ遠いけどこっちに近づいてくるわ! 6匹!」

「俺も索敵してみます」


レノさんにそう言うと、次にリンシャさんに、


「リンシャさ~ん、ちょっと手を地面から離してくださ~い」


2人が発信すると互いが干渉し合って、うまく索敵できなくなるから。

リンシャさんが地面から手を離したのを確認した俺は、リンシャさんのようにしゃがんで目を瞑って地面に右手を当てた。


俺は神経を右手に集中する。

そして、ソナー要員よろしくピンを打つ。


その瞬間――――


ズンッ!


と地面が振動した。

失敗か。

まあ、いきなりできる訳ないわな。


リンシャさんが慌てて地面に手をついて索敵を再開する。


やがて、リンシャさんが目を開けてこっちを見ながら、


「6匹とも動きが止まったわ。全滅したみたい」



あたりがシ-ンと静まり返った。

白亜だけが、


「やはりと言えばやはりだったが、相変わらず兄者は無茶苦茶じゃのお」


こうなることが予想できたみたいに呟くのが訊こえた。


音波探知じゃなくて、音波攻撃になってしまった。


「こいつらも回収しときますね」


俺はそそくさとカララギが倒したサンドワームを回収する。


「すげえ。あれが白銀の翼(シルバーウイング)の英雄サイガイツキの実力…………」

「あんなの無理…………」


オルガさんが驚き、リンシャさんが肩を落としている。

ごめん、リンシャさん。

そんなつもりは無かったんだよ。

ちょっと好奇心から試したら、ちょっと効果が出過ぎちゃっただけなんだよ。


「イツキ殿は人の心を折るのが上手だな」


ロダン、頼むから人の心を読んで、周りに誤解を与える発言をするのは止めて欲しい。




死体回収を終えて出発した俺達は、日が沈む前にコルカタの町に到着した。


シルスキーさんが『明日、護衛任務の謝礼を渡すので、支店に来て欲しい』と告げて去っていった。


「じゃあ、オルガさん達から預かっていたものをお返しします」


俺はカララギから預かっていた盗賊の死体とサンドワームの死体をコルカタの冒険者ギルド前に出して、そう言った。


「これらはほとんど白銀の翼(シルバーウイング)の獲物だ」

「え~っと・・・全部あげます」

「全部は受け取れない」

「いや、ちょっと、事情があるんで…………じゃあ、俺達はこれで――――」


コルカタの冒険者ギルドになんか踏み込むものか。

どうせ、また、めんどくさい依頼を押し付けられるんだ。

それだけ、辺境に辿り着くのが遅くなってしまうじゃないか。

俺のスローライフがその分遠のくんだよ。


結局、カララギは獲物を全部受け取ってくれた。

その代わり、晩飯くらい奢らせて欲しい、と言われたので、それは快く了承した。



日が暮れてから待ち合わせた居酒屋兼食堂でカララギに御馳走してもらった。


白亜はロダンやカララギの女性陣と剣術談義に花を咲かせていた。


「まあ、食べてくれ」


オルガさんが酒を飲まないという俺に用意してくれたのは、〖月の兎亭〗の晩飯で出たのと同じ牛肉とは思えない食感のステーキ。思いの他おいしかったやつだ。スパイスが効いて本当に食欲をそそる。


「イツキ君のマジックバッグのおかげで鮮度が保たれていたから旨いはずだよ」


俺の『マジックバッグのおかげで鮮度が保たれた』?


まじまじとステーキ肉を眺める。


まさか!


「これって…………」

「超高級A5ランクのサンドワームの肉だよ。討伐報酬の一部としてギルドから分与されたものをこの店で調理して貰ったんだよ」

「サンドワームの…………」


おいしいんだよ。

ほんと、おいしいんだよ。


俺はサンドワームを思い出してみる。

あれか―――。あれなんだよな。


それから、何度か〖月の兎亭〗で食べたことも思い出す。


おいしいステーキ。

でも、サンドワーム。

ミミズもどき。


知りたくなかったよ、ほんと。

なんで?

なんでこんなにおいしいの?

元は滅茶苦茶グロテスクなのに!

この落差は何?


ステーキ肉を頬張りながら涙する俺。

止まらないんだよ、両手のナイフとフォークと・・・そして涙が。


そんな俺を見たオルガさんが、


「涙を流すくらい喜んでくれるとは思わなかったな。もてなし冥利に尽きる。ギルドに無理を言って分けて貰って本当によかった」


オルガさん。違うんですよ。

俺が涙を流したのはそんな理由じゃないんですよ。

食欲と感情の不整合の為せる技なんですよ。



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