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054 はい、ここにもおかしな子が一人居ました

ホバートを出てもう3日。

俺達は砂漠の中、車を走らせていた。

助手席には白亜。俺は後ろに乗っている。


ドライバーは、重装騎士ロダン。

でも、よくもまあそんな甲冑で運転操作ができるもんだ。

確かにジープの操作系はおおざっぱで各部の造りも大きめ。

それでも甲冑の籠手や足でハンドルやシフトノブ、アクセルやブレーキやクラッチの操作は難しいと思うんだが。

まるで、プロドライバーの運転だ。



実は白亜にも運転させてみたことがある。

小柄な白亜は運転席に浅く座ってハンドルにしがみつくような姿勢。

そうしないと足元のペダルに足が届かないから。


最初はクラッチ操作ができなくてエンストの嵐だった。

一生懸命に運転を覚えようとする姿は微笑ましくも思えた。



それが、まさかあんなことになるなんて――――



―――――――――――――――――――――――――


「キャハハハハハ。おもしろいのじゃ」


土煙を上げながら山道を爆走する一台の車。

右側が崖になっているコーナーでもスピードが落ちない。


遠心力で首を持っていかれる!


「白亜、スピード落とせ! その先ブラインドになってるから!」

「問題無いのじゃ。妾に任せよ」


ヘアピンカーブが迫る。

その先は谷底だ。


白亜は更にアクセルを踏む。


いや、そこはブレーキでしょう?


スピードメーターに目をやると100km/h出ていた。


ヘアピンの入口で白亜がシフトダウンして左に急ハンドルを切り、アクセルを踏む。

いわゆるパワードリフトだ。

車がドリフトし、向きが山側を向きそうになった時、白亜が一瞬だけ逆ハンを切った。

見事なカウンター。

車はスピンすることなく、おつりを貰うこともなく、一発で進行方向に向き直り、そのままの勢いで次のヘアピンに突入する。


「まだまだこれからじゃ!」


目を三角にしながら、前に視線を向ける白亜を見ながら、俺は何も言えなかった。

舌を噛んでしまいそうだったから。

右手でインパネから生えるグリップを掴んで両足を踏ん張って姿勢の維持に努めるのが精一杯。

テンガロン・ハットが飛んでいかないように左手で頭を抑えるが、はっきり言ってキツイ。


これは一体どういう状況だ?

俺はラリーカーにでも乗せられているのか?


峠越えは始まったばかり。

白亜さんのスペシャルステージはまだまだ続く。


「コースレコードを叩き出してやる!」


白亜さん、そんな言葉、何処で覚えたの?


