053 新たなる策謀
リザニア聖皇国の聖女ラフィエステ・リザニアは、神殿の謁見の間に居た。
ラフィエステの横にはベルナルド枢機卿、部屋の左右には護衛騎士が並ぶ。
ラフィエステは、今、3人の人物と会していた。
右から順に、騎士王、錬金術師、守護騎士。
彼らは、聖皇国が選出した勇者パーティーのメンバーだ。
「オストバルト殿。聖女の御前である。頭を垂れぬのは失礼ではないか!」
ベルナルド枢機卿が、騎士王を嗜める。
「そうか、それは失礼したな。」
軽く頭を下げた騎士王には悪びれた様子もない。
騎士王、オストバルト・フェルナー。
西大陸南部カラトバ騎士団領を治めるこの男は、筋肉質の長身体躯に甲冑を身に着けた偉丈夫だ。年齢は40代後半。白髪交じりの茶髪。右頬に深い刀傷の痕。鋭い眼差し。
彼が治めるカラトバ騎士団領は50万の兵力を擁する武装国家であり、人間至上主義で魔族や亜人を差別し、弾圧し、時には虐殺するため、周辺国家からの評判も悪い。
だが、その強大な力により、司教帝に勇者パーティーメンバーに選ばれた男。
その横に控える錬金術師の名は、ヒルデガルド・エンデ。
肩まで伸びるオレンジの髪と銀の瞳を持つ妖艶な美女。右目には片眼鏡。
外見は20代前半に見えるがその実は50代後半の女。
モラキア通商都市連合の港町を拠点に活動する錬金術師で、自分の好奇心を満たす為なら人の命すら奪うシリアルキラーと噂されている。
彼女も司教帝に選ばれた勇者パーティーメンバーの一人だ。
そして、一番左に並ぶのが、ヘンリ・フロスト。
アズガルド王国の守護騎士。黒髪・茶眼の17歳。フロスト子爵家の出身で王国騎士団の第二騎士団第一大隊長。痩身小柄の体格の不利を克服するための努力を惜しまない健気な性格で部下からも慕われていると聞く。
この者のみ、ラフィエステが司教帝の反対を押し切って選んだ勇者パーティーメンバーだ。
彼らは先日ラフィエステが招集を掛けた勇者パーティーメンバーだ。
今日、ようやく聖都に揃った。
「セレスティア様からの神託が下りました。勇者サイガサツキ様は現在、アナトリア王国の城塞都市ホバートに居るのでその身柄の確保を頼む、とのことです。直ちにホバートに向かい、勇者を捕らえ、聖都に連行して下さい。」
「勇者なんだろう? 抵抗されるとこちらも手心が加えられない。生死問わずでいいか?」
「できるだけ生きたまま連れて来て頂きたいものですね。」
「手足の1,2本くらいは?」
「まあ、仕方ありませんね。わたくしの治癒魔法で修復するのでそれくらいならば。」
「ならば、おれに任せてもらおう。」
ラフィエステとオストバルトのやり取りにヘンリが目を白黒させている。
「じゃあ、あたしとヘンリは今回は用無しってことだね?」
「そうなりますね。」
「だったら、こんなとこまで呼びつけないで欲しかったよねえ。あたしは研究の途中で呼び出されて大迷惑だよ。ヘンリもそう思うだろ?」
「わ、僕はそんなことは・・・」
ヒルデガルドは煮え切らないヘンリに、ヤレヤレと両手を広げて首を横に振る。
「勇者には、現在、仲間がいます。一人は召喚者、武蔵坊弁慶。一人は魔族の重装騎士。そして、魔獣フェンリルです。」
「勇者が魔族や魔獣と行動を共にしているだと? 聞き捨てならんな。」
「ええ、司教帝陛下も事態を憂慮しています。」
「勇者の仲間は皆殺しでよいのだな?」
「ええ、構いません。勇者だけを連れて来て頂ければ。」
「では、そうすることにしよう。やり方はおれが決めるが異存はないだろうな? 途中で横槍を入れるなよ。」
謁見はそれでお開きになった。
すでに他の二人が出ていき、遅れて退出しようとするヘンリにラフィエステが声を掛ける。
「ヘンリ。あなたにはまだお話があります。」
「?」
疑問はあれども聖女には逆らえないヘンリが足を止めて振り返る。
ベルナルド枢機卿や護衛騎士も退出していった。
二人だけの話に気を利かせてくれたのだろう。
「ヘンリ。今回ここに呼び寄せてしまいましたが、あなたにはこの件に拘らず、国に帰って鍛錬に励んで頂きたいのです。」
「どういうことですか?」
「ここだけの話ですが、あの二人はお爺様が選んだ者達。お世辞にも良き心の持ち主とは思えません。なぜ、お爺様があのような者達を選んだのか、その真意もわからないのです。でも、あなたは違う。わたくし自ら選んだ守護騎士。勇者様の助けになるのはあの二人ではない。あなただけです。だから、来る日に、勇者様の力になるべく、あなたには鍛錬に励んでもらいたいのです。」
それを訊いたヘンリは最敬礼で宣言した。
「畏まりました、ラフィエステ様。この守護騎士ヘンリ・フロスト、聖女の命に従い、母国で鍛錬に励むことをここに誓います。」
◆ ◆ ◆
神殿の廊下を二人の男女が歩いている。
前を颯爽と歩くオストバルト、その反対に後ろを歩くヒルデガルドは心ここにあらずだ。
他に人影はない。
「なあ、ヒルダ。」
オストバルトが立ち止まって振り向き、ヒルデガルドに話し掛ける。
ヒルダはヒルデガルドの愛称だ。
「な~にかな? バルトちゃん。」
「パルトちゃんは止めろ。」
「だって、バルトちゃん、あたしより年下でしょ?」
「その容姿でバルトちゃん呼びされたら、おれの恰好がつかんだろう。」
「そういうところが青いんだよね-。」
からかいを流したバルトが、
「なあ、ヒルダ。おれと手を組まないか?」
「なに~? それ、あたしにメリットあるの?」
「まあ、訊け。おれはかねてから計画していたアナトリア王国への侵攻を実行に移す。あの国はエルフ族が治めている、聖皇国の人間至上主義に反する国家だ。他種族についても寛容が過ぎる。おれが司教帝陛下の理想の世界を実現する先兵となる。」
「で? その心は?」
ヒルダはバルトの建前論を端っから信じていない。
バルトもそれは解っている。
「おれは魔王の【暴虐】を発動させたい。【暴虐】によりエーデルフェルトを混乱に陥らせ、その間に全ての国を征服して、おれはエーデルフェルトの真の王になる。」
「【暴虐】が発動したら、国盗りも糞も無いじゃん?」
「【暴虐】を発動した魔王は勇者に討伐させる。おれの言いなりで動く勇者にな。その為には、勇者をおれの言いなりになる傀儡にする必要がある。」
「そこで、あたしの出番、と?」
「そうだ。おまえなら、勇者を傀儡にする薬なり魔法なりが用意できるはずだ。」
「バルトちゃん、あたしを買い被り過ぎだよ~。でも、リスク高いよね? 協力するにはリスク高過ぎだよね? そこんとこ、どうなの?」
「もちろん、報酬は用意する。」
「金? 金じゃ動けないなあ。」
「アナトリア王国のエルフ、ドワーフ、獣人、魔族を提供しよう。」
「別にそいつら、モラキアでも調達できるからなあ。非合法だけど。」
ヒルダへの実験体提供の提案。だが、反応はイマイチ。
「では、勇者の仲間の召喚者はどうだ?」
「えっ!? 本当に!?」
ヒルダが前のめりにバルトに縋って来た。
たわわな胸がオストバルトの胸板に圧し潰される。
普通ならこんな妖艶な美女に迫られたら鼻の下を伸ばしてしまいそうなものなのだが、バルトは知っている。
こう見えて、この女は50代後半のババアだ。
「ああ、約束しよう。なんなら、フェンリルも付ける。だから、離れろ。離れてくれ。」
「フェンリルはまあいいかな。魔属領で狩ればいいんだし。」
ヒルダの興味は勇者の仲間の召喚者にしかない。
ヒルダの情報網は国家レベルだ。
武蔵坊弁慶。
2年前、聖都から力づくで脱出した召喚者。
最近までホバート最強を謳われた《AAA》ランクの冒険者。今は《SS》ランクだったか。
身の丈2mの全身甲冑の男だと言われているが、ヒルダは知っている。
その中身は、14~15歳の白髪・赤い瞳のアルビノの美少女だ、ということを。
そして、今は『白亜』と名乗っていることも。
勇者がとても大切にしている相手だということも。
「もし、おれがエーデルフェルトの覇者になった暁には、国立研究所所長の地位と権限を保証しよう。もちろん、研究に係わるあらゆる権限を王待遇にもしよう。」
要は何をしてもいい、ということだ。
どんな非人道的なことでさえも。
「いいわ。乗った。」
ヒルダが右手を差し出す。
「勇者はともかく武蔵坊弁慶は無傷で引き渡しなさいよ。それが条件。」
「ああ、わかった。今日からおれ達は共犯者だ。」
ヒルダと握手しながら、バルトが応える。
「聖都の研究室分室に行くわよ。いくつかの研究成果を渡すから有効活用するといいわ。」
今度は、ヒルダがバルトの前を颯爽と歩き始める。
「あの少女をどう料理しようかしら。その美貌を醜く改造するもよし。他の魔物と継ぎ合わせるのもよし。異形と交配させるのもよし。アイデアに尽きないわあ。そうそう、その一部始終を勇者に見せるのもいいわね。そうしたら、勇者はいったいどんな風に絶望に打ちひしがれるのかしらぁ。」
己の弑逆願望を声に出していることにすら気づかないヒルダを眺めながら、こいつだけは絶対に敵に回さないようにしようと、心に誓うバルトだった。