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050 会えるのが楽しみだよ

「以上が諜報部からの報告でございます」


ここは、魔族領西部ガヤルド魔公爵領の公都エッセンツァにある魔公爵公邸。

初老の執事が報告を終える。


「そうか。勇者にか」


執事のベヘモットからの報告に答えたのはガヤルド女魔公爵。

彼女は魔族領五公主、和平派の一人。

名をシルキーネ・ガヤルドという。

外見はベリーショートの青髪に蒼い瞳の16歳くらいの美少年と見まがう美少女。エルフのような長い耳をし、頭の左右には上に湾曲した角を生やしている。この角さえ無ければ、誰もがハイエルフと間違えてしまっていただろう。

若くして公爵家の当主なのは、魔族領和平派貴族を束ねていた父が主戦派に暗殺されたことも理由の一つだったが、それ以上に彼女が魔族領でも卓越した魔法の使い手であったからだ。更に、彼女は相手の魂の本質を見極められる、という特殊スキルも持っている。だから、誰もが彼女の前では嘘がつけない。


「ともあれ、ベルゼビュートは倒された。今、五公主の主戦派はアスタロトだけ。主戦派諸侯もベルゼビュートの戦死に混乱している。ならば、ボクらが動くのは今しかないね?」

「はい、そのとおりかと存じます」


執務机の椅子から立ち上がり、後ろの窓の外を見ながら話すシルキーネにベヘモットが応える。


「では、出立の準備を。アップルジャック、護衛部隊の編制状況は?」


ベヘモットが恭しく腰を曲げて応じ、アップルジャックと呼ばれた騎士が答える。


「只今、精鋭を選抜中です。しかし、護衛部隊は本当に中隊規模でよろしいので?」

「示威行動じゃないんだ。今回はあくまで平和条約締結交渉の為の使節派遣だよ」

「でしたら、シルキーネ様が直々に出向かれなくても――――」

「中途半端な者を交渉役にして、何かある度にいちいち本国にお伺いの使者を立てるのも時間の無駄だろう? それに間に介在する者が多くなる程、意思疎通に齟齬(そご)も生じよう。ならば、平和条約締結交渉の全権を掌握しているボクが直接出向く方が話は早い」