あ、ダメ。

ゲロ吐きそう。


白亜はハンドルを握ると豹変するタイプだった。

もうこいつに運転を任せるのは止めよう。

そう、俺は固く誓うのだった。



―――――――――――――――――――――――――


「妾にも運転を変わって欲しいのじゃ~」

「まあまあ、ここは砂漠だから。白亜みたいにアクセル踏みっぱなしだと、砂地を掘ってスタックするから、ここはロダンに任せよう」

「兄者のいけず~~」

「飛ばせそうな場所になったらね」

「ほんとうかぇ?」

「うんうん」


これは空約束だ。

だって、俺の身がもたないから。

ごめんね、白亜。




「イツキ殿、あれを見よ」


運転していたロダンが振り返って俺に声を掛けてきた。

ロダンの指さす先に豆粒のように見えるのは――――


俺は[強化]で視覚を強化する。

隊商が盗賊団に取り囲まれているのが見えた。


「どうするのじゃ?」

「放っておく訳にはいかないよね」


俺は俺の目に入る人達が不幸になるのを見過ごせない。

俺のスローライフに汚点が残る。


「よし、ロダン。現場に急いでくれ」


そして、俺の前にある銃座に鎮座するM2機関銃に似せた魔道具に手をやり、


「今回はこれで盗賊達を掃討する」



ロダンがジープを真っすぐに走らせる。

砂丘を迂回することなく猛スピードで登り、ジャンプ。

おおう! 『ラット・◆トロール』のオープニングシーンのようだ。



やがて、見えてきたのは隊商をグルリと取り囲む盗賊団。

50名くらいいるね。


一方、数台の馬車を盾代わりに車座にして、その外側を守る護衛の冒険者達は5名。

映画で見た西部劇の、インディアンに襲われた幌馬車隊みたいだ。


砂煙を上げるジープに振り返った盗賊団が応戦しようとしたその時。

俺の魔道具が火を噴いた。


走り回るジープから銃撃するM2機関銃よろしく[ストーンガトリング]が次々に盗賊団を撃ち抜いていく。


とっさに防御魔法で銃撃を弾いた盗賊団の複数の魔導士がジープに攻撃魔法を放とうとした。

が、攻撃魔法は放たれることはなかった。

ジープから飛び降りた白亜の突撃と素早い剣尖に切り裂かれたから。



3分もしないうちに、盗賊団を全て掃討した。


護衛の冒険者や商人達が驚き立ち竦んでいる。

まあ、こんなのが現れれば、驚きもするわな。



「大丈夫ですか?」


友好的に話し掛けてみる。

すると、商人達の中から初老のおじさんが近づいて来た。


「ありがとうございます。おかげで助かりました」

「怪我をした人はいませんか?」

「護衛の者が一人、盗賊達に傷を負わされました」


おじさんの後ろを見ると、女魔導士が上半身をザックリを斬られている。

かなりの重傷だ。

魔法を使おうとした時に至近にいた盗賊にバッサリやられたんだろう。

いくら慌てていたからといって、周辺警戒を怠るから。


俺はつかつかと女魔導士に歩み寄ると、


「メガヒール」


女魔導士の傷が瞬く間に塞がり、生気を取り戻した。

もう安心だろう。

じゃあ、先を急ぐとするかね。

砂漠暑いし。

はやくオアシスの町に逃げ込みたいよ。


「じゃあ、俺達はこれで――――」

「待って下さい!」


ジープに乗り込もうとした俺をおじさんが止めた。


「お礼をさせて下さい!」

「お礼なんて要りませんよ。勝手にやったことだし」

「では、コルカタの町まで護衛を依頼します」


え~~~~っ。


冒険者ギルドに登録している冒険者は以下に該当しない限り、出先で新たに依頼されたクエストを受注しなければならないという決まりがある。


・1つ目は、先行受注したクエストの遂行に支障をきたす場合

・2つ目は、冒険者ランクが受注に必要なランクに満たない場合

・3つ目は、拒否する正当な理由がある場合


今回、俺達はクエスト中ではないし、ランクも《SS》。

『スローライフ目指して移動中』なんて、正当な理由にすらなりゃしない。


「諦めよ、兄者」

「イツキ殿は巻き込まれ体質なのか?」


白亜とロダンが勝手な事を言っている。

ここは、デタラメでも何か正当な理由を――――



「イツキ!? 白銀の翼(シルバーウイング)の、あの英雄の賢者サイガイツキ!?」

「王国最強の《SS》ランク冒険者パーティーですって!?」

「魔公爵ベルゼビュートを倒したって言う!」

「噂には訊いていたが、初めて見るよ!」

「じゃあ、あの横に居る美少女が魔道剣聖サイガハクア!?」


護衛の冒険者達が急に騒ぎ始めた。

うわ~。こんなとこまで広まってるの?

ところで、いつの間に白亜は斎賀白亜(さいがはくあ)になってるの?


「なんか妻だと思われておるようじゃのう」


こら、白亜!

頬を染めて照れるんじゃない!

妹だって家名は同じなんだからね。




おじさんの名は、パブロ・シルスキーさんだそうだ。


ロマンスグレーの短めの髪にカイゼル髭を生やしたイケオジ。

60代くらいだろうか。

チャコールグレーのスーツも決まっている。


この人が隊商の取り纏め役?


「シルスキーと謂えば、王都の大商会経営者で貴族でもある。確か伯爵だったかのぉ」


白亜がコソッと教えてくれた。

中級貴族じゃん。


「新たに支店を開く為に、この先のコルカタの町に向かっていたのですよ。」


コルカタは、俺達が立ち寄ろうとしていたオアシスの町だ。

行先も同じなら、もう断れないじゃん。


「同行しているのは、私の商会の者と護衛の冒険者達です」


40代くらいの筋肉質の長身のおっさんが自己紹介を始めた。

頭頂部が見事に禿げ上がっている、というか、剃っている?

着ている服を見ると黒い修道士服だ。

だとすれば、この頭はトンスラか?


「僕達は、王都の《A》ランク冒険者パーティーのカララギだ。仲間を助けてくれて感謝する。僕はリーダーで修道士のオルガ・カララギだ。オルガでいい。」


やっぱり修道士だったよ。


「私は剣士のリミア・カララギよ」

「私も剣士のルリア・カララギ」

「あたしはアサシンのレノ・カララギよ」

「先程は助けて頂いてありがとうございます。1級魔導士のリンシャ・カララギです」


ダークブロンドの髪を無造作に後ろに束ねた痩身のリミアさん、錆色の髪を左右に結んだ大柄なルリアさん、ベリーショートのシルバーブロンドの小柄なレノさん、肩下まで伸びた桃色髪のリンシャさん。みんな俺より年上みたい。みんな20代くらい?


白銀の翼(シルバーウイング)斎賀五月(サイガイツキ)です。隣にいるのが妹の白亜、その隣が同僚のロダンです」


俺は気になっていることを訊いてみる。


「ところで、皆さん、家名が同じですけど、兄妹ですか?」


すると、リーダーが頭を掻きながら、


「ハハハ、みんな僕の妻だよ」


なんですと?

妻が4人?


「エーデルフェルトは、一夫多妻制なのじゃ」


白亜が教えてくれた。

男女ともに伴侶をいくら持っても構わない世界。それがエーデルフェルト。


「前の女神様の時はダメだったけど、今のセレスティア様になってから一夫多妻が認められたのよ。ほんと、ありがたいわよね」

「「「ね-」」」


リミアさんが嬉しそうにそう言うと、他の3人も同意する。



まあ、ろくでもない女神だとは思っていたよ。

だが、やはりか?

やはりなのか?

やはりセレスティアの仕業だったのか?

あのバカ女神は何を考えているんだ?

エーデルフェルトを(ただ)れた世界にしやがって。

こんな(ただ)れた世界、認めん。認めんぞ。

だから、白亜に訊いてみる。


「ちなみに白亜はどう思うんだ?」

「何をじゃ?」

「一夫多妻制についてだよ。おかしいだろ、こんなの?」

「別にたくさん妻がおっても不思議はなかろう。妾の居た世界でも同じだったぞ」


はい、ここにもおかしな子が一人居ました。

現代を生きる健全な男子高校生には理解できない社会通念だよ。


「他人事だからそう言えるんだよ。じゃあさ。もし、白亜に好きな相手が出来た時に、その相手に奥さんが沢山いたらどうするんだ? やっぱ、嫌だろ?」

「妾を一番に大切にしてくれるのなら、他に女がいくらおったとて気にはせぬよ」

「一番に大切にしてくれなかったら?」

「その時は夫を殺して妾も…………」


ニコニコ笑ってそう言いながら、白亜は右手を胸元に添える。

添えた先に光るものが…………匕首(あいくち)かっ!?

なぜ今それを見せる?


猟奇的な臭いが漂ってきたので、話の向きを変えてみる。


「白亜の夫になるヤツは大変だなあ」

「そうじゃ。覚悟しておいた方がよいのじゃ」


ルビーのような赤い瞳でジッと俺を覗き込んだ白亜が、踵を返して車の方に行ってしまった。


?????


「君も苦労するね」


オルガさんに肩をポンッと叩かれた。


俺が苦労? なんのことだ?


馬車の方に行くオルガさんの腕に4人の女性がしがみ付いている。


なんなの、そのハーレム状態?

あんた、修行の身だろ?

それでいいのか、修道士?




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