「そういうことであれば、もう余計なことは申しません」

「分かりのよい部下で助かるよ」

「では、可及的速やかに準備を整えます」


そう答えて、アップルジャック親衛隊長と執事のベヘモットが執務室を辞去した。


シルキーネは執務机の椅子に座りなおすと、頬杖を突き独り言を呟く。


「まあ、今回は平和条約締結交渉だけが目的じゃないんだけどね」


そして、机の上のティーカップを指で弾くと穏やかに言った。


「どれだけぶりだろうね。また、キミに会えるのが楽しみだよ」



◆ ◆ ◆


ノイエグレーゼ帝国にある冒険者ギルド本部の審査会議は紛糾していた。


アナトリア王国ホバート支部のアインズ支部長の提案事項についてだ。


それは、イツキと白亜の《S》ランク認定昇格。


白亜の《S》ランク認定昇格については、一部から懸念する声は出たが概ね了承された。

災害級の炎竜討伐。

普通の《S》ランク冒険者にはできないことだ。

加えて、2年間の冒険者としての実績もある。

《S》ランクへの昇格もむべかるかな、と多くの審査官が思った。



問題はイツキについてだ。

《AAA》ランクとして冒険者登録したのはまだいい。

《AAA》ランクまでの認定は支部の専権事項だからだ。


問題は冒険者登録後、1ヶ月そこそこで《S》ランクに認定昇格させることだ。

前代未聞なのだ。


だが、実績は充分過ぎる内容。

世界滅亡級のヒュドラ討伐、更には単独での五公主魔公爵ベルゼビュートの討伐。

普通なら、世界中の軍を総動員しても手に余る相手。

それをほぼ単独で倒してしまった。


審査官達は認定昇格肯定派と既存秩序維持派に分かれ、議論を続けていた。

中々、結論には至らない。

既に審査会議は3日間昼夜に渡って繰り広げられ、審査官達に疲労が目立ち始めた頃。



審査会議中の会議室のドアを開けて一人の人物が入室してきた。


「「「「「「「「「「「「皇帝陛下!」」」」」」」」」」」」


審査官達が立ち上がり直立不動の姿勢で迎える。


入って来たのは、ノイエグレーゼ帝国皇帝レオン・ノイエグレーゼ。

外見は燃えるような赤い髪に金の瞳の長身の34歳の剣神。

群雄割拠していた東大陸を一代で平定した、政治・経済・軍事の天才。

常識人だが豪胆で、才ある者は人魔問わず登用する名君と誉れ高い東大陸の覇者だ。


「諸君。着席して楽にしてくれ。ここでの俺は、冒険者ギルド理事長だ。」


審査官達が着席する。


「アインズからの報告は訊いている。これについて諸君の意見は纏まらないようだな」


あくまで権威を振り翳さず、部下に意見を述べさせ、それにひとつひとつ答えるのがレオンの流儀だ。


「余りに経験が浅過ぎます。1ヶ月そこそこで《S》ランクへの昇格は時期尚早かと」

「冒険者登録が遅かっただけで、元々実力があったのだろう?」

「ですが、本来《S》ランク昇格には2年以上の実績を鑑みて判断してきた経緯があります」

「それは冒険者ギルドの規定には定められていなかったはずだが?」

「規定にはありませんが、慣例として」


他の審査官達が、アッ、というような表情になった。


レオンは、慣例や慣習という言葉が嫌いだ。

レオンが帝国で推し進めてきたのは、既存の慣例や慣習を打ち破る改革。

そうしなければ、世の中が変わらないと考えてのことだ。


「君は規定にもない慣例などというもので実績を残した者を否定しようと言うのかね? それは俺が成して来た改革を否定するということでもあるんだが、そこのところ、君の意見を訊いてみたいね」


その審査官は真っ青になって(すく)み上がった。

今、自分が皇帝の改革を否定する発言をしてしまったことに気付いたからだ。


「い、いえ、私はそんなつもりは…………」

「ああ、脅すつもりはなかったんだ。許して欲しい」


穏やかにとりなすレオン。

周りもホッと胸を撫で下ろす。


「俺が言いたいのは、サイガイツキという冒険者が史上類を見ない実績を残したことを評価すべきだということだ。そこに冒険者としての時間的な経験は意味を成さない。実力とその実績こそが全てだ。ならば、躊躇(ちゅうちょ)することなど何もないのではないかね?」


レオンは続ける。


「ベルゼビュートは魔族領五公主の主戦派ナンバー2の魔公爵だ。その力は《SSS》ランクにも匹敵するだろう。ヒュドラだって限りなく《SSS》ランクに近い《SS》ランクの魔物だ。それ以外にも《SS》ランクの魔物の多くを討伐している。その実力は疑いようの無いものではないのかね?」


審査官達は黙って訊いている。

うんうん、と首肯する審査官は多い。


「以上より、俺はサイガイツキを《SS》ランク冒険者に認定する。異論は認めない」


その一言は審査官達に衝撃を与えた。

皇帝が《S》ランク認定どころか、《SS》ランク認定だと言ったのだ。

しかも、『異論は認めない』と言っている。

審査官達からはもう反論は出なかった。


だって、どうしようもないではないか。

このエーデルフェルト唯一の《SSS》ランク冒険者でもある皇帝レオンがそう認めるのだから。


「反対意見は無いようだな。では、アインズにその旨伝えてやってくれ」

「「「「「「「「「「「「畏まりました!」」」」」」」」」」」」


イツキの《S》ランクを飛び越えての《SS》ランク認定昇格は、皇帝の鶴の一声の後、全会一致で可決したのだった。


(本当は《SSS》ランクにしてやりたかったが、そうすると司教帝に目を付けられるからな。それはあいつにも迷惑が掛かるだろうから、ここらへんが落とし処かな)


レオンは心の中でそう思ったが、口には出さなかった。


(俺の予想ではサイガイツキは…………いずれにしても会えるのが楽しみだよ、俺は)


冒険者ギルド本部から宮廷に戻る道すがら、レオンはほくそ笑むのだった。




